( ^ω^)青空に白球を投げ込むようです
2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 22:48:13.80 ID:C1yWJew+0
七月も半ば、止むことを知らない糠雨は今日も降りしきっていた。
朝の通学路には、色とりどりの傘の花が咲いている。

( ^ω^)「今日の体育の水泳までには、止んでほしいお…
      神様、どうか今日こそは――」

青い傘の下で、ブーンは小さくつぶやいた。
手にしたビニールバッグの中の水着は、先週も活躍することなく家に持ち帰る
ことになってしまったのである。

( ^ω^)「ツンの水着姿が拝めますように」

満開の下心は、中学生の証とも言えるだろう。
妄想に心躍らせながら校門をくぐって昇降口に向かうと、
そこには黒い傘の滴を払うクラスメイトがいた。

( ^ω^)「あ、ドクオだ…ドクオー!」

('A`)「…あ…?」

( ^ω^)「おはようだお!」

('A`)「…おはよう…」

ドクオはブーンに会釈をすると、上履きに履き替えてさっさと階段をのぼりはじめた。

(;^ω^)「ちょ、おま!」

慌ててブーンは上履きを下駄箱につっこみ、ドクオの後を追いかける。
ドクオは隣を歩き始めたブーンを面倒臭そうに一瞥する。




3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 22:49:36.07 ID:C1yWJew+0
('A`)「俺になんか用かよ」

( ^ω^)「ノリの悪いやつだお。せっかくだから一緒に教室まで行こうお」

('A`)「…好きにすれば…」



ドクオが転校してきてから、一か月が経とうとしている。
六月の半ば、時期外れの転校生にクラスは一時騒然となったが、
今では無愛想な一クラスメイトとして、クラスの注目を浴びることはない。
授業の合間の時間、ドクオは一人で本を読んでいる。
誰と話すこともない。
その様子はクラスメイトにとって、既に見慣れた光景となっていた。


弁当の時間、ブーンとその友人たちは担任のジョルジュのそばに机を並べた。

( ><)「ジョルジュ先生、一緒にお弁当食べようなのです」

( ゚∀゚)「生徒が担任の所に机を並べてくれるなんてなあ、教師冥利に尽きるってもんだぜ。
    いいぞ、一緒に食おうか。
    今日の体育は全部自由時間にしてやってもいいかもしれん」

生徒に囲まれて、ジョルジュは嬉々として弁当を広げる。
その弁当をワカッテマスは大きな瞳でじっと見つめ、不敵な笑顔を浮かべて切り出した。

( <●><●>)「ジョルジュ先生。そのお弁当が、つくってくれる相手がいない
        独身男の手作りだということはわかってます」




5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 22:53:11.41 ID:C1yWJew+0
( ゚∀゚)「うるさい黙れ。今時男が弁当を手作りすることは珍しくないからいいんだよ」

( ><)「先生、この前は「しぃ先生に作ってもらうんだ」って意気込んでいたんです。
      しぃ先生に愛を告白したんじゃなかったのですか?」

(;゚∀゚)「な、なぜそれを」

ξ゚听)ξ「先生がふられたのなんて学校中のトップニュースよ。
      しぃ先生はニューソク中のギコ先生と付き合ってるんだって。知らないの?」

( ><)「知らなかったのです」

( ^ω^)「知らなかったお。先生ご愁傷様だお」
  _,
(#゚∀゚)「くそっ…調子に乗りおって…」

恋愛に興味を持ち始めた中学生は、独り身である担任の恋愛沙汰にも大きな興味を示す。
辟易として、ジョルジュは窓辺に視線をやった。
窓辺には光が差し込んでいる。どうやら雨はあがったようだ。

( ゚∀゚)「…晴れたから午後の体育は水泳にしようと思ったが、気が変わった。
     モナー先生に頼んで、お前らだけ数学のワークをしてもらうことにするわ」

(;^ω^)「それは生徒が楽しみにしている水泳を盾にした脅迫だお!」

( ゚∀゚)「なんとでも言え。分かったならならその話題はもう終いだ。
     あー唐揚げうめーうますぎて涙が出るわー」




6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 22:55:03.59 ID:C1yWJew+0
( <●><●>)「…その唐揚げが冷凍食品なのもわかってます」

( ゚∀゚)「てめえシメるぞコラ」

冗談は絶えず、教室からは笑い声があふれる。
そのような中でも、ドクオは一人で黙々と弁当を食べ終え、
誰と話すこともなく読書を始めていた。
誰も寄せ付けない空気が、ドクオの周りには漂っている。

( ^ω^)「ドクオ、何読んでるお?晴れたし今から遊びに行こうお」

('A`)「…なんでもいいだろ、放っておいてくれよ」

ドクオの返事は素っ気ない。
もう少し会話をしてみようと試みたブーンの袖を、ワカッテマスが引っぱった。

( <●><●>)「ブーン、ドクオは放っておいて早く遊びに行きましょう」

( ^ω^)「うーん、でも人数は一人でも多いほうが楽しいと思うお」

ξ゚听)ξ「ドクオって誘っても乗った試しがないし、
      説得なんてしていたら休み時間がなくなっちゃうわ!」

(;^ω^)「わ、分かったお」




9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 22:59:51.83 ID:C1yWJew+0
ブーンたちは教室を出た。
ドクオは声を掛けられてもぶっきらぼうな口しか利かないため、
ジョルジュに心配されるほど友達が少ない――いや、友達はいないといえるだろう。
進んで声をかけるのは、もはや学年の中でもブーンくらいであった。

教室の中はおしゃべりをする連中、カードゲームをする連中など
半分ほどのクラスメイトが残っている。
ジョルジュは弁当箱を片づけると、保健のプリントを小脇にかかえて立ち上がった。
教室を出ようとして、ドクオの席に立ち寄る。

( ゚∀゚)「なあ、鬱田」

('A`)「なんすか」

( ゚∀゚)「……そういう態度をずっと続けて、苦しくないか」

('A`)「…勝手でしょ」

ドクオは本に目を落とし、ジョルジュは小さくため息をついて職員室に向かった。


昼下がりの水泳に、ドクオの姿は見当たらなかった。
ホームルーム終了後、ブーンはジョルジュにその理由を聞いてみたが、
彼は一言「早退」と言って職員室の中に消えた。




10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 23:05:41.86 ID:C1yWJew+0
=-=-=-=-=-=-=

