川 ゚ -゚)彼岸でまた会いましょう、のようです
- 3 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/25(火) 23:43:07.33 ID:ufNb6TKO0
-
彼女が見えるようになったのは、僕が神社の息子だからか、
それとも、ある種の意味があって見えるようになったのだろうか。
今のところ、理由は分からない。
あの夜、僕は仄暗い森林で彼女と出会った。
幽霊なんて存在を信じていなかった僕は、ただ動転するばかりだった。
○
ζ(゚ー゚*ζ「はい、どうぞ」
デレはそう言いながら、親父の前に白いご飯が盛られている茶碗を置いた。
(´・ω・`)「いやあ、いつも悪いねデレちゃん。毎度毎度お世話になって」
ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ。おじさんだけじゃ大変でしょうし、私も好きでやってることですから」
僕はテーブルに並べられたデレの手料理を、無言で食べ始めた。
(#´゚ω゚`)「くぅおらドクオ! 飯を食べる前にはいただきます、と言え!
何回言ったら分かるんだ! デレちゃんに失礼だろうが!」
僕の親父は流石に神主だけあってか、礼儀にうるさい。
('A`)「いやいや、デレには普段から感謝してるんだって。言葉なんかいらない仲なんだよ」
- 4 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/25(火) 23:47:11.69 ID:ufNb6TKO0
-
(#´゚ω゚`)「例えそうだとしても礼儀は守らんか!」
強面の厳つい親父は怒鳴り散らす。
こんなのが神主をやっていたら参拝客が逃げてしまう、と僕は思っていた。
ζ(゚ー゚;ζ「ま、まあまあ、おじさん落ち着いて」
(´・ω・`)「まったく……すまないなデレちゃん、いつも苦労かけさせて。
ドクオ、お前みたいなバカの面倒を見てくれるデレちゃんに感謝しろよ」
('A`)「だからしてるってば。なあデレ」
ζ(゚ー゚;ζ「ホントかしらね……あまり誠意を感じられないことが多いけど」
(´・ω・`)「デレちゃん、こんなバカ息子いつ見限ってくれてもいいからな」
ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ、幼い頃からの腐れ縁ですから。最後までしつけますよ」
外見だけ見ればお淑やかで可愛らしいデレだが、その内に秘めた凶暴性は恐ろしい。
しつけと称して僕に体罰を与え、殴りに殴られた尻が翌日まで痛んだ、という過去がある。
僕が馬鹿な事をしでかす度に体罰を行うので、僕は段々と丸くなった。
('A`)「ケツバットは勘弁してくれ」
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオが何もしなければね」
- 6 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/25(火) 23:51:12.05 ID:ufNb6TKO0
-
('A`)「ごちそうさま」
(´・ω・`)「ごちそうさま」
ζ(゚ー゚*ζ「お粗末さまでした」
食事も済んだことだし部屋に戻ろうか、と思ったら親父が声をかけてきた。
(´・ω・`)「おい、ドクオ。御神木の注連縄が緩んでるらしいから見てこい」
('A`)「なんだよ、面倒くさいな。親父が行けばいいだろ」
(´・ω・`)「俺はこれからデレちゃんを家まで送る。ツンにも用事があるしな」
渋々ながら僕は承諾することにした。さっさと行ってさっさと帰ってこようと、その時は思っていた。
我が住居は神職としては珍しく、境内にある。神社を囲うようにして鎮守の森があるのだが、
その規模がなかなかに大きい。しかも御神木は今いる家から五分ほど歩いた森林の奥にある。
だから薄暗い森林を歩くのは、あまり快いものではなかった。
- 8 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/25(火) 23:54:51.55 ID:ufNb6TKO0
-
季節は夏、今日は熱帯夜と言っても間違いない暑さだった。
にもかかわらず、鎮守の森へと一歩足を踏み入れると、肌寒さを感じた。
延々と木立が続き、暗闇の奥から冷気が忍び寄ってくるようだった。
('A`)「……」
早く行こう、と僕は思った。
視界に広がるのは何もかもが黒で、鬱蒼と茂る森の中を進んだ。
舗装された砂利道の先、開けた場所の中央にあるのが御神木だ。
その領域へと入った瞬間、森の中で感じた冷気とは比にならない寒気を感じた。
