(´<_` )悪魔と旅するようです 一話
1 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 14:54:00.03 ID: T1fW/eFC0

小さな子供が一人で涙を流す。
喉が潰れ、目から涙が消えてしまうのではないかと思うほどの涙。
家の前で膝をつき、さめざめと泣き続ける。
近所の人も、彼を引き取りにきた人も、誰も声をかけることができない。

「どうしたんだい?」

一人の旅人が声をかけた。
麦藁帽子を目深に被り、ボロい着物に身を包んだ旅人だ。

「みんな死んじゃった」

子供は答える。
父も、母も、姉も、妹も、子供を一人残していなくなってしまった。

「そうか。
 なら、これをあげるから。泣きやみな」

「何? これ」

子供がようやく顔を上げた。

「これはね、キミの願いを叶えてくれる、魔法の箱さ」

渡されたのは、古びた箱だった。



(´<_` )悪魔と旅するようです





2 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 14:57:29.25 ID: T1fW/eFC0

     シュショク
第一話 記憶


涼やかな風が吹く。
季節はまだ秋に入ったところだと思っていたが、早くも風の中には冷たさが混ざり始めている。

周りには山と森。
流れる川は美しく、頭を垂れ始めた稲穂は今年の収穫を待ち遠しくさせる。

どこにでもある村の風景だ。


(´<_` )

一人の旅人がそこを訪れる。
平穏な村の空気を吸い込み、宿屋を探すために足を進めていく。

彼の名前は弟者という。
姓を問われれば、流石と答える。




3 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:00:14.31 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「すみませんが、この村に宿屋はありますか?」

(‘_L’)「宿屋ですか? ありますよ。
     しかし、この村には道標になるものが少なすぎます。よければ案内しましょう」

(´<_` )「それは助かります」

弟者はすっかり色あせてしまっている着物を身に纏っている。
手にしている袋は中の物の少なさを示すようにしぼんでいた。

(‘_L’)「旅の途中ですか」

(´<_` )「はい」

どこからどう見ても旅人でしかないその姿ではあるが、昨今、旅をする人間というのは多くない。
村と村、または町を行き来する人間など、商人か、その護衛くらいのものだ。
他にいると考えれば、わけあり者。




5 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:04:12.77 ID: T1fW/eFC0

数十年前から外の世界は安全とはいえない。
盗賊や獣の話ではない。そんなものはもう数百年前から存在している。
今さらそれらが危険だと声高に叫ぶ人間はいない。

(‘_L’)「大変でしたでしょう」

(´<_` )「まあ、それなりに」

(‘_L’)「この村の宿屋は良い風呂を持っているんですよ」

(´<_` )「それは楽しみです」

村の男は弟者の旅の理由を聞いてみたくなった。
しかし、初対面の相手に根掘り葉掘り聞くのは失礼だ。
男はぐっと言葉を飲み込む。




9 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:07:06.80 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「いい村ですね」

弟者は周りを見ながら言う。

(‘_L’)「目立ったものはない村ですけどね」

男は生まれ育った村に不満など持っていない。
それでも、ここには特別なナニカがあるわけではないということは知っている。

(´<_` )「いえ、平和な場所というのは、それだけで価値がある」

(‘_L’)「そうでしょうか」

(´<_` )「私はいくつかの村を見てきましたが、中には飢饉に陥っている村もありました。
      襲われ、崩壊しかかっている村もありました」

(‘_L’)「よくご無事に旅を続けられましたね」

(´<_` )「……そうですね」

弟者が口ごもる。
男は何かしらの地雷を踏んでしまったのだろうかと、隣に倣って口を閉ざす。




12 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:12:26.78 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「私の旅には目的がありましてね」

(‘_L’)「なるほど」

(´<_` )「その目的が果たされれば、どこかの村でゆっくり余生を過ごしたいのです」

(‘_L’)「ならば、その際には是非、この村を訪れてください。
    何もありませんが、平和と平穏だけは約束しましょう」

(´<_` )「それはありがたい。私にとって、平和と平穏は何にも代えがたいものだ」

子供達の笑い声を聞きながら二人は道を進む。
男が指を差した。

(‘_L’)「あれが宿屋ですよ」

指の先には、周りの家屋よりも少し大きいばかりの宿屋がある。
旅をする人間が少ない今の時代、あの程度の大きさで十分なのだ。




13 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:14:03.53 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「わざわざありがとうございました」

(‘_L’)「いえ。困った時はお互い様ですよ」

男は頭を下げ、その場から去って行く。
彼が浮かべた笑みには嫌味な色など一つもなく、心の底からの親切であることがうかがえる。

(´<_` )「本当にいい村だ」

男の背中を見ながら弟者は呟く。
村人が優しいのは心に余裕がある証拠だ。
弟者はこの村が本当に幸福な場所であることを噛み締める。

誰かに手を差し伸べられるほどの余裕を持っていたのはいつが最後だっただろうか。
早く目的を果たさなくてはいけない。
目的さえ果たせば、この村の人々のような幸福を得ることだってできるはずだ。

弟者は宿屋の扉に手をかけた。




16 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:16:17.89 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「すみません」

(*゚∀゚)「いらっしゃい」

扉を開けると、受付に一人の女がいた。
若いその女は営業用とは思えないほど明るい笑みを浮かべている。

(´<_` )「宿を取りたいのですが」

(*゚∀゚)「はいはい。この村唯一の宿屋へようこそ!
    お値段は他の村にある宿屋と比べられたって構わないくらいだと自負しているよ!」

(´<_` )「と言うと?」

(*゚∀゚)「風呂つき、ただし飯は抜きで千五百円さ」

(´<_` )「ほう」

確かに安い。
あまり金を持つことができない旅人に対する良心価格だ。
弟者も手持ちが豊かだとは言いがたい。




18 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:18:27.72 ID: T1fW/eFC0

(*゚∀゚)「さあ、どうだい? 泊まるなら、ここに名前を書いておくれ」

女は宿帳と筆を差し出す。
まだ数頁しか使われていないその宿帳は、半分以上が白い。

あまり名前は書かれていないようだが、けっしてこの宿屋の経営が下手というわけではない。
今まで弟者が見てきた宿屋も似たようなものだった。
旅をする者が少ないのだからしかたがない。

(´<_` )「…………」

弟者は筆を手に取ろうとして、動きを止める。
そして、少しばかり迷うような仕草を見せた。

(*゚∀゚)「どうしたんだい?
    何か聞きたいことでもあるのかい?」

(´<_` )「そうですね。一つだけ」

弟者は女をじっと見た。




20 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:21:07.21 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「悪魔憑きでも泊まれますかね?」

(*゚∀゚)「え?」

女が思わず聞き返す。
口元の笑みを絶やさないのは流石だが、目は丸くなっている。


( ´_ゝ`)「そういうことは一番初めに尋ねておくべきことではないのだろうか」


(*゚∀゚)そ「きゃあ!」

(´<_`# )「なっ! この! 出てくんな!」

( ´_ゝ`)「何を言う。オレはオレの好きな時に姿を現すぞ?
      だからこそ、あんたも悪魔憑きでも泊まれるのかを聞いたくせに。
      例えば、オレがあんたの言うことを素直に聞くような悪魔だったしよう。
      それならば、この村にいる間は姿を見せないことを約束させればいい。
      たったそれだけのことであんたは、ごく普通の一般人になれるのだから」

