(´・ω・`)残雪は春風に吹かれて……のようです
- 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:14:37.78 ID:hiywf+PT0
-
――僕には歳の離れた義姉がいた。
父親の再婚を切欠に家族になったその女性は、とても綺麗で、とても優しかった。
不思議と、甘い匂いがしたのをよく覚えている。
柔らかくて、温かい気持ちになれる匂いが、僕は好きだった。
肩まで伸びた天然の茶髪は全体的に柔らかく波打っていて、顔立ちは端正で整っていた。
初めて会ったその日の内に、僕は義姉の事が大好きになっていた。
僕はその時から、義姉の事をハルねぇと呼ぶようになった。
千春だからハルねぇ、というわけだ。
ハルねぇは僕の事をショボンちゃんと呼んだ。
自分で言うのもあれだが、僕達は血の繋がった姉弟よりも仲が良かった。
歳が離れていたからだろうけど、一人っ子だった僕にとって姉が出来た事は何よりも嬉しかった。
昔、公園にある高い木を見て、後先考えずに上った事がある。
下りる事が出来ない事に気が付いて、僕は泣いた。
僕は少し馬鹿だった。
でも、ハルねぇはそんな僕を助けに来てくれた。
从´ヮ`从ト 「あのねぇ……」
(´;ω;`) 「は、ハルねぇ……」
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:16:15.74 ID:hiywf+PT0
- 木から下りる時、僕はハルねぇの背中におぶさった。
スルスルと木から下りて、ハルねぇは僕に無謀な事をしないようにと言い聞かせた。
それ以来、僕はハルねぇに心配をかける様な事はしないようにした。
当時の僕はとても泣き虫で、とても弱虫だった。
大きな犬を見ると泣いてハルねぇに抱きついて。
ホラー映画を見ると泣き叫んでハルねぇに抱きついた。
するとそれを見たハルねぇは、決まってこう言うのだ。
从´ヮ`从ト 「こら、ショボンちゃん!! しゃきっとしなさい!!
男の子は、女の子の前で簡単に泣いちゃ駄目なのよ」
いつもは優しいけど、僕を怒る時のハルねぇはとても怖かった。
振り返ってみると、あれは愛情の裏返しだったんだろう。
僕が泣き止むと、ハルねぇは穏やかな笑みを浮かべて、僕の頭を撫でてくれた。
心細くなった時や、悲しくなった時。
ハルねぇは、必ず僕の手を握ってくれた。
柔らかく、温かく、包むように僕の手を握ってくれる、綺麗な手。
人生の中で大切な事は、みんなハルねぇが教えてくれた。
勉強、遊び、そして人を想う優しい心と強い心。
今の僕を作ったのは、ハルねぇだと言っても過言ではなかった。
ハルねぇのいない人生など、想像できなかった。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:18:32.68 ID:hiywf+PT0
- 両親は僕等を養う為に夜遅くまで働いていたので、僕には忙しそうな二人の背中しか記憶にない。
だから。
3月12日に両親が出張先で災害に巻き込まれて亡くなったのを聞いた時、涙が流せなかった事を、僕はよく覚えている。
どうしたらいいのか分からなかったんだと思う。
そんな僕の横で、ハルねぇは口を固く結んで、ずっと手を握っていてくれた。
おかげで僕は、思考の追い付かない寂しさと悲しさに押し潰される事は無かった。
幸い、一軒家を両親が残し、高校卒業間近だったハルねぇが就職したおかげで、僕が施設に行く事は無かった。
残った少しの遺産とハルねぇの給料で、僕達は細々と生活する事が出来た。
それから、どんな時でも、ハルねぇは僕の授業参観や運動会に欠かさず出てくれた。
遠足の時にはいつもよりも豪華なお弁当を作ってくれた。
仕事で忙しい事を知っていた僕は、それが申し訳なく感じると同時に、嬉しかった。
学校で作った色々な物は、全部ハルねぇにあげた。
子供の僕に思い浮かぶ恩返しと言えば、そんなことぐらいだった。
母の日に手紙を書いた事がある。
勿論、ハルねぇ宛てに。
内容はよく覚えていないけれども、手渡した時にハルねぇが笑ってくれたのは覚えている。
僕はまだ小学生だったから出来る事は少なかったけど、でも、ちょっとした事なら手伝えた。
洗濯と掃除は、小学校六年生の時には完璧に身に付けていた。
ハルねぇが帰ってくるまで、僕は友達と一緒に遊ぶ事で時間を潰していた。
泥まみれ、汗まみれになって帰る。
服を脱いで洗濯機に放り入れ、お風呂に入ってから、ハルねぇの帰りを待つ。
決して裕福ではなく、決して特別な生活でもない。
でも、そんな毎日が僕は好きだった。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:21:22.44 ID:hiywf+PT0
-
从´ヮ`从ト 「ただいま」
(*´・ω・`) 「おかえり、ハルねぇ!!」
仕事帰りのハルねぇは、疲れた様な顔を見せた事がない。
と云うより、そんな仕草さえ、僕は見たことがなかった。
ただ、ハルねぇは僕を見ると嬉しそうに笑って、抱きしめてくれた。
両親がいなくなってから、ハルねぇは僕をよく抱きしめる様になった。
僕はそれが好きだった。
ハルねぇの胸の中は冬の陽だまりの様に温かく、優しく、そして良い香りがしたからだ。
ぎゅっと僕を抱きしめた後、ハルねぇはお風呂に入ってから、もう一度僕を抱きしめるのが習わしとなっていた。
曰く、ショボンちゃん成分と云う謎の物質を補給しているらしかった。
それからハルねぇは夕食を作って、僕はそれを手伝った。
一緒に食べた後、僕等は一緒にテレビを見た。
よく分からないけれど、僕はハルねぇの膝の上が好きだった。
ハルねぇが寝転がっている時も、正座をしている時も、僕はハルねぇの膝を枕にした。
そして、まどろんだ僕はハルねぇに抱えられて、一緒の布団で寝た。
二人で寝ている間、僕はハルねぇの抱きまくら代わりだった。
冬は最高に温かかったが、夏は流石に暑かった。
でも、嫌だと思った事は一度もない。
中学生になってもそれは変わらなかった。
変わった事と言えば、一つぐらいだろう。
僕とハルねぇの距離が以前にも増して、より親密な物になった事ぐらいだ。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:25:12.04 ID:hiywf+PT0
-
家族、姉弟としての距離とは、少し違う。
互いの存在がかけがえのない、半身の様に思えるような距離。
この距離がいつまでも続けばいいのにと、僕は思っていた。
僕は常にハルねぇに心を寄せていたので、高校に入学してからも、恋人はいないままだった。
高校生になったのを機に、僕はアルバイトを始めた。
スーパーマーケットの品出しだ。
初めてもらった給料で、僕はハルねぇに毛糸の帽子と手袋、それとマフラーをプレゼントした。
ハルねぇはとても喜んでくれた。
高校三年生になった時、僕はハルねぇの偉大さの片鱗を感じた。
学友達とは大きく異なる道を選ぶ事の難しさ。
それでも尚、ハルねぇは僕を育ててくれた。
そうでなければ、僕は今頃孤児院に預けられていた。
感動と同時に、圧倒的な感謝の念が僕の胸を締め付けた。
いつかこの恩を返したい。
その一心で、僕は死に物狂いで勉強をした。
その甲斐あって僕は、入学料、授業料が免除される特待生で大学に進学する事が出来た。
合格発表の夜、ハルねぇはささやかなお祝いをしてくれた。
僕の好きなジャガイモのグラタンと、仕事帰りに買ったイチゴのショートケーキ。
ハルねぇの前で泣いたのは、久しぶりの事だった。
その夜、ハルねぇは珍しく酔っ払っていた。
ハルねぇがお酒を飲む所を見た事があまりない僕にとって、それは新鮮な光景だった。
いつもは凛としたハルねぇの表情が、ふにゃりと、溶け落ちそうな笑顔を浮かべていた。
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:29:08.36 ID:hiywf+PT0
- 頬はほんのりと朱に染まり、瞳は潤んで視線は僕の眼を見据えていた。
上機嫌であると、一目で分かった。
同時に、気分が高揚しているのも、よく分かった。
僕は初めてと云うか、久しぶりと云うか、ようやくと云うか。
ハルねぇが色っぽく、魅力的であると思ってしまった。
家族に対してその様な感情を抱く事が過ちである事は分かっていたが、心はどうしようもなかった。
気まずくなって視線を逸らしたのは、ハルねぇがショートケーキの上に乗っていたイチゴを食べた時だ。
机越しに体を乗り出したと思った時には、僕の唇にハルねぇの柔らかい唇が重ねられていた。
甘酸っぱいイチゴの味が、僕にとって初めてのキスの味だった。
僕は驚きのあまり体が硬直して、何も考えられなかった。
80年は続く僕の人生の中で、この日程驚いた事は無いだろう。
その日、僕は自分の気持ちに気付いてしまった。
憧れ、感謝、畏敬、尊敬。
僕の中にあった様々な感情の背景にあったのは、異性としてハルねぇの事を好いている、自分の気持ちだった。
自分の気持ちに気付いたその日から、僕は二人の距離を気にするようになった。
どうやらそれは、僕だけではない様だった。
なんだろう。
ハルねぇはまるで、度の過ぎた悪戯をして、相手の出方を窺う子供の様だった。
と云う事は、僕は悪戯でファーストキスを奪われたのだろうかと、少し不安に思った。
家族同士でキスをするのは、あまり聞く話ではない。
子供同士ならまだ有り得る話だけど、社会人と学生の年齢に達した姉弟でと云うのは流石に聞いたことがない。
新聞にある人生案内に載っていたのを見たぐらいだ。
それか、漫画かゲームぐらいである。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:32:52.59 ID:hiywf+PT0
-
ともあれ、僕達の関係が悪化する事はなかった。
入学してから、僕は大学で様々な勉強に打ち込んだ。
家から比較的近い大学を選んだのは、ハルねぇから離れたくないと無意識の内に思っていたからかも知れない。
ハルねぇより遅くなる事のない様に授業を組んで、サークルには所属しなかった。
高校時代からの友人と呼べる人間もいたが、僕は遊ぶ事よりも家庭を優先していた。
友人は僕の家庭の事情を知っていたので、仲違いする事は無かった。
事情を知らぬ人からしてみれば、僕は大分自分勝手な人間に映っただろう。
……まぁ、行動の中心に絶えずハルねぇの存在があったから、自分勝手と云うのは間違いではない。
学校の授業が午前中で終わる日や授業が無い日は、アルバイトをしてお金を稼いだ。
高校から続けていたおかげで、アルバイトの時給は大分上がっていた。
昼食はハルねぇがお弁当を作ってくれたので、お金がかかる事は無かった。
稼いだお金で学業に必要な物を買い、残ったのはハルねぇに渡した。
結局、ハルねぇは受け取る代わりに、僕の銀行口座に全額振り込んでいた。
从´ヮ`从ト 「いつか、自分が使いたい時に使いなさい」
僕は信じていた。
この優しい日々が何時までも続いて行くんだと。
多くを望みさえしなければ、この関係は曖昧なまま、崩れる事は無いと、信じていた。
だけど。
それは、大きな間違いだった。
二人で過ごしたクリスマスも終わった大学二年生の冬、それは唐突に。
何の予兆も無く、僕達に訪れた。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:37:46.73 ID:hiywf+PT0
- ――ハルねぇが、仕事中に吐血して病院に運ばれたのだ。