三半規管を揺さぶられたように、一瞬視界がぼやけた。
何か、よくないものがそこにいるような気がした。
神職に仕えようとする僕だったが、霊なんてものは信じていない。
いや、信じていなかった。今、この瞬間まで。
注連縄を確認しようと、御神木に近づいた時、その巨木の下に誰かがいることに気付いた。
川 - )
- 9 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/25(火) 23:58:02.97 ID:ufNb6TKO0
-
(;゚A゚)「……」
見てはいけないものを見てしまった気がした。
まるで生気を感じさせない髪の長い女性は、ぼんやりと全身が透けていた。
胸の辺りに、闇のように黒い球形の塊が見えた。
川 -゚)
(;゚A゚)
微動だにせず佇んでいた女性の顔が上がり、僕と目があった。
本能が警笛を鳴らし、一刻も早くこの場から立ち去れ、と言った。
僕は脚を動かそうとしたが、全く動かすことが出来なかった。
川 ゚ -゚)「君は……誰だ」
凛とした声で、その女性が言った。
(;゚A゚)「え……」
- 10 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:01:21.79 ID:6y/pPhpB0
-
よく観察してみれば、その人は美人だった。
整った顔立ちに長い黒髪。服装はデニムのジーンズに白のノースリーブというラフな格好だった。
年齢はかなり若そうで、二十代前半に見える。
どう考えても生きている人間ではない彼女を、綺麗だと思ってしまった。
('A`)「……鬱宮、ドクオ。この神社の息子です」
些かの落ち着きを取り戻し、先の質問に答えた。
川 ゚ -゚)「…………。神社、ここは神社なのか」
彼女が息を呑んだ気配があった。
('A`)「はい、鬱宮神社です」
川 ゚ -゚)「…………」
僕が答えてから、しばらく沈黙が続いた。
冷静に考えてみれば、おかしな状況だ。何故幽霊と会話しているのだろう。
というか、こうして会話出来ることに驚いている。
初めに感じた恐怖や嫌悪は、もう感じなくなっていた。
- 13 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:06:44.90 ID:6y/pPhpB0
-
僕と彼女の視線が交錯する中、沈黙に耐えきれなくなった僕が口を開いた。
(;'A`)「あ、あの……貴方の名前は……?」
川 ゚ -゚)「名前……」
彼女は先を続けず、思索に耽ってしまった。
ややあって透き通るような声で言った。
川 ゚ -゚)「わからない……覚えていない」
(;'A`)「そ、そうですか……」
記憶が抜け落ちているのだろうか、生前のことを覚えていないようだった。
人間の防衛本能なのかもしれない。辛い記憶があって、消し去ってしまったのだろうか。
月の光が木々の間から差し込み、僕は神聖な空気を感じた。
話題が何もなく、厳かな御神木の前にただ立っていた。
彼女を見つめ続けていると、儚げな表情をした後、彼女は霧のように消えてしまった。
夏を忘れさせる冷気が消え、気温が急速に上がった気がした。
僕はそれを、あたたかく感じた。
- 14 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:11:08.63 ID:6y/pPhpB0
-
しばらく呆然としていた僕だったが、本来の目的を思い出した。
予想外の出来事があったが、注連縄を確認しなくてはいけない。
樹齢何百年になるのか、いやもしかすると何千年かもしれない。
眼前にそびえ立つ巨大な御神木は、天まで届くと錯覚するほど背が高い。
てっぺんまで上るのは、到底不可能だろう。
極太の樹幹に結ばれている、これまた巨大な注連縄。
それが確かに、緩んでいた。円形に結ばれた片側がずり落ちているのだ。
切れていなくて良かった、と同時にどうすればいいのだろう、と思った。
僕は足早にその場を去った。
(´・ω・`)「なんだ、遅かったなドクオ。注連縄はどうだった?」
家に戻ると、親父はもう帰ってきていた。
僕は確かに緩んでいたことを話した。
幽霊らしきものを見たことについて、喋るべきか悩んだ。
(´・ω・`)「自治会の方に連絡しとかないとな、お前にも手伝ってもらうかもしれん」
考え事をしていて話を聞いていなかった、僕は意を決して口を開く。
- 16 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:16:44.40 ID:6y/pPhpB0
-
('A`)「親父はさ……幽霊って信じる?」