(´<_`# )「ああ! そうだろうよ!
      お前はオレの言うことなんて聞きやしない。わかってはいるがな、それでも腹は立つ!」




22 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:24:22.00 ID: T1fW/eFC0

女は口元に手を当て、その様子を見ていた。

つまりは、弟者の背中から、よく似た存在がにゅるりと生えている様子。
生えているソレが体をぐっと伸ばして弟者と顔を合わせている様子。
そして、弟者とソレが口喧嘩をしている様子。

(*゚∀゚)「旅人さんは悪魔使いなのかい?」

口論を止めようとしない弟者に、女は尋ねてみた。
答えたのは弟者ではなかったが。

( ´_ゝ`)「いいや。コイツはただの悪魔憑きさ。
      特別な訓練も受けていなければ、特別な体質でもない。
      お嬢さんだってなることのできる悪魔憑きだ」

(´<_`# )「ええい。それが本当のことでしかないとはいえ、
      お前に語られるとまるで馬鹿にされているように聞こえてならない!」

弟者は腕を振り回すが、己の体から生えているソレはするりするりと攻撃をかわし笑うばかりだ。
その飄々とした様子がまた彼の心を苛立たせる。

(*゚∀゚)「でも、あたしが知っている限りでは、ただの悪魔憑きはそんな風になれないよ」

女は宿帳を指先でなぞりながら言う。
旅人が減ってしまった理由に思いを馳せているのだ。




24 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:27:10.06 ID: T1fW/eFC0

( ´_ゝ`)「あんたの知っている限り。と、いうと、
      ただの悪魔憑きは願いを叶えている間は人の体の中で息を潜め、
      叶えてしまった後は、頂くもの、そう、つまりは魂だとか寿命だとかを頂いて、
      さっさと人間の体から消えるというものか」

(*゚∀゚)「ああ。その通り」

(´<_` )「こうやって、悪魔と話ができ、その姿を見せることができるのは悪魔使いだけ」

弟者は苦々しげな顔で呟く。
拳を握り締めてはいるが、それを振り回すことはもう諦めたようだ。

( ´_ゝ`)「悪魔使いは特別だからなぁ。
      奴らはオレ達悪魔の力を使うだけ使って、代償はちょっぴりしかくれない極悪非道さ。
      だからこそ、オレ達はあれらにだけは召喚されまいと願っているよ」

(*゚∀゚)「そうだとしたら、どうしてあんた達は」

( ´_ゝ`)「オレが姿を見せることができるのは、一重にオレが素晴らしい悪魔だからさ!
      そんじょそこらの悪魔よりは強い力を持っていると自負しているぞ。
      ごく普通の悪魔憑きであるコイツの願いを叶えるために、今日も奮闘中だ」

(´<_`# )「ならばすぐにでもオレから離れて欲しいものだ。
      オレの願いといえば、ただその一つに限る」

忌々しいという感情を隠そうともせず、弟者は呻く。
女は心の中で首を傾げる。




27 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:30:29.30 ID: T1fW/eFC0

女の疑問を察したのか、話さずにはいられなかったのか、弟者は口を開いた。

(´<_`# )「悪魔憑きということは、悪魔を召喚して願い事をしたと思うだろ。
      だが、オレはそんな記憶はとんとない」

弟者の様子を、背中から生えているソレはニヤニヤしながら眺めている。
悪魔の性格はそれぞれではあるが、大抵はこうして意地の悪い性格をしているものだ。

(´<_`# )「オレは少し前まで茶屋で働いていた。
      両親を亡くしたオレにも優しくしてくれた主人達だった」

しかし! と、弟者は受付の台を力強く叩いた。
ソレは相変わらず楽しげだ。

(´<_`# )「ある日、こいつが唐突に生えてきた!
      曰く、「あんたの願いを叶えてやるためにやってきた。安心するといい、オレは約束は守る悪魔だ」だと!
      オレにそんな記憶はないと言っても、こいつはニヤけた面のまま!
      悪魔憑きがいるとなれば店に迷惑がかかりかねん!
      おかげでオレはこいつを払ってくれる人を探して旅をするハメになった!」

よほど腹に据えかねているのだろう。
口調の端々から怒りの度合いが計れるというものだ。
女は思わず何度も頷いてしまう。
少しでも刺激しないように、少しでも落ち着いてもらえるように必死だ。




28 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:33:08.36 ID: T1fW/eFC0

( ´_ゝ`)「でも勘違いしないで欲しいのだよお嬢さん。
      コイツは覚えていないが、確かにオレは召喚され、コイツの、弟者の願いを叶えるためにここにいる。
      それだけは悪魔の矜持に賭けて誓うさ。
      あと、コイツの怒りに耳を傾けていては一晩では足りないだろう。
      お嬢さんにそんな苦行を押し付けるのも申し訳ないからオレが今一度尋ねよう。
      この宿屋は悪魔憑きでも泊まれるのかい?」

(*゚∀゚)「あ……。は、はい。
    悪魔使いのお客様もくるから。料金も、もちろん一人分で」

( ´_ゝ`)「というわけだ、弟者。
      さあ、宿帳に名前を記すといい。
      人に優しいあんたのことだ、お嬢さんに鬱憤の全てをぶつけることもするまい」

(´<_`# )「……」

不満気ではあったが、弟者は素直に筆を手にとる。
さらりと筆が動き、宿帳に名前を記す。
その筆を置くと同時に、ソレが横から筆を奪った。

(´<_`# )「おい!」

( ´_ゝ`)「まあいいじゃないか。せっかくだ。オレだって書いてみたい。
      括弧付きにでも、ああ、悪魔とでも、記しておけばそれで済むさ。
      残念ながら、オレはお前ほど他人に優しくはないのだ。
      例え、オレが書くことによってこのお嬢さんが困っても、オレは気にしない。
      人間の常識など興味もない」




30 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:36:10.36 ID: T1fW/eFC0

宿帳に記されたのは二人分の名前。
弟者の手から筆を奪ったソレが勝手に書き足してしまった。
並ぶ名前を女は眺める。

流石 弟者
    兄者

まるで兄弟のような名前だ。
もっとも、悪魔は本当の名前を隠すというので、本当の名前ではないのだろうけれど。

(´<_`# )「勝手に兄になるな!」

( ´_ゝ`)「ケチケチするなよ。
      せっかくあんたの姿を映し取った姿にしているんだ。
      これで足の一本でもあれば、双子の兄弟にだって見えるはずだ」

(´<_`# )「一本で足りるか! 人間は二本足だ!」

( ´_ゝ`)「それは欠損を持った人間に対する侮辱だぞ。
      多くの人間は腕が二本、足が二本とは言えな。
      そういうとき、人間は大変だよな。オレ達なんて、決まった姿を持ってるやつの方がすくないから、
      見た目でごちゃごちゃ言われることなんてない」