( <●><●>)「今日のブーンの泳ぎには完敗しました。
       今日の体育が一学期最後だっただけに、挽回のチャンスがなくてとても残念です」

水着の入ったビニールバッグを見つめて、ワカッテマスは悔しそうな声で言った。
朝の雨は嘘のように晴れ上がり、下校している夏服の学生たちを日差しが眩しく照らしている。

( ^ω^)「やっぱりブーンが最速だったおね、泳ぎじゃ誰にも負けんよ。
      というわけでワカッテマスは約束通りブーンにジュースをおごれお」

( ><)「それにしても、ブーンは水着の女子をガン見していたんです。
      十四歳にしておっさんの視線を会得しているブーンに感服です」

(;^ω^)「ちょ、ブーンはそんなにツンばっかり見つめていたわけじゃないお!」

( ><)「誰をガン見してたかを自白したんです」
( <●><●>)「これはツンに嫌われてしまったかもしれませんね」

からかった二人の背中をブーンが叩こうとしたのに気づいて、
ビロードとワカッテマスの二人はそれから逃げるべく走り出した。


――それから十分ほど、追いかけっこを続けただろうか。

(;<●><●>)「も、もう走れません…」

(;><)「走りすぎたんです、ちょっとお腹が痛いです…」




11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 23:08:17.29 ID:C1yWJew+0
川沿いにある道の途中に、膝に手を当てて激しく肩で息をする三人の姿があった。
背中はシャツが汗でべっとりと貼りつき、顎からは汗が滴り落ちている。

(;^ω^)「の、喉がからからだお…
     ちょうどセブンがあるお。約束のジュースをおごってくれお」

(;<●><●>)「い、いいでしょう。僕も何か冷たいものが飲みたいです」

(;><)「ぼ、僕も行きます」

汗に濡れた顔を肩で拭い、三人は冷房の利いた室内へと移動すべく歩きはじめた。
全身の汗腺が機能してはいるが、その冷却効果は
まだ追いついていないようで、熱気が頭を少しぼうっとさせている。
ワカッテマスとビロードが会話を始めたが、ブーンはそれには加わらず、
歩きながら先のコンビニの前に置いてある自販機を眺めていた。

そこから十歩も歩かないうちに、男子生徒がコンビニから出てきたのをブーンは見た。
男子生徒の学生鞄は、日差しを浴びて真新しく輝いている。
その学生鞄が使われ始めてまだ間もないものであるということに気がついて、
ブーンはある人物に思い当った。

( ^ω^)「ねえ、あれ。ドクオじゃないかお?」

( <●><●>)「え、どれですか」

( ^ω^)「ほら、今セブンから出てきた。今踏切を渡ってる奴」




13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 23:14:33.06 ID:C1yWJew+0
ブーンが指差した生徒は、コンビニより更に向こうにある遮断機の下りかけた踏切を渡る。
おしゃべりをしていた二人が線路の向こうに注目したちょうどその時、
通ってきた電車が三人の視界を遮った。

( ><)「うーん、よくわかんなかったです」

( <●><●>)「ドクオは早退したって先生が言っていたから、こんなところにいないでしょう。
       ただの見間違えじゃないですか」

( ^ω^)「いや、鞄新しかったし、背格好も似ていたし…」

電車が通り過ぎてから三人は目を凝らす。
踏切の向こうには対向車があるだけで、人の姿はなかった。

( <●><●>)「ほらブーン、行きましょう」

ブーンより先にコンビニに入った二人が、店内の涼風に歓声を上げる。
傍を通り過ぎた車の熱風を感じながら、ブーンはしばし踏切の向こうを見つめていた。




14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 23:24:42.25 ID:C1yWJew+0
=-=-=-=-=-=-=

転校生が訪れる前触れに、教室内は騒然としている。
登校すると、ブーンの後ろの席には昨日までなかった新しい席が用意されていた。
程なくしてジョルジュが教室に入り、その後ろに、見慣れぬ生徒が続けて入ってくる。

('A`)「ニューソク中から来ました、鬱田ドクオです。
   読書と野球が好きです。よろしくお願いします」

( ゚∀゚)「みんな、仲良くするように。とりあえず鬱田の席はあっち」

ジョルジュがブーンの後ろの空席を指さして、ドクオはその席に座った。

( ^ω^)「野球、好きかお」

('A`)「ああ、小学校の時に少年野球やってたから。
   前の学校ではやってなかったけど、こっちでまた始めようかなって思ってる」

( ^ω^)「へえ。少年野球はブーンもやっていたおっおっ。
      今もその時のメンツで草野球やってるんだけど、一緒にやるかお?」

(*'A`)「マジで?行く!」

――ブーンが誘った草野球の週末の試合、ドクオは待ち合わせの場所に来なかった。
次にブーンがドクオに会ったのは、待ち合わせの日から三日を過ぎたころである。
ドクオの額には大きな痣があり、彼は一日を俯いて過ごしていた。
それ以降、彼の顔からは笑顔が消え、誰のどんな些細な誘いにも乗らなくなる。
次第に、ドクオは孤立を深めていった。




15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 23:25:47.55 ID:C1yWJew+0
=-=-=-=-=-=-=

あの時、ドクオはどうして待ち合わせに来なかったのだろうか。
登校した時に、どうして痣を作っていたのだろうか。
どうして笑わなくなったのだろうか。

「…さい……おき…ブーン」

( -ω-)「うーん、なんでなのかわからんお…」

J( 'ー`)し「起きなさいブーン。ビロード君から電話よ」

( つω-)「ん、でんわ…?」

まどろみが、瞬時に弾けた。

( ;゚ω゚)そ「あーっ、寝坊したーっ!!」

布団をはねのけて、ブーンは母から差し出された電話の子機をひったくる。

( ;゚ω゚)「も、もしもし?」

「もしもしじゃないですよ、どうしてまだ家にいるんですか!
 今日は補欠なしの試合なんだから、寝坊とかされると困るんです。
 監督はかんかんですよ!」

( ;゚ω゚)「ご、ごめんお!今からすぐ行くお」




17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 23:32:10.54 ID:C1yWJew+0
「監督がラウンジに頭下げて、開始を三十分伸ばしてもらってるんです、
 それ以上遅れたら不戦敗になるから早く来るんです。あっ監督…」
「こら内藤、寝坊とかふざけんなよ!
 死ぬほど走って一分でも早く来い。試合が終わったら覚悟してろよ」