(´・ω・`)「あん? あったりまえだろうが。信じなくてどうやって神職が務まるんだ。
幽霊なんてそこらにウヨウヨいるんだぞ。お前が見たら卒倒するだろうな」
そんな馬鹿な……死んだ者が皆、霊になるというのならこの世は大渋滞だ。
そこかしこに見えるのなら、気になってまともに生活出来ないのではないか。
そもそも、こんな豪放磊落な親父に霊が見えること自体疑わしい。
いや待て、僕に幽霊が見えるようになったのなら、ウヨウヨいるらしい幽霊が見えないとおかしい。
この場合、可能性は二つだ。一つは親父が嘘を吐いている。
もう一つは、僕が見たものは幽霊ではなかった……これは、ないと思う。
('A`)「親父、嘘吐いてるだろ」
(´・ω・`)「なんだと、失礼な奴だ。というか、何だってこんな質問しやがった」
('A`)「いや……、別に意味はないよ」
僕は逃げるようにして自室へと戻った。
- 17 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:20:18.91 ID:6y/pPhpB0
-
神職養成所に通う僕の学生生活はとてもつまらない。
祭式や儀礼、雅楽などを学び、恐ろしく堅苦しい雰囲気なのだ。
よく一年半の間、我慢したものだと自分を褒めてやりたい。
やがてこの鬱宮神社で神職見習いになんなんとする僕だから耐えてきたのかもしれない。
親父にしごかれるのは癪だけど、落ち着いた神社で過ごすのもいいかもしない、と僕は思っている。
とりあえず今は、夏休みを満喫しているところだ。
ζ(゚ー゚*ζ「はい、どうぞ」
(´・ω・`)「いつもすまないね、デレちゃん。まったく、ドクオも少しはデレちゃんを手伝え」
夜、いつもと同じ食卓。いつもと同じようなやり取り。
ζ(゚ー゚*ζ「今日はお母さんが作ったのを持ってきましたから大丈夫でしたよ。
それに、ドクオが手伝っても逆に迷惑になりそうですし」
('A`)「そんなに酷くないだろ……僕だって料理ぐらい出来るさ」
ζ(゚ー゚*ζ「何が出来るの?」
('A`)「卵の殻を割ることに関して僕の右に出る者はいない」
ζ(゚ー゚;ζ「ダメダメじゃない」
- 19 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:23:28.22 ID:6y/pPhpB0
-
(´・ω・`)「ツンの料理ってのも久しぶりだな。アイツ、腕を上げたか」
ζ(゚ー゚*ζ「ふふ。最近じゃ私、お母さんを追い越したかもしれませんよ」
(´・ω・`)「もちろんだとも! デレちゃんは将来良いお嫁さんになる」
ζ(゚ー゚*ζ「あはは、ありがとうございます」
親父とデレの会話を気にすることもなく、僕はもしゃもしゃと肉じゃがを咀嚼していた。
確かに美味しい。たまに食べるデレのおばさんの料理を僕は楽しみにしていた。
(´・ω・`)「そうだ。注連縄の件だが、一週間後に結び直すことになる」
('A`)「ん、その日に手伝えばいいんだろ。分かったよ」
ζ(゚ー゚*ζ「私も手伝いましょうか?」
(´・ω・`)「いやいや、結構大変だからね。デレちゃんはゆっくりしといてくれ」
一週間。僅か七日という時間を、僕はもっとよく考えて過ごすべきだった。
いつだって気付くのは手遅れになってからだ。その時にしか出来ない事を、やり過ごしてしまう。
本当に馬鹿だと思う。後悔だけは、してはいけない。
- 21 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:30:52.54 ID:6y/pPhpB0
-
ζ(゚ー゚*ζ「ありがと、じゃあね」
('A`)「おばさんにお礼言っといて。晩ご飯美味しかったって」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、わかった」
デレを家まで送った後、僕は薄暗い街灯の下、夜道を歩いていた。
僕は昨日の女性のことを思い出していた。まだいるのだろうか、と。
湿度の高いじめじめした暑さの中、行ってみよう──と決めた。
月の光が帯のように差し込む森林は、幻想的だった。
巨大な御神木の側らに、昨日と変わらず彼女はいた。
('A`)「こんばんは」
僕は彼女に歩み寄り、声をかけた。何気なく、ごく自然に。
川 ゚ -゚)「……君か、何をしに来た」
僕は何をしているのだろう。何か目的があって来たわけではない。
彼女がそこにいるかどうか、ほんの少し気になっただけだ。
つまり、興味本位で来てしまったのか。何だか申し訳なくなってきた。
- 22 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:34:22.50 ID:6y/pPhpB0