(´<_`# )「あー。五月蝿い!
      悪かった。今のは失言だった!
      これでいいのかよ!」




32 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:39:10.00 ID: T1fW/eFC0

女から部屋の鍵を受け取ると、弟者は大股で奥へと進んで行く。
その後ろ姿を女は受付からこっそりと覗いていた。

(*゚∀゚)「……本当の兄弟みたい」

この言葉が弟者に聞こえていれば、きっとまた怒声を上げたことだろう。

(*゚∀゚)「でも、格好良かったなぁ」

女は宿帳を仕舞いながら呟く。
身なりこそボロだったが、長身で無駄な肉もついていない上に、顔も悪くはない。
着ているものを変えれば、今の印象よりもずっと美しい美男子になることだろう。

(*゚∀゚)「この村にはいない感じだよな」

小さな村だ。年頃の男の顔は大抵知っている。
けれど、その中に弟者ほどの男がいるのかと問われれば、女は首を横に振るだろう。
一見しっかりしているように見えるが、兄者にやりこめられているところを見ると、また違った印象を受ける。
その差が胸を高鳴らせる。


(*゚∀゚)「いいなぁー」




33 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:42:28.70 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「この宿が悪魔憑きを追い払うような場所でなくてよかった……」

( ´_ゝ`)「二つ前の村では、悲鳴と共に追い出されてしまったからな。
      あれにはオレも驚いた。そこまで怖がらなくていいものを。
      悪魔も傷つくことがあるのだが、わかってはもらえないのだろうな。
      実に残念なことだ。相互理解がなされることは遥か遠い未来の話になるだろう」

(´<_`# )「恐れられてもしかたのない存在だろうが!
      だからオレは人前で姿を現すなといつも言っているんだ」

部屋に荷物を降ろしながら声を荒げる。

(´<_`# )「悪魔に体を乗っ取られた人間や、魂を奪われた人間の抜け殻が旅人を襲っているんだ。
      ただの悪魔憑きなど、犯罪予備軍のようなものだ」

( ´_ゝ`)「まあ、村の外にはそういったモノがごろごろしているな。
      抜け殻の厄介なところは、年をとらず、四肢がもがれる身を細切れにされるまで腐ることもなく動き続けるところか。
      いやー。悪魔は恐ろしい。容易に手を出すものじゃないぞ」

(´<_`# )「出した覚えはないんですけどねぇ」

今までに何度、同じようなやり取りをしただろう。
もはや数える気にもならない。




35 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:45:11.98 ID: T1fW/eFC0

( ´_ゝ`)「ありがたい宿屋に感謝しつつ、旅の用意をするべきだな。
      あんたの旅袋ときたら、可哀想なほどしぼんでしまっているじゃないか。
      食料と包帯とその他諸々で一杯にしてやるんだぞ。
      次の村までの日数も確認してな。まあ、その村や町が無事な保障などないわけだが」

(´<_` )「言われずともわかっている。
      だがな、今から準備という憂鬱なことをしなければならんのに、不吉なことを聞かせるな」

弟者が深いため息を吐く。
実際、今までもあてにしていた村が滅んでいたことはあった。
あの時の絶望感は凄まじい。

( ´_ゝ`)「嘆かわしいことだ。
      準備といえば、旅行然り、遠足然り、行事で最も始めに得ることのできる楽しみじゃないか。
      それを憂鬱だと言うなんて、なんと哀れな人間だ」

(´<_` )「お前は準備の必要がないからそう言えるんだ。
      ああ、もういい。お前との口論はもう飽きた。オレは買い物に行って風呂に入るんだ」

首を振り、言葉を吐く。
もう疲れきっているのだ。




36 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:48:02.82 ID: T1fW/eFC0

( ´_ゝ`)「それはいい。風呂はいいな。心の洗濯だと言うじゃないか。
      せっかくだし、背中でも流してやろうか?
      頭を洗ってやってもいいぞ。
      何。遠慮する必要などない。あんたは弟者で、オレは兄者なんだから」

(´<_` )「いらん」

弟者は手を払いながら部屋を出る。
彼が鍵をかけたのを見て、兄者は弟者の体の中へと戻った。

(´<_` )「ずっとそうしていてくれると、助かるんだけどな」

好き勝手に出てきている兄者とはいえ、無駄に騒がれたいわけではない。
そのため、弟者が村で買い物をしている間は出てこないことも多い。
無論、興味を惹くようなものがあれば、あっさりと出てきてしまい、騒ぎになってしまうこともある。

( ´_ゝ`)「そうはいかないんだな。これが。
      まあ、面白そうなものもなさそうだし、しばらくはじっとしておいてやるよ。
      お前の目を通して外を見ることだってできるしな」

(´<_`# )「引っ込め!」




38 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:51:08.15 ID: T1fW/eFC0

兄者を引っ込ませ、弟者は宿屋を出る。
村は子供の声や人の声は聞こえるものの騒がしくはない。
数少ない店は家屋と併合しているものが多い。

弟者は食料を買うために店先で膝を折っていた。
目を皿のようにして商品を見る。

(´<_` )「……やはり保存食は少ないな」

困ったように言った。
店主も困ったような顔をした。

(´<_`;)「あ、すみません。文句を言うつもりはなかったのですが」

( "ゞ)「いや、いいよ。
    旅人さんには辛いだろうけど、うちにはこれしかないんだ。我慢しておくれ」

旅人が減るということは、彼らにとって必要な物も減るということだ。
需要のない物を仕入れることは難しい。こんな小さな村ではなおさらだ。

弟者は干し肉とパンを手に唸る。
やはり米が食べたい。しかし、旅の最中に飯を炊くというのは手間だ。




39 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:54:09.77 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「……これを、頼みます」

( "ゞ)「はいよ。まいどあり」

悩んだ末に、弟者はパンや干し肉といったよくある保存食を購入した。
他の店で包帯や薬、マッチを購入すれば袋は膨らむが、比例して財布がしぼむ。

現在、彼の財布は非常に寂しい。
宿泊費は既に払ってあるので安心だが、今夜の晩飯の心配をする程度には金がない。

(´<_` )「はぁ」

ため息もつきたくなるというものだ。
茶屋で働いていたときに貯めていたわずかな金はとうの昔に使い切った。
今持っている金は、偶然出会った商人を助けたときに貰ったものだ。

(´<_` )「少しの期間でも働ければいいんだけどな」

荷物を手に、弟者は川辺に腰を降ろした。
空を見上げれば、憎たらしいほどの青空だ。




41 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 15:57:09.95 ID: T1fW/eFC0

一度、まだ旅を始めてすぐの頃に働こうとしたことがあった。
しかし、兄者がすぐに出てきてしまい、仕事どころではなくなってしまったのだ。
彼が悪さをしたというわけではなく、悪魔を見て人々が怯えてしまい、仕事にならなくなってしまう。