(;^ω^)「わ、わかりましたお…」

ブーンの返答が終わらないうちに、電話は切れた。

(;^ω^)「やべ、監督怒ってる…かーちゃん、どうして起こしてくれなかったんだお!」

J( 'ー`)し「夏休みになったからって、毎日夜更かしするブーンがいけないのよ。
     お母さんは悪くないわ。それよりも、早く準備をしたほうがいいんじゃないかしらねえ」

慌てて寝間着を脱ぎ捨てて着替えを始めるブーンに背を向け、
鼻歌交じりの母は朗らかに子機をリビングへ持ち帰る。


バッグにスパイクとグラブをつっこみ、朝食がわりの皮をむいたバナナ一本を
口の中に押し込んで、ブーンは家を飛び出した。
自転車のペダルを力いっぱい踏み、グランドを併設した公園へと急ぐ。
家からグランドまではやや距離があり、いつもの道を走るとどんなに急いでも三十分はかかる。
もっと早く着く道はないだろうか、と考えて、ブーンは小学校の前を思いついた。
普段通る時は小学生でごった返しているので使わないが、
夏休みの午前中ならば閑散としていて走りやすいだろう。
そう判断して、ブーンは直進せずに右に曲がった。





19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 23:46:32.51 ID:C1yWJew+0
小学校の通学路は予想通り人気がほとんどなく、走りやすかった。

( ^ω^)「おっおっ、これなら二十分で着くお」

緩い下り坂に差し掛かり、ペダルを踏んで加速をつける。
――人は急ぐとき、得てして注意力が欠けるものである。
ちょうど校門前に差し掛かった時、校門から一人の少女が飛び出してきた。

从;'ー'从「きゃっ」
(;^ω^)「うおっ?!」

ブレーキをかけながら、とっさにハンドルも横に切る。
バランスを失った自転車は転倒し、中途半端に閉めていたバッグから
グラブケースがこぼれて歩道を越えて道路に放り出された。
取りに行かないと、思ったその時、無残にもグラブの上をトラックが通過していった。

( ;゚ω゚)「ちょっ?!」
从;'ー'从「えっ、どうしたの?」

トラックが通った後に、グラブはない。

( ;゚ω゚)「まさか引きずられて…?」

从;'ー'从「おにいちゃんだいじょうぶ?」

(;^ω^)「だ、大丈夫!じゃあね!」





20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/25(火) 23:52:48.18 ID:C1yWJew+0
自転車を起こし、ブーンは全速力でトラックを追いかける。
二百メートルほど走ると交差点の真ん中に、グラブケースが場違いな様子で横たわっていた。
拾い上げて、確認する。
グラブケースは裏側が摩擦で擦り切れ、グラブが露出していた。
革は損傷激しく、細い革ひもや小指どめなどは完全に擦り切れてしまっている。

(;´ω`)「ど、どうしよう、これから試合なのに…」

補欠がいないので、チームメイトからはグラブを借りることができない。
遅刻した上に、相手チームからグラブを借りることはできるのだろうか。
埃まみれになったグラブケースを抱きかかえ、ブーンは途方に暮れた。
困り果てて、訳もなく左右を見渡してみる。
そこに、白い買い物袋を提げた人が道を横切るのを、ブーンは見逃さなかった。
脳裏に、今まで忘れていた今朝の夢が再生される。

( ^ω^)「ドクオだ!」

大声で名前を呼んで、ブーンはその人、ドクオの方に自転車の進路を向けた。
名前を呼ばれて、ドクオはこちらを振り返る。
ドクオはブーンを一瞥して再び歩き出したが、ブーンは難なくドクオに追いついた。

('A`)「なんだよ。俺、早く帰らないといけないんだけど…」

(;^ω^)「あのねドクオ、ドクオが野球やってたよね?
     ブーンのグラブがトラックに轢かれちゃって、ちょっと貸してもらえないかなって…」

ドクオの視線が、ブーンの胸に抱かれた埃まみれのグラブケースを捉える。
すがるようなブーンの表情とグラブケースをしばらく交互に見つめ、ドクオは背を向けた。





22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 00:02:50.97 ID:o49Ir7Fp0
('A`)「ついて来いよ。貸してやるから」

二人は無言で歩きはじめた。
辺りを包む静寂のせいで、ドクオの持つ袋から、瓶の音が鳴るのがよく聞こえる。

( ^ω^)「何買ったんだお?」

('A`)「…酒。親父の」

言葉を短く切る。
それからブーンにアパートの下で待つように指示し、ドクオは階段を上がっていった。
程なくして、グラブケースを持ったドクオが戻ってきた。

('A`)「大事に使えよ。お前のグラブのような目には絶対遭わすなよ」

( ^ω^)「もちろんだお、ありがとうだお!」

ドクオのグラブをバッグにきちんとしまい、ブーンはグランドへ自転車を飛ばした。


きれいなグラブだ、と、ベンチで打席を控えたブーンはそう思った。
ずっと放置されているときに出るあのかび臭いにおいはしないが、
新品ほど革は硬くない。光沢はある。
今は野球をやっていない、という転校初日のドクオの言葉を思い出して、
使わなくなってからも絶えず手入れを欠かしていないことにブーンは感心した。
そのようなことをぼんやりと思案していたが、打順が回ってきたところで、
思考は試合の流れを把握することに切り替わった。





25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 00:18:19.20 ID:o49Ir7Fp0
試合は引き分けに終わった。
試合終了後にブーンは監督から寝坊をしないようにと釘を刺された。

( ><)「ほんとにもう、ブーンを待ってる間のラウンジの視線が痛いのなんのって…」

(;^ω^)「すまんかったお。チームの視線も痛かったし、もう寝坊は二度としないお」

( ><)「というわけで、ブーンは僕へのお詫びとしてアイスをおごるべきなんです。
     一緒にファミマに行きましょう」

駐輪場で自転車の施錠を解除しながら、ビロードがしたり顔で言う。

( ^ω^)「別に構わんけど、グラブをドクオに返した後でもいいかお?」

( ><)「え、ドクオにグラブを借りたんですか?」

( ^ω^)「うん、今日ブーンのグラブを壊しちゃったから。とっさに」

ビロードの顔から、したり顔がさっと消えた。自転車にまたがり、彼はちりりんとベルを鳴らす。

( ><)「…前から思っていたんですけどね、ブーン。
     ブーンはどうしてそんなにドクオに関わろうとするんです?
     転校してきてからドクオは無愛想だし、こっちの誘いにも乗ったためしがないんです。
     一緒にいても全然楽しくないのに、そんなにブーンがドクオに
     関わろうとする意味が分かんないんです」