-
('A`)「ええと……貴方に会いに」
川 ゚ -゚)「私に……か」
嘘を吐いているわけではない。
彼女は何故ここにいるのか、どうして僕には見えるのか。それが気になった。
それに、幽霊とはいえ途轍もなく綺麗で、何か惹かれるものがあった。
('A`)「あの、貴方はどうしてここにいるんですか?」
川 ゚ -゚)「……ぼんやりとしか覚えていないが、昔ここでよく遊んだような気がする」
やはり生前の記憶は曖昧なようだった。
この場所に思い入れがあっているのか。
ここで事故があった、というわけではなくてよかった、と僕は安堵した。
('A`)「ここには森しかないのに、遊んでいたんですか?」
川 ゚ -゚)「ん……どうだろう、しっかりと覚えていないからな。
もしかしたら違うかもしれない」
- 24 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:38:03.26 ID:6y/pPhpB0
-
('A`)「一人で遊んでたわけじゃないですよね……?」
孤独に耐えかねてこの地で自殺……なんてよくない考えが浮かんでしまった。
それは考えすぎで、彼女の一言によって否定された。
川 ゚ -゚)「確か……誰かと一緒に、他に一人……いや、二人いたような気がする」
('A`)「かくれんぼでもしてたんですかね……」
川 ゚ -゚)「さあ、どうだろう。しかし、この広さでかくれんぼはないだろう」
('A`)「あ……そうですね」
鎮守の森は、森というよりも林といった方がしっくりくる。
それでも一周するには結構な時間がかかるので、かくれんぼはしないだろう。
('A`)「うーん、こんなところで何をしていたんでしょうね……」
川 ゚ -゚)「すまないな、ほとんど覚えていないんだ」
('A`)「記憶が、曖昧なんですか?」
生きていた頃の、とは付けられなかった。
- 25 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:41:14.04 ID:6y/pPhpB0
-
川 ゚ -゚)「ああ……自分がどうしてここにいるのか、自分が何者なのか、覚えていない。
思い出そうとすると靄がかかったようにぼやけてしまう」
('A`)「じゃあ、名前も覚えていないんですか……?」
川 ゚ -゚)「そうだな、思い出せない。自分のことすら分からないというのは気持ち悪いものだ」
('A`)「そう、ですか……すみません」
川 ゚ -゚)「君が謝る必要はない」
こうして会話を交わしていると、彼女が生きていると勘違いしてしまう。
その半透明な全身の向こうに見える景色を見て再認識する。
この人はもう死んでいるんだ、と。
('A`)「はい……。そろそろ、僕は帰ることにしますね」
川 ゚ -゚)「そうか」
('A`)「ではまた……」
僕は踵を返し、森林へと後戻りした。
歩いている途中、自分が「また」と言ったことに気がついた。
僕はまた来るつもりでいた。
- 26 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:46:01.09 ID:6y/pPhpB0
-
翌日の夜、デレは用事があるといって来なかった。夕飯は親父が作ることになった。
ほぼ毎日デレに作ってもらっていたので、久しぶりに食べる親父の料理は違和感を覚えた。
('A`)「やっぱり料理って人によって全然味が違うね」
僕の左方向、親父の定位置である上座に向かって言った。
(´・ω・`)「当たり前だろうが、お前も料理ぐらい覚えろよ」
('A`)「面倒だなあ……デレがやってくれるから大丈夫だって」
(´・ω・`)「いくら未来の嫁さんとはいえ頼りすぎだぞ、もっとしっかりせんか」
(;'A`)「ブフォ!」
僕は口に含んでいた味噌汁を盛大に吹き出してしまった。
いくら幼馴染みで仲が良いからといって、結婚を約束した覚えはない。
許嫁だということも聞いた覚えはない。
('A`)「な、何言ってるんだよ。僕はデレと結婚する気はないぞ、今のところ」
- 28 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:50:58.09 ID:6y/pPhpB0
-
(´・ω・`)「デレちゃん以外の誰がお前なんかと結婚してくれると思ってるんだ」
('A`)「いや、デレだって結婚してくれないって。する気はないけど」
(´・ω・`)「それもそうだな。気に入ってもらえるように自分を磨けよ」
('A`)「はあ……」
どうして親父はそこまで、僕にデレと結婚してほしいのだろうか。