(´<_` )「何で、オレがこんな目にあうんだ……」

弟者は目線を落とす。

誠実に生きてきたつもりだ。
家族がいなくなってからも、真っ直ぐに生きてきた。
遠い親戚の家で、迷惑にならないように手伝いもした。
その結末が悪魔憑きでは、あまりにも報われないというものだ。

(´<_` )「悪魔なんて嫌いだ」

この言葉は兄者に届いている。
五月蝿い反論がないのは、周りに人がいる状況で出てくるほど、興味も怒りもないのだろう。
もっとも、兄者が怒っている姿というのは、今まで見たことがない。
常に楽しげなあの顔が脳から離れない。




42 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:00:13.13 ID: T1fW/eFC0

(´<_`# )

弟者は荷物を置き、代わりに平べったい石を拾い上げる。
腕を上げ、手首を使いその石を川に投げる。

一度、二度、石が跳ね、向こう岸にぶつかる。
小さな川だ。跳ねる前に石が沈む方が難しい。

すっきりしない気持ちを抱え、弟者はもう一度石を投げようと腰を曲げる。
指先が冷たい石に触れる。
投げるのに丁度良い石を探そうと、適当に指をさまようわせた。

(´<_` )「……ん?」

違和感を感じた。
目を向ければ、そこには滑らかな石がある。
よく見ればそれは淡い輝きを持っていた。

疑問のままにそれを持ち上げる。
大きさのわりには重みがある。




45 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:03:01.91 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「綺麗だ……」

空にかざせば、太陽の光を反射して美しくきらめく。
思わず頬が緩む美しさだ。

(‘_L’)「おや、旅人さん」

声にひかれて振り返る。

(´<_` )「あなたは、宿屋に案内してくれた」

(‘_L’)「またお会いするとは、どうやら私達は縁があるらしい」

人の良さそうな笑みを浮かべている。
きっと、心に余裕がある人間なのだろうと弟者は思った。同時に羨ましくも感じる。

(‘_L’)「おや、珍しい物をお持ちで」

(´<_` )「これですか?」

弟者が首を傾げ、手にしていた石を軽く上げる。
確かに、今まで見たことのない石だが、所詮は川辺に落ちていた石だ。




47 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:06:10.34 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「先ほど拾ったのですが、貴重な物ならば誰かの落とし物かもしれませんね」

(‘_L’)「何と。それならば、あなたはとても幸運な方なのでしょう」

(´<_` )「と、言うと?」

男の驚きように、弟者は首を傾げる。
美しい石ではあるが、幸運を告げられるほどとは思えない。

(‘_L’)「それは、この村で時折取れる鉱石なのです。
    地中深くにあるものなのですが、大雨の後などに見つかることがあります」

(´<_` )「それを偶然、私が見つけたと?」

(‘_L’)「ええ。この村の人間で、それを持ち歩いている人間なんておりません。
    売れば大金になりますので、すぐにお金に代えてしまうのです」

(´<_` )「……これは、私が貰ってもいいのでしょうか」

弟者は手の中にある石に目を落とす。
男が態々嘘をつくとは思えない。
本当ならば、金欠を解消できる一品となるだろう。
思わず喉が鳴る。




48 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:09:04.05 ID: T1fW/eFC0

(‘_L’)「ええ。それはもちろん。
    この村では、その鉱石が見つかったときは、見つけた人の物になります」

奪いあうことも、憎むこともない。
多少の嫉妬はあるかもしれないが、それが原因で争いになるようなことはないのだ。

(´<_` )「いい村ですね。平和で豊かだ」

声に穏やかな色が宿る。
弟者にとって、平和は金よりも欲しい物といえる。

(‘_L’)「よほどこの村を気に入っていただけたようですね」

(´<_` )「ええ」

頬を緩める。
垂れた細目も柔らかさを持っていた。
わずかな変化ではあるが、弟者が笑っているのだということは察せられる。




49 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:12:13.87 ID: T1fW/eFC0

(‘_L’)「生まれ育ったこの村、私も大好きです」

(´<_` )「そうでしょう」

生涯を過ごすのに、この村は最適だ。
穏やかでいて豊かな時間を送れるに違いない。

(‘_L’)「その鉱石くらいしか、特徴がないような村でも」

(´<_` )「いえいえ。平和は、それだけで価値がある」

(‘_L’)「ふふ。そうですね」

男は笑みを浮かべる。
先ほど、弟者に言われたことを思い出したのだ。

長い間、平和の中にいるとこの素晴らしさを忘れてしまう。
けれど、旅をしている弟者から平和の価値について言われれば、改めて素晴らしさを実感することができる。
外の世界を知らぬ男とはいえども、苦しいことが多いことは理解している。




51 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:15:14.41 ID: T1fW/eFC0

(‘_L’)「昔を思い出しましたよ」

(´<_` )「昔ですか?」

(‘_L’)「ええ、まだ私が子供の頃のことなんですけどね、
    その鉱石に目をつけた輩がやってきたことがあったんですよ」

貴重な鉱石を狙う輩は、いつの時代、どの場所にでもいる。
この村が狙われたという話は、別段驚くことではない。

(‘_L’)「けれど、奴らの要求を飲めば、この村は平和も暖かさも失われてしまうだろうと、
    私達は一致団結して抵抗したのです。
    後にも先にも、私が知る限りではあれが唯一の争いでした」

(´<_` )「この平和な村にも、そんな過去があるのですか……」

(‘_L’)「ええ。私は幼心に、平和を守り続けたいと思いました。
    あなたに平和の素晴らしさを教えていただくまで、忘れてしまっていましたが」

(´<_` )「今からでも遅くはないでしょう」

(‘_L’)「はい。この平和をずっと続けていけるように心します」

二人は笑いあった。
オレンジがかり始めた日と川のせせらぎが二人を優しく包んでいる。




53 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:18:22.34 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「そうだ。よろしければ、いい飯屋を知りませんか?」

あの宿屋は食事が出ないと言っていた。
臨時収入もできそうなので、安い店ではなく良い店を探しても罰は当たるまい。

(‘_L’)「知ってますよ。
    そうだ。一緒に行きましょう。一人身なので、どうせ寂しい夕飯になるところだったんですよ」

(´<_` )「食事は楽しくするものですからね」

弟者は男の案内に従い、飯屋へ向かう。
その道中も、男は平和な村について話してくれた。

内容は春に咲く花のことであったり、秋の祭りのことであったり、他愛もない話ばかりだ。
しかし、その他愛もなさが村の穏やかさを表している。
男の表情や優しさからも、心の余裕を弟者は感じ取ることができた。




55 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:21:16.89 ID: T1fW/eFC0

(‘_L’)「どうです? ここの食事は美味しいでしょう」

(´<_`* )「ええ。美味しいです。
      よく出汁の染み込んだ揚げ出汁豆腐。軽くかけられた塩が旨みを引き出している焼き鮭。
      触感を楽しむことのできる漬物に、ジャガイモとわかめの味噌汁。
      そして何より、輝かんばかりの白米!」

