(´<_` )悪魔と旅するようです 二話
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子供は箱を受け取った。
しかし、それをどうしていいのかわからなかった。
第一、知らない人から物を貰ってはいけない。と、母にきつく言われていた。
そのことを思い出して、子供はまた涙を零した
あの怒っている声でさえ、もう聞くことはできない。
「開けてごらん」
旅人の言葉に誘導され、子供は古びた箱の蓋を開けた。
力を加えれば壊れるのではないかと思ったが、杞憂だったようで、箱は形を崩さずに中を子供に見せる。
「なに、これ」
中は真っ暗だった。
底も見えず、かといって何かを写しているわけでもない。
ただ暗い闇があるだけだ。
(´<_` )悪魔と旅するようです
※今回は若干グロ?表現あり
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カゾク
第二話 水葬
地図を片手に旅をしているとはいえ、時には思いもよらぬ場所に出てしまうことがある。
その原因は一つで、現在地があやふやになってしまったことにつきる。
率直に言えば、道に迷ってしまったがために、どこに出るのか予測がつかなくなってしまうのだ。
(´<_` )「どこだよここ……」
旅人である弟者は、まさにそのような状況に置かれていた。
予定では森を抜け、村に行くはずだった。
計算が合っているのならば、そろそろ村についてもいい頃だ。
しかし、現在、弟者が立っている所といえば、周りに鬱蒼と木々が多い茂っているばかり。
まだ森も抜けていないような状況だ。
むしろ、別の森の中に迷い込んでしまっていることを考えた方が正解なのかもしれない。
(´<_` )「まさかな……」
弟者はため息をついた。
地図を見ても大まかなことしかわからない。
自分がいる予定の森と、そのすぐ傍に別の森があることくらいはわかるが、今はそこに目をつけない方がいいだろう。
地図上では道を挟んでいる森とはいえ、今では混ざり合っている可能性がないわけではない。
何しろ、地図に描かれている村がとうに滅んでいることもある世の中なのだから。
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一先ず地図をたたみ、近くの岩に腰かける。
そして頭を抱える。
(´<_`;)「くっそ。あの看板のせいだ」
おそらくは全ての分かれ目であったであろう看板を思い出す。
( ´_ゝ`)「だからオレは言ったのだ。
適当な修繕の跡が見える看板など信用するものではないと。
せっかくの忠告を無視して、あんたという奴はこっちに違いないと言って進んで行く。
ああ認めよう。あんたが選んだ道の方が綺麗だった。整備がされていると見えた。
しかし、その道は深い森の奥に繋がっているように見えたのも事実だった」
ただでさえ頭が痛い状況だと言うのに、怒涛の言葉にさらに頭痛が増す。
弟者は眉間にしわを寄せ、兄者の体を払うように腕を振る。
体からにょきりと生えている兄者は悪魔だ。
ソレは何の因果か、弟者にとり憑いている。弟者の旅の理由であり、悩みの種でもある。
弟者は悪魔と交わした契約に覚えはない上、日ごろから長々と説教めいた言葉を聞かされている。
道に迷わずとも頭が痛くなるというものだ。
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(´<_`;)「五月蝿い。
目に見えるものが全てとは限らないだろうが」
( ´_ゝ`)「現実を見てみろ。弟者よ。
ここはどこだ? あんたが持っている地図ではわからないのだろ?
果たして北へ向かっているのか南へ向かっているのか。それすらもわからない。
あんたが自殺したかったというのならば納得だが、そんな性質でもあるまい」
(´<_` )「当たり前だ。誰がお前と心中などするものか」
( ´_ゝ`)「ならばやはりオレの言葉を聞いておくべきだったな。
そうすれば、こんな冷たい岩の上で座り込むこともなかった。
今頃は村についていたはずだ。まあ、暖かい布団が迎えてくれるかはわからないが」
(´<_` )「迎えてくれなかったとしたら、それは間違いなくお前のせいだろうよ」
( ´_ゝ`)「酷い差別もあったものだ。
オレなど、あんたの体からにょろりと生えている程度のことしかできないというのに。
誰が抜け殻のように人を襲ったりするものか。
オレを見て怯える輩は、悪魔使いを見ても怯えるのか?
始めは怯えるかもしれないが、身分を証明すればその限りではないだろう。
畏怖の目で見たとしても、あからさまな叫び声などあげないはずだ」
(´<_` )「信頼と実績の悪魔使いだからな。それはしかたがない。
ああ、オレが悪魔使いならば、お前を黙らせてやるのだがな」
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( ´_ゝ`)「そりゃ怖い。怖い。
それで、あんたはいつまでそこに座りこんでいるつもりなんだ?
じっとしていたって出口は見えてこないぞ。
金はあっても、手持ちの食料はないし、水も残り少ないだろう。それも古い。
それに加えてこの寒さだ。動かなければ凍え死ぬ。現にあんたの手は震えているじゃないか。
頭を抱えている暇はないはずだぞ」
(´<_` )「お前に言われずともわかっている。
そろそろ休憩を終わりにするところだったのだ。
まったく。お前のせいでどうにも疲れがとれない」
( ´_ゝ`)「人のせいにするのはよくないぞ。
道を選んだのはどう考えたってあんただし、こんな硬い岩の上に腰を降ろしたのもそうだ。
責任を取れとまでは言わないが、人の、ああ、違うな。悪魔のせいにするのはよくないぞ」
(´<_`# )「五月蝿い。と、何度言わせる」
弟者は鬱陶しそうな顔をしながら、立ち上がる。
首を軽く回し、気力を入れなおす。
現在地がわからないので、地図は袋の中にしまいこんだ。
一先ずは進み続けるしか道はない。真っ直ぐ進めば、どこかに出られるかもしれない。
抜け殻に殺されなければの話ではあるが。
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進んで行けば行くほど木は鬱蒼とし、道は姿を消していた。
気がつけば、獣道といっても差し支えのないような場所を歩いている。
(´<_`;)「くっそ……」
肩で息をしながら真っ直ぐに進む。
整備されていない道は石や木の根で歩きづらい。
飛び出している小枝はことあるごとに弟者の顔に攻撃をしかけてくる。
おかげで弟者の顔や足はすり傷だらけになっていた。
絆創膏でも張ればいいのかもしれないが、あまりの多さに弟者は治療を早々に投げ出した。
兄者はまた長々と、小さな傷が命取りになるのだということを語っていたが、
それに耳を貸しているような場合ではなかった。
傷のせいで死ぬのも嫌だが、こんな森の中で野たれ死ぬのはもっと嫌だ。
弟者には進む以外の道は残されていなかった。
兄者もそれを察したのか、それ以上は何も言わず、黙って弟者の中へ戻っていった。
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( <_ )「……はぁ」
とうとう弟者はその場にしゃがみこんでしまう。
ただでさえボロの着物が土で汚れてしまっても気にしない。
すり傷らだけの手を見て、もう一度ため息をつく。
野宿するにも場所が悪い。
気温が低すぎる。
一日過ぎたとしても次の日の食料がない。
飲まず喰わずで歩き続けたとしても、そう遠くまでは行けない。
(´<_` )「こんな、ところで終われるか……」
思いは強い。
しかし、体は全力で拒否を示している。
(´<_` )「悪魔を払って、静かに生きるんだ……。
オレは、生きるんだ……」
歯を食いしばる。
生への強い執着が垣間見えた。
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( ´_ゝ`)「喜べ弟者。一先ずは安心とみた。
聞こえるか? 人間のあんたには聞こえないかもしれないなぁ。
代わりにオレが教えてやろう。
音が聞こえる。水の流れる音だ。川があるぞ。いや、もっと大きな。川が繋がっている、湖だ。
水があれば少し長く生きられる。水があれば木の実もあるだろう。
あんたは本当に運強い人間だ」
(´<_` )「水……?」
弟者はどうにか立ち上がる。
そして、兄者の声に導かれるように前へと進んで行った。
少しすれば、弟者の耳にも水の音が聞こえ始めた。
風が吹けば、水面が揺らめく。そんな音だ。
川とはまた違った音に、弟者も近くに湖があることを認識し始める。