携帯電話を持つ手から血の気が失せ、全身が氷漬けになったかのように冷たくなった。
目の前が真っ暗、と云う言葉は知っている。
冗談か比喩の類だと思っていた。
だけど、そうじゃなかった。
現実を否定する為に目の前の視覚情報を遮断するのだと、後になって思った。
僕は電話を受けてから直ぐに、そのまま病院へと向かった。
ハルねぇが手術室から出て来た時には、日付は変わっていた。
唯一の家族である僕は、執刀医に容体を聞く事にした。
きっと、過労だろうと僕は思っていた。
これから暫くの間は僕が家事をやる事になる。
ハルねぇが休めるのなら、それもいい。
自宅療養になれば尚いい。
どんな料理をしようか。
二人で料理をしながら、ハルねぇにはゆっくりとしてもらいたい。
――なんて、そんな甘い考えは直後に否定された。
('A`) 「……非常に言いにくいのですが、お姉さんは末期の膵臓癌です」
医者の言葉に、僕は思わず聞き返していた。
(´・ω・`) 「すみませんが?」
- 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:42:45.59 ID:hiywf+PT0
-
('A`) 「膵臓癌は発見が困難な上に、治療が困難なのです。
腫瘍もだいぶ肥大化しており、検査の結果、他の臓器にも転移している事が分かりました。
申し訳ありませんが、ここまで進行していると手の施しようがありません」
何か言おうとした僕に先んじて、医者が指を二本立てて告げる。
('A`) 「二つ、道があります。
一つは抗癌剤投与による延命措置。
そしてもう一つは、延命措置を続けながら、新薬が現れるのを待つ事です」
これがこの人の仕事である事は分かっている。
こうして事実を歪曲せずに告げる事が、この人の仕事なのだ。
一体どれだけ宣告をしてきたのか、その顔に刻まれた皺の数が、如実に物語っている様な気がした。
僕は漠然と情報を耳に入れ、愕然とそれを理解した。
当然、僕に答えが出せる筈がない。
この医者も、それを知っているだろう。
あくまでも、家族に覚悟をさせる為の言葉なのだ。
答えを出す代わりに、僕は質問をした。
(´・ω・`) 「延命治療をしなかった場合、どれぐらい長生きできるんですか?」
('A`) 「よく持って半年。最悪、二ヶ月も持たないかもしれません。
初期症状があった筈なのですが、お姉さんは何か言っていませんでしたか?」
……僕は、何も知らなかった。
ハルねぇは、僕の前では弱みを見せた事が無い。
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:47:13.90 ID:hiywf+PT0
-
医者は小さな溜息をもらして、こう言った。
('A`) 「癌治療の最も有効な手段は、早期発見にあります。
もう少し発見が早ければ……と言っても、仕方ないのですが」
医者「新薬が出ない、とは言い切れません。
間違っても、心霊療法や健康食品による治療に頼らないように。
あんな事で人が助かるのであれば、医者は必要ありませんから」
(´・ω・`) 「……僕が決める事では、ありませんので」
翌朝、僕は学校を休んでハルねぇの病室に向かった。
医者にハルねぇの余命宣告を受けたその日に、僕はアルバイトを辞めた。
アルバイト先の店長に理由を告げると、残ったシフトの事は気にしなくていいと言われた。
ありがたい提案だった。
これで、一分一秒でも長く、ハルねぇと一緒にいられる。
ハルねぇが起きたのは、正午少し前の事である。
静かに寝息を立てていたハルねぇが目を開けると、僕は思わず涙を流してハルねぇに抱きついていた。
从´ヮ`从ト 「あら、どうしたの?」
(´;ω;`) 「……っっ!!」
僕は、声を殺して泣いた。
震える僕の頭を、ハルねぇが撫でる。
呆れたように息を吐いて、優しい口調で尋ねた。
从´ヮ`从ト 「何か、悲しい事でもあったの?」
- 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 20:52:40.23 ID:hiywf+PT0
-
ようやっと泣き止んだ僕は、分かる範囲でハルねぇの病状を伝えた。
ハルねぇは驚く事も泣く事も、怒ることも無く。
从´ヮ`从ト 「……そう」
とだけ、言った。
それからハルねぇの主治医がやって来て、正確な病状を伝え、例の二つの選択肢を提示した。
从´ヮ`从ト 「……自分の好きなように生きたいと思います」
('A`) 「……そうですか。
決して自暴自棄にならずに、余生を過ごして下さい。
多幸感や笑いが癌細胞を消したと云う実例があります。
何かあれば、こちらに連絡を」
名刺を近くの机の上に残し、主治医は病室を去った。
从´ヮ`从ト 「ねぇ、ショボンちゃん」
ハルねぇが僕の名前を呼んだのは、5分程の沈黙を挟んでの事。
(´うω;`) 「うん?」
泣き腫らした眼を擦って、そんな返事をした。
从´ヮ`从ト 「私、旅行に行きたいな。
それでね、綺麗な風景を一杯見たいの」
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:05:12.63 ID:hiywf+PT0
-
僕は驚いた。
ハルねぇが初めて僕に頼みごとをしたのだ。
初めて頼られた事に、僕は嬉しく思うと同時に、こんな時にしか頼りにされない事に悲しみも覚えた。
同時に僕は理解した。
これは、ハルねぇの我儘だと。
残された時間を有意義に使いたいと云う、ハルねぇの我儘。
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん、一緒に来てくれる?」
拒む理由など、何処にもなかった。
(´・ω・`) 「うん、ハルねぇ」
――これが、今から一週間前の事である。
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:08:41.17 ID:hiywf+PT0
- それから。
手付かずだった貯金を使って、僕達は飛行機で遠く離れた雪国に向かった。
空港に到着した途端、僕達は揃って感動の声を上げた。
(´・ω・`) 从*´ヮ`*从ト 『うわぁ……』
今までに僕が経験した雪の降り方とは全く異なる。
世界に白い化粧を施す純白の雪は、灰色の空から花弁の様に舞い落ちる。
風に合わせて絶えずその向きを変え、雪は世界を白くした。
空は灰色、淡い灰色だ。
銀世界とはよく聞くが、その景色を見た瞬間、それは間違っていると思った。
モノクローム、と云う表現の方がしっくりくる。
タラップを降りて空港のロビーに向かい、バックパックとキャリーケースを受け取った。
それから、僕達は一先ず昼食を取ることにして、空港を出た。
氷の様に冷たい風が、僕達を歓迎してくれた。
从´ヮ`从ト 「やっぱり、ここに来たからにはカニを食べたいわね」
僕がプレゼントした毛糸の防寒具一式は、ハルねぇを寒さから守っているようだ。
対して、僕は寒かった。
結構な防寒対策をしたつもりだったのだが、考えが甘かった。
ダウンジャケットの襟を掻き寄せ、僕は辺りを見回した。
やはり、この土地は冬に栄えるようだ。
外国人のツアー客だろうか、外国人の団体がバスに乗り込むのが見えた。
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:11:10.54 ID:hiywf+PT0
- ハハ ロ ?ロ)ハ
/ ,' 3
僕達は近くに停まっていたメルセデスのタクシーに乗って、漁港に向かう事にした。
内装的にも車種的にも、どうやら、個人経営のタクシーの様だ。
会社でやっているタクシーよりも、こう云う方がなんとなく僕は好きだった。
漁港にある食堂は、一般人でも利用する事が出来る為、密かな観光名所となっている。
この地に来たからには、そこに行きたいとハルねぇが言っていた。
運転手さんに行き先を告げると、心得ているとばかりに短く返事をして、タクシーを発進させた。
窓の外の風景は相変わらず色彩の豊かさに欠けていて、どこか物悲しく見える。
灰色の街。
灰色の空。
灰色は、燃え尽きる直前の色。
信号機の色はまるで星の光。
僕の眼には、それら全てが悲哀に満ちた世界に映った。
从´ヮ`从ト 「あら、どうしたの?」
我知らず物悲しげな表情を浮かべていたのだろうか、ハルねぇに心配されてしまった。
僕は無理矢理顔に笑顔を浮かべ、何でも無い風を装った。
(´・ω・`) 「こんなに雪が積もってるの、初めて見たからさ」
从´ヮ`从ト 「そうだね。私達の住んでたところじゃ、雪が降っても積もらなかったからねぇ」
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:14:06.15 ID:hiywf+PT0
-
僕がまだ小さい頃、何度か雪が降った事がある。
山に囲まれた地域だからだろうか、雪が積もる事は殆どなかった。
十年以上も住んでいるが、積もったのは二度ぐらい。
そして、雪だるまが作れたのはその内の一回だけだ。
雪国の人にとっては邪魔になるらしいが、僕は未だかつて雪が邪魔だと思った事は無い。
非常にゆっくりとした速度で進むタクシーの車内は暖房が入っていて、窓ガラスは直ぐに曇った。
曇ったガラスに指を走らせ、ハルねぇは垂れ眉の顔文字を書いた。
『(´・ω・`)』
从´ヮ`从ト 「今のショボンちゃん、こんな顔してたよ。
ショボーン、って」
(´・ω・`) 「そ、そう?」
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんはこっちの方が似合ってるわよ」
そう言って、ハルねぇは眉尻の吊り上がった顔文字を書いた。
『(`・ω・´)』
从´ヮ`从ト 「シャキーン」
無邪気な笑顔を浮かべるハルねぇを、僕は久しぶりに見た気がする。
色々な枷から解き放たれた鳥が自由を謳歌する様で。
それこそが、僕の守りたかった物で。
泣きたいぐらいに、僕は悔しかった。
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:19:16.46 ID:hiywf+PT0
-
そんな感じで、車内は何とも言えない空気に包まれた。
ラジオから流れてくるゆっくりとしたテンポの音楽だけが、車内に静寂が満ちるのを防いでいた。
こんな時、どんな風に接したらいいのだろう。
両親よりも長い間僕と一緒にいるハルねぇが、後数か月、もって半年と言われて、僕はどうしたらいいのか。
正直なところ、よく分かっていなかった。
それは、頭が真っ白になっているのではなく、やりたい事が溢れすぎている為だった。
言いたい事、言ってもらいたい事。
したい事、してもらいたい事。
それらは際限なく、こうしている間にも頭の中に次から次に浮かんでくるのだ。
程なくしてタクシーは漁港に着き、僕達は荷物を持って漁師食堂に向かった。
一見して、そこは倉庫だった。
所々の塗装は剥げ、錆びが浮かび、年季を漂わせている。
しかし、独特の活気がそれらをみすぼらしく見せず、歴史ある建物が持つそれと同等の雰囲気を作り上げていた。
如何にも漁師と云った風体の中年男性達がひっきりなしに動きまわる中、僕達は完全に場違いに思えた。
( `ハ´)「おう、どうした兄ちゃん」
立ち尽くしている僕等の横から、その人は声を掛けて来た。
浅黒い肌、ウィンドブレイカーの下から押し上げる、岩の様に発達した筋肉。
がっちりとした体躯と野太い声をしているが、人の良さそうな表情をしている。
(´・ω・`) 「あ、えっと、この辺に食堂ってありませんか?