炊き立ての白米を食べたのはいつぶりだろうか。
弟者は嬉々として食事の美味さを述べる。

店を紹介した男も、自分の気に入っている店が褒められれば悪い気はしない。
素直に喜びを顔と言葉に出す。
絶賛を聞きながら食べる食事はまた美味い。

二人の口にはいる料理は、いつもの倍は美味しくなる調味料がかかっている。
つまりは、食事を共にする相手と楽しい会話だ。




58 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:24:07.87 ID: T1fW/eFC0

(*‘_L’)「出汁巻き卵も美味しいんですよ」

(´<_`* )「おお、厚みも十分。ふわっと、とろりと!」

(*‘_L’)「そうでしょう。そうでしょう!」

酒を飲んだわけでもないのに、二人の間には陽気な雰囲気が漂っている。
些か騒がしい彼らを、他の客は微笑ましそうに見ている。

(*‘_L’)「この村で一番の飯屋ですよ」

(´<_`* )「間違いないですね。
      旅をしてきましたが、ここの味は間違いなく上位に入ります!」

(*‘_L’)「そうでしょう!」

(´<_`* )「ただし! 一番は決まってますよ」

(*‘_L’)「ほう」

(´<_`* )「母の作った料理ですよ!」

(*‘_L’)「ははは。それはそうでしょう。誰だってそうですよ!」




60 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:27:04.02 ID: T1fW/eFC0

腹を膨らませ、弟者は幸せそうな面持ちのまま店を出る。
すっかり日の暮れた村は暗く、昼間の暖かさは身を潜めている。

(´<_` )「本当に美味しい飯屋を紹介してくださってありがとうございます」

(‘_L’)「私のほうこそ、楽しい食事をありがとうございます」

二人は宿屋への道を歩く。
土地勘のない弟者のため、男が同行してくれているのだ。

(´<_` )「平和で、飯も美味い。
      最高ですね。この村は」

(‘_L’)「ありがとうございます。
    あ、宿屋が見えてきましたね」

(´<_` )「本当だ。
      今日は本当にありがとうございました」

弟者が頭を下げる。




62 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:30:04.40 ID: T1fW/eFC0

(‘_L’)「いいんですよ。
    昼も言いましたけど、困ったときはお互い様ですから」

(´<_` )「昼間……」

弟者が顔を上げて呟く。
しかし、男にはその声が届いていなかったようだ。

(‘_L’)「旅人さんは明日、出発ですか?」

(´<_` )「ええ。朝には」

(‘_L’)「そうですか。お見送りには行けませんが、気をつけて」

(´<_` )「ありがとうございます」

(‘_L’)「あなたが目的を果たしてこの村を訪れたとき、
    やっぱり、ここで余生を過ごしたいと思えるように、この平和を守ってみせますよ」

男は笑みを浮かべ、軽く頭を下げて去って行く。
その後ろ姿を見送りながら弟者は戸惑うような顔をした。




63 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:33:11.97 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「……昼間、何か話しただろうか」

( ´_ゝ`)「どうした弟者。早く宿に入れ。
      そして風呂に入れ。その汚れを布団に持ち込むことは許されないことだぞ。
      オレのような悪魔ならばともかく、人間として、相手のことを思いやる必要がある。
      同時に、あまりにも遅い時間に水を使うのは非常識だ。
      だから早く宿に入る必要がある。まあ、どうせ、この村では女を買うこともできないわけで、
      つまるところ、宿に入るしかもはやすることがないだろ?」

(´<_` )「ええい。今までなりを潜めていたことは褒めてやるが、
      出てきた途端にぐだぐだと言葉を垂れ流すんじゃない」

( ´_ゝ`)「オレはあんたと、宿屋のお嬢さんのことを思って助言してやっているというのに何という口の利きかただ。
      悪魔が嫌いなのは結構だが、正しいことは正しいと認めるべきだ。
      反論ができないからといって、怒りを燃やすことは、間違いなく間違いなのだから」

(´<_` )「間違いなく間違いを犯したつもりはない。
      何故ならば怒りを燃やしていたわけではないからな」

( ´_ゝ`)「なるほど。たしかに、いつものような青筋は見えない。
      言葉は荒いが、口調も比較的穏やかだ。
      怒りを持ったとしても、それを燃やしているわけではないようだ」

(´<_` )「そうだぞ。
      第一、オレは悪魔は嫌いだが、兄者は存外そうでもない」




65 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:36:13.29 ID: T1fW/eFC0

( ´_ゝ`)


珍しく兄者の口が止まる。
表情はよくわからないが、弟者と同じく細い目がわずかに開かれている。

付き合いの長さはそれなりだが、こんな兄者を見るのは始めてだった。
口煩く飄々としている彼を出し抜けた喜びに、弟者は口角を上げた。

(´<_` )「契約に覚えなどとんとありはしないし、面倒事ばかりだからさっさと払いたくはあるがな。
      それでも、家族を失って長いオレには、常に傍にいて口煩く言うお前の存在が中々ありがたかったりする」

相変わらず口を閉ざしたままの兄者を見てまた笑う。

(´<_` )「『悪魔』は嫌いだが『兄者』はそうでもない。
      これも、お前の仕業だろ?」

弟者が懐から、川辺で拾った鉱石を出す。
どのような力が働き、何を対価に使われたのかはわからないが、鉱石を手にしたのは偶然ではないと確信していた。

悪魔は契約にない対価は奪わない。
契約の内容は覚えていないし、したのかもわからないが、そこまで酷いことにはならないだろう。
それが弟者の考えだ。
何だかんだ言っても、絆されてしまっている。




66 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:39:12.37 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「さあ、風呂に入るか」

弟者が宿屋に入る。
気づけば兄者は体の中に引っ込んでいた。

どんな顔をしていればいいのかわからなかったのだろう。
弟者は隠すように喉で笑う。

(*゚∀゚)「おや、どうかしたのかい?」

(´<_` )「いえいえ。大したことではないんですよ。
      ところで、風呂に入っても大丈夫ですか?」

(*゚∀゚)「もちろん! 湯は温めてあるよ」

(´<_` )「なんと。それならば、すぐに入ってしまわないと」

(*゚∀゚)「そうしてくれると助かるよ」

女との会話を済ますと、弟者はそそくさと風呂場に向かう。




69 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:42:11.31 ID: T1fW/eFC0

(´<_`* )「久々の風呂だ」

髪を洗い、体を洗う。
そうして湯船にゆったりと体をつける。
思わず息を吐いてしまう心地よさだ。

(-<_-* )「旅なんて辞めてしまいたい。
      悪魔憑きでも暮らせる場所があればいいのに」

弟者は呟く。

悪魔憑きでも、普通の人間と同じように過ごせる場所があれば旅などしなくてもいい。
兄者は口煩いが、弟者へ直接的な害を与えているわけではない。
面倒なことが多いので払うつもりではあるが、共存するのも悪くはない。
そう思える程度には、弟者は兄者を信用していた。