目標ができれば、俄然気力もわいてくるというものだ。
先ほどまで全力の拒否をみせていた体も、どうにか弟者の気力に付き合ってくれている。
( ´_ゝ`)「さあ歩け。進め。だが焦るな。
湖は逃げやしない。足がないのだから、逃げられやしない。
どれほど強いお天道様だって、湖を一瞬で干上がらせることはできやしない。
そら。もう少しだ。オレには体がないから支えてもやれないし、背を押してもやれないが進め」
兄者の声援とも余計な言葉とも取れる声など、弟者には届いていない。
彼はただ前へ進むことだけで精一杯だった。
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(´<_` )「お、おお……」
ようやく開けた場所に出た。
弟者は感嘆の声をあげる。
( ´_ゝ`)「やはりかなりでかい湖だな。
青々と空の色を写し取っているところなど、まるで鏡のようだ。
周りの木々には色のついた木の実も見えるな。あんたは知っているか? あの赤い未は食べられる。
湖から延びている川沿いにも生えているようだから、飢えて死ぬことはなくなった」
(´<_` )「そうか」
兄者の長い話に苛立ちもしない。
今、この瞬間だけは感動と安堵の気持ちに勝るものが現れなかった。
力ない足取りではあったが、弟者は湖へと近づいた。
湖の縁に膝をつき、水を除きこむ。
比較的浅い場所だったようで、水が透けて底が見える。
中心部に向かって深くなっているようで、船があれば釣りも楽しめるに違いない。
見たところ、飲むことに問題はなさそうだ。
弟者はさっそく水筒を取り出し、中に入っている水を入れ替えた。
目の前に新鮮な水があるというのに、古くなってしまい変な味がし始めている水を飲む理由などない。
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( ´_ゝ`)
体から生えたままの兄者は、弟者の様子を黙って眺めていた。
その表情にはどこか安堵の色が見える。
悪魔である兄者は人間のように飢えることがない。
しかし、人間が飢えで死ぬことは知っているし、それが辛いことだということも知っている。
今も必死に新鮮な水を口にしている弟者を見て、危うい線を渡っていたのだと改めて認識すると、
一気に安堵の重いが浮かんできたのだ。
(´<_` )「ふう……」
水から口を離し、一息つく。
( ´_ゝ`)「水分を摂取するのは悪いことではない。
しかし、それほど一気に飲むと、腹を下してしまいかねない。
胃がびっくりするようなことをしてやるんじゃないぞ。
それはそれとして、次はあの木の実でも食べたらどうだ?」
余計な一言と一緒に、赤い木の実を示してやる。
伊達に記憶を食らっているわけでも、長生きしているわけでもなく、
兄者はその木の実が食用である知識を有していた。
宿主としての人間、弟者が死ぬことは兄者にとっても喜ばしいことではない。
彼の願いを叶えてやろうとする理由に、気に入っているからという理由があるのであればなおさらだ。
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(´<_` )「人が一息ついているのを邪魔するな」
( ´_ゝ`)「オレの優しさがわからないとは実に嘆かわしい。
空きっ腹に今にも凍りそうな冷たい水だけをいれるな。と、言っているんだ。
本当に腹を下しかねないし、体温だって下がりっぱなしになる。
まだ村は見つかっていないというのに、体調を崩したらどうする」
弟者は口をつぐむ。
素直に受け入れるのには抵抗があるが、兄者の言っていることはもっともだ。
少しの反論くらい入れてやりたいと思っても、わずかの余地も残されていない。
白旗をあげるより他にない状況だ。
悔しいという感情を隠そうとしない顔に、兄者は満足気に笑う。
そこには親のような達成感の他に、してやったりという感情も混ざっているに違いない。
(´<_` )「……わかった。あの木の実だな」
赤い実を視界に一度入れ、弟者は立ち上がる。
疲れきっている足に渇を入れるため、ぐっと筋を伸ばす。
(´<_` )「……ん?」
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背を伸ばしたところで、何かが視界の隅に入った。
こんな開けた空間で何が入ったのだろうかと、弟者はそちらの方向に目を向ける。
その方向には湖がある。
広い湖と、風によって生まれた波紋が真っ先に目に入った。
しかし、目に入ったものは違うもののはずだ。
弟者は目をこらす。
( ´_ゝ`)「どうした弟者。何か見つけたか?
どうせ魚か何かが跳ねただけだろう。気にすることもない。
食べたいのならば泳ぐ必要があるが、そこまでして食べたいか?
今はとりあえず木の実で十分だろう」
兄者の声を無視して湖を注視する。
言葉を疎ましく思ったわけではなく、目に入ったはずのものが、
何か、悪魔以外のものに取り憑かれたかのように気になっただけだ。
( ´_ゝ`)「……弟者、オレが忠告してやろう。
あんたが見ようとしているものは、見ない方がいいものだ。
道選びで思い知っただろ? オレの忠告は聞いておいた方がいい。
木の実を食べて、少し休むだけでいいのだ。
もう一度言うぞ? 湖を、見るな」
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(´<_` )「…………」
弟者は一度だけ兄者を見た。
その顔がやけに真剣だったことは気にかかったが、それでもやはり湖が気になってたまらなかった。
少し思案したが、弟者は視線を湖に戻す。
( ´_ゝ`)「そうか。残念だ。しかし、これはあんたから信頼されていないというよりは、
あんたの心の根本が叫び声を上げているからこそ、目を離せないのだろう。
哀れな人間だ。人間とは哀れだ。
オレはあんたの目を塞がないし、視線を変えたりしない。
あんたが選んだんだからな」
言葉を横耳に、弟者は湖を見る。
すると、何かが見えた。
視界の端に入ったものだ。
(´<_` )
体を前のめりにし、さらにその何かの正体を探ろうとする。
心臓が激しく脈打ち、原因のわからぬ汗が弟者の体から噴出す。
それでも、弟者は何かを見ていた。
( ´_ゝ`)
兄者は、そんな弟者を黙って見ていた。
人間でない彼には、何かの正体がわかっている。
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ぷかり。と、浮いている何か。
水面が揺れると、同じように揺れる。
まるで水の上で遊んでいるようにも見える。
(´<_` )「あ……」
ゆっくりと、何かは弟者達の方へ流されてきている。
注視していれば、何かの細部が見えるようになってくる。
( <_ )「あぁ……」
弟者は顔を俯け、頭を抱える。
ふらつきながら後ろへ下がり、兄者の忠告の意味を理解した。
( <_ i||)「ああぁ……!」
腹から胃液がせり上がってくるのを感じた。
すでに目はそらしているはずなのに、目蓋の裏に何かが映る。
弟者の脳内は、見えていないはずの部分まで綺麗に補完して目蓋に貼り付ける。
見たくないと願えば願うほど、弟者の脳は何かを見せてくる。
( <_ i||)「あああああああ!」
天を仰ぎ、悲鳴のような叫び声を上げる。
兄者はじっとそれを見ていた。他にできることなど、何もないのだ。
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( <_ i||)「げぇっ……。うっ……」
弟者はその場に崩れ落ち、先ほど飲んだ水と、胃液を吐き出した。
口から吐瀉されたものが音をたてて地面に落ち、吸い込まれていく。
今も湖に浮かんでいる何か。
弟者を苦しめる何か。
それは水死体だった。
水に浮かんでいるのだから、土左衛門とも言える。
体の中に生まれた気体によって浮かび上がってきたのか、
浮かんでいるソレは人間とは思えない膨らみ方をしていた。
放っておけば、内側から破れるか、魚に食われるかするのだろう。
喰われれば、破れれば、一部から骨が見える。
一部は腐り、どろりと溶ける。
目の玉など、ずるりと抜け落ちてしまうに違いない。
醜く開かれた口には虫が溜まっている。
まるで己の腹の中に巣を作ってもいいのだと主張するように、死体の口は開いている。
水と虫と、もっと違う何かを体の中に溜めこんで、どうしようというのだろうか。
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弟者がうずくまり、静かな世界で、嘔吐の音だけが聞こえる。