出来れば蟹が食べられるところが良いんですけど」
( `ハ´) 「だったら、そこの花丸食堂が一番だ。
あそこの蟹の味噌汁を一度飲んだら、もう他のは飲めねぇよ」
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:24:46.40 ID:hiywf+PT0
-
髭面の人が指差した先には、薄汚れた看板が見える。
(´・ω・`) 「ありがとうございます」
从´ヮ`从ト 「御丁寧にありがとうございます」
僕達は殆ど同時にお礼を言った。
( `ハ´) 「なぁに、イイってことよ」
さっぱりとした性格とは、実に気持ちがいい物だ。
心に思った事をそのまま口にしているのだと分かるので、変に気遣う必要がない。
髭面の人は手を上げて、のしのしと、クマの様に何処かへと行ってしまった。
僕が二人分の荷物を持って、食堂に行く。
海の匂いに混じって、確かに、食欲をそそる香りが漂ってくる。
醤油、いや、味噌?
大分傷ついて汚れた引き戸の向こうには、大勢の漁師達がいた。
不思議だ。
食堂独特の雰囲気がこれほどまでに色濃く出ているとは思っていなかった。
自分達は場違いではないだろうかと危惧していると、三角巾を頭に巻いた中年女性が内側から扉を開けた。
('、`*川 「あら、どうしたんだい?
食べてくんじゃないのかい?」
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:29:12.75 ID:hiywf+PT0
-
从´ヮ`从ト 「えぇ、ここの蟹のお味噌汁が絶品だと聞いて」
('、`*川 「そりゃあそうさ。
そこらのケチくさい店とは違うからね。
だから、ここにはこんなムさい人達が集まるのさ」
笑顔で冗談を飛ばすおばちゃんの顔を見て、僕は変な緊張を解いた。
もっとも、ハルねぇは最初から緊張していなかったみたいだけど。
扉の向こうから漂ってきた香りに、僕のお腹が音を鳴らした。
('、`*川 「それじゃ、外は寒いからさっさと中に入りな」
从´ヮ`从ト 「ほら、行きましょう」
(´・ω・`) 「あっ……」
本当に。
本当に久しぶりに、僕はハルねぇに手を引かれた。
子供の頃、僕をいろんなところに連れて切ってくれた、優しい掌。
その感触は、何年経っても変わっていなかった。
店内の片隅。
空いていた席に案内され、僕達はそこに荷物を置いた。
ラミネート加工されたメニューを渡されて、ハルねぇは蟹の味噌汁定食を頼んだ。
僕も同じ物を頼もうかと思ったけど、ハルねぇの眼を見て、それを止めた。
違う物を頼めば、違う味を楽しむ事が出来る。
サザエのつぼ焼き定食を頼んで、僕達は一息ついた。
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:33:26.87 ID:hiywf+PT0
- (´・ω・`) 「それにしても、予想以上に寒いね」
从´ヮ`从ト 「そうねぇ。でも、その分温かい食べ物が美味しく感じるわよ」
熱いお茶を啜りながら、ハルねぇは店内を見回した。
喧騒に満ちた店内で交わされる会話は断片的に僕の耳にも届いている。
家族の話、漁の話、世間話。
他愛のない話の中に。
何て云う事のない日常の中に。
掛け替えのない物がある事に気付いたから、この光景が変わって見えるのだろう。
置かれていたおしぼりで手を拭って、二口目のお茶を啜り終えた時である。
('、`*川 「はい、お待ち」
大きなお盆を両手に持って来たおばちゃんが、それを僕とハルねぇの前に置いた。
从´ヮ`从ト 「あら、すごくいい匂い」
確かに、これまで僕が経験した事のない匂いが、ハルねぇのお味噌汁から漂っていた。
その香りは磯の香りと蟹の香り、そして味噌の香りが混ざり合って作り出した、複雑な芳香だった。
ちなみに、僕のサザエのつぼ焼き定食からは強烈な、それこそ海を凝縮させた様な香りがする。
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん、ビールは飲まないの?」
(´・ω・`) 「流石に昼間からは飲まないよ」
从´ヮ`从ト 「私は飲みたいなぁ」
- 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:36:01.20 ID:hiywf+PT0
- 期待に満ちた目を向けられると断れない。
(´・ω・`) 「……分かったよ、僕も飲むよ」
从´ヮ`从ト 「そうそう。お姉ちゃんは素直なショボンちゃんが好きよ」
(´・ω・`) 「すみません、生ビールを二本お願いします」
('、`*川 「はいよ」
瓶ビールとグラスが運ばれ、僕はハルねぇのグラスにビールを注いだ。
少し、泡が多くなりすぎてしまった。
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんはあんまり慣れてないのね」
そう言って、ハルねぇが今度は僕のグラスにビールを注いだ。
絶妙な量のビールがグラスを満たし、グラスの淵ギリギリに泡の蓋を作った。
从´ヮ`从ト 「ビールはこうやって注ぐのよ。
……はい」
と、ハルねぇがグラスを掲げる。
僕もグラスを掲げ、軽くぶつけ合った。
从´ヮ`从ト 「乾杯」
(´・ω・`) 「乾杯」
小さな乾杯の音頭の後、ハルねぇは美味しそうにビールをのどに流し込んだ。
僕はビールの美味しさがよく分かっていないので、一口だけ飲んでグラスを置いた。
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:43:37.99 ID:hiywf+PT0
-
ハルねぇは真っ先にお味噌汁に手を伸ばし、まずはその汁を一口啜った。
ぱぁっ、とハルねぇの顔が明るくなる。
从*´ヮ`*从ト 「うん、美味しい」
僕はつぼ焼きから身をほじくり出して一口で食べた。
塩味と苦味の奥にある甘みは、何とも言えない美味さがある。
思わずビールを飲みたくなる気持ちも分かる味だ。
置いたばかりのビールで口の中のサザエを飲み下し、思わず息を吐いた。
(´・ω・`) 「かぁっ〜!!」
从´ヮ`从ト 「もう、ショボンちゃんオヤジっぽいわよ」
とか言いながら、ハルねぇは汁に浸かった蟹の身を食べ、ビールを飲んだ。
一連の動作は上品な仕草で行われたが、最後の最後で。
从´ヮ`从ト 「ぷぁっ」
(´・ω・`) 「あ、ハルねぇだってしてるじゃないか」
从´ヮ`从ト 「私はいいのよ、大人だから」
(´・ω・`) 「えぇー」
ハルねぇの頼んだ蟹の味噌汁定食は結構な量がある。
ご飯に白身魚の刺身、お新香に海鮮サラダ、そして味噌汁だ。
一口ずつ、順番に食べ、ビールを飲む。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:45:27.62 ID:hiywf+PT0
-
身を取ったサザエをハルねぇに差し出すと、代わりに蟹の味噌汁を渡してくれた。
こうして、僕達は料理を交換する事で、より多くの種類の海の幸を食べる事が出来た。
ただ、ハルねぇはあまり料理を食べる事が出来なかったみたいで、六割は僕が食べる事になった。
食後のまったりとした時間。
ハルねぇがほろりと酔っているのが分かった。
仲の良い、取り分け、心を許している人間とお酒を飲むと、こんな風に良い酔い方をする。
数少ない僕の親友が教えてくれたことだ。
溶けそうな笑みの下に垣間見えた悲しみの表情を、僕は見てしまった。
でも、それに気付いていないふりをしなければならない。
僕とハルねぇは他愛のない話をしてから、食堂を後にした。
从´ヮ`从ト 「おおぅ、やっぱり寒いね」
白い息を吐きながら、店の外に出たハルねぇは体を震わせた。
僕はもっと震えていた。
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん、次は何処に行こうか?」
(´・ω・`) 「時計台にでも行く?」
ハルねぇが眉を顰めた。
从´ヮ`从ト 「……あのがっかり観光名所に行くの? 嫌よ、時間の無駄」
酷言い草だ。
そりゃ確かに、がっかり観光名所としてネタにされているけどさ。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:47:46.10 ID:hiywf+PT0
-
(´・ω・`) 「ひょっとしたら、がっかりしないかもしれないよ?」
从´ヮ`从ト 「それなら、私は喜望岬に行きたいな」
喜望岬とは、この地域で最も有名な観光名所だ。
断崖絶壁の上に作られた展望台は、ドラマや映画の撮影で使われる程の景観を誇る。
名前の由来は、嵐に巻き込まれた難破船がこの岬に浮かぶ明かりに救われたからだと言われている。
その明かりの正体は、忘我灯台であるとも、街の明かりとも言われているが、真偽は不明だ。
喜望岬を利用する観光客の約八割は恋人で、時には喜望岬で結婚式を挙げる者もいると云うから驚きだ。
ただ、この季節にあの場所で結婚式をする人は間違いなく少ないだろう。
なにせ、寒い。
タキシードでこの寒空の下で笑顔を浮かべるのは、実力派と呼ばれる俳優だって難しいに違いない。
(´・ω・`) 「その前に、ホテルに行って荷物を置きたいんだけど」
从´ヮ`从ト 「そう言えばそっか。
ごめんね、すっかり忘れてちゃってた」
(´・ω・`) 「そりゃそうだよ、荷物持ってないんだもん」
从´ヮ`从ト 「重みが違うってやつね」
港の入口で僕達を待っていたタクシーに乗り込んで、ホテルの場所を告げる。
運転手さんがタクシーを走らせる。
車内は暖房がよく効いていて、外とは天と地の差があった。
僕が鼻を啜ると、ハルねぇがポケットテッシュを差し出してくれた。
从´ヮ`从ト 「啜ったら駄目よ」
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:51:27.09 ID:hiywf+PT0
- (´・ω・`) 「あっ、ごめん」
素直に受け取って、僕は軽く鼻をかんだ。
丸めたテッシュを上着のポケットに入れようとしたら、運転手さんがルームミラーを見て言った。
(,,゚Д゚) 「真ん中にゴミ箱がありますから、そこに捨ててください」
確かに、運転席と助手席の間にプラスチックのごみ箱がある。
(´・ω・`) 「すみません」
一言断ってから、僕はテッシュを捨てた。
タクシーが信号で停まる。
(,,゚Д゚) 「お客さん達、恋人同士ですか?」