(´<_`* )「いかん。いかん。のぼせてしまいそうだ」

弟者は湯船から体を引き上げた。




70 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:45:09.04 ID: T1fW/eFC0

宛がわれた部屋に戻れば、布団が敷かれている。
安物の布団だが、野宿の多い弟者からしてみれば十分にふわふわだった。
倒れこむように布団にもぐりこみ、その暖かさを堪能する。

(-<_-* )「生きる喜びを見つけたり」

冬場の布団に相当する心地よさだ。
久々というのは、全ての物に心地よさと素晴らしさを上乗せする。

体を包み込む敷布団と掛け布団の感触は、弟者をすぐに眠りに誘う。
その誘いを断ることなどあるはずがなく、すぐに深い眠りへ落ちていく。
胸が緩やかに上下を繰り返し、彼が寝入ってをいることを示す。

部屋に差し込む月明かりは実に風情がある。
静かな部屋に、時折聞こえてくる風の音がまた美しい。


しかし、風以外の音が静かに響いた。
鍵が回る音。そして、扉が開く音。



(*  )


闇に紛れて、何者かが部屋に侵入してきた。




72 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:48:11.95 ID: T1fW/eFC0

(*  )

侵入者は足音たてないように、そっと動く。
聞こえる音といえば、着物の衣擦れくらいだ。

(-<_-* ) zzz

無論。その程度の音で弟者が起きるはずがない。

(* ー )

侵入者はうっとりと頬を染め、口元を緩める。
月明かりによって、かろうじて見ることのできる弟者の顔を眺めた後、彼の体を守っている薄い掛け布団に触れる。
細い指が布にしわをつけた。

ゆるり、ゆるりと、気づかれないように掛け布団が上げられる。
中と比べれば冷たい空気が入ってくるのか、弟者は少しだけ体を丸めたが、やはり起きる気配はない。




74 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:51:15.17 ID: T1fW/eFC0

(* ー )

侵入者の手、掛け布団に触れていない方の手が、布団の中に入れられる。
少し彷徨わせた後、その手は弟者の手を見つけたらしい。

旅をしている男の、細いとはけっしていえない指に触れる。
そこからなぞるように手の甲に触れ、手首、腕に触れていく。

(-<_- )

こそばゆいのか、弟者の手が動く。
その後を侵入者の手は追うことなく、素直に見送る。

(* ー )

侵入者は少しの間を置いて、再び掛け布団を上げる。
ゆっくりとではあるが、人が一人入るには十分過ぎるほど、掛け布団は上げられた。
侵入者が敷布団と掛け布団の間、弟者の隣にその身を滑りこませようと動く。



(´<_` )「ところがどっこい」




75 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:54:09.38 ID: T1fW/eFC0

(* ー )「なっ!」

弟者の目が開かれ、彼の腕が侵入者の腕を掴む。
とっさに身を引いた侵入者だが、男の力には敵わない。

(´<_` )「こんな夜更けに何の御用かね?
      ああ、すまない。そんなことを女性に言わせるつもりはないのだよ。
      物取りならば、こんな行為には及ばないだろうからね。
      つまりだ、布団をこっそりと上げ、弟者の横に身を滑りこませるような行為に及んでいるということは、
      夜這いという言葉が適切だとオレは考えるわけだ」

朗々と語る弟者の姿は、どこか違和感がある。
侵入者はギリッと歯を鳴らす。

(´<_` )「キミがもしも、この宿屋の受付にいたお嬢さんだったとするならば、それは構わないんだよ。
      夜這いという行為がはしたないと言うつもりはないから。
      その辺りは御両人が好きにすればいいと思う。
      けれど、キミは違うだろ? それがお嬢さんの願いであったとしても、体がお嬢さんであったとしても」

強い風が吹いたのか、部屋の窓が音をたてた。
その音が響いてから一瞬、室内には静寂が訪れる。
どちらも動かず、言葉も発しない。




77 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 16:57:13.82 ID: T1fW/eFC0

(*゚ー゚)「あー。五月蝿い。
    あんただって、流石弟者じゃないくせに」

女が言葉を吐き捨てる。
忌々しげにしかめられた顔は、折角の可愛らしさを台無しにしている。

(´<_` )「そうだな。キミと同じ状態なわけだ。
      外身は弟者。つまるところの人間で、中身は悪魔。
      顔の造型は変わらないはずだが、キミはずいぶんと穏やかに見える。
      笑い方一つで人は変わるということを、オレはまざまざと見せつけられているよ」

弟者の姿で兄者は言う。
いや、現時点では間違いなく、弟者なのだ。

兄者はいつものような体から生える不気味な物体ではなく、生身の体を使っている。
端的に言うならば、弟者を操っている状態だ。

(*゚ー゚)「どちらの方がお好みかしら?」

(´<_` )「オレの個人的な好みでいうならば、甲乙つけがたい。
      弟者の好みは残念ながら知らないが、まあ似たようなものだろう。男ってやつは、据え膳を頂く生き物だからな。
      だが、弟者に憑いている悪魔として、また『兄』者の名を使っている身としては、
      悪魔との交際や行為を許すわけにはいかないな」




80 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:00:07.17 ID: T1fW/eFC0

(*゚ー゚)「あらそう? いいじゃない。別に精魂を根こそぎ奪い取ろうってわけじゃないんだから」

掴まれていない方の手を頬に当てていう。
細められた目は妖艶な色を宿している。
まさに淫魔といった雰囲気だ。

(´<_` )「キミの宿主であるお嬢さんが何を願ったのかは知らないが、悪魔との行為なんぞろくなもんじゃない。
      精を奪われて生を失うことだって少なくはない。
      命にしろ、若さにしろ、女性が望むものを手に入れるために男を使うなんざ、本当ろくなもんじゃない。
      そんなもののために、弟者を差し出すわけにはいかない」

(*゚ー゚)「いえいえ。違いますわ。
    この子は、ただ素敵な男性と愛を育みたいだけ」

頬に添えられていた手がするりと胸にまで落ちる。
はだけた着物からは、乳房がわずかに見えている。

(*゚ー゚)「私との行為は奪うものではなく、与えるもの」

(´<_` )「ほう。愛をかい? いいや、違うね。
      キミが与えるのは、お嬢さんを愛する呪いだ。
      本当の気持ちがどこにあったとしても、お嬢さんへの愛を向けずにはいられない。
      そして、お嬢さんが飽きれば廃人になっちまうような呪いだ。恐ろしい」




82 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:03:07.34 ID: T1fW/eFC0

兄者が肩をすくめると、女は手をさらに下へ運び、着物からはみ出ている太ももに触れる。
細い指が肉に食い込み、柔らかさを主張する。

(*゚ー゚)「そう。女の人は怖いもの。でも、それが愛。
    私はこの子の純粋な愛のために、力を貸しているの」

(´<_` )「悪魔にとて選ぶ権利はある、か。
      お嬢さんのために願いを叶えてやろうとする気持ちはわかるさ。
      オレとて、弟者を気に入ったからこそ契約を交わしたのだから。もっとも、悪魔使いにはそれが通じないわけだが」