しばらく様子を見ていた兄者だが、自分が本当に何もできないことを悟り、大人しく弟者の中へ戻った。
念のため、辺りに抜け殻の気配がないかだけは確認し続けているが、それ以外は何もしない。
太陽の光を反射する湖がざわつく。
弟者でも兄者でもない何かが、湖に近づいていた。
弟者の中にいる兄者も近づく気配に少しばかり気を尖らせる。
( <_ i||)「うぅ……」
呻いている弟者だけが、その場にやってきた存在に気づかなかった。
地面から生えている雑草が踏まれる音がする。
一歩、また一歩と歩く音がする。
( <_ i||)「げっ……」
それでも弟者は気づかない。己のことで精一杯で、周りのことを気にする余裕などありはしない。
彼の中にいる兄者は静かに目を閉じた。
近づいてくる気配は抜け殻でも盗賊でもない。
敵意のない、ただの人間の気配だった。
('、`*川「あら、どしたね?」
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( <_ i||)「うっ……?」
頭上から聞こえた声に、弟者は顔を上げた。
('、`*川「大丈夫ね? ひっでぇ吐いてらようだども」
心配そうな顔をした女がいた。
口元を唾液だか胃液だかで汚している男を見れば、誰でも同じ顔をするだろう。
( <_ i||)「だい……うぇ……」
('、`;川「ちぃっとも大丈夫そうじゃねだね……」
女は弟者の背中をさする。
見る限り、その程度のことでどうにかなるような状態には見えないが、
そうするより他にするべきことが見つからない。
('、`;川「お兄さん、どした。
変なもんでも食べたんずやか?」
弟者は吐きながらも、女の姿を目に映した。
普段着と思われる着物に身を包み、大した荷物も持っていないところを見ると、近くに住んでいるのだろう。
村があるのかもしれない。
( <_ i||)「この……うっ……」
('、`;川「あぁ、ちぃっとばかし落ち着いてしてけろじゃ。
お水でも飲みるんだばって?」
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女は湖に近づく。
弟者は止めようと口を開けたが、せり上がってくる嘔吐感には勝てない。
考えてみれば、弟者はあの湖の水を飲んだのだ。
あの死体がいた水を口に含み、胃に流したのだ。
( <_ i||)「うぇぇ……」
気づいてしまい、また吐き出す。
もはや、飲んでしまった水は一滴も体に残っていないだろう。
それでも身の内に宿る不快感は拭えない。
('、`*川「あれま。婆さん、まだ現に未練があったんだべ」
( <_ i||)「うぇ……?」
のん気な声に疑問符を浮かべる。
彼女の方を見ることはできない。万が一、また水死体を見てしまったらと思うとたまらない。
('、`*川「ああ、お兄さん、あれを見たんだべ。
旅人みたいやし、見慣れていね人にはキツイって、聞いたことがあるべ」
女は水を汲むのをやめ、弟者に近づく。
そしてまた背中をさする。
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('、`*川「うちの村に来るといい。
こったらとこにいたら、余計に具合、悪くなるだべ?」
女が弟者の腕を取り、己の肩に回す。
肩を貸してくれようとしているようだ。
('、`*川「村に行ったらば、井戸水もあるんずや。
口の中もすすげんずやよ」
( <_ i||)「すみ……ま、せ……」
('、`*川「あー。お礼とかは後でいいだ。今は早う村に行くだな」
女は体に力を入れる。
男一人に肩を貸すのは楽なことではない。
('、`*川「それほど遠いとこにあるわけでねよで、頑張っててけろ」
( <_ i||)「は、い……」
弟者は半ば引きずられるようにして道を進んで行った。
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(´<_`i|)「うぅ……」
村につく手前で、弟者は自力で歩くことができるようになっていた。
近くに水死体がある。と、いう現実が、精神的に圧迫をかけていたようだ。
まだ顔色は良くないが、それでも女が始めに弟者を見つけたときに比べれば、ずいぶんと良くなっている。
('、`*川「もうすぐだ」
(´<_`i|)「はい……」
先を進む女の背を追いかける。
精神的な圧迫から逃れた弟者は、一刻も早く口をすすぎたかった。
胃液の味や痺れをなくしたいのは勿論のこと、死体が浸かっていた水を口に含んでしまったことが忘れられない。
('、`*川「見えてきたんずやよ。ほれ、あそんだ。目標が見えたら、楽になるだべ?」
女が指差す先には、確かに幾つかの屋根が見えた。
抜け殻対策の柵もないような場所で、家も少なそうではあったが、確かにそこは村なのだろう。
('、`*川「ゆっくり来だらいいだ。
うちはちょっとばかし先に行って、みんなに伝えておきんずや。
ああ、この辺りの抜け殻は、今はいねで、安心しけろ」
言いたいことだけ言うと、女はさっさと足を進めて村へと思われる場所へ入っていく。
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(´<_`i|)「抜け殻が、いない……?」
弟者は疑問の言葉を紡ぐ。
悪魔に魂を取られた抜け殻達は、大量にいるわけではないが、そこらかしこに存在している。
死の概念が薄い彼らは年々その数を増すばかりなので、
抜け殻がいない場所というのはほとんど存在していない。
( ´_ゝ`)「そうだな。少なくともオレは抜け殻の気配を感じない。
それこそ不自然なくらいだが、今はその不自然さに感謝しようではないか。
さあ歩け。弟者よ。あの湖から離れて、ずいぶん顔色もよくなった。
あとは井戸水を飲んで、食事でもして、買い物をして眠れ」
(´<_`i|)「喧しいわ」
相変わらずの調子で話す兄者を軽く睨む。
兄者は肩をすくめて弟者の体に戻った。
(´<_`i|)「……」
五月蝿くされれば頭が痛くなるが、いなくなれば心細さが湧き出てくる。
体調不良に陥ったときは、どうにも心が弱くなってしまう。
弟者は眉間にしわを寄せ、唇を噛む。
悪魔なんぞに頼りそうになる自分がどうにも許せなくて、弟者はまた少しずつ歩き始めた。
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('、`*川「さあ、こっち来で」
境界線はわからないが、村と思しき場所に足を踏み入れると、弟者を助けた女が駆け寄ってきた。
何人かの村人が何とも言えぬ表情でそれを眺めている。
('、`*川「うちの家でわりがたな。
人が来ん村だはんて、宿がねぇがら」
女の手に引かれてついたのは、一軒の家だ。
他の家と変わらぬ小さな家に弟者は入った。
(´<_`i|)「……あの」
('、`*川「とりあえず、その座布団ば枕にして、寝ていてけろ」
畳の上に敷かれている座布団を指差して女は言う。
その言葉に弟者が何か返すよりも早く、女は玄関から外へ飛び出して行った。
扉は開けっぱなしにされていたので、外の会話が家の中にいる弟者の耳にまで届く。
一つはあの女の声で、他にも二、三の声が聞こえる。
はっきりと聞き取ることはできなかったが、弟者をどうにかしてしまおうという類の話でないことは確かだった。
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(´<_`i|)「寝てろと言われてもなぁ」
横になったはいいものの、とてもじゃないが眠れる気はしない。
すぐ隣にあるような圧迫感からは逃れられたが、目を閉じれば今でも水死体が目蓋の裏に浮かんできそうだ。
今、目を閉じるだけの勇気は弟者にない。
('、`*川「ああ、寝られねのな。んなら、先に水ば飲みんだらどんだ」
戻ってきた女が弟者に水を差し出す。
湯のみに入れられた水は、先ほどの湖のように美しい。
(´<_`i|)「……うっ」
('、`;川「大丈夫。これは井戸水だはんで。何にも怖いことはないだ」
俯き、口元を抑えた弟者に女は言う。
吐き出すことにも疲れ果てている彼の体は、もう嘔吐することはなくなっていた。
('、`*川「お兄さんの代わりに旅に必要な物ば揃えておきんずや。
この家でゆっくりしていたらどだ? 眠ってもいいだし、水ば飲んでいてもいいだ」
女は優しく微笑み、近くの机に湯のみを置いた。
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(´<_`i|)「いや、そこまでしてもらわなくても」
('、`*川「村に来てまだ具合ばよくなったようだばて、まだ本調子じゃねだ?