( ^ω^)「どうしてって言われても。…ドクオが転校してきた時、
     ブーンはドクオを野球に誘ったんだお。あの時はすごく嬉しそうにしていたから、
     悪い奴ではないんだろうなって思って。
     一度遊んだら、きっとドクオもみんなと仲良くなれるお」




27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 00:29:55.68 ID:o49Ir7Fp0
( ><)「それはたまたまドクオへの第一印象が良かっただけなんじゃないですか。
     第一印象なんてたまたまなんです、きっと無愛想なのが本当のドクオなんですよ」

ビロードの声は、ドクオに関わろうとしても無駄である、関わろうとするブーンは奇人である、
と言わんばかりの声音であった。

駐輪場でビロードと別れ、ブーンはドクオのアパートに向かった。
しかし表札もポストの名前もなかったために部屋番号がわからず、
各戸の前をうろつき、階段を何度か昇降した後で、仕方なくブーンは家路に就いた。


=-=-=-=-=-=-=

それから、夏休みは瞬く間に過ぎて行った。
ブーンは新しいグラブを買ってもらい、ドクオのグラブはブーンの部屋に置いたままにしていた。
何度か返そうとして、連絡簿を頼りにドクオの家に電話をかけてみたが、
電話は常に留守電であった。

=-=-=-=-=-=-=





29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 00:32:30.20 ID:o49Ir7Fp0
ξ゚听)ξ「おはよう、ブーン。宿題は全部終わらせた?」

( ^ω^)「このブーンが宿題を全部終わらせるというなどという芸当をなしていると思うかね?」

生徒たちは久しぶりに制服に身を包み、思い思いに夏休みの思い出を熱く語っていた。
そこで語られる思い出話の端々には、新学期が始まったことへの憂いが覗いている。

( <●><●>)「ブーンが夏休みの宿題に取り掛かるのが二学期からなんて、毎年のことですね」

( ><)「僕は昨日全部終わらせたんです!しんどかったんです!」

( ^ω^)「ブーンは宿題が回収される明日までに片づけるんだお。
     優しい優しい秀才のワカッテマス君は、ぜひブーンの宿題を手伝ってほしいんだお」

( <●><●>)「お断りします」

( ´ω`)「ああ、現実は非情おね…」

夏休みに会わなかった分、思い出話と冗談に花が咲く。
そのおしゃべりの最中に、ブーンはそっと机の脇にかけた手提げをなでた。
学校ならば会えるだろうと踏んで持ってきたそのグラブの持ち主は欠席していて、
椅子は他の生徒の腰かけに使われていた。


それからブーンは三日間、グラブを持って家と学校を往復した。
ドクオが未だ学校に現れず、返そうにも返せなかったためである。
ホームルームが終わって教室を出ようとしたジョルジュに、ブーンは声をかけた。





31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 00:46:25.85 ID:o49Ir7Fp0
( ^ω^)「先生、ドクオはずっと学校に来てないけど、病気か何かなんですかお?」

( ゚∀゚)「ん、ああ、鬱田か。――それがなあ、連絡がないんだよ」

ジョルジュも少し困った風であった。

( ゚∀゚)「三日も休むなら何かしら連絡があってもいいと思うのだが、電話しても繋がらなくて。
    今日会議が終わったら、家庭訪問にいくつもりだ」

( ^ω^)「連絡がないんですか…」

( ゚∀゚)「お前、鬱田によく声かけてたろ?
    鬱田の状況が分かったら、俺にも教えてくれないか」

( ^ω^)「わかりましたお」

ジョルジュはそう言って、教室を出た。


それぞれ委員会に出ているワカッテマスとビロードを学校に残し、ブーンは校門を出た。
ドクオには、夏休みの間じゅう連絡がつかなかった。
それが気になったブーンは、自宅に帰るのにはかなりの遠回りになるが、
もう一度ドクオの家に寄ってみることにした。

( ^ω^)「…で、着いたわけだが。やっぱり来てもどこの部屋か分からんお」

アパートの下のポストを確認してみる。やはりドクオの苗字はない。
ポストの名前を一つ一つ眺めてみる。
そこで、ブーンはあることに気がついた。





32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 00:56:49.78 ID:o49Ir7Fp0
( ^ω^)「…ここだけ、ないお」

一戸だけ、名前がないポストがある。消去法でいくなら、ここに違いない。
ブーンは階段を上り、三階へとあがった。
ドアの前に立つ。やはり表札はない。

(;^ω^)「呼び鈴押して間違ってたら恥ずかしいおね…
     どうしようか、やっぱり帰ろうか…」

呼び鈴を押そうとする人差し指を上げたり下げたりしながら、ブーンは口の中でぶつぶつ呟く。
その時であった。



ドアの向こうから、何かが割れる音が派手に響いた。
続いて聞こえるのは、怒声。
怒りに狂い過ぎて、もはや何を言っているのか聞きとることすらできない。
関わらないほうがよい、と判断して、ブーンが踝を返したときに、聞こえた。

「やめろ、お願いだからやめてくれ!!」

( ^ω^)「!」

それは紛うことなきドクオの声であった。
その悲鳴に一抹の生命の危機を感じたブーンは、背を向けていたドアに向き直り、
ドアノブを回して、力いっぱい引いた。
鍵は開いていた。

( ^ω^)「ドクオ!」





36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 01:08:39.35 ID:o49Ir7Fp0
ドアを開けると、怒声は非常に鮮明になってブーンの耳に届いた。
廊下は薄暗く、その一番奥に脱力して座るドクオの姿がある。
ただ顔は上げ、廊下を曲がったところにある部屋に向かって、必死に叫んでいる。

(#;'A;;`)「また買ってくるから、また買ってくるから!!」

ドクオは身を縮めた。
ブーンは、今までドクオが必死に語りかけていた先から、
何か棒のようなものが振り下ろされたのを見た――

( ;゚ω゚)「ドクオ!」

ドクオが背にしていたものは何かのドアだったのだろう、
振り下ろされた瞬間板の砕ける音がして、そこに大きな穴が開いた。
ブーンは土足で駆けより、ドクオの腕を引っ掴む。