やおら、運転手さんが質問してきた。
从´ヮ`从ト 「そう見えます?」
答えたのは、ハルねぇだった。
運転手さんは首を横に振った。
(,,゚Д゚) 「いいえぇ。夫婦に見えましたよ」
从´ヮ`从ト 「あら、そうですか」
ハルねぇのまんざらでもなさそうな反応に、僕は困惑した。
どう云うつもりなんのか、勘ぐってしまう。
- 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:54:14.57 ID:hiywf+PT0
-
(,,゚Д゚) 「自分で言うのもなんですがね、私は結構人を見る目があるんですよ。
お二人共、相思相愛だって云うのがよく分かりますよ」
からかっているのか、それとも本気なのか。
運転手さんの言葉は、嘘に聞こえない。
本当であれば良いのにと、僕は密かに思った。
从´ヮ`从ト 「運転手さんも結婚してらっしゃるんですか?」
(,,゚Д゚) 「えぇ、もう50年連れ添った女房がいますよ」
(´・ω・`) 「50年って事は、運転手さんはおいくつなんですか?」
心の動揺を悟られないよう、僕はさり気無く会話に参加した。
(,,゚Д゚) 「今年で68になります。この仕事は、まぁ、定年後の暇潰しみたいなもんです」
信号が青になり、タクシーが動き出す。
逆算すると、つまり……
从´ヮ`从ト 「18歳の時に結婚されたんですか?」
(,,゚Д゚) 「そうですよ。家内は姉さん女房でしてね。小さい頃は本当の姉代わりだったんですよ。
昔は両親が夜遅くまで仕事に出ていて、今の女房が晩飯を作ったりしてくれましてなぁ。
まぁ、本物の姉と変わりないですよ」
その言葉は、僕の心を揺り動かすのには十分過ぎた。
(,,゚Д゚) 「それがいつの間にやら好きになって、気付けば結婚してたんですよ」
- 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 21:57:34.21 ID:hiywf+PT0
-
懐かしい日に思いを馳せているのか、運転手さんの眼は遠くを見ている。
聞かなくてもいいのに。
僕の口は、自然と動いていた。
(´・ω・`) 「姉代わりの人を好きになる事に抵抗は無かったんですか?」
(,,゚Д゚) 「ははっ、最初は悩んだのかもしれませんがね」
自嘲気味に、運転手さんは嗤った。
長年考え続け、やがては常識へと昇華したかのように、運転手さんは自然にこう言った。
(,,゚Д゚) 「でもね、自分の気持ちに嘘を吐いて生きるって云うのは、苦しい事なんですよ。
夢を諦めるって云うのは痛い物でね、長い間、心を空っぽにするんです」
溜息がエンジンの音にまぎれて薄れる。
(,,゚Д゚) 「心に風が吹く感覚は、後悔の証なんですよ、お客さん。
15の時におふくろが死んで初めて、私はそれに気付きましてね。
だから私は、正直に生きることにしたんです」
ルームミラーに映る運転手さんの顔は清々しくもあり、寂しげでもあった。
(´・ω・`) 「正直に生きる、ですか」
(,,゚Д゚) 「だからと言って、浮気はいけませんよ」
冗談めかしたその言葉に、僕は即答した。
(´・ω・`) 「まさか」
- 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:02:14.76 ID:hiywf+PT0
-
(,,゚Д゚) 「私の知り合いに、結婚式当日に浮気がばれて喜望岬から海に飛び込んで逃げたのがいましてね。
結局奥さんに掴まって、散々な目にあったそうです。
髪の毛だけが自慢だったのに、すっかり禿げ上がってましたよ」
声のトーンを落として、運転手は付け加える。
(,,゚Д゚) 「長続きの秘訣は、互いを思いやる事ですよ」
从´ヮ`从ト 「その点は、しっかりと信頼していますから大丈夫です」
(,,゚Д゚) 「結婚生活はこれからが大変ですからね。
ここで会ったのも何かの縁。
次にまたここに来たら、その時は案内させていただきますよ」
从´ヮ`从ト 「ありがとうございます。
運転手さんのお名前は?」
(,,゚Д゚)「ギコです。ギコ裕彦。
お二人は何と?」
从´ヮ`从ト 「杉浦千春とショボンです」
互いに自己紹介を済ませた頃、目の前に目的地のホテルが見えて来た。
グランデ・ホテルの質はこの辺りでは最高の物で、サービスについては文句なしに最高水準を満たしている。
ホテルの前で降りた僕達はギコさんに待っていてもらう事にして、先にチェックインする事にした。
ビロードの赤い絨毯が敷かれたロビーに人はまばらだったが、従業員はきびきびと動いていた。
- 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:10:48.67 ID:hiywf+PT0
-
(´・ω・`) 「予約をしている杉浦ショボンですけれど」
ξ゚听)ξ 「はい、杉浦様ですね。
お待ちしておりました」
受付の人に名前を告げると、青いカードキーが渡された。
これ一枚で部屋の扉を開けるのは勿論の事、自動販売機や売店の利用まで出来るのだと云う。
便利な時代になった物だと、ハルねぇが呟いた。
ξ゚听)ξ 「ごゆっくりとお過ごしください」
部屋は35階建てのホテルの最上階にあり、街並みが一望できる所を予約していた。
値が張ったが、ハルねぇの想い出作りにお金の心配はしない事にしている。
大きなガラス窓の向こうに広がる景色を見て、ハルねぇは声に出して驚いてくれた。
从´ヮ`从ト 「すごぉい」
眼下に広がるのは、白いレースのカーテンが引かれたかのような、灰色の街。
車は蟻の様な大きさとなり、テールランプは光る点にしか見えない。
天井は吹き抜けになっており、部屋全体が解放感に満ち溢れている。
巨大なガラスは緩やかに弧を描き、天井の半分を占めていた。
ガラスに継ぎ目は見当たらず、精巧な匠の技か、それとも、高度な技術か。
どちらにしても言えるのは、空を仰ぎ見てもそこに障害物は無く、視界を遮らないと云う事だ。
夜になれば、街の明かりで賑わう眼下の夜景を楽しむ事も出来る。
ハルねぇが気に入ってくれればいいのだがと危惧していたが、それは杞憂に終わりそうだ。
- 79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:15:18.67 ID:hiywf+PT0
-
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん、ありがとう」
この笑顔が見られただけで、十分だったのだから。
从´ヮ`从ト 「さ、行きましょう」
荷物を置いて、僕達はホテルを出た。
ホテルの前で待っていてくれたギコさんのタクシーに乗って、喜望岬に向かった。
正午も過ぎ、温かい車内の温度も相まって、僕は穏やかな眠気に襲われた。
从´ヮ`从ト 「着いたら起こしてあげるから、寝ていいわよ」
ハルねぇはそう言ってくれたけど、一人眠るのは悪い気がした。
(´・ω・`) 「い、いいよ。大丈夫」
从´ヮ`从ト 「いいから。ね?」
ハルねぇの慈しむ様な表情を見たとたん、僕は息苦しさを覚えた。
胸が締め付けられるような感覚に陥る。
逆らえない。
僕の人生がどれだけ長く続こうが、どれだけ偉い立場になろうが。
僕はハルねぇのお願いを断れないのだ。
何か約束させられれば、僕は必ず。
何があろうとも、それを守り通すだろう。
惚れた弱みとは、かくも恐ろしい物である。
- 82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:18:05.81 ID:hiywf+PT0
-
僅かに頷いて、僕は大人しく瞼を下ろした。
ガラスに頭を預けると、驚くほどあっさりと眠りに落ちた。
夢らしい夢は見る事は出来なかった。
でも。
温かくて、とても懐かしい何かを感じていた。
从´ヮ`从ト 「――ちゃん。ショボンちゃん、着いたわよ」
頭上から掛けられたハルねぇの優しい声で、僕は目を覚ました。
……頭上?
(´・ω・`) 「へ?」
起き上がって、僕は自分の置かれた状況を理解した。
ハルねぇの膝の上で寝てしまっていたのだ。
一体何時、僕はこんな事に……
从´ヮ`从ト 「おはよう」
にっこり笑顔を浮かべるハルねぇとは対照的に、僕は動揺していた。
この歳になって膝枕、しかも、他人のいる所で。
顔からヨガフレイムとは、正にこの事だ。
(,,゚Д-) 「……」
ルームミラー越しに、ギコさんがウィンクした。
その気遣いが、今は痛かった。
- 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:22:20.73 ID:hiywf+PT0
-
どうにでもな〜れ、と僕は心の中でステッキを振った。
気恥ずかしさと気まずさから、僕は一足先にタクシーから降りた。
次いで、ハルねぇも下車した。
僕達を乗せていたタクシーは、喜望岬の駐車場に停まっていた。
左右にはワゴン車が停まっていて、何気なくナンバーを見ると、九州方面のナンバーだった。
やはり、観光スポットと言えばここは欠かせないのだろう。
気のせいではなく、周囲には恋人達が大勢いた。
早くも僕は、自分が場違いな場所にいるのではないかと思い始めていた。
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん、展望台って向こうでしょ?」
そんな僕の心の葛藤を知ってか知らずか、ハルねぇは僕に尋ねてきた。
(´・ω・`) 「う、うん」
少しだけどもってしまったけれど、僕はどうにか頷いた。
駐車場は展望台よりも低い位置にある為、少し階段を上る必要があった。
そちらの方に歩いて行くと、後ろからハルねぇの声が掛けられた。
从´ヮ`从ト 「こら、ショボンちゃん」
その声は非礼を窘める様な。
まるで、子供の頃に僕がハルねぇに叱られた時に掛けられた様な口調だった。
って、僕が何かしたのだろうか。
忘れ物……ではないよな。
- 93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:26:40.51 ID:hiywf+PT0
-
从´ヮ`从ト 「ほぃ」
(´・ω・`) 「へ?」
ハルねぇは手を伸ばしていた。
その手には手袋は嵌めていなかった。
この寒空の下、その手は赤くなっていた。
僕はハルねぇの顔を手を交互に見比べて、はっとした。
(;´・ω・`) 「て、てぇっ?!」
从´ヮ`从ト 「何を恥ずかしがってるの?