そったら状態で放っておけるほど、うちは冷たい女でねよだ」
弟者の頭を軽く撫でて女は立ち上がる。
('、`*川「大丈夫だばてば。ついこの間も、旅ばしちゅう人に会ったんずや。
旅に必要なもんは知っていだよ」
そんな心配をしているわけではないのだが、弟者は黙って首を縦に振った。
言葉を何度も交わすほどの気力は回復していない。
ここは女の好意に甘えさせてもらうことにした。
(´<_`i|)「でも、お金は自分で出します」
弟者は隣に置いていた袋から財布を取り出す。
中にはそれなりの大金が入っているのだが、女を信用して預けることにした。
ここまでしてもらって、疑うというのも気分が悪い。
('、`*川「いいだ。後でまとめてお支払いしてもらうだ」
女は財布を一瞥してから、おそらくは彼女自身の財布を手に家を出た。
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(´<_`i|)「ふ、ぅ……」
一人残された弟者は息を吐く。
気持ちの悪さはずいぶんとマシになっている。
目を閉じることはできないが、座布団を枕に横になる。
ぼんやりと畳の目に視線を落とす。
赤子が母親の胎内にいるときのような姿で弟者はじっとしていた。
ふと、己の手が目に入った。
赤い傷がいくつも見える。
吐き気で忘れてしまっていたが、あの湖に着くまでに小さな傷をたくさんこしらえたのだった。
小さな傷を目にまたぼんやりしていたが、兄者の言葉を思い出してしまう。
こんな時に、よりにもよって兄者の言葉を思い出さなくてもいいものを。
と、弟者は思ったのだが、小さな傷も命取りになるのだという説教が耳から離れない。
体を起こす面倒くささと、気だるい感覚のまどろみから抜け出したくない思いが弟者にまとわりついている。
だが、耳にこびりついている声も鬱陶しい。
弟者は不満気な顔をしながらではあったが、どうにか体を起こす。
そして先ほど開いた袋から、傷薬を取り出した。
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(´<_`i|)「いって……」
残り少ない傷薬だが、女が買ってきてくれると言っていたので、思う存分使う。
手に足に、頬に。
目に見えるところと、痛みを感じる場所には塗っておく。
(´<_`i|)「別に、悪魔の言うことを聞いたわけじゃないからな」
己の体の中に潜んでいる兄者へ向けて言う。
いつもならば、反論とも嫌味とも思えるような言葉を兄者は投げてきただろう。
しかし、今回は言葉どころか、姿さえも現さない。
(´<_`i|)「……?」
弟者は首を傾げたが、村の中で出てこられて騒ぎにでもなったら大変なので、
別段気にすることもなく、むしろ幸いだと思った。
傷の手当てに意識を集中させていたのが良かったのか、弟者は水を飲みたいと思えるようになった。
机の上にある湯のみに手を伸ばし、一度躊躇してから、思いきって掴む。
(´<_` )「んっ……」
水を飲みこむ。
喉に冷たい液体が流れ込み、口の中にあった酸味の強い味を消し去る。
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(´<_` )「美味い」
疲れきっていた体に水が染み込む。
ほっと一息ついたところで、弟者は再び体を横にした。
あの女が来るまでできることはない。
勝手に出て行くのは失礼だろうし、家の中を探索するのはそれ以上に失礼だ。
彼に出来ることといえば、直接許しがでている、横になっているという行為くらいなのだ。
水を飲むことはできたが、今だに眠れそうな気配はない。
弟者はぼんやりとしながら耳をすませる。
まだ日がある時間帯だというのにこの村は静かだ。
子供の遊ぶ声すら聞こえない。
店の者が客を呼びこむ声も聞こえない。
かろうじて聞こえてくるのは、人が歩く音や洗濯物を干すような生活音だけ。
遠目から見ていたときの印象通り、あまり人が多い村ではないのかもしれない。
抜け殻や盗賊に襲われた跡も見えないので、元々人がすくないのだろう。
だとすれば、今まで滅ばなかったのも不思議だ。
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('、`*川「お兄さん大丈夫ね?」
(´<_` )「ずいぶん楽になりました」
しばらくして女が帰ってきた。
両手に持たれている荷物は旅に必要な物だ。
弟者は体を起こし、女の手から荷物を受け取る。
('、`*川「ああ、ほんまに大丈夫そうやね。顔色もようなっとるわ」
女は安心したような表情を浮かべる。
(´<_` )「色々すみません」
('、`*川「ええだ。この村のせいで具合ば悪なったようなもんだて」
荷物を降ろした弟者に、女は少し困ったような顔をしながら言った。
彼女の言葉の意味を一瞬理解しかねて、しかし、弟者は思い出す。
水死体を見つけたとき、この女は平然としていたのだ。そして、見慣れない人にはキツイ。と、言ったはずだ。
(´<_`;)「もしかして」
('、`*川「うちの村はね、水葬の風習があるんずや」
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あまり聞きたくない言葉だった。
弟者は額に手をあてて俯く。
(´<_`;)「なるほど……」
('、`*川「お兄さんを外ば出さんかったのも、その辺りが関係していだよ」
(´<_` )「え?」
どうやら、女が買い物に出てくれたのは、弟者の体調を思ってのことだけではなかったようだ。
弟者が顔を上げると、女は少しの間を置いてから机の近くに腰を降ろす。
慌てて彼女に先ほどまで枕にしていた座布団を差し出す。
それをやんわりと断られ、弟者はその座布団に自分が座る。
('、`*川「水葬がずーっと残っとって、それをみんなが大切にしちゅうから。
浮かんできた仏さんば見て気分ば悪するような人を、村の人達は信じられねから」
森の奥深くにある村だ。
閉鎖的な空間では風習が神格化することは珍しくない。
彼らにとって、弟者は神を冒涜するような存在だったのだろう。
どうりで、村に入ったときに手を貸しても貰えず、遠巻きに見られていたわけだ。
気持ちを持ち直した今ならばわかる。彼らの表情につける名前。
それは、困惑と拒絶だ。
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何故、弟者のような者を村に入れるのか。
助ける理由や必要性はどこにあるのか。
そんな感情が表に出てきていた。
女が一足先に村へ向かったのは、彼らを説得するため。
もしくは、弟者に余計な言葉を聞かせないためだろう。
(´<_` )「でも、あなたは私を助けてくれましたね」
('、`*川「うちは村の外で暮らしとった時期もあるんずや」
女の視線が下に向く。
あまり良い思い出ではないのかもしれない。
('、`*川「父様と母様がな、違う土地で暮らしたいだ、言ったんず。
見ての通り……って、見えないだんずな。
まあ、あまり人の声ば聞こえちょらんし、わかってらと思うんだば、この村ばあまり人がいねのよ」
弟者はあぁ。と、返す。
他に言葉を続けるべきではないような気がした。
見ず知らずの人間である弟者に零すくらいだ、彼女の中で思いが溜まっているのだろう。
吐き出したいだけ出してしまえばいい。
どうせ一期一会の出会いだ。後腐れもない。いくらでも聞いてやろうと思った。
-
('、`*川「うちの両親はもっと人が多て、勉強もできるとこでうちば育てたいって」
この閉鎖的な村で子供を育てたくないというのは、健全な思考回路なのかもしれない。
村にいれば、夢も未来も、子供が望むことができる範囲が限りなく狭まってしまう。
('、`*川「けんど、やっぱり外の世界は厳しかったんず。
人との関わりも、生きかたも、違いだんだ」
旅をしている弟者は女の苦しそうな声の理由がわかる。
村々や町は、本当に違っていることが多い。
水葬をおこない、静かに暮らしているこの村であれば、他の村との差も大きかったのだろう。
('、`*川「二人とも体調、崩してしたんず」
弟者は座りながら家の様子を見渡した。
極普通の一軒屋だが、親子三人が暮らしているようには見えない。
静かで、人の気配が薄い。
(´<_` )「……何と言えばいいか」
家族を失っている弟者は何か言わなければと思った。
しかし、何も出てこない。
自分自身、家族を失ってすぐは泣いてばかりいた。他の人間の言葉など耳には入らなかった。
失ってから時間が経っても、その思いは薄れていない。
普通に生活できるようにはなったが、失ったことに対して何か言われても、受け入れることなどできはしない。
-
('、`*川「いいだ。
もう死ぬかもしれねとなってな、父様と母様はここに戻ってきたんず。
この村なら、うちが一人でも生きていけるから」
小さな村だ。助け合いは必然のもの。
一度村を去ったとはいえ、常に人不足の村ならば、戻ってきた者を邪険に扱いはしない。
('、`*川「帰ってきて、安心したんだべな。
そのまま、ぽっくり逝ってしまったんず」