(;^ω^)「おま、早く逃げないと殺されるお!」

(#;'A;;`)「え…どうしてうちにブーンが…」

(;^ω^)「いいから早く逃げるお!」

ブーンは無理やりにドクオの腕をひっぱって、玄関の外に連れ出す。
背中で怒声を聞いたブーンは、一所懸命ドクオの腕を掴んで走り出した。
怒声はしばらく追いかけてきたが、二人が曲がり角を曲がったころから
徐々に小さくなって、聞こえなくなった。







37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 01:18:25.66 ID:o49Ir7Fp0
(;^ω^)「はあっ、はあっ…ここまで逃げれば、さすがに大丈夫かお…」

(#;'A;;`)「……」

踏切そばにあるコンビニのベンチに、二人は腰かけていた。

(;^ω^)「ドクオ、災難だったおね。強盗が入ってくるなんて…」

(#;'A;;`)「あ、ああ…」

( ^ω^)「おうちの人に連絡取らないといけないおね、
     おうちの人は仕事?携帯の番号とか知らないかお?」

(#;'A;;`)「……」

ドクオは黙して語らない。

( ^ω^)「じゃ、じゃあ、今日はブーンの家に泊まるといいお。
     また強盗がやってくるかもしれんから、危ないお」

(#;'A;;`)「…」

行こう、とブーンが立ちあがり、ドクオはその後ろを無言で歩きだした。


( ^ω^)「ただいまー」
(#;'A;;`)「おじゃまします…」

元気のよいブーンの声とは対照的に、ドクオの声は今にも消え入りそうだった。
廊下の奥から、エプロンをつけたブーンの母が顔をのぞかせる。




39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 01:20:56.40 ID:o49Ir7Fp0
J( 'ー`)し「お帰りなさい。そちらは?」

( ^ω^)「このまえ転校してきたドクオだお。かーちゃんとは初めましてだお。
     かーちゃん、今日ドクオをうちに泊めてもいいかお?」

J( 'ー`)し「いいけど、どうしたのその顔。傷だらけじゃないの」

( ^ω^)「あのね、ドクオんちに強と…」
(#;'A;;`)「転んだんです。うちの階段を下るときに派手に。
    顔から踊り場に落ちたんで、こんなことになりました」

ドクオの言葉は、強かった。

J( 'ー`)し「あら、そうだったの。もっと気をつけなきゃだめよ。歯が折れちゃうかもしれないからね。
     ちょっと待っててね、今薬箱をとってくるから、こっちいらっしゃい」

(#;'A;;`)「はい、どうもすみません」

母は、別室に薬箱を取りに部屋を出る。
ブーンは不思議に思って、痣や擦り傷のあるドクオの顔をまじまじと見つめた。
彼は下を向いている。

(#;'A;;`)「…さっき見たことは、誰にも言わないでくれないか。
    後できちんと、なんとかするから」

二人だけの部屋で、ドクオは小さな声で言った。
どうして、と訊き返すブーンに対して、ドクオは口を固く結んでいる。
ひょっとすると彼が膝の上で握りしめている拳も、固くなっているのかもしれない。






40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 01:21:49.11 ID:o49Ir7Fp0
ブーンとドクオはリビングのソファに並んで座り、テレビを見ていた。
隣のダイニングでは、ブーンの母が夕食の用意をしている。

(*^ω^)「あー、早くとーちゃん帰ってこないかおー!
      ブーンは早く冷やし中華を食べたいおー」

J( 'ー`)し「そんなに騒がずとも、あと少しで帰ってくるわよ」

( ^ω^)「だっていつもとーちゃんの言った通りの時間に帰ってくるおっおっ。
     もう七時を五分も過ぎてるんだお。ドクオも早く冷やし中華食べたいお、ねー?」

('A`)「え……」

はしゃぐブーンと、唐突に話を振られて困るドクオを見て、母はくすくすと笑う。

J( 'ー`)し「ほらほら、ドクオ君困ってるでしょ。
     ブーンもドクオ君を見習って、もう少し大人しく待ちなさい。
     そんなに気になるんだったら、お父さんに電話してみたら?」

( ^ω^)「わかったおー」

電話の子機を持ち、短縮ダイヤルボタンを押す。
呼び出し音とともに、リビングのドアの向こうに着信メロディが聞こえた。
リビングのドアが開く。

(´・ω・`)「ただいま」

( ^ω^)「とーちゃーん!出張からおかえりだお!
     今日はドクオがお泊りなんだおー」





42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 01:34:51.53 ID:o49Ir7Fp0
('A`)「おじゃましてます」

(´・ω・`)「いらっしゃい。偶然にも今日はお土産がたくさんあるんだ。
     これでも食べてゆっくりしてほしい」

('A`)「ありがとうございます」

(*^ω^)「お土産きたー、やったー!」

ショボンから受け取った紙袋を胸に、ブーンは小躍りしている。

J( 'ー`)し「こらこら。それを食べる前に、冷やし中華を食べましょうね」

(*^ω^)「もちろんだお、早く食べるお!」

ブーンはドクオの手首を引っぱってダイニングテーブルの席に着かせる。
家族団欒の、温かな空間がそこにはあった。


夕食を食べ終わった後、ドクオは電話を借りてもよいかと申し出てきた。
子機の方を持ち、ドクオはリビングを出て廊下で会話を始める。
程なくして、ドクオは戻ってきた。

('A`)「えっと、すみません。もしかすると親が早めに帰ってくるかもしれないと思って
   家に電話してみたら帰ってきていたので、僕ちょっと帰ります」

J( 'ー`)し「あら、うちには気を遣わなくていいのよ?」

( ^ω^)「そうだお、今日は泊まっていけおー」





44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 01:36:09.05 ID:o49Ir7Fp0
('A`)「いえ、親が帰ってこいって言っているので。
   ――お夕食、ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

J( 'ー`)し「あらそう…今度また、ゆっくり泊まりにおいでね。
     ブーン、そこまで送っていってあげなさい」

( ^ω^)「ちぇー。帰っちゃうのかお、つまんないおー」

('A`)「いえ、一人で帰れますから」

( ^ω^)「そっちが無理に帰るってんだからブーンも無理してついていくおっおっ」

('A`)「……
   おじゃましました」

そうして、二人は家を出た。


ブーンが手持無沙汰にときどき鳴らす自転車のベルの音。
ときどき、道沿いの家から、家族で談笑する声。
聞こえる音と言えば、そのくらいである。





45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 01:48:45.44 ID:o49Ir7Fp0
('A`)「…」