昔はよく繋いだじゃない」
そうだ。
僕達は姉弟なのだから、手を繋ぐことぐらい別に恥ずかしい事じゃない。
恥ずかしがっているのは僕だけなんだ。
手を繋ぐ理由はさておき、ハルねぇの要望は全て応える。
どうしたって、僕は逆らえないんだ。
平常心、平常心。
海風は冷たい筈なのに、掌は汗をかいていた。
差し出しかけた手を一旦引っ込めようとしたが、ハルねぇがそれを許さなかった。
強引に指を絡めて、ハルねぇがはにかんだ。
掌越しに伝わるハルねぇの体温。
形容しがたい懐かしさが、心の底から湧き上がる。
昔と同じように、ハルねぇが僕の手を引いて歩きだす。
- 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:33:04.03 ID:hiywf+PT0
- 恥ずかしさとは別の感情が、心臓の鼓動を早める。
肌を刺す様に冷たい海風を受けても尚、僕の体の芯は掌を通じて温かくなっていた。
やがて僕はハルねぇの横に並んだ。
二人で階段を上り、やがて、開けた場所に出た。
ここが噂の展望台だ。
既に多くの恋人連れが展望台から海を眺めている。
流石に寒いのか、皆体を寄せ合っていた。
不意に、ハルねぇが僕の腕に自らの胸を押し当てて来た。
(´・ω・`) 「ちょっ……!!」
从´ヮ`从ト 「あら、どうしたの?」
左腕に当たる柔らかな感触に、僕は飛び上がるほどに驚いた。
近いなんてもんじゃない。
くっついている。
焦っているのが僕だけなのは、僕がハルねぇを好きだからで。
片想いだから、こうなってしまうんだ。
あれだ。
空回りしているって奴だ。
从´ヮ`从ト 「こうしていた方が温かいわよ」
あぁ、やっぱり。
そうだろね。
分かってたよ、知ってたよ。
- 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:37:43.24 ID:hiywf+PT0
- 勝手に驚いて緊張しているのは僕だけなんだ。
いいかげん慣れないと。
このままじゃ、ただの挙動不審だ。
ハルねぇに怪訝な顔をさせない様に、僕は何度目になるか分からないけど、心を引き締めた。
ハルねぇの頬が微かに赤らんでいたのは、酔っているからなのか、それとも寒かったからか。
ただ、その時のハルねぇは本当に嬉しそうな顔をしていた。
展望台の周りには木で作られた手摺があって、その向こうは崖になっている。
一歩間違えればこの場所は自殺の名所になっていたことだろう。
空いていた場所に向かい、そこに立った僕は息を飲んだ。
美しい景観を見て自殺を思い止まる人もいると聞いたことがあるが、確かに頷ける。
目の前に広がるのは一面の大海原。
潮騒の音と風の音。
空から降ってくる雪。
灰色をよりいっそう強調した世界は、孤独な、冷たい雰囲気に満ち満ちていた。
だけど、ハルねぇの温もりは、暗闇に灯った蝋燭の明かりの様に優しく感じる事が出来る。
そうして、僕達は無言で海を眺めていた。
空を覆う雲が無ければ、きっと、忘我灯台が見えたかもしれない。
忘我灯台があるとされている場所は白んでよく見えない。
ちょっとだけ残念だった。
僕達の白い息が空に昇る。
この空気は、嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
ずっとこうしていても、何ら苦痛ではない。
寂しげな空気だけれども、妙に落ち着く。
- 102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:40:41.37 ID:hiywf+PT0
- 世界で二人ぼっち。
それも、悪くは無い。
……どうして、と僕は急に思い始めた。
どうして、こう在り続ける事が出来ないのだろう。
ちょっとした望み、それも、ささやかな望みだ。
簡単に叶いそうな望み。
それがどうして、決して叶わないのだろうか。
贅沢を望んでいる訳でも、多幸を望んでいる訳でもない。
ほんの少し。
ほんの少しの幸せ、それを望んでいるだけだと云うのに。
目頭が熱くなり、眼の奥がじん、と痺れる。
涙腺から涙が溢れだしても、それを止める術を僕は知らなかった。
从´ヮ`从ト 「……ふぅ」
呆れた様なハルねぇの溜息が聞こえたかと思うと、タオル地のハンカチが僕の頬を拭った。
ハルねぇは寂しそうな、でも、嬉しそうな顔をしていた。
流れていた涙を拭ったハルねぇが言った。
从´ヮ`从ト 「泣いたって、何かが変わる事は無いのよ?」
分かっている。
分かっているよ、ハルねぇ。
泣いて何かが変わるなら、世界中の人間が泣いている。
(´;ω;`) 「……うん、ごめん」
- 104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:45:22.32 ID:hiywf+PT0
-
从´ヮ`从ト 「まったく、幾つになっても世話の焼ける弟ね」
心から屈しそうになる。
いや、もう屈していると認めよう。
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんは頑張り屋さんだけど、もっと私を頼っていいんだからね」
僕よりも少しだけ背の低いハルねぇが、手を伸ばして頭を撫でてくれた。
昔は僕の方が小さかった。
だから、よく頭を撫でてもらえた。
いつからか、それがなくなった。
寂しかったけど、大人になると云う事はつまりそう云う事なんだと理解した。
大人は、あまり褒めてもらえないのだと。
褒めてもらいたいから、僕は頑張っていたのかもしれない。
その頑張りが伝わっていた事が嬉しくて、僕は余計に泣いた。
声は上がらなかったけれども、涙だけが次から次へと頬を濡らした。
从´ヮ`从ト 「あらあら」
腕を解いて、ハルねぇが僕を正面から抱きしめてくれた。
背中に回された手が、ぽんぽん、と優しく叩いてくれる。
呆れられても構わない。
子供の様だと笑われても構わない。
(´;ω;`) 「あり……がとう……ハルねぇ……」
震える声で、僕はそう言った。
- 109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:50:48.68 ID:hiywf+PT0
-
(´;ω;`) 「あり……がとう……ハルねぇ……」
震える声で、僕はそう言った。
从´ヮ`从ト 「いいのよ。
ショボンちゃんは私の可愛い弟なんだから。
お姉ちゃんは、弟に頼られるのが嬉しいものなのですよ」
どれだけそうしていたのだろうか。
ようやく落ち着きを取り戻した僕は、ゆっくりとハルねぇから体を離した。
ハルねぇの手が、名残惜しそうに離れた。
从´ヮ`从ト 「さて、ちょっとあそこの建物に行ってみましょう」
指さす先には、西洋風の建物があった。
人影もちらほらと窺える。
雪も降っていることだし、特に断る理由もない。
(´・ω・`) 「うん。じゃあ、行こう」
すると、ハルねぇはまた指を絡めて手を繋ぎ、体を僕の腕に寄せて来た。
同じ事で二回も動揺する程初心ではなかったが、僕は動揺する代わりに、繋いだ手に力を込めた。
近付いて来るにつれ、その建物が何であるか、大体想像出来た。
これはひょっとして、教会ではないだろうか。
屋根に十字架付いてるし。
少し歩いたところには鐘楼まであるぞ。
間違いなく教会だ。
- 113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 22:54:18.82 ID:hiywf+PT0
- そこで僕は、ここで結婚式を挙げる人間がいる事を思い出した。
つまり、ここの教会を使うってことか。
さぞかし景色はいいのだろう。
从´ヮ`从ト 「ほら、中に入ろうよ」
半ば強引にハルねぇにリードされ、僕は教会の中に入った。
想像していた教会と違ったのは、入ってすぐにスーツを着た女の人がいたことだ。
ζ(゚ー゚*ζ 「いらっしゃいませ。
本日は御見学でしょうか?」
从´ヮ`从ト 「はい、ちょっと見てみたくて」
流石ハルねぇ。
物怖じせずに会話をしている。
ちなみに僕は、何が何だかいまいちよく分かっていない。
女の人に案内されて、僕達は教会の二階に向かう事になった。
そこには幾つもの机と椅子があって、何やらパンフレットを見ながら話し合いをしているみたいだった。
僕達は空いている席を勧められ、そこに座った。
ハルねぇはそこでようやく僕の体から離れた。
ζ(゚ー゚*ζ 「では、こちらが当式場のパンフレットになります」
眼の前に置かれたパンフレットには、花嫁衣装に身を包んだ女の人とこの建物が映っている。
これは、結婚式場の案内だ。
驚きに目を見開いて、ハルねぇを見る。
ハルねぇはただ、ニコニコとしていた。
- 115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:00:18.99 ID:hiywf+PT0
-
ζ(゚ー゚*ζ 「他の式場は回られましたか?」
从´ヮ`从ト 「七芳園と渡辺ウェディングと、PDCは一応」
七芳園?
渡辺ウェディング?
PDC?