女は目を伏せる。
当時のことを思い出しているようだ。
(-、-*川「死んだ父様と母様は重石ばつけられて湖に沈められたんず」
彼女の言葉は、怒りでも嘆きでもなく、ただ事実を言っているようだった。
弟者は腹の奥底が歪むのを感じる。
その行為はこの村にとっては当たり前のことで、目の前にいる女にとっても胸糞の悪いものでもない。
(´<_`i|)
ただ、弟者にとってはそうではない。
頭ではこの村のことを理解しても、心は受け入れない。
-
('、`*川「気味悪く思われてもしかたねじゃ。
ましてや、お兄さんはあんな具合が悪なるほどだったず」
顔を上げた女が弟者の表情に気づき、言葉を続けた。
少し困ったような顔をしている。
('、`*川「うちの父様と母様は沈んでから三日後、ぷかりと浮かんできたず」
弟者の脳内に水死体の姿が浮かぶ。
当初のような抑え切れない吐き気は襲ってこなかったが、気持ちの悪さは変わらない。
助けてくれたはずの女が、憎くさえ思える。
('、`*川「みんな言いだんだ。
子供一人残して逝って、未練があるのだべう。って」
死に切れぬ人間は水から浮かび上がる。
魂なき肉体を操り、残してきた未練を解消しようとやってくる。
('、`*川「当時は子供やったし、外の世界から戻ってきてすぐだたからな、
ものすごい怖くてなぁ。泣いてしたんず」
浮かび上がってきた水死体を見て泣かぬ子供などいるのだろうか。と、思う。
しかし、女の口調からすれば、この村で育った子供は平気な顔をして見るのだろう。
-
('、`*川「うちらの先祖は海の近くに住んどったらしいんずでな、
母なる海に全ての生き物ば還るべきとされていだんだ」
海は全ての生命の源。そう言われていることは弟者も知っている。
死した人がどこへ逝くのかという考えの中に、海へ還るという考え方があることもわかる。
('、`*川「だばて、水害で住む場所ば追われてしたんず。
今はこったら森の中に住んでいだよ。それでも、死んだら海に還りたいから、
海に繋がる湖に死体ば沈めていだよ。そうやって、うちらは海に、自然に還れるんず」
ただ、やはり弟者には受け入れることのできないやり方ではある。
('ー`*川「うちは知っていだよ。
土に埋めることも、火で焼くことも、鳥に食わせることも。
でも、やっぱり、海に還りたいんだ。うちらは」
女は笑う。
いっそ、それは美しくすらあった。
-
('ー`*川「うちもあの湖に沈んで、海に還るんずや」
この村で生まれ、育ちは一時期違っていても、彼女はこの村で生きた。
海に還ることは、己の身に降る最期の幸福に他ならない。
それが葬儀への概念だ。幸福だからこそ、死を恐れる必要はない。
('、`*川「それでもな」
女は笑みを崩す。
('、`*川「それでも、ちぃとばかし怖いなって。思うんだ。
こればっかりは、どすべもねじゃ」
海へ還ることは、彼女にとって間違いなく幸福だ。
けれども、己が死した後、醜い姿になって浮かんできたときのことを考えると怖かった。
土葬や火葬、または鳥葬ならば、一度消えればそのままだ。
見つかったとしても骨くらいのもので、膨れ上がった肉体など晒すことはない。
( <_ i||)「……うっ」
弟者は呻き声を上げた。
せっかく取り戻した調子が失われていく。
指先から力が抜ける。
-
('、`;川「ああ、わりがった。ほんまに。
言わんどばいられんかった自分ば恥じんず」
女は先ほど汲んできていたのであろう水を湯のみに入れ、弟者へ差し出す。
だが、今の状態の弟者が飲めるはずもなく、静かに首を横に振られただけだった。
('、`;川「村の人に水葬ば怖いなんて言えんし、
先日来だ悪魔使い様は抜け殻ば倒してすぐ行ってしまいだす。
だばってら、言うなら今しかないんずや。と、思ってしたんず」
( <_ i||)「悪魔、使い……?」
口元を抑えながら、弟者は顔を上げる。
一つ、聞き逃せない単語があった。
('、`*川「ああ、先日、ほんの二日程前に来だんだ。
迷ってこられたみたいだったべが、村があると知って、近くにおった抜け殻達ば退治してくれたんす。
その後、すぐに行ってしまわれたんずやけれど」
(´<_`i|)「そうですか……」
-
弟者は気持ちの悪さで巡りが悪くなっている頭で考えた。
今までは悪魔を払うことの出来る人間。と、いう何とも漠然としたモノを探していた。
悪魔を使う人間。すなわち、悪魔使いならば、己の目的に合致した人物なのではないだろうか。
目的地の見えない旅にも終止符を打つことができるような気がした。
未だに気分は悪く、口から何かを吐き出しそうな様子ではあったが、ここで手がかりを逃すことはできない。
(´<_`i|)「その悪魔使い様はどちらへ……?」
('、`*川「さあ。わかりね。ほんまにすぐ行ってしまわれたんず。
だばって、方角ば北の方だったはずだ。これからまだ寒なるのに、えらいもんやと思ったんだ」
(´<_`i|)「北、ですか……」
冬も本番に差しかかろうというこの時期に北へ向かうのには躊躇いガある。
悪魔使いの目的など知ったことではないが、その後を追う理由をもう一度考え直すには十分すぎるほどの方角だ。
('、`*川「北へ行くならば、父様の上着ば差し上げんずや。
うちの言葉を聞かせてしたんずやから、そのくらいはさせてけろじゃ」
(´<_`i|)「それはありがたい」
弟者は湯のみに手をつける。
飲み込んだ水の冷たさが、北へ向かうことをまた躊躇わせた。
-
('、`*川「お兄さんがこれからどするかは知りねが、今日はうちに泊まってってけろじゃ」
(´<_` )「それも、話を聞かせたから。ですか?」
水を飲むことによって少しばかり顔色がよくなったようだ。
冗談っぽく言うと、女も表情を緩めた。
('ー`*川「んだ。お兄さんが道中ぽっくり逝ってしまわんか気が気じゃないだ」
(´<_` )「ならお言葉に甘えてもいいですか」
('ー`*川「もちろんだ。二階の部屋は誰も使っていねので、好きに使ってしてけろ」
女は階段を指差す。
どうやら彼女の部屋は一階にあるようだ。
('、`*川「そだ。お夕飯も作らねといけないだべな。
人にご飯ば作るやなんて、いつぶりだべか」
(´<_` )「楽しみにしています」
('ー`*川「いやだ。大したもんば作れね。期待しねでしてけろ」
-
弟者は夕飯を作っている間、部屋でも見ていて欲しいと言われ、二階へ上がる。
しぼんでいる袋と、女が買ってきてくれた荷物を一緒に持っていく。
(´<_` )「綺麗だな」
定期的に掃除されているのか、二階は綺麗だった。
しかし、家具はあるのに生活感はない。
両親が死んでから、この家の二階は使われていなかったのだろう。
(´<_` )「……」
弟者は立ち尽くす。
未だに主人の帰りを待っているような物寂しさをかもしだしているこの部屋達の
どこに荷物を置けばいいのかわからない。
荷物を両手に下げたまま部屋を部屋を眺める。
しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。
迷った挙句、弟者はおそらく父親の方が使っていたと思われる部屋に荷物を降ろした。
小さな文机と箪笥がある程度の部屋は実に質素だ。
ぼんやりしていると、下から夕飯の匂いが漂ってくる。
まだ作り始めだろうけれど、匂いだけで美味しさがわかった。
弟者は思わず腹を鳴らす。
-
考えてみれば、今日は何も食べていない。
腹が空くのも道理というものだ。
節操のない腹に照れながらも、弟者は女が買ってきてくれた荷物を広げる。
思えば、これらの値段を聞いていなかった。後で聞かなければならない。
一宿一飯と上着。気持ちの悪さはあったが、話を聞いた対価としては十分過ぎる。
これ以上、彼女に迷惑をかけるわけにもいかない。
(´<_` )「小さな村だから、やっぱりある程度の制限はあるか」
購入された品々は旅に欠かせないものばかりだ。
しかし、他の村で購入した物と比べると、質が劣っているものが多い。
その筆頭として上げられるのが傷薬だ。
この村で必要とされる傷薬は家庭用の物だけなのだろう。
小さな傷には十分だが、旅の途中で抜け殻に襲われたときに使うには些か不安が残るものだった。
(´<_` )「早めに次の村に行かないとな」
地図を見せて、この村の正確な場所も知っていなければいけない。
どうやらやるべきことは多そうだと弟者は背中を伸ばす。
荷物はあらかた詰め終わっていた。
-
外はすっかり暗くなっている。
元々静かだった村はさらに静まり返り、人の気配すらかすかにしか感じられない。
あまりにも静かな世界は、水の世界のようだ。
('、`*川「できたんずよー」
一階から声がかかる。
(´<_`;)「あ……ああ!」
気づかぬうちにずいぶんと時間が経っていたようだ。
弟者は心が揺れていることに気づき、一度深呼吸をする。
(´<_` )「今、行きます」
言葉を返し、財布だけ持って一階へ降りる。
-
階段を降りればかぐわしい匂いがよりいっそ増す。
('、`*川「ほんまに普通のお夕飯だばて」
(´<_`* )「いえ、とても美味しそうです」
嘘ではない。