( ^ω^)「…」

('A`)「…」

( ^ω^)「…」

('A`)「…なあ」

( ^ω^)「なんだお」

('A`)「おまえ、どこまで送ってくつもりなんだよ」

( ^ω^)「特に決めてないお」

('A`)「早く帰れよ、親御さん心配するぞ」

( ^ω^)「うん、まあこの道は明るいし、ブーンは自転車持ってきてるから大丈夫だお」

('A`)「…」

( ^ω^)「…」

川沿いの道に出ると、気の早い鈴虫の音色がかすかに聞こえてきた。
――夏はもう、終わろうとしている。
ドクオが立ち止まった。
それに合わせて、ブーンも立ち止まる。

( ^ω^)「どうしたお?」




48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 01:53:56.98 ID:o49Ir7Fp0
('A`)「早く帰れよ…」

( ^ω^)「だから大丈夫だって…」

(#'A`)「早く帰れって言ってるんだよ!」

空気が震えた。
ドクオはこちらに身体を向け、力を込めて歯を食いしばり、ブーンを睨みつけている。

(;^ω^)「い、いきなりどうしたお?ちょっと落ち着けドクオ…」

(#'A`)「何だよなんだよ、幸せそうに生きやがって!
   なんでそんなに優しい父さんと母さんがいるんだよ…ッ!」

ドクオは顔を真っ赤にして息んでいる。
どうすればよいか分からず、ただおろおろしてドクオの顔を見るばかりだったブーンは、
はっと息をのんだ。
不意に、ドクオの目からはらりと涙がこぼれたのである。
まず右目からこぼれ、そして左目からこぼれ、一度こぼれた涙は堰を切って流れ出し、
はらりはらりと止めどなく落ち始めた。
ドクオの目は涙で少し遠くの街灯の明かりに光り、微かに充血し始めている。

(#'A`)「どうして俺にはいないんだよっ!!」

慟哭。沈痛な叫びは、夜の帳に吸われて消えた。




49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 02:02:50.25 ID:o49Ir7Fp0
=-=-=-=-=-=-=

母さんの金切り声が聞こえる。
よく分からない宇宙人の話をしはじめたときに気づけばよかった、とほぞを噛む。
俺がもっときちんと見ていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

「だから私の脳に宇宙人が忠告してくれるのよ!
 あなたたちがごはんに毒を仕込んでくるから注意しろって!」

「お前、今度はどのくらいの期間薬を飲まなかったんだ…
 この前退院した時には、私がいなくても絶対飲むって約束をしたじゃないか…」

「だからお薬なんていらないって、それ自体が毒なのよ!
 私はこんなに元気なのに、どうしてお薬を飲まないといけないのか説明してちょうだい!」

食器が割れる音がする。
俺はその音が止むまで部屋でじっとしている。
ああ、母さんがきちんと薬を飲むのを見ていなかった俺が悪いんだ。
父さんがいないなら、それは俺の役目なのに。
どんなに怒られていても、母さんに服薬を勧めていればよかった。

「ドクオはやっと私のことを分かってくれて、最近何も言わなくなったのに。
 あなたはいつもいつも飲め飲めってうるさい!」

「わかった、わかったから…」

その時玄関の音が開いて、何人かの人間が部屋に入ってきた。
おそらく病院の先生たちだろう。以前にもこうやって世話になったことがある。
母さんの金切り声がなくなり、食器が落ちる音がなくなった。
部屋のドアが、小さくノックされる。




51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 02:10:11.29 ID:o49Ir7Fp0
「ドクオ、いるのだろう」

('A`)「…なに」

「今から病院に行く。お前も一緒に来なさい」

黙って俺は部屋を出た。


母さんを精神入院させた後で、俺は父さんと二人で車に乗って帰宅していた。
この車は俺が生まれた年に買ったものらしく、もう随分古い。

「…再発したな。今度はどれくらい薬を飲んでいなかったんだ」

父さんの言葉を聞きながら、昔は楽しかったのに、などぼんやり懐古する。

「聞いているのか」

('A`)「あ、うん…三か月くらい」

「私がこの前家に戻ってきてから、すぐじゃないか…
 統合失調症は継続的に薬を飲まないと再発するって、あれほど言っておいたじゃないか」

('A`)「ああ、なんでか知らないけどあれから飲まなくなったんだよね…」

運転席からため息が漏れたのが聞こえた。

('A`)「いや、俺も母さんに言ったんだよ、ちゃんと飲むように。
   でもその度に、怒って皿を割っちゃうから…」





53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 02:18:43.24 ID:o49Ir7Fp0
「…そうだな、子供のお前と二人暮らしをさせていること自体が、酷なことなのかもしれんな」

俺は何も答えない。
自分の不甲斐なさを指摘されているような気がして、小さく歯噛みする。

「今度の入院は長引きそうだ。ドクオは私の家に来なさい。
 会社の寮だが、お前が済むくらいの余裕はある」

('A`)「ああ、わかった…」

=-=-=-=-=-=-=


('A`)「だから俺、こっちに引っ越してくることになったんだよ…」

ブーンとドクオは並んで川原沿いの土手に腰かけている。
八月が終わったとはいえ、まだ蚊は飛んでいるようで、そこかしこを食われてにわかに痒い。
ドクオは幾分落ち着いたようだが、まだしゃっくりが止まらない。
ブーンがドクオに貸したハンカチは、涙と鼻水に濡れている。
ブーンの家の幸せな団欒を見た後、ドクオは何を思ったのだろうか。
そのハンカチを握りしめて、ドクオは目の前の川を見つめている。

( ^ω^)「でも…今日も大変だったおね、強盗に襲われて。
     でもとーちゃんが帰ってきているなら、もう大丈夫だおね」

('A`)「ああ…あれな…ブーンんちでかけた電話は嘘なんだ、すまない。
   バット振り回してたの、あれ、俺の父さんだよ…」

鼻をすんすんと鳴らし、ドクオは苦笑した。





56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 02:35:54.86 ID:o49Ir7Fp0
(;^ω^)「ええっ、とーちゃんが息子にバットふるうとか…あり得ないお!」