初めて聞く名前だったが、女の人は何度も頷いていた。
ζ(゚ー゚*ζ 「当方は大手ではありませんが、その代わり、精一杯のおもてなしをさせていただきます」
从´ヮ`从ト 「えぇ、そう聞いています」
ζ(゚ー゚*ζ 「では、詳しいご説明をさせていただきますね」
完全においてけぼりのまま、説明が始まった。
僕は意識を逸らす為、壁に掛けられていた絵画を見た。
それが有名な絵かどうかは知らないけど、何だか不思議な絵だった。
雪原の上に、ウェディングドレスを着た女の人が立っていて、目を瞑っている。
胸の前にはバラとヒマワリの花束を抱いて、口元は微笑を浮かべていた。
青空には綿の様な雲が浮かんでいた。
ただそれだけの絵だった。
しかし、胸に何か去来する物があった。
(;´・ω・`) 「……っ?!」
- 120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:05:51.02 ID:hiywf+PT0
- ぽけーっと絵を眺めていると、太股に激痛が走った。
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん」
(;´・ω・`) 「はいっ?!」
从´ヮ`从ト 「話、聞いてた?」
(;´・ω・`) 「……聞いてなかったです」
僕達のやり取りを見て、女の人が小さく笑った。
ζ(゚ー゚*ζ 「ふふっ、男の方には退屈な話ですからね。
あちらの方にイートインスペースがございますが」
(´・ω・`) 「あ、えっと……」
実は少し小腹が空いているので、ありがたい話だ。
お言葉に甘えて、と言おうとした時。
从´ヮ`从ト 「いえ、さっき食べたので大丈夫です」
もう一度、僕の太股がつねられた。
从´ヮ`从ト 「ねぇ?」
(;´・ω・`) 「はぅぁっ?!」
背筋が伸びた。
危うく起立するところだった。
- 125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:10:25.22 ID:hiywf+PT0
-
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんの為にもなるんだから、しっかりと聞いておきなさい」
(´・ω・`) 「う、うん」
とは言っても、結婚式場の話に面白味を感じない。
興味があまりないのである。
結婚自体は非常に良い物であるという認識があるが、自分とはとことん無縁に感じるのだ。
結局、話が終わるまでの一時間弱、僕は女の人の話を右から左に聞き流していた。
聞いていたのはハルねぇの声だけだった。
教会を出ると、寒さがより一層際立って感じた。
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんは興味なかった?」
(´・ω・`) 「ごめん、なんか無縁な気がして」
从´ヮ`从ト 「まぁ、その内興味が湧く時が来るよ」
体を震わせ、ハルねぇが体を寄せて来る。
(´・ω・`) 「コーヒーでも買う?」
从´ヮ`从ト 「うん?」
上の空だったのか、一瞬、ハルねぇの反応が遅れた。
从´ヮ`从ト 「ううん、いらない。
だって、コーヒー買ったらこう云う風に出来ないじゃない」
- 128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:13:47.40 ID:hiywf+PT0
-
(´・ω・`) 「……」
分かってる。
大丈夫。
勘違いなんてしない。
从´ヮ`从ト 「どうしたの?」
(´・ω・`) 「何でも無いよ」
僕は弟で、ハルねぇはお姉ちゃんで。
だから、これは普通の事だから。
特別な意味なんて、ないんだ。
タクシーに戻ると、ギコさんがわざわざメルセデスの外に出て待ってくれていた。
缶コーヒーを両手で掴んでいたギコさんが、頬に皺を寄せた。
(,,゚Д゚) 「あぁ、杉浦さん。
おかえりなさい。
どうでしたか?」
从´ヮ`从ト 「えぇ、とてもいい場所でした。
また来たいですね」
――僕の気持ちは、ホテルに戻っても沈んだままだった。
- 133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:17:48.16 ID:hiywf+PT0
- 夕食の味はよく覚えていない。
何が出たのか、何を話して食べたのかも曖昧だ。
部屋には備えつけの風呂があったが、折角なのでホテルの地下にある大浴場を利用した。
大浴場から戻った僕は、一足先に部屋に戻って電気を消し、ベッドの上に寝転がっていた。
胸が苦しかった。
僕は異性としてハルねぇの事が好きなのだ。
それは決して叶わないし、叶えてはいけない想いだ。
僕達は家族として育ってきた。
そこには越えてはいけない一線がある。
踏み越える事を許されない一線。
この一線を越えてしまえば、二度と戻る事は出来ない。
そして、その一線を越える事は即ち、ハルねぇに対する裏切りを意味する。
家族として育てて来てくれたのに、異性として好意を持ってしまったと云う、過ち。
愚劣な感情の芽生えを、ハルねぇに知られてはいけない。
不安にさせ、心配を掛けてしまう事を、僕は望まない。
何の気なしに、窓の外に眼を向ける。
街の明かりで微かに照らされた雪は、華吹雪の様であった。
高い天井はアーチを描いたガラス張りで、見上げれば雪を見上げる事が出来る。
何度も寝がえりを打って、僕は心の中で自分を罵った。
空から落ちてくる雪の量は、昼とは比べ物にならない程多くなっているにも拘らず、音は聞こえてこない。
ベッドのスプリングが軋む音と、自分の呼吸の音だけが、僕の耳には届いていた。
静かな夜であった。
途端に、僕は空しくなってきた。
空しさが込み上げ、胸がズキズキと疼く様に痛む。
また、涙が流れて来た。
- 138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:23:47.79 ID:hiywf+PT0
-
旅行に来てから、僕は不安定になっていた。
二人っきりと云う状況。
その時間が長く続かないと云う現実。
耐えがたい衝動を抑え込む苦痛。
そして、苦悩。
何時か、ハルねぇが死んでしまったら。
僕は苦悩と後悔を背負い、生きる事になる。
ハルねぇは姉であり、母であり、そして、最愛の女性だ。
一度に多くの、掛け替えのない存在を失う事を僕は怖れていると同時に、自分が後悔する事も怖れている。
見下げ果てた臆病者だ、僕は。
失う事、失敗する事、後悔する事からも逃げて、一体、何がしたいんだろう。
いや、違う。
知りたいのは、したい事じゃない。
この先、僕はどうなってしまうのが、知りたいんだ。
思考は堂々巡りを繰り返し、迷路に迷い込む。
自分がいったい何を考えているのか、それさえ曖昧になる程に。
でも、考え続け思い続ける事は止まらない。
独りでに思考は巡る。
思えば思うほど。
考えれば考えるほど、僕は臆病に、より卑屈になって行く。
殻に籠る事が出来れば、どれだけ楽だろうか。
眼を閉じ、耳を塞ぎ、口を噤む。
ただそれだけで、何も感じないで済む。
- 140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:29:12.17 ID:hiywf+PT0
-
そもそもの原因が僕にあるのだから、僕が何もかもを諦めればイイだけなのだ。
それが出来ないから、こうして苦しんでいる。
誰のせいでもない。
僕自身のせいで、勝手に苦しんでいるのである。
将来を想像すると、そこにいるのは抜け殻のように生きる僕がいた。
考えず、感じず、触れず、近寄らず。
同じ過ちを犯さない為に。
二度と傷つかない為に。
こんな気持ちでは旅行を楽しむどころか、ハルねぇと一緒にいることすら、僕には毒だ。
あまりにも苦しいこの気持ちは、つまるところ、自分の身から出た毒であり、自力で消す事は出来ない。
一生ついて回る呪いの様な物だ。
从´ヮ`从ト 「あら、電気なんか消してどうしたの?」
部屋に戻ってきたハルねぇの声を聞いて、僕は我に返った。
顔を枕に押し付けて涙を拭って、どうにか返事をした。
(´・ω・`) 「ごめん、ちょっと……眠かったから」
それだけで精一杯だった。
もっと別の口実があっただろうに。
もっと自然に言えただろうに。
声は、震えてしまった。
从´ヮ`从ト 「……」
- 142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:33:16.88 ID:hiywf+PT0
-
軽い溜息が聞こえた気がした。
電気は付けずに、ハルねぇは静かな歩調で近付いて来る。
そのまま隣のベッドに向かうと、僕は思っていた。
――だけど、違った。
僕のベッドが軽く沈んで、布団がまくりあげられた。
驚いて振り向こうとした僕の背中に、ハルねぇの胸が当たった。
耳元に感じるハルねぇの息遣い。
背中越しに分かる、ハルねぇの鼓動。
生きている証。
確かな温もり。
从´ヮ`从ト 「どうして、泣いてたの?」
泣いてなんかいない、そう、言いたいのに。
(´・ω・`) 「……っ」
息が詰まって声が出せない。
今声を出せば、間違いなく、泣いている事が分かってしまう。
不安定な感情の流れを修正する事が出来ない。
返事なんか、出来るわけがない。
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんは昔っからそう」
ハルねぇの手が、後ろから僕の胸の前に回される。
鼓動を確かめる様にそっと心臓の上に置かれた手が、ぽん、と優しく叩いた。
- 144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:37:13.03 ID:hiywf+PT0
-
从´ヮ`从ト 「肝心なところで甘えてくれないの」
残念そうな声の真意は分からない。
今は、聞くしか出来ない。
深く息を吸って、ハルねぇはゆっくりと吐き出した。
从´ヮ`从ト 「……何だか、寂しいな。
ショボンちゃんが遠くにいるみたいで」
少し強く、ハルねぇが僕を抱き寄せた。
背中に感じるハルねぇの存在。
心臓に重ねたハルねぇの手は、僕の鼓動を感じ取るかのように動くのを止めた。
僕も、背中でハルねぇの鼓動を感じていた。
人間は母親の鼓動を記憶していて、それを感じると落ち着くのだと云う。
今、僕はハルねぇの鼓動に安らぎを感じていた。
从´ヮ`从ト 「私の事、嫌いになっちゃった?」
そんなはずない。
何をされても、僕はハルねぇを嫌いになる事は無い。
返事の代わりに、ハルねぇの手を握った。
ようやく、感情は落ち着きを取り戻し、まともに感情の制御が出来る様になった。
何時不安定になってもおかしくない中、僕が口から最初に出た言葉は感謝だった。
(´・ω・`) 「ありがとう……ハルねぇ……」
- 147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:44:11.10 ID:hiywf+PT0
-
見捨てないでくれて、ありがとう。
育ててくれて、ありがとう。
助けてくれて、ありがとう。
沢山の優しさを、ありがとう。
その存在全てに、僕は感謝した。
もっと早くに、こうして感謝していればよかった。
どうして、こんな時にしか本当に大切な言葉が浮かばないのだろうか。
でも、気付けただけで僕は幸せだった。
手遅れにならずに済んだのだ。
うわ言のように、僕は何度も同じ言葉を繰り返す。
沢山の意味を込めた、感謝の言葉を。
从´ヮ`从ト 「……私も、ありがとう、ショボンちゃん」
その一言で、遂に、僕の涙腺が決壊した。
矜持と呼ばれる物は一瞬で失われ、体裁は跡形もなく砕け散った。
体を捻って、僕はハルねぇに抱きついた。
そして、声を上げて泣いた。
(´;ω;`) 「ぇうっ……あああ……!!」
子供の様に声を上げて。
何度も喉を詰まらせて。
それでも、僕は泣いた。
胸に顔を埋めて、声が枯れるまで泣き続けた。
- 149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:48:17.57 ID:hiywf+PT0
-
ハルねぇは何も言わずに、僕の頭を撫でてくれた。
(´;ω;`) 「な……なん、何で……何で……!!