弟者の口の中は机に並べられている料理を一刻も早く食べたいと唾液を分泌している。
舌の上に乗せ、歯で噛み締め、喉から胃へと流し込む。
その動作を思うだけで喉が鳴るというものだ。
('ー`*川「そう言うてもらえると嬉しいだ。
さ、食べましょね。遠慮はいりね」
女が座り、弟者も座る。
二人は向かい合わせになって両手をあわせた。
('、`*川「いただきます」
(´<_` )「いただきます」
-
箸を取り、まずは味噌汁に手を伸ばす。
出汁をしっかりと取ってある味噌汁の具はわかめと豆腐だ。
昔は先祖が海に住んでいたということと関係しているのか、わかめはそこいらの物よりもずっと美味しい。
ならば、と期待に胸を膨らませてさんまに手をつける。
箸で身を取れば中からまた違った香りが漂う。
身も美味いが腸も美味い。
苦味と旨みが口の中で混ざり合う。
(´<_`* )「とても、とても美味しいです」
白ご飯が進む。
('、`*川「そう? ありがとね」
ほうれん草のおひたしに箸をつける。
暖かいそれは湯気を出しており、弟者の鼻まで新鮮な野菜と胡麻と、鰹節の匂いを届ける。
('、`*川「なんや、今日の食事はえらい美味しいだ。
誰かと食べてるからだべか」
(´<_` )「ああ、その感じ――」
わかります。
と、言おうとして弟者は言葉を止める。
-
('、`*川「どうしたんず?」
(´<_`;)「えっ。い、いや、何でもないです。
そうですね。人と食べる食事は美味しいですよね」
慌てて言い繕い、再び料理に手を伸ばす。
('ー`*川「んだんずね。やっぱり食事は誰かとしたいもんだべ」
女と会話を楽しみながらも、弟者は今までの人生を振り返っていた。
家族がいなくなり、親戚の家に引き取られた。
彼らは実の子でもない弟者に優しくしてくれた。
当然、食事は同じ食卓だった。
不思議と寂しい思いをした記憶はない。
いつもどこかに希望を持っていたような気さえする。
(´<_` )「料理、お上手ですね」
('ー`*川「そったらこと言われてもなも出ねよ」
-
食事を終え、女は食器を片付ける。
(´<_` )「そうだ。旅の準備ありがとうございました。
お代を渡したいのですが」
('、`*川「いいだよ?
……と、言っても引いてくれねのだべね」
(´<_` )「そういうことです」
女はふわりと笑い、妥当な値段を口にした。
この村の物価が、他と比べて高いか安いかなど弟者にはわからない。
だからこそ、打倒だと思える値段に頷くしかできない。
('、`*川「あい。確かに」
金を渡すと、女は何かに気づいたような顔をする。
('、`*川「そういえば、えらい汚れていだな」
(´<_`;)「……申し訳ない」
湖に着く前は獣道を歩いていたのだ。
傷は勿論のこと、汚れも大量についている。
-
弟者は汚れを気にするどころではなかったし、女も汚れよりも気になるところがあった。
そのため、今の今まで弟者の汚れを忘れていた。
('、`*川「うちの村は水の節約も兼ねて風呂桶がないだ。
桶にお湯ば入れるから、布で拭いてもいいだか?」
(´<_` )「この汚れが落とせるだけで十分ですよ」
笑って答えると女は安心したように頬を緩ませた。
(´<_` )「それにしても、近くに湖があるのだから水の心配などしなくてもよさそうなものですけどね」
あの湖の水を飲みたいとは思わないが、風呂水として使うには十分なのではないだろうか。
疑問を口にした弟者は、女の顔色が変わるのを見た。
('、`;川「そ、そんな。いや、お兄さんは外の人だばってら、そう思うのかもしれねけど。
うちには、うちらにはできね」
口元を抑えて困惑した顔をしている。
彼女のとって信じられない、かつ、酷いことを言ってしまったらしい。
(´<_`;)「すいません。そんな酷いことを言うつもりなんてなかったんです」
('、`;川「ええ。ええ。そうだべね。勿論、わかっていだよ。
でも、ちぃっと驚いてしたんずや」
-
('、`;川「うちらにとってあの湖はご先祖様達の体があり、魂が還っていく扉がある場所だ。
神聖な場所だんず。だばってら、あの湖の水ば体ば洗うことに使うやなんて、考えれねんだ」
(´<_`;)「なるほど。これは心ないことを言ってしまった」
考えて見れば、弟者の言ったことは墓石で焚き火の囲いを作れと言っているようなものだ。
あまりにも罰当たりな行為を口にしていたことに思い当たる。
('、`*川「まあ、文化が違うと難しいべな」
女はぎこちなくではあるが微笑みを浮かべ、奥の戸棚から布を取り出した。
('、`*川「どうぞ。すぐお湯も持っていくだばて、裏で待っていてけろ」
(´<_` )「ありがとうございます」
まだ布切れにして間もないように思える。
いつも彼女が使っていることが想像できるような布でなくて本当によかったと弟者は安堵の息をもらした。
布を持ち、裏口から外へ出る。
民家は見えず、森を構成する木々が見えるだけだ。
-
('、`*川「お布団ば敷いておきんず」
(´<_`;)「あれもこれもとすみません」
('ー`*川「いいんだ」
湯気がたっている桶を受け取り弟者は軽く頭を下げる。
家の中に女が入っていくのを確認してから、ボロい着物を脱ぎ捨てる。
手足は勿論のこと、何がどうなっているのか胸や腹の辺りまで汚れている。
風呂桶に浸かりたいという気持ちはあったが、無いものねだりをしているような状況ではない。
弟者は湯に布をつけ、硬く絞る。
(´<_`;)「いてて……」
布で体を拭うが、傷にまで強い力がかかって痛い。
しかし、優しくしていては湯がぬるくなってしまう。
手早く済ませるには、それなりの力が必要だ。
(´<_` )「とりあえず、布団を汚さない程度に拭うか」
一度目は強く拭い、体の汚れを落とす。
二度目は優しく拭う。
最後は余った湯で髪を軽く濡らす。
(´<_` )「こんなもんか」
そう呟いたとき、何故か弟者は心に隙間風が吹いた気がした。
-
(´<_` )「ありがとうございました」
('、`*川「いいだ。お布団敷いておいだんずから。
ゆっくりおやすみんず」
(´<_` )「そうさせていただきます」
何か手伝うことでもあるか聞こうと思った。
だが、この後に女が風呂に入るのならば、弟者にできることはないどころか、
とんだ迷惑、変態になりかねない。
素直に好意を受け取り、二階への階段を登る。
一階にある火の光は強い。それ故に、二階へ進むごとに暗闇の中に紛れ込むような錯覚に陥る。
けれど、二階へたどりついたとき、そこは小さなものだったが、光があった。
疑問に思いながら足を進めると、光は弟者が荷物を降ろした部屋にあった。
(´<_` )「蝋燭か」
布団を敷いたときに置いてくれたのだろう。
小さな明かりが部屋を薄っすら照らしている。
-
弟者は蝋燭の火を目に映してから窓を開けた。
広がるのは闇だ。
時折、風によって木々はざわめくが、本当に静かな空間だ。
世界に一人っきりのような感覚。
己が水の底にいるような感覚。
(´<_`i||)「あ……」
腹の底から這い上がる気持ち悪さ。
背筋を駆け上る寒気。
どれもこれも嫌な感覚だ。
弟者は窓を閉め、蝋燭の火を消し、布団にもぐりこむ。
( <_ )「寝よう。そうだ。寝よう」
感じてはいけないことだったのだ。
この世界がまるで水の中など、考えてはいけなかった。
また嘔吐してしまうだろうし、怖くなる。
布団の中で弟者は丸くなる。
今、彼の心には隙間風が強く、何度も何度も吹いていた。
心が寒くて、また丸くなる。
そうすれば何かに守られているように思えた。
-
l从・∀・ノ!リ「おとじゃにいちゃん、いもじゃ、にいちゃんがだいすきなのじゃ!」
そうか? オレも妹者が好きだぞ。
@@@
@#_、_@
( ノ`)「よかったね。こんな可愛い妹がいて」
∬´_ゝ`)「まあ、見事に似てないわよね」
目も大きいし、口も大きいしな。
l从・Д・ノ!リ「いもじゃ、にてないのじゃ?」
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「そ、そんなことないよ! 妹者はうちの家族だからね!」
そうだぞ! 妹者もオレと似て……えっと……。
l从・Д・ノ!リ「…………」
ああ! そんな目をしないでくれ……。
∬´_ゝ`)「別に家族なら似てないと駄目とかないから」
彡⌒ミ
(;´_ゝ`)「そうだけどさぁ」
-
@@@
@#_、_@
( ノ`)「大きくなったら、妹者もあたしみたいになるよ」
l从・∀・ノ!リ「ほんとう? わーい! いもじゃ、ははじゃになるのじゃ!」
∬;´_ゝ`)「私嫌だなぁ」
オレも嫌だなぁ……。
妹者には可愛いままでいて欲しい。
∬´_ゝ`)「私は正真正銘、流石家の顔をしているわけだけど、喧嘩売ってる?」
えっ! そういうわけじゃないけど……。
というか、姉者も自分で嫌だって言ってたじゃないか。
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「弟者、女の人の感性は絶妙なんだよ」
∬´_ゝ`)「さーて、無知な弟を矯正しましょうか」
うわっ! 父者! たすけっ!