僕は思考を張り巡らせた。もしかすると、デレに「お義父さん」と呼んでほしいだけなのではないか。
息子が僕一人しかいないので、可愛い娘が欲しいのかもしれない、と僕は考えた。
('A`)「親父……犯罪は駄目だよ」
(´・ω・`)「はあ? 何を言っとるんだお前は」
それから他愛もない話をして、僕は居間を離れた。
自室へと戻った僕は、しばらくMDコンポから流れる音楽を聴きつつ漫画を読み、
幽霊の彼女を思い出した。僕はベッドからむくりと起き上がり、例の場所へ行くことにした。
僕は居間を迂回するようにして玄関へと向かった。
廊下は四角形の四辺で、面積の部分に居間や台所、親父の和室などがある。
こういう時、広い家は便利だな、と三和土で靴の爪先を叩きながら思った。
- 30 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:55:44.23 ID:6y/pPhpB0
-
('A`)「こんばんは」
川 ゚ -゚)「君か」
三度目の対面。彼女に会う事が日課になりつつあった。
御神木の下、月光が斜交いに彼女を照らしていた。綺麗だ、と僕は思った。
川 ゚ -゚)「そうだ……自分の名前は思い出せないんだけどな、
ここで遊んでいた時の記憶が少しだけ戻ってきたんだ」
現世に留まり続けることで、少しずつ記憶が蘇っていくのだろうか。
最後には、彼女は自分のことも思い出せるのだろうか。
その時彼女はどうなるのだろう、と僕は何故か言いようのない不安に襲われた。
('A`)「どんなことをしていたんですか?」
川 ゚ -゚)「同い年の男友達とよくここに来た。もう一人、女友達とも三人で来ていた。
……私達はとても仲が良かったように思う。だが顔も名前も覚えていない。
私はよく男の方を追い回していたような気がする」
(;'A`)「追い回して……なんだか凄い事をしていたみたいですね」
川 ゚ -゚)「そうだな……その男は私に迷惑ばかりかけていたような気がする」
- 31 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 00:58:05.98 ID:6y/pPhpB0
-
川 ゚ -゚)「ドクオ君は普段何をしているんだ?」
僕ばかり質問していたが、今度は彼女の方から質問があった。
何をしているか、と問われると返答に困ってしまう。
自堕落な生活を送っているから、あまり話したくはない。
('A`)「えっと……友達とカラオケ行ったり、ゲーセンで遊んだり……。
あとは実習で神社へ奉仕に行ったりします」
川 ゚ -゚)「実習?」
('A`)「あ、はい。僕、神職になろうとしてるんです。親父の跡継ぎですね」
川 ゚ -゚)「へえ、大変なんだろうな」
('A`)「それはもう、面白くないです。神職の学校なんて誰にも勧められませんね」
川 ゚ー゚)「ふふ、それを君が言うか」
僅かに口元を緩め、彼女が微笑んだ。
僕はその笑顔を見て、どきりとした。
今まで無表情だっただけあって、不意に見せた表情に僕は目を見張った。
- 33 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:03:01.91 ID:6y/pPhpB0
-
僕は鼓動が高鳴り、顔が紅潮していくのが感じられた。
こんな顔を見られたくない、と僕は退散を決め込む。
(//A/)「す、すみません。そろそろ帰りますっ」
川 ゚ -゚)「む、気をつけてな」
僕はそそくさと跛を引いて木立の中へと戻った。
笑顔を見ただけで赤面するなんて、これが僕の童貞たる所以なのかもしれない。
だけど僕だけの所為ではない、彼女が綺麗過ぎるのがいけないんだ。
ぼふん、とベッドの上に仰向けに倒れた。
帰宅後、親父と鉢合わせることもなく自室へと帰ってきた。
頭の中は彼女のことで一杯だった。
落ち着いた物腰に、端正な顔立ち、凛々しく透き通るような声。
長い黒髪は流れるようにさらさらとしていて、目を奪われそうになる。
服装だって現実的で、会話を交わしていると人間味のあることが分かる。
幽霊を相手に何を考えているのだろう、と僕は自嘲した。
- 34 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:06:43.04 ID:6y/pPhpB0
-
翌日の夕方。僕は巫女服を着たデレと境内を掃除した。
落ち葉を竹箒で掃いたり、不細工な狛犬を拭いてやった後、
鳥居の下で階段に座りながら、暮れなずむ街並みを眺めていた。
ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ、最近丸くなったよね」
隣に座るデレが言った。