やだ、嫌だよぉ……ハルねぇ……!! 一人に……一人にしないでよ……
置いて……いかないで……」
行き場のない憤りは、やがて叶えられる事のない懇願に変わる。
願いが叶うなら、何もかもを差し出す覚悟で。
それが無駄だと理解しても尚、止められなかった。
実感を伴った離別を受け入れるには、僕はまだ子供過ぎた。
从´ヮ`从ト 「ねぇ、ショボンちゃん」
泣きじゃくる僕の頭の上からハルねぇの声が掛けられる。
从´ヮ`从ト 「私も、ショボンちゃんと離れるのは嫌よ」
泣き声の代わりに、しゃっくりが出た。
背中を軽く叩きながら、ハルねぇは続ける。
从´ヮ`从ト 「とても悲しいし、とても寂しいわ。
出来れば、ずっと一緒にいたかった。
……本当は、もっと昔に言っておけばよかったと思ってる事があるんだけど、聞いてくれる?」
寝間着から顔を上げると、そこには恥ずかしそうに頬を赤らめるハルねぇの顔があった。
窓の外から差し込む光で優しく暗闇に浮かび上がるハルねぇの顔は、美しかった。
幻想的な美しさと自然的な美しさを見事に両立させ、芸術品を凌ぐ美が顕現している。
- 151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:53:49.73 ID:hiywf+PT0
-
从´ヮ`从ト 「私、ショボンちゃんの事、大好きなの」
(´;ω;`) 「……え?」
うっとりとした眼が、僕の眼を見る。
しゃっくりが止まった。
从´ヮ`从ト 「弟としても大好きだけど、それ以上に大好きなの。
……ううん、やっぱり違う。 私、一人の女として、ショボンちゃんの事を愛しているの」
我が耳を疑った。
これは一体、何の冗談だ。
幻聴だ。
そうに決まってる。
だって、僕の片思い……
从´ヮ`从ト 「はぁ……やっと言えた」
反してハルねぇは満足そうな笑顔。
僕は、どんな顔をしたらいいんだろう。
(´;ω;`) 「え、えっ……」
何か、何か言わないと。
从´ヮ`从ト 「んふふ」
あまりにも突然の事過ぎて、僕は何も言えなかった。
困惑する僕を他所に、ハルねぇは独白する様に話し始めた。
- 154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/03(木) 23:58:48.60 ID:hiywf+PT0
-
从´ヮ`从ト 「あの日、悔いのない生き方をしようって、そう決めたの。
でも、なかなか言えなかった。
ショボンちゃんの事が好きってこと。 でも、ギコさんの話を聞いて、やっぱり言おうって思ったの。
自分の気持ちに嘘を吐いたまま死ぬのなんて、私は嫌だから。
届かない声に意味なんてないもの。
想うだけなら誰にでも、いつにでもできるけど、伝えなければ何の意味もないものね。
ショボンちゃんと旅行に行く事もしたかったけれど、本当は、ただ、これを伝えたかったんだ……」
喋り終えたハルねぇの顔は、心の中にある蟠りを全て吐き出したような表情になっていた。
……僕は、頭を殴られた様な衝撃から立ち直るのに必死だった。
受け入れたい。
これが現実であると受け入れたい。
しかし、こんな事が有り得るのだろうか。
これを望んでいた筈なのに。
切望していた筈なのに、僕は素直に受け入れる事が出来なかった。
嘘でも嬉しい。
いや、嘘だと困る。
どうかこれが嘘でない事を願い、僕はようやく返事をした。
(´;ω;`) 「……僕も、ハルねぇの事、好きだよ」
从´ヮ`从ト 「……ほんと?」
- 158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:02:22.26 ID:+4WEwTrj0
-
雪解けの様にゆっくりとした速度で。
春の陽だまりの様に温かで。
夏の空に向けて咲き誇る向日葵の様な笑顔が、ハルねぇの顔に浮かんだ。
从*´ヮ`*从ト 「……嬉しい」
その眼から一筋の涙が零れ落ちたのを切欠に、次々とハルねぇは涙を流した。
笑顔のまま泣くハルねぇは僕を強く抱き寄せ、僕も抱き返した。
互いの体を弄る様に手を這わせ、僕達はその存在を確かめ合った。
確かにいる。
温もりが。
優しさが。
愛しさが。
全ては、まだちゃんと前にある。
全身で感じる最愛の人の感触を、僕は一生忘れない様に体に記憶して行く。
体の芯から、何かが込み上げて来た。
表現し難いその感触は、むず痒く、そして、気持ちの良い物であった。
从´ヮ`从ト 「ねぇ……ショボンちゃん……」
切なげな声で、僕の名が呼ばれた。
瞬きの音さえ聞こえるほどの至近距離で見つめ合い、どちらともなく、唇を重ねた。
そのキスは、少しだけ甘かった。
自分の唇に感じる柔らかい感触。
ハルねぇの舌が、僕の口を開いて、僕の舌と絡まり合った。
- 160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:05:19.24 ID:+4WEwTrj0
-
もう、無我夢中だった。
夢心地の中、僕はハルねぇの想いに応え、自分の想いを伝える。
一万の言葉よりも。
千の愛の言葉よりも。
たった一度の口付けで、僕は想いを伝えた。
口から伝わった熱で、体中がとろけそうだった。
ふわふわとした浮遊感は、僕の心から不安を取り除くには十分だった。
今はもう、ハルねぇの事しか考えられない。
それで良いと思う。
それがいいと、本気で思った。
互いの口内は、既にどちらの物か分からない唾液で一杯だった。
ぎゅっと抱きしめるハルねぇは、片手で僕の後頭部を何度も撫でてくれた。
从´ヮ`从ト 「っ……」
唇を離すと、最後まで触れていた舌先が、ぬらりと唾液の糸を引いた。
从´ヮ`从ト 「へへへ……」
擽ったそうに笑い、ハルねぇは僕の額にそっと口付けた。
从´ヮ`从ト 「……」
(´・ω・`) 「……」
- 162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:09:03.49 ID:+4WEwTrj0
-
顔が焼ける様に熱い。
体が燃えているようだ。
心の底から湧き上がる衝動を、僕はどうしようかと考えていた。
この先、どうするか。
それは、ハルねぇに委ねたい。
僕はハルねぇの望む事を叶えたい。
从´ヮ`从ト 「私とするの、いや?」
卑怯だ。
そんな言い方はない。
(´・ω・`) 「いやじゃ……ないよ」
从´ヮ`从ト 「よかったぁ……」
溶けそうな笑みは、幸せの証。
そして僕達は――
- 163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:11:35.53 ID:+4WEwTrj0
-
――全てが終わり、僕は力なくハルねぇの上に倒れ込んだ。
もう動けない。
疲労困憊とは、この事を云うのだろう。
まるでフルマラソンを走ったランナーの様に、僕は満足感と達成感に満ちていた。
ハルねぇは僕の頭を首のあたりに抱き寄せ、頬に軽い口付けをしてくれた。
それから僕の体力が回復するまでの間、二人は繋がったままだった。
お風呂に入る為に、僕達はようやく体を離した。
部屋中が二人の汗と性の匂いでいっぱいだった為、換気扇を最大にしてから、二人でお風呂に入った。
子供の頃以来、僕達は一緒に体を洗い合った。
その時には、性的な興奮は何も抱かなかった。
全てを出し尽くし、伝え尽くした今、その様な気にはならなかった。
ただ、愛おしさが以前にも増して膨れ上がっていた。
お風呂から出る頃には、部屋の匂いは大分ましになっていた。
体を交わらせたベッドとは別のベッドに、僕達は裸のまま、二人で潜りこんだ。
脚を絡ませ、手を繋いだ。
ハルねぇは慈愛に満ちた表情で僕を見て、僕は同じぐらい、ハルねぇを想う気持ちを込めて見つめ返した。
心地よい気だるさを味わいながら、僕達は抱き合い、そして、眠りに落ちた。
温もりと安心感に抱擁され、僕はこれ以上何も望めない事を悟った。
この夜、僕達は一つに結ばれた。
僕は死ぬまでこの日を忘れない。
――ハルねぇが永遠にその眼を閉じたのは、冬の名残も消えかけた、四ヶ月後の正午過ぎの事だった。
- 166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:16:03.89 ID:+4WEwTrj0
- その日の空はパステルブルーで、千切れた綿の様な雲は、ぷかぷかと揺蕩っていた。
空気は春の気配を孕み、日差しは柔らかだった。
冬休み明けの大学も終わり、長い春休みが始まっていた。
大学がある間はハルねぇに会えなかったけど、これで長く一緒にいれると喜んだ。
僕達は海にいた。
ハルねぇの希望だった。
まだ少し肌寒かったが、服を重ね着すれば問題は無かった。
この時すでに、ハルねぇは自分の力で歩く事が困難になっていた。
僕達はタクシーを使って、少し離れた砂浜に来ていた。
ハルねぇを背負って階段を下り、砂浜に二人で座って、ただ、海を眺めていた。
潮騒と風の音だけが、僕達には聞こえていた。
二人並んで手を繋ぎ、こうして、海を見ているだけでも幸せを感じていた。
特に話題は無かった。
だけど、気まずくは無かった。
ハルねぇは僕の肩に頭を乗せている。
僕はそれを支え、代わりに、手から伝わる熱と鼓動を感じていた。
不意に、ハルねぇが手を離して、こてん、と僕の膝に頭を乗せた。
(´・ω・`) 「ハルねぇ?」
从´ヮ`从ト 「……いいね、これ」
(´・ω・`) 「え?」
- 168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:19:38.79 ID:+4WEwTrj0
- 从´ヮ`从ト 「ショボンちゃん、膝枕が好きだったでしょ?
私も、これ、好きだなぁ」
気持ちよさそうな、とても優しげな声だった。
从´ヮ`从ト 「えへへ〜」
コロコロと、僕の膝の上でハルねぇが頭を動かす。
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんの匂いがする」
(´・ω・`) 「どんな匂いなの?」
从´ヮ`从ト 「不思議な匂い、かな?
懐かしくって……落ち着く匂い……」
ゆっくりと、ハルねぇが顔を動かして、僕を見上げた。
眠そうな顔をしていた。
瞼がとろんとしていて、とても落ち着いた表情をしている。
从´ヮ`从ト 「ねぇ……ショボンちゃん……」
(´・ω・`) 「なに?」
从´ヮ`从ト 「愛してるって、言ってくれる?」
急に何を言い出すんだと思ったけど、今更だ。
(´・ω・`) 「……」
- 169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:23:19.94 ID:+4WEwTrj0
- しかし、いざ言おうとすると恥ずかしい。
面と向かって言うには、多少の勇気が必要だった。
何時も言葉以外で想いを伝えている手前、言葉に出すのは難しい。
从´ヮ`从ト 「……駄目?」
(´・ω・`) 「っ……駄目じゃないよ!!」
知らず、声が大きくなっていた。
从´ヮ`从ト 「……」
期待に満ちた目を向けられ、僕は意を決した。
ただ、顔を寄せるぐらいは許されるだろう。
(´・ω・`) 「ハルねぇ……」
从´ヮ`从ト 「……」
(´・ω・`) 「……愛してる」
从´ヮ`从ト 「……」
从*´ヮ`*从ト 「んふ……」
ハルねぇが、破顔した。
溶け落ちそうな笑顔を浮かべ、ハルねぇは言った。
从´ヮ`从ト 「……私も、愛してるよ、ショボンちゃん」
- 172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:27:45.25 ID:+4WEwTrj0
- 从´ヮ`从ト 「声も、髪も、目も、匂いも」
从´ヮ`从ト 「ずーっと前から、全部愛してる」
ハルねぇの髪を撫でると、猫の様に目を細めた。
从´ヮ`从ト 「……ふふっ」
(´・ω・`) 「……眠いの?」
从´ヮ`从ト 「うん…… ちょっと、だけ。
今、すっごく気持ちいの」
髪を撫でていない方の手が、ハルねぇに掴まれる。
そのまま、胸の上に運ばれた。
掌に、ハルねぇの鼓動を感じた。
从´ヮ`从ト 「……ショボンちゃん」
(´・ω・`) 「なに?」
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんのお話……何か聞かせてくれる?」
ハルねぇはそっと瞼を下ろした。
从´ヮ`从ト 「……ショボンちゃんの声を……聞いていたいの」
(´・ω・`) 「……うん、いいよ」
(´・ω・`) 「……昔、僕が木から下りられなくなった時、ハルねぇが助けてくれたよね」
- 174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:32:09.85 ID:+4WEwTrj0
-
从´ヮ`从ト 「……ショボンちゃんったら、蝉みたいに泣いてるんだもの」
(´・ω・`) 「眠れない時とか、一緒に寝てくれた」
从´ヮ`从ト 「ショボンちゃんと一緒だと……よく眠れたのよ」
(´・ω・`) 「お父さん達が死んじゃった時、ハルねぇが手を繋いでくれた」
从´ヮ`从ト 「私も……寂しかったの……」
(´・ω・`) 「あと、授業参観にも必ず来てくれた」
从´ヮ`从ト 「普段……学校でどんな顔してるのか……見てみたかったから」
(´・ω・`) 「忙しいのに、いつもご飯を作ってくれたり」
从´ヮ`从ト 「……それは……譲れない……から」
(´・ω・`) 「勉強してる時、夜食も作ってくれた」
从´ヮ`从ト 「……頑張って……ほしか……ったから、ね」
(´・ω・`) 「それに、僕の事を好きでいてくれた」
从´ヮ`从ト 「……うん」
(´・ω・`) 「ハルねぇ」
- 176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:36:31.51 ID:+4WEwTrj0
-
(´・ω・`) 「僕、ハルねぇの弟になれて幸せだよ」
(´・ω・`) 「今まで言えなかったけど……」
一度、大きく息を吸い込む。
(´・ω・`) 「……僕のお姉ちゃんでいてくれてありがとう、ハルねぇ」
从´ヮ`从ト 「……うん……私……も……幸せだったよ」
眠そうな声。
ハルねぇは今にも眠りそうな、浅い呼吸をしていた。
(´・ω・`) 「そう言えば、覚えてる?