(*゚ー゚)「この子はね、普段は元気に明るくを振舞っているんですけどね、本当は恋人に甘えたいのですよ。
    でも、どう頑張っても自分ではおしとやかで妖艶な女にはなれない。
    そんな嘆きを私が聞き入れてあげたの」

(´<_` )「聖母のようなお優しさですこと。
      けれど、何を言われようとも弟者は駄目だ。
      オレもこいつの願いを叶えてやりたい。そのためには、廃人にされては困る。
      キミも悪魔としての矜持があるだろうから、すんなりと引いてくれるとは思わないがな」

(*゚ー゚)「そうですとも。
    私はこの子が好きですから。大切ですから。引きませんとも」




84 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:06:15.77 ID: T1fW/eFC0

唐突に女の顔が兄者に近づく。
唇が重なる寸前、兄者が掴んでいた手を横に払う。

(*゚ー゚)「女性にはお優しくしてくれませんこと?」

(´<_` )「だが断る。
      どのような些細な行為も、この体にはさせん。
      村の外でうろついている抜け殻のようにさせるわけにはいかない。
      コイツの願いを叶えてやるために、もう十年近く頑張っているのだから」

(*゚ー゚)「あら。そちらの宿主さんは契約なんて知らないそうですけど?」

女は兄者の首に腕を回そうとして、再び押しのけられる。
諦めの色が見えないのは、彼女の性だ。

(´<_` )「そうだろうな。オレが対価として頂くのは記憶だ。
      ある程度の自由を得るために、
      オレは出会い、再会するまでのオレに関する記憶と契約の記憶を頂いてしまったからな。
      弟者の記憶は今頃オレの腹の中。
      こうして、意識のないときに体を操るくらいならば、そんな必要もなかったんだがな。
      だが、その辺りもしっかり契約の中に組み込んであるから、オレは何も酷いことはしていない。
      正当な行為さ。悪魔的ではあるがな」




87 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:09:11.01 ID: T1fW/eFC0

(*゚ー゚)「魂と寿命以外に望むことのできる対価が『記憶』だからこそできることね。
    私にはできないわ。だからこそ、こうして、この子の意識が眠りに落ちている夜だけ、
    男を誘惑するために出てくることができるもの」

(´<_` )「ああ、キミが一つ、固有で望むことができるものが何かは知らないが、
      オレのようにほぼ無尽蔵なものを望むことができる悪魔は少ないな。
      記憶とて、食い過ぎれば人間は死んでしまうものだけれども」

(*゚ー゚)「私が望むことができるのは、実に有限なもの。
    この子の『卵』よ」

女の手が、子宮の辺りに添えられる。
ゆるりと撫でるその様子は、子を宿した母のようだ。

(´<_` )「卵子か。そうなると、そのお嬢さんが未来に排出するはずだったソレを全て頂いてしまえば、
      キミはお嬢さんと別れることになるわけか。
      オレにはその期限がいかほどかはわからないが、キミが離れた後、実に嘆きそうな対価だ」

(*゚ー゚)「そうでしょうね。この子はもう殆ど子供を産めないでしょうから」

(´<_` )「何とも気の多いお嬢さんのようだ。
      悪魔との契約の果てが、ろくなものじゃないことくらい、もう殆どの人間が知っているというのに。
      わかってはいても、止められないのが恋心というところだろうか。
      まだ若いのに哀れなことだ」




88 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:11:57.89 ID: T1fW/eFC0

兄者は首を横に振る。
女はそれをゆるりと見ている。

(´<_` )「もう数十年も前になるだろ? オレ達悪魔の存在が、大勢に知られたのは。
      それまでは極一部の人間しか知らなくて、そこに到達するほど強い願いがある人間ばかりだったのに、
      どこかの阿呆が悪魔を簡単に召喚させることができる箱を作り出したおかげで、
      大した欲もない人間が悪魔を使い、抜け殻になったり絶望したり、忙しいことになっていたじゃないか。
      オレやキミみたいに、気に入った人間の願いだけを叶える悪魔ばかりじゃないんだ。
      面白半分の悪魔も山のようにいる。人間はどうして学ばないのかね」

呆れたような口調で、長々と語られる言葉に女は怒りを浮かべる。
妖艶な表情は、修羅の表情に変わった。

(*゚ー゚)「確かに人間も学ばないところが多いけれど、この子の願いはそんな簡単なものじゃないのよ。
    女の気持ちがわからない悪魔が、愚かしいことを言わないで。
    この子は全部理解した上で、私と契約したのよ。
    第一、この子を馬鹿にするのならば、あなたの宿主だってそうでしょう」

兄者は笑った。
馬鹿にするように、哀れむように。
それは実に悪魔らしい笑みだ。




89 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:14:54.89 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「コイツの願いは、よくある願いさ。よくあるけれど、それだけに切実な願い。
      涙を流して、心を痛めて、苦しさを飲み込むこともできずに、幼い子供が願ったんだ。
      心からの叫びと嘆きと涙。オレはそれが気に入ったんだ。だからこそ、こうしてとり憑いている。
      その強さたるや、十年経って今でも覚えている。そして、オレの中では色あせることなく存在している。
      弟者の願いが。人の命を取り戻したいという、太古から人間が持つ願いが」

女は目を丸くした。
その願いは確かに、よく聞く願いだ。
しかし、同時に叶えられない願いでもある。

(*゚ー゚)「そんな大きな願いを叶えようというの?」

(´<_` )「そうともさ。しかも、コイツの願いときたら、家族を生き返らせて欲しいだからな。
      母に、父に、姉に、妹だとさ。なんとも多い。
      おかげで、オレは一向に願いを叶えられていないというわけだ。
      たくさんの記憶を喰えば、叶えられなくもない願いだからな」

(*゚ー゚)「でも、生き返ったとしても、今までの記憶を全て失うとしたら……」

(´<_` )「さあ? そんなことは知らない。
      オレだって悪魔だ。悪魔と関わるとろくなことがない。
      それはキミもオレも、悪魔ならば全員が知っているようなことだ。
      人間だって知っている。でも、キミの宿主と同じく、止められないのさ」




90 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:17:26.75 ID: T1fW/eFC0

兄者が何か思いついたように手をあわせた。

(´<_` )「そうだ。キミもオレも引くことができないのならばこうしよう。
      オレとしてはあまりしたくないことなので、キミがこの台詞を聞いて引き下がってくれることを望んではいるが。
      つまりだね、実力行使で、キミはこちらの世界から追い出してしまおう。と、いうことだ」

(*゚ー゚)「え」

絶句。
その間に兄者は床を蹴った。

(´<_` )「大丈夫。オレはそれなりに長生きしてる悪魔でね、
      人の記憶を食べるから気持ちとしては実際の倍くらいは経験値を得ている。
      おかげで、キミ一人を追い出すくらいならば、多少の記憶を喰らうだけでどうにかなるよ。
      地中深くにある鉱石を浮かび上がらせるよりは記憶が必要だけど」