('A`)「お前に叩かれまくったからな……嫌でも馬鹿出来なくなる。
それに最近ジョルジュと会ってないし、何やってんだろうなアイツ」
ζ(゚ー゚*ζ「そういえばジョルジュ君見ないね、修行でもしてるのかな」
('A`)「親父さんにしごかれてるのかも」
寺の息子であるジョルジュとは中学生の頃、よく馬鹿をやったものだ。
数々の悪行は語るのも恥ずかしい。その度に、デレには尻を叩かれた。
僕はデレに調教されて大人しくなったのだろう。悔しい。
ζ(゚ー゚*ζ「そうだ、ドクオ今日暇?」
('A`)「ん? 暇だけど」
- 35 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:09:30.09 ID:6y/pPhpB0
-
ξ゚听)ξ「はい、どうぞ」
そう言って、ツンおばさんは僕の前にビーフシチューを置いてくれた。
僕はデレの家に来ていた。「今日は私の家で食べない?」と言われたのだ。
なんでも、親父の方からツンおばさんに用事があるそうで、
デレの意向により夕飯は一緒に済ませよう、ということになった。
('A`)「ありがとうございます。先日食べたおかあさんのご飯、おいしかったです」
「おばさん」とは言えない。本人が怒るし、それに若く見えるから「おばさん」は不自然な気がする。
ξ゚ー゚)ξ「あらあら、どうも」
(´・ω・`)「まあ、確かに美味かったな」
四人掛けのテーブルの前に、まるで本当の家族のように僕たちは腰掛けている。
幼い頃からお邪魔していたので、この場に居ることに違和感は覚えない。
ξ゚听)ξ「ありがと、ショボン君もどうぞ」
そうやって料理を並べる仕草は、デレと似ていた。
やはり親子だな、と僕は思った。
- 37 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:16:21.56 ID:6y/pPhpB0
-
ツンおばさんの美味しい料理を食べ終わり、四人で団欒している時、
ζ(゚ー゚*ζ「ね、ドクオ、ゲームしない?」
とデレが言ってきた。僕は二つ返事で答え、デレの部屋へと向かった。
リビングを離れる時、親父がツンおばさんに話しかけるのが少しだけ聞こえた。
(´・ω・`)「ツン、お盆のことなんだが──」
僕は何度もデレの部屋に入ったことがある。
親しい間柄なので、特に緊張することもない。
室内は綺麗に整っており、デレの性格を表しているようだった。
32型テレビの前に座り、ゲームのセットをしているデレ。
彼女は意外とゲームをやる。主に音ゲーを。
たまに僕と一緒にプレイするのだが、普段からアケコンを使っている彼女には敵わない。
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあやりましょう」
('A`)「お手柔らかに」
- 38 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:18:59.83 ID:6y/pPhpB0
-
('A`)「上手すぎる」
ζ(゚ー゚*ζ「そんなことないわよ」
それは明らかに謙遜だった。ミスが一つもなかったからだ。
相当やり込んでいるに違いない。ゲームをする女の子というのはどうなのだろう。
僕は、ありだと思う。
気がつけば時間が過ぎていた。テレビの下にあるビデオデッキには、22時と表示されていた。
こんな時間までお邪魔するのは悪いだろう、と思って僕は帰ることにした。
ζ(゚ー゚*ζ「もうこんな時間だったのね、ごめん」
('A`)「いや、面白かったからいいよ」
部屋を出てリビングに向かうと、親父の姿はなかった。
先に帰ったらしい。僕は、ソファーに座って文庫本を開いているツンおばさんにお礼を言った。
ξ゚听)ξ「気をつけて帰るのよ、またいらっしゃい」
('A`)「ありがとうございます」
デレと玄関で別れ、僕は帰路に就いた。
途中、幽霊の彼女を思い出したが、時間も遅いし気恥ずかしさもあるので今日は行かないことにした。
- 40 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:24:29.52 ID:6y/pPhpB0
-
翌日の夕方、いつものようにデレと境内を掃除していた。
階段の下から夕日をバックに誰そ彼の男がやって来た。
鳥居をくぐり、黒いシルエットの男はずんずんとこちらへ近づいてくるらしい。
_
( ∀ )
どこか見覚えのあるその顔は、僕の見知った人物だった。
というか、苣丹生寺の息子、長岡ジョルジュだった。
_
( ゚∀゚)「久しぶりだな! 山に籠もり滝に打たれ続け、仙人にまで昇華した俺が帰ってきたぞ!