昔、僕が泣いた時、シャキッとしなさい、って怒ってくれた事」
从´ヮ`从ト 「……うん」
(´・ω・`) 「あのおかげで、僕は虐められなくて済んだんだ」
从´ヮ`从ト 「……うん」
(´・ω・`) 「あと、初めてハルねぇが作ってくれたオムライス」
(´・ω・`) 「僕、あれからオムライスが大好きになったんだ。
勿論、ハルねぇの作ったオムライスがね」
从´ヮ`从ト 「……う……ん」
- 179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:40:27.93 ID:+4WEwTrj0
-
(´・ω・`) 「修学旅行でオムライスを食べたんだけど、やっぱり違ったんだ。
ハルねぇの味が一番僕に合ってるって、つくづく思った」
(´・ω・`) 「優しくって、温かくって、懐かしくて、落ち着く味がするんだよ」
(´・ω・`) 「まるでハルねぇみたいだから、きっと好きなんだろうね」
从´ヮ`从ト 「……ん」
(´・ω・`) 「ねぇ、ハルねぇ」
从´ヮ`从ト 「………」
(´・ω・`) 「……」
从´ヮ`从ト 「……」
潮風が凪いだ。
潮騒のざわざわとした音だけが、今、僕の耳に届いていた。
(´・ω・`) 「昔、さ……」
(´・ω・`) 「ハルねぇ、僕に……言った……よね」
- 181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:45:12.84 ID:+4WEwTrj0
-
(´・ω・`) 「男の子は……女の子の前で……簡単……にない……ちゃ……だめ……だって」
視線をハルねぇに向ける。
まるで、眠っているかのように、安らかな顔をしていた。
少しでも音を立てたら起きてしまいそうで、僕は口を固く結んだ。
歯を食いしばり、それでも、それでも、声を出した。
(´;ω;`) 「い……いま……はっ……な……泣いても……いい……よね?」
我慢していたのに、僕の眼から落ちた大粒の涙がハルねぇの頬を濡らした。
ハルねぇは動かない。
胸に乗せた掌には、もう、鼓動が伝わってこない。
掌に重ねられたハルねぇの手は、少しずつ、冷たくなっていく。
(´;ω;`) 「……は、……は……る……ねぇ」
――春風に吹かれた残雪が溶ける様に、ゆっくりと、そして静かに、ハルねぇはこの世を去った。
- 183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:48:56.98 ID:+4WEwTrj0
-
家で行われたハルねぇの葬儀は、ハルねぇの指示が書かれた手紙の通り、簡素に済ませた。
どこかの宗教に属していなかったハルねぇの希望した葬儀は、献花の後、食事をして帰ってもらうと云う物だった。
祭壇は可能な限り華で埋め尽くし、食事も可能な限り豪勢な物にした。
僕の親友達が受付などの役を申し出てくれたおかげで、僕は沢山の人と話す機会に恵まれた。
ハルねぇの同級生や、職場の人が沢山来て、慰めの言葉を掛けてくれた。
僕の同級生も来てくれて、同じように励ましの言葉を掛けてくれた。
わざわざ遠くの地から、ギコさん夫婦がやって来てくれた。
皆、ハルねぇを偲んで涙を流していた。
夜の十時に葬儀が終わり、あれだけいた人達が家の中からいなくなる。
最後までいた親友達もタクシーで帰った。
親族は僕一人だけだから、葬儀が終れば、僕は一人取り残される。
葬儀の最中、僕は涙を流さなかった。
心にぽっかりと空いた穴には風が吹いていて、何かを考える度に胸が苦しい。
これが、ギコさんの言っていたことだ。
虚ろな心に吹く風が鑢の様に精神を削っていても、成す術は無かった。
僕は、花で満たされたハルねぇの棺桶の前に座っていた。
棺桶の中のハルねぇは眠っているかのような顔をしていて、花の布団の上に寝ている様な物だ。
蓋は閉められているが、瞼を下ろせば、その顔を細部まで思い出す事が出来る。
――今、僕の手には二通の手紙が握られていた。
一通は、葬儀や死後の身の回りの整理について書かれた物。
そしてもう一通は、葬儀の後に読むようにと書かれた、僕宛ての手紙だった。
何時の間に用意したのかは分からなかったけれども、僕はその指示に従って、手紙を封筒から引き抜いた。
- 185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 00:52:08.10 ID:+4WEwTrj0
- 白い便せんが一枚。
それを広げると、ハルねぇの字で文章が書かれていた。
【最愛の弟、ショボンちゃんへ
この手紙は私が死んだ後に、ショボンちゃんが読んでいると思って書いています。
ショボンちゃん、今まで苦労をかけてごめんなさい。
ひょっとしたら、私が無理にショボンちゃんと一緒にいないほうが良かったのかもしれません。
私の我儘に付き合わせてしまって、悪いと思っています。
ショボンちゃんは時々、私に無理をさせていると言った事がありましたね。
でも、それは間違いだとここに書いておきます。
それどころか、私はショボンちゃんがいたから頑張っていられました。
初めて会った時から大好きだったショボンちゃんの為なら、私は仕事も苦ではありませんでした。
むしろ、ショボンちゃんと一緒に暮らせると言うだけで、十分幸せでした。
ショボンちゃんと過ごしたこの四カ月は、特に幸せな時間でした。
私の我儘に付き合ってくれただけじゃなくて、ショボンちゃんの気持ちを知ることが出来た事。
そして、私の気持ちを打ち明けられた事、肌を重ねた事。
色んな場所に行って、綺麗な風景を見て。
沢山の素敵な想い出が出来ました。
未練と云う物があるとすれば、ショボンちゃんともっと一緒にいられない事です。
それ以外、私はもう十分幸せな人生を過ごせました。
私一人で先に逝ってしまう事を許してくれると、嬉しいです。
短い間でしたが、一緒にいてくれて、ありがとう、ショボンちゃん。
追伸 私の夢と宝物を、ショボンちゃんにあげます】
- 190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 01:12:05.00 ID:+4WEwTrj0
-
封筒を逆さまにすると、小さな鍵が落ちて来た。
これは、ハルねぇの部屋にあるタンスの物だ。
立ち上がって、僕はハルねぇの部屋に向かった。
タンスの一番下に、鍵穴があった。
息を飲んで鍵を回し、引出しを開けた。
そこには、大きめのお菓子の缶が1つと、小さな箱が一つ入っていた。
缶を取り出すと、意外と重く、深さがある事に驚く。
慎重に蓋を開け――
(´・ω・`) 「……っ!!」
――僕は、呼吸を忘れた。
入っていたのは、僕が小さい頃にハルねぇにあげた折り紙や、似顔絵だった。
いや、それだけじゃない。
工作で作った物、学校で僕が書いた作文。
卒業証書、賞状、運動会で貰った折り紙で作られたメダル。
母の日にハルねぇに対して出した、下手な字で書かれた手紙。
隅の方が折れ曲がった、僕の書いた日記。
茶色の封筒にしまわれた、写真の束があった。
運動会の時の写真。
授業参観の写真。
遠足の写真。
卒業式、入学式の写真。
- 194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 01:19:10.86 ID:+4WEwTrj0
- 僕の寝顔の写真。
僕とハルねぇが笑って、抱き合っている写真。
最後の四カ月で撮った写真。
ポストイットの付いた、結婚式場のパンフレット。
それは、僕とハルねぇの想い出の形。
僕達が出逢ってから作られた、僕達の想い出の数々。
形として残せるその全てが、そこには収められていた。
折り紙にも、似顔絵の紙にも。
事ある毎にハルねぇが撮っていた、色褪せた僕の写真にも。
手垢と皺が付いていて、大切に保管されていたそれが何を意味しているのか、一瞬で理解した。
僕は。
僕は……こんなにも、ハルねぇに想われ、愛されていたのだ。
この気持ちに気付かなかった自分を恨み、呪い、罵った。
どうして、どうしてもっと早くに気付かなかった。
どうして、ハルねぇにもっと多くの感謝の気持ちを伝えなかった。
どうして、忘れていた。
当たり前だと思っていたから。
そこにいるのが当然だと、自然だと、不偏だと疑わなかった。
それは愚かな信仰。
それは、僕が犯した最大の過ち。
ハルねぇを好きになる事は悪いことではなく。
その存在の全てに感謝し、それを伝える事を躊躇った事こそが悪だったのだ。
- 195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 01:22:29.28 ID:+4WEwTrj0
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胸が痛い。
心の傷口が抉られる様に疼き、内側から食い破る何かが暴れまわる。
空いていた穴に凍える様な風が吹く。
寂しさ、空しさ、底なしの虚無感。
胸を押さえて、僕は改めてそれらの品を見た。
どんな時に、どんな気持ちでハルねぇはこの品を見たのか、想像するのはあまりにも容易だった。
それは、母代わりとして、ただ一人の姉として、僕を見守ってくれていた何よりの証。
僕と過ごしたこれまでの日々は、ハルねぇにとっての宝物で在れた事の証明。
震える手で、もう一つ残されていた箱を手に取った。
それは小さく、そして軽かった。
両手に収まる程の大きさの箱。
この箱は、まだ真新しい。
蓋を慎重に開ける。
銀色に輝く、小さな二つの輪。
大きさがそれぞれ異なる輪。
……指輪だ。
大きい方を摘み上げる。
内側に筆記体で僕の名前が彫ってあった。
もう一つの小さい方には、何も刻まれていなかった。
蓋の内側に、一枚の紙が貼ってある事に気付く。
雪の下に隠れていた新芽が顔を覗かせる様に、文字が並んでいる。
- 197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/05/04(金) 01:26:48.74 ID:+4WEwTrj0
- それに目を走らせ、僕は、ハルねぇの死を本当の意味で受け入れる事が出来た。
頬を伝って落ちた一粒の涙が、手紙の文字を滲ませた。
【ショボンちゃん。
沢山笑って。沢山泣いて。
精一杯、幸せな人生を過ごしてください。
それが、私の最後の夢です。
幸せに満ちた人生をありがとう、ショボンちゃん。
さようなら、私の大好きなショボンちゃん。
次はショボンちゃんが幸せな人生を送る順番です。
千春より、心からの愛を込めて】
どれだけ時間がかかるか分からないが何時か、何時の日か。
この悲しみの溶ける日が、きっと来る。
――残雪が春風に吹かれて優しく溶け、長い冬が終わり、そして、春が来るように。
終わり
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