l从・∀・ノ!リ「わー。あねじゃがおにいちゃんをタコなぐりにしてるのじゃー」
ぎゃー!
-
∬´_ゝ`)「あら、あんたどこに行くの?」
ちょっと探検。
l从・∀・ノ!リ「いもじゃもいくのじゃー」
@@@
@#_、_@
( ノ`)「駄目だよ。妹者はここにいな」
l从・Д・ノ!リ「えー」
すぐ戻ってくるよ。
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「危ないところには行っちゃ駄目だぞ」
わかってるよ。
∬´_ゝ`)「それにしても、まだちょっと寒いわね」
l从・∀・ノ!リ「はるになったばかりだから、しかたないのじゃ」
-
川から少し離れて森で遊んでいた。
そしたら、遠くから何かが壊れる音がした。
驚いた。
そしたら次に、地鳴りのような音がした。
地面が振動していた。
オレは怖くて、近くの木にしがみついた。
その音が止むことをただただ願っていた。
音が止んだら、家族のところに戻るのだ。
きっと、妹者は怖がっているはずだから。
そんな考えのオレをあざ笑うように、水が飛んできた。
飛沫だ。
オレの目の前には大量の水が見えた。
何が起こったのかわからなかったのが一瞬。
思考が停止したのが一瞬。
全てを理解したのが一瞬。
叫び声を上げたのはどれくらいだっただろうか。
-
( <_ i||)「――っ!」
跳ね起きる。
布団を押しのけ、布団の上にうずくまる。
息は荒く、肩が揺れている。
腹はぐるぐると回り、今にも中身を上へ押し出そうとしている。
( <_ i||)「うぅ……」
夢を見た。
昔の夢だ。
幸せな頃の夢。
不幸になったときの夢。
やはり、寝る前にあのようなことを考えるべきではなかったのだ。
自分が世界で独りっきりなど、ここが水の底など、考えてはならなかった。
( <_ i||)「くそっ……うっ……」
弟者の目から溢れた涙が布団を濡らす。
涙など久しく流していなかったが、今回はしかたがない。
弱った心に突き刺すような夢だった。
-
涙が出る。
嗚咽が漏れる。
嘔吐感が増す。
何もかもが悪循環しているような気がしてならない。
せめて独りでなければいいのに。
( <_ i||)「うぁ……」
窓を開けて外の空気でも吸おうかとするが、足が上手く動かない。
無様に畳の上へ倒れるだけだ。
手を伸ばしても窓には届かない。
それがまた水の中を思わせる。
水面へ手を伸ばしても届かない。
溺れる。
( <_ i||)「た、すけ……」
助けを呼ぶ声など上には届かない。
( ´_ゝ`)「どうした弟者? そんな情けない声を出して。
こんな夜更けに呻き声など上げるものではないぞ。
それも、そんなか細い声で。悪霊か何かと間違われても、オレはあんたを庇ったりしないからな。
ああ、あのお嬢さんならば、あんたを助けたお嬢さんならば、
呻き声を聞いたところで、何とも思わないかもしれないな」
-
(´<_`i||)「あ……」
己の体から生えるソレを見つめる。
( ´_ゝ`)「馬鹿みたいな顔をするもんじゃないぞ。
人間という生き物は、他人の評価の大部分を外見に左右される。
せっかくあんたに優しくしてくれているお嬢さんからの評価を、
別れの間際にして地の底に落とす理由などありはしないだろ?」
兄者は体を伸ばし、窓を開ける。
冷たい風が部屋の中に入り、弟者の頭と体を冷やす。
(´<_`i||)「うる、さい……。
お前に、何が、わかる」
( ´_ゝ`)「わからないな。オレは悪魔だが、他人の心の内を読めるわけじゃない。
オレの知る限りでは、人間も同じはずだ。
他人の心がわかる奴っていうのは、憶測をたてるのが上手い奴ってだけだ。
それでも、それが事実かどうかわかるのは、心を持っている本人だけ。
なあ弟者。お前は何を思った。何を考えた。それは口にしなければ、誰にも理解されないぞ。
口にしたところで、理解されるとは限らないが、それでも可能性は出てくる」
(´<_`i||)「黙れ……」
( ´_ゝ`)「怖い怖い。と、でも言ってやりたいんだけどな。
今のあんたは顔が真っ青。世界は真っ暗だが、オレにはわかる。
その青さと言ったら、真夏の青空にも勝る」
-
(´<_`i||)「どれだけ口にしても、お前などにわかるものか。
親も兄弟もいない悪魔なんぞに」
( ´_ゝ`)「親兄弟がいないことは事実だ。故に反論はない。
しかしだな、だからといって、家族を持つ人間の気持ちがわからぬと断定するのは、
些か早計すぎるというものではないか?
これでも、生きている年数はあんたよりもずっと長い。
理解できずとも、わかることならばごまんとある」
兄者の言葉が紡がれるにつれ、弟者の顔色はよくなる。
いや、よくなる。と、いう言葉には語弊があるかもしれない。
正確には、怒りで頭に血が上り、顔が赤くなっている。
(´<_` )「お前が人のことをわかるだと?
笑わせるな。どれほどの時間を生きたところで、
兎は人になれないし、人は鳥にはなれない」
( ´_ゝ`)「長い間生きた獣は変化するというぞ。
その変化の行きつく先がどこにあるかなど知らぬくせに。
未来には兎が人になることすらあるやもしれん」
(´<_` )「それを世迷言という。可能性と妄想だけで現実を語るな」
( ´_ゝ`)「あんたの硬い頭で未来を語らないでもらいたい。
オレはそれこそ、人間がほんの少ししかいないような時代から生きている。
もっとも、こちらの世界で過ごした時間はそこまで長くないかもしれないが。
オレは知っているぞ。人間が驚く早さで増えたことも、家を作るようになったことも。
子供のように無知なあんたに比べれば、オレは知識人だ」
-
(´<_`# )「そうかい、そうかい。
ならば、ありがたい知識人様は、オレの話を聞いてくれるでしょうねぇ!」
( ´_ゝ`)「無論だ。オレが話を聞くことで、あんたがその変な顔を止めるならな。
あんたが情けない、哀れな阿呆の顔をしていると、その姿を象ってるオレまで被害にあう。
即ち、オレが情けない、哀れな阿呆の顔をしているように見えてしまう」
(´<_`# )「なら、その姿を止めてくださっても構わないんですが」
( ´_ゝ`)「その提案は頭の片隅に置いておこう。
今はそんなことよりもあんたの話を聞こう。
話したら疲れて眠ってしまえばいい。
あんたの中で聞いていたが、北を目指すのだろ?