('A`)「アル中なんだよ、父さん。一度酒を飲み始めると、手がつけられなくなるんだ。
   学校行けなかったのは、最近ちょっとひどかったから」

(;^ω^)「アル中…
     ひょっとして、今日顔面が腫れあがってたのと、
     転校してきたころに痣を作って登校してきたのは…」

('A`)「父さんに殴られた。
   …母さんがいない生活なら野球もできるかと思ったんだけど、
   父さんの面倒見ないといけなかったから無理だった。
   なんかそう分かったら、友達作るのもどうでもよくなった」

(;^ω^)「じゃあ一学期の終わりの水泳の時に早退したのは…」

('A`)「…背中の痣とか、人に見せられたもんじゃねーよ。
   父さんに早退したとかは言えなかったから、
   あの後コンビニで雑誌読んで時間潰ししてから帰ったけど」

(;^ω^)「……」

日常の冗談やネットのあおり合いで使う単語が真実味を帯びて使われることに、
ブーンは薄ら寒さすら覚えた。
だがそれが、現実に社会の中で生きる人たちの中にいるのである。
目をそらさないで生々しい現実を直視しているドクオの胸中を、
ブーンは察することができない。





57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 02:36:48.22 ID:o49Ir7Fp0
('A`)「酒は母さんの看病疲れでよく飲んでいたけど、
   俺が父さんの所に行ったことで、母さんの病気がばれてハブられたらしい。
   飲んで荒れたときによく愚痴ってる」

ふう、とドクオがため息をついた。

('A`)「俺のせいかなあ…
   母さんの病気の再発も、父さんのアル中も…」

( ^ω^)「そんなことはないと思うお…悪いのは、
     薬を飲まなかったかーちゃんと、お酒におぼれたとーちゃんだと思うお…」

('A`)「……」

目の前に鈴虫が出てきて、また草むらの中に消えていった。
さっきに比べて幾分、鈴虫の音が大きく聞こえる。

('A`)「…母さんも父さんも、悪くないんだぜ」

( ^ω^)「…お、意味が分かんないお?」

('A`)「あれは病気なんだ。母さんも元気な時はすごく優しいし、
   父さんも飲まなきゃ優しいんだぜ。すごく、すごく…」

言葉をかみしめるように、口の中で含んで何度も呟く。

('A`)「憎むべきは病であって人ではない。
   俺、折を見て、父さんにも一度病院に入ってもらおうと思ってるんだ。
   きちんと予防したり、治したりすれば、三人でまた、暮らせるだろうから」





58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 02:37:35.01 ID:o49Ir7Fp0
泣きはらした目をブーンに向けて、ドクオははにかむように笑った。
転校初日以来見せたその笑顔を見て、ドクオはやはり、
冷たい奴ではないのだということをブーンは改めて感じた。

( ^ω^)「一緒に暮らせるといいおね」

('A`)「ああ…」

息を吐いて、ドクオが立ちあがる。

('A`)「俺、家に帰るわ。父さん暴れた後で、たぶん落ち込んでると思うから。
   送りも、もうここまででいいよ」

( ^ω^)「ん、そうかお」

二人は土手を上がった。
街灯のそばに止めた自転車に近づき、ブーンは自転車にかけていたチェーンを外す。

('A`)「ハンカチありがとな。洗って明日返すから」

( ^ω^)「わかったお。…って、あっ!
     借りていたグラブを返すのを忘れてたお!」

('A`)「ああ、明日学校で返してくれればそれでいいから」

( ^ω^)「…明日、必ず学校に来いお」

('A`)「ああ、行くよ」

必ず、と言って、二人は互いに背を向けて歩きはじめた。




61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 02:43:42.43 ID:o49Ir7Fp0
翌日、ブーンは早めに学校に行った。
グラブケースの入った手提げを机の横にかけ、ちらちらと教室の扉を眺めている。
ワカッテマスに、ツンを待っているのだろう、とからかわれたが、
ブーンはあまり相手にしなかった。
時計の針が進む。
ジョルジュが教室に入ってきて、ホームルームが始まる。
ドクオはまだ来ない。

( ^ω^)「……」

その日、ついぞドクオは来なかった。
帰り道、ドクオのアパートに寄ってみる。
ノブを回す。鍵はかかっていない。
迷ったが、ブーンは靴を脱いで上がってみることにした。

( ^ω^)「ドクオ…いるかお?」

廊下をつきあたりまで行くと、ドアに大きな穴が開いていた。
これが昨日、ドクオの父親がバットで開けた穴だろう。
ドクオの顔に当たっていたらどうだったろう、とブーンは空恐ろしくなった。
部屋の中をのぞく。
どうやらそこはリビングらしかったが、食器が散乱し、
皿などの陶器類が粉々になって床に散っていた。
どうやら、リビングは昨日のままになっているらしい。

( ^ω^)「ドクオ…?」

不気味なほどに静まり返ったリビング。そのテーブルの上には、
昨日ブーンが貸したハンカチが、きれいにたたまれてそこに置かれていた。




62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 02:51:34.91 ID:o49Ir7Fp0
ドクオは翌日も、その次の日も学校に現れなかった。
土曜日。
朝の短いホームルームを終えるとすぐに、ブーンはジョルジュを捕まえた。

( ^ω^)「ジョルジュ先生」

( ゚∀゚)「お、内藤か。どうした?」

( ^ω^)「ドクオのことなんですけど…」

( ゚∀゚)「ああ、奴は家庭の事情だな。さっき連絡があった」

(;^ω^)「連絡があったって…」

( ゚∀゚)「あと、鬱田によくしてくれたお前だから言うが、鬱田は転校することになった」

(;^ω^)「て、転校ですかお?」

( ゚∀゚)「ああ。鬱田も後で学校に事情を説明しにくるって言ってたから、
    その後でも会ってやるといい。ほら、授業が始まるから教室に戻れ」

ジャージ姿のジョルジュは呼子笛を持ち、職員室を出て行った。





63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 02:52:20.60 ID:o49Ir7Fp0
授業はほとんど耳に入らなかった。
ホームルームが終わってから、ブーンは職員室の前に立ってドクオが来るのをひたすら待った。
職員室の中から、ドクオとドクオの父親ではない男が出てきたのは、
それから一時間ほど経った頃である。