というわけでカラオケ行こうぜドクオ!」
(;'A`)「ジョルジュ、本当に修行してたのか……」
ζ(゚ー゚;ζ「あれ? ジョルジュ君!?」
巫女服姿の竹箒を持ったデレがやって来て驚いた。
_
(*゚∀゚)「推定Fカップのおっぱいをお持ちのデレちゃんじゃないか!
カラオケ行こうぜ!」
仙人になったらしいジョルジュは煩悩の塊であるように見えた。
ζ(゚ー゚;ζ「相変わらずね……」
- 42 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:28:15.01 ID:6y/pPhpB0
-
結局、ジョルジュに押し切られた僕たちはカラオケでオールをした。
定期で年齢を誤魔化し、朝方まで歌い続けた僕の喉は潰れそうだった。
三人でオールなんてするもんじゃない。でも、良いストレス発散にはなったかもしれない。
くたくたになった僕たちは早朝に解散し、僕は帰宅後、重い体を引きずってベッドに倒れ込んだ。
目が覚めたのは夕方だった。夏休みに昼夜逆転するのは頂けない。
せっかくの貴重な時間を無駄に過ごしてしまったように思えるからだ。
ζ(゚ー゚*ζ「はい、どうぞ」
(´・ω・`)「ありがとう。いつもすまないねデレちゃん」
夕飯、いつもと変わらない光景。
大して実のある話もせず、僕は秋刀魚の塩焼きを口に含んだ。
(´・ω・`)「ドクオ、二日後の注連縄の件だけどな」
と、親父が話しかけてきた。僕は注連縄のことなどすっかり忘れていた。
(´・ω・`)「お前は足手まといになるだけだから、来たかったら来るだけでいいぞ」
('A`)「なんだそりゃ……」
ひどい言われようだった。確かに僕は力が弱いかもしれない。
だけど息子に面と向かって「足手まとい」なんて言わなくてもいいのではないか、と思った。
- 43 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:32:38.01 ID:6y/pPhpB0
-
ζ(゚ー゚*ζ「ね、明後日暇になったのなら映画観に行かない?」
やや心許ない街灯が並ぶ夜道を歩いていると、隣のデレがそう言った。
僕は「いいよ」と返事をして、映画のことについて色々と質問をした。
今流行の感動もので、恋人と死別するまでの過程を描いたという内容のものらしい。
デレを送り届けた後、注連縄のことを思い出したと同時に、彼女のことを思い出した。
二日連続で会っていなかった。彼女はどうしているのだろうか。
暗い森の中で一人佇んでいるのだろうか。たった一人で、自分が何者かも分からずに。
僕は居ても立っても居られなくなり、彼女許へと向かった。
彼女に会いたかった。会って、話をしたかった。
('A`)「こんばんは」
川 ゚ -゚)「ドクオ君か」
厳かに屹立する御神木の足元、こぼれ落ちる月色の神秘的な風景に僕たちは居る。
涼やかな風が吹き、葉擦れの音がザアっと聞こえた。
- 44 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:37:51.93 ID:6y/pPhpB0
-
切れ長の綺麗な目、スッと伸びた眉、小さく形の良い鼻、真一文字に結ばれた口。
彼女の顔は本当に綺麗だった。じっと見つめていると、言葉を失ってしまう。
川 ゚ -゚)「名前を、思い出したよ」
沈黙が続いた後、彼女が言った。
川 ゚ -゚)「素直、という名字だ。下の名は覚えていない」
('A`)「素直さん……」
ようやく、彼女の呼び名を得ることが出来た。
僕は少しだけ彼女に近づいた気がした。
彼女は少しずつ、失われた記憶を取り戻しているようだった。
川 ゚ -゚)「私のお父さんは厳格で、