この寒い中、奇特な考えをお持ちで」
(´<_`# )「お前がいなければ、北へ行くことも、そもそもここにいることもなかったのだがな」
( ´_ゝ`)「そんなことは知らないな。
何度も言っている通り、オレは契約の元にここにいる。
あんたが覚えていようが、覚えてなかろうが、オレはあんたの願いを叶える。
達成されれば消えるさ。ここにいたことが嘘のように」
(´<_`# )「その日が来るのが早いか、払ってもらうのが早いか。
実に楽しみなことだ」
夜更けということもあって、怒りの表情を浮かべている弟者も声を抑えている。
絶え間なく続いていた口論に少し間が空く。
弟者は闇に紛れている兄者をじっと見た。そして口を開く。
-
(´<_`# )「最悪の夢見だったよ。ああ、最高で、最悪の夢だった。
あれは昔の夢だ。そう、夢というよりは、現実だ。
オレの家族がいた。父がいて、母がいて、姉がいて、妹がいた。
オレは愛していた。家族だ。当然だ。
妹はまだ幼かった。オレの後をいつもついて回っていた。
目が細い一族の中で、どんな変化が起こったのか、まん丸な目をしていた。
表情もくるくる変わって、誰にでも愛されていた。
幸せだったさ。家族でいるころは。小さなことで笑いあい、小さなことで涙を流しあった。
家族のいない悪魔にはわかるまい。
そんな幸せが壊されたのだ。
雪が溶け、春の息吹を感じ始めた頃、オレ達は川へ行った。
まだ冷たい水に足をつけ、遊んでいた。
オレが少し川から離れて森で遊んでいるときだ。
川の上流に作っていた堤防が壊れた。
雪解け水が滝のように押し寄せてきた。
川にいた家族は全員流された。
生き残ったのはオレだけだ。オレは家族を飲み込んだ水を呆然と眺めているしかできなかった。
しばらくは呆然と過ごし、ある日、妹の遺体が見つかったと聞いた。
オレは見た。妹を。
皮膚のあちらこちらが裂けていた。
裂けていない場所は変色しているか、溶けかかっていた。
口には虫や草が入りこみ、開いたままの目から目玉が蕩けているのが見えた」
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一気にまくし立てる。
兄者の言葉など聞かずにすむように。
一言も言葉を挟ませる気などなかった。
(´<_` )「どうだ。わかるのか? お前にはオレの気持ちが。
水を見るだけで吐き出す時期もあった。
今でこそ、水くらいならば、水死体を見なければ平常を保てるが、
ここは駄目だ。全てが水の中のようだ。そこかしこに水死体があるような気さえする」
( ´_ゝ`)「弟者よ。それは妄想だ。
ここが地上であることは疑いようがないし、そこらかしこに死体があったとしても、
それは水死体ではない。抜け殻に殺されたか、餓死したか、病か。そんなものだ」
(´<_` )「ほうら見ろ。お前はなにもわかっちゃいない。
妄想だ。と、言われ、ならばと気持ちを切り替えられるほど、人間は単純ではない」
( ´_ゝ`)「なるほど。それは確かにそうだ。
それだけで切り替えられるような気持ちなど、所詮大したことではなかったということになる。
ならば、オレはオレらしく。悪魔は悪魔らしく。できることをした方が良さそうだ」
(´<_` )「悪魔らしく?」
( ´_ゝ`)「そうだ。オレは悪魔だからな。
励ますだとか、慰めるだとか、そんなものは人間に任せよう。そう、あのお嬢さんでもいい。
代わりに、オレはオレにできることをしよう。
弟者。お前が望むのならば、その悪夢を消し去ってやってもいい」
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(´<_` )「消し去る?
悪夢がお前の能力で、魂と寿命の他に唯一食べられるものか」
( ´_ゝ`)「いいや。違う。オレは獏ではないからな。
だが、あんたが、つまり、ご主人様が望むのならば、そのくらいはしてやろう。
と、言っているのだ。
さあ、どうする? これはオレにしかできないことだ」
兄者は手を差し伸べる。
手を取りさえすれば、この苦しみから解放される。
弟者は喉を鳴らす。
静かな世界に緊張が走った。
取るか。取らぬか。単純な二択。
悪魔なんぞ消えてしまえと思っている彼が、兄者の能力に縋ることができるのかどうか。
硬直している弟者を兄者は急かさない。
ただじっと手を差し伸べたままの姿で待っている。
(´<_`;)「悪夢を……」
息苦しさからも、吐き気からも、眠れぬ苦しみからも解放される。
愛おしい妹の死に顔を思い出さなくてすむ。
弟者はそっと手を伸ばした。
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弟者の手が兄者に触れる直前、彼ははたと思う。
息苦しさはあるのか。
吐き気はあるのか。
眠れぬほどの苦痛がもたらされているのか。
果たして、自分は一人なのか。
(´<_` )
( ´_ゝ`)「それがあんたの選択ならば、オレは何とも言わないぞ。
後悔しても、後々にまで正しかったと信じていたとしても、
嘲笑することもなければ褒めることもしない。
ただ、よく選んだな。と、だけ言ってやろう」
(´<_` )「オレはオレの心に正直に行動しただけだ」
自問自答の末、弟者は答えを出した。
触れようとしていた手で、兄者の手を叩き落としてやった。
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(´<_` )「もう、悪夢は見ない」
( ´_ゝ`)「そうか。すっかりいつも通りの顔をしているところを見ると、それは真実なのだろう。
中々の強さで叩き落としてくれたな。
オレが人間だったならば悲鳴の一つもあげていたかもしれん。
あんたがどのような考えを経てオレの手を叩き落としたのかは想像もつかない。
だが、もしも、それを言葉にするつもりがあるのならば、是非ともお聞かせ願いたいものだ」
叩き落とされた手をわざとらしく振りながら言う。
けれど弟者は開けられた窓を閉めながら拒否を告げるだけだった。
兄者は多少、残念そうにはしていたが、無理にでも聞くつもりはなかったので、口を閉じた。
そのまま弟者の中へ戻ろうとしたとき、言葉が紡がれた。
(´<_` )「この村に入って始めて出てきたな」
世間話をするように言われ、兄者は弟者の言いたいことがわからなかった。
皮肉や文句の方が、まだ言い返しようがあったというものだ。
( ´_ゝ`)「……この村は特に目を引くものがない。
静か過ぎる人間と、少数派であろう文化だけだ。
わざわざ姿を見せて騒がれるのも面倒だ。
あんたも知らないわけではないだろ? オレとて、無駄に騒がしいのは嫌いだ」
(´<_` )「そうか。ならば、そういうことにしておこう」
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何か言いた気な兄者を無視して弟者は布団にもぐりこむ。
兄者が外に出た状態のままだと寝にくいことこの上ないので文句を言えば、
意外にも素直に引っ込んでくれた。
(´<_` )「おやすみ」
身の内にいる兄者へ言うように呟き、目を閉じる。
もう目蓋の裏に悪夢は浮かばない。
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弟者は一人で食事をした記憶が少ない。
家族を失ってからも、引き取ってくれた親戚と食事をした。
茶屋を出てからはいつも兄者か他の誰かがいた。
悪魔が嫌いな弟者だが、思えば兄者がいて助かったこともあった気がする。
今宵など、特にそうだと思える。
体調が優れない弟者のために騒ぎを起こさぬようにしていた。
文化に関する話など、いつもの兄者ならば嬉々として口を挟んできただろうに。
悪夢で目覚めた弟者には希望を与えてくれた。
あれで、存外悪い悪魔ではない。
今まで兄者に対して、考えたことも感じたこともないはずの感情だった。
だが、不思議なくらいその感情は自然に宿った。
まるで、元々宿っていたのに気づかなかったような、
そんな不可思議な感覚を胸に弟者は眠りについた。
了
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転載元:http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1350283827