(;^ω^)「ドクオ!」

('A`)「あ、ブーン…」

(,,゚Д゚)「なんだ、こいつが昨日話してたブーンってやつか」

ドクオはこくんと頷いた。

(,,゚Д゚)「そうか、鬱田の相手をしてくれてありがとうな」

( ^ω^)「あ、どうも…」

(,,゚Д゚)「じゃあ鬱田、俺は学校に戻るから。時間に遅れんなよ」

そういって、男は去って行った。

( ^ω^)「あの人誰?」

('A`)「ニューソク中のギコ先生。今でもすごくお世話になってる」

( ^ω^)「ふうん…」





65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 02:59:33.64 ID:o49Ir7Fp0
ドクオが歩き出したので、ブーンもそれに合わせて歩きはじめた。
昇降口に移動し、靴を履き、校門を出る。

( ^ω^)「ねえ、どうして休んでいたんだお?」

('A`)「ああ、ちょっと母さんのことで呼ばれていたんだ」

ドクオは表情を変えず、淡々と語り始めた。

('A`)「精神科には閉鎖病棟と開放病棟ってのがあるんだよ。閉鎖病棟ってのは、
   症状の重い人用に行動範囲がごく狭く限られている病棟なんだけどな。
   母さんが閉鎖病棟から開放病棟に移った途端に、病院を抜け出しそうになったから…」

('A`)「だから、PICUっていう精神科のICUに入ったんだよね。
   ちょっと心配になってきたから、行ったんだ。そういうわけで」

( ^ω^)「そうかお…」

ドクオは歩きながら、道端の石を蹴り始める。

('A`)「まあ、行くって言ってたのに学校に来なかったんだから、
   訊かれて当然なわけで。気にすんなよ」

( ^ω^)「お…じゃあ、転校ってのは?」

('A`)「なんだ、知ってたのか。その母さんの様子を見に行ったときなんだけどな。
   ちょっとその時、父さんに酒が入ってて。そのまま病院行き」

二人は踏切に差し掛かる。




66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 03:01:20.82 ID:o49Ir7Fp0
('A`)「まあ、前々から入院してほしかったから、ちょうどいい機会だったのかもな。
   ――それで、俺は前からお世話になってたギコ先生に相談してみたんだ。
   で、ここからは遠い施設に行くことになった」

ドクオは線路に向かって、勢いよく石を蹴り飛ばした。
石は線路の石と混ざって、どれがいままで蹴っていたものか分からない。

('A`)「だから、転校」

踏切には遮断機が下りようとしている。
ブーンはそこで立ち止まったが、ドクオは進路を変えて線路沿いを歩きはじめた。
ブーンは駆け寄る。

( ^ω^)「どこに行くんだお、そっちはドクオの家の方向じゃないお」

('A`)「ああ…今日、引っ越すんだ。これから。ギコ先生にチケットもらったし」

(;^ω^)「今日?!」

ドクオは持っていた鞄から、封筒を取り出して見せた。

('A`)「ビップ空港二時発、シベリア行き」

(;^ω^)「シベリアって、すごく遠いお…!」

('A`)「でもここの園長先生は、昨日会ったけどいい人だったぜ。
   こんな人に引き合わせてくれたギコ先生には、感謝だな」
br> ( ^ω^)「ドクオ…」





67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 03:06:37.32 ID:o49Ir7Fp0
('A`)「…もう、ここでいいよ」

駅について、ドクオはブーンにそう言った。

( ^ω^)「いや、ブーンも空港まで行くお」

('A`)「…そうか。ありがとう」


青い稲穂が揺れ、少し前に見られなかったかかしがまばらに立ち始めている。
電車の車窓から見える風景は驚くほどのどかで、この一週間でブーンが
ドクオから聞いた話は、違う世界で起こった出来事であったような気さえした。
その当人であるドクオは軽く目を閉じて、電車に身を任せて揺られている。
彼は何を背負っているのだろう。


('A`)「…俺、父さんが退院したら、また一緒に暮らそうと思うんだ」

( ^ω^)「そうかお」

('A`)「また、父さんには戻ってくるところが必要だからと思うから」

( ^ω^)「そうかお」

ぽつぽつと話す穏やかなドクオの横顔を見て、ブーンはふと思い当った。

周りに病人を持った人が何かを背負っていると考えるのは、
単に健常な家族を持った人間が考える傲慢なのかもしれない。と。





68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 03:15:47.82 ID:o49Ir7Fp0
空港に着いて、ブーンは鞄からグラブケースを取りだした。

( ^ω^)「これ、返すお。ありがとうだお」

('A`)「ああ…」

ドクオはグラブケースを開けて、グラブの皮をなでる。

('A`)「大事に使ってくれてありがとう」

( ^ω^)「いいお、ブーンは助かったお。
     …そのグラブ、とても手入れが行き届いているおね。野球やってないのに」

('A`)「…道具を大事にするってことは、ほかにもいろいろ大事にするってことだからな」

( ^ω^)「そうだおね」

('A`)「…」

( ^ω^)「…」

('A`)「…こないだ貸してくれたハンカチ、俺が持っとくから。
   これ、あずかっててくれよ」

(;^ω^)「え?これ大事なものなんだおよね?」

('A`)「学校で俺が腐ってた時も声かけててくれたからさ。おまえいいやつだよ。
   一緒に野球できなかったから、ブーンがときどきそれで
   壁打ちでもしてくれたら、それでいいさ。





72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/26(水) 03:34:40.41 ID:o49Ir7Fp0
('A`)「家が落ち着いたら、また会いにくるから。
   それじゃ、行くわ」

ブーンはグラブケースを受け取る。
背を向けて飄々と去るドクオを、グラブケースを抱えて見送る。

( ^ω^)「お…ドクオ!」

呼ばれて、彼は振り返る。

( ^ω^)「今度会ったら、キャッチボールやろうお!」

ブーンの言葉に、ドクオが照れたように笑った。



ブーンは空港から離れて、飛行場を見た。
シベリア行きの便がちょうど発ったところで、飛行機は空に飲み込まれぐんぐん小さくなっていく。
ブーンはグラブケースから、グラブとボールを取りだした。
手にはめて、構える。

( ^ω^)「ドクオが昔のころのように、一家団欒できますようにッ!」

そう念じて、青空にボールを空高く投げた。




おわり





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