(* ー )「きゃ、あ!」

女の頭を兄者が鷲掴みにする。

(´<_` )「どうする? 今ならまだ引けるよ?
      一度くらいの失敗なら大丈夫さ。契約違反にならないことは勿論のこと、
      キミの宿主であるお嬢さんも許してくれるさ。
      ああ、でも、キミ達は会話ができないのか。一方通行な伝達だけ聞いて、キミは動くのか。
      ならば、お嬢さんは絶望するかもしれないね。やはり、オレが強制的に追い出した方がいいかな」




92 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:20:29.83 ID: T1fW/eFC0

暗闇の中、女は赤い目を見た。
およそ人間ではありえないような深い赤色だ。
わかってはいたが、目の前にいる男は悪魔なのだと思い知る。

(* ー )「私は……あなたを……」

女が手を伸ばし、兄者の着物の内側に手を差し込もうとする。
兄者は女の手を掴み、頭を掴んでいた手に力を込める。

(´<_` )「実に残念なことだ。しかし、しかたのないことでもある。
      せめて、お嬢さんが自らの意思で夜這いに来てくれていたらと思うばかりだよ。
      キミもそう思うだろ? 思いに依存する悪魔さん。思依さん」

(* ー )「な――」

(´<_` )「オレは記憶を喰うから。
      対価にできるのは弟者の記憶だけだけど、必要とあれば他者の記憶だって喰ってやるさ。
      それが例え、同胞だとしてもね。キミのような若い悪魔の記憶を探ることなんて簡単だ。
      能力を使うのには、多少の力が必要だけど、しかたない。
      これも、それも、どれも、弟者のため。宿主のため。願いのため。
      それじゃさようなら。真名を言われ、力をなくし、消えてくれ思依」

(*。ー )「あ――。津兎、ちゃん……」

女の瞳から涙が零れた。




93 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:23:14.45 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「ああ、こんな風に力を使いたくはないものだ。
      弟者の願いを叶えるのが遅くなってしまうし、オレだって傷つく。
      津兎ちゃんか。この子も可哀想な子だ。目が覚めたら自らの身に宿っていた悪魔が消失していることに気づくだろう。
      寂しいか。惜しむか。どちらにせよ、不幸なことだ」

(*-∀-)

兄者の腕の中には眠っている津兎がいる。
小さな寝息をたてている姿は愛らしく、彼女が自信を持てばどんな男も落とせるだろう。

(´<_` )「できることならば、寂しさを覚えてくれていることを願うよ。
      同じ悪魔としてね。キミは知らないかもしれないが、悪魔には寂しがりが多いんだ。
      いや、多かった、か。悪魔使いが増えてからは、引き篭るやつも多いな」

兄者は小さく笑いながら、津兎を抱き上げ、彼女の寝室へ連れて行く。
そっと布団の上に降ろしてやり、頭を一度だけ撫でた。




94 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:26:25.33 ID: T1fW/eFC0

翌朝、弟者は泣き声で目が覚めた。

(´<_`;)「何だ? どうしたんだ?」

泣き声のする方へ駆けてみると、そこには目から大粒の涙を零している津兎がいた。

(*;Д;)「いなくなったんだ! あたしの、友達が!
     怒ったの? もうなくなったの? どこにいっちゃったの?」

(´<_`;)「よくわからないが、一緒に探すから! 泣かないで!」

( ´_ゝ`)「駄目駄目。その子の中にもう悪魔はいない。
      どこを探したって見つかりはしないよ。それこそ、また箱を探すところから始めないと。
      残念だけど、そういうもんさ。泣いている女に優しいのはいいことだが、
      あんたじゃどうしようもうできないよ」

(´<_`;)「え、この人、悪魔憑きだったの?」

(*;Д;)「だったら何だよ! どこ。どこに行ったの!」

( ´_ゝ`)「帰ったのさ。悪魔が本来いるべきところへ。
      こことは違う世界へ。だから、あんたがどれだけ泣いたってしかたのないことだ。
      泣きやんで、願ったことは自分でどうにかする力を手に入れるんだ」

(*;Д;)「あたしにはもう何もないよ!
     傍にいた友達もいない、子供も作れない、独りぼっちなんだ!」


長い間、津兎の鳴き声は響いていた。




101 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:45:32.17 ID: T1fW/eFC0

しばらく泣き続けていた津兎だが、どうにか涙を止めることができた。

(*゚∀゚)「……ごめんよ」

(´<_` )「いえ。構いませんよ」

(*゚∀゚)「ありがとう」

(´<_` )「平和なこの村です。きっと、傷はすぐに癒えますよ」

(*゚∀゚)「うん……。
     ……またの、お越しを」

(´<_` )「ええ。是非」

泣きやんだ津兎に挨拶をして、弟者は宿屋を出る。
その表情はどこか硬い。疑問を抱いているような顔だ。


それもそのはず、弟者としては彼女が悪魔憑きだったのは意外だったが、
何よりも悪魔の不在に涙を流す姿が信じられなかった。




103 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:49:16.30 ID: T1fW/eFC0

(´<_` )「悪魔なんて涙を流す価値もない」

村の外で弟者が呟く。
一見、平和な道だが、どこから抜け殻が襲ってくるかわからない。
猛獣も恐ろしいが、人の形をしており、怯むことのない抜け殻の方がずっと恐ろしい。

それらを作り出した原因ともいえる悪魔が消え、喜ぶことはあれども涙を流す必要などありはしない。
少なくとも弟者はそう考えている。
だからこそ、憑いている悪魔を払うべく、それができる人物を探して旅をしているのだ。

( ´_ゝ`)「自分がそうだからと言って、他の人間にもそれを押し付けるのは感心しないな。
      好んで悪魔をとり憑かせる連中だってこの世の中にはいるんだ。
      もしかすると、信じられないという言葉が、いつかあんたに返ってくる可能性も否めないわけだし」

(´<_` )「返ってくることなどない。
      オレはお前が嫌いだ。とっとと消えてくれればとばかり願っているよ」

( ´_ゝ`)「そうか。それは残念だ。
      しかし、あんたが覚えていようが、覚えてなかろうが、契約は交わされている。
      オレが願いを叶えてやるまではこのままさ」

弟者は前だけを見ていた。
だから、兄者が少しばかり悲しげな顔をしていることになど気づきはしない。




106 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2012/10/01(月) 17:52:14.96 ID: T1fW/eFC0

( ´_ゝ`)「せっかく、あんたの名前をもじった名を名乗っているんだ。
      一度くらい呼んだって罰は当たらないと思うぞ?
      あんたが弟者なら、オレは兄者。さあ、呼んでみろ」

辺りに抜け殻の気配はない。
兄者が顔を弟者に近づけて言う。

(´<_` )「誰が呼ぶか。
      オレはお前を兄と思ったことは一度もないし、悪魔の名前なんざ呼びたくもない」

冷たい声だった。
嫌悪感が込められた言葉だ。

兄者は肩をすくめ、弟者の体に戻った。
記憶を食べた満足感とは別に、ないはずの胸が痛んだ気がした。









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転載元:http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1349070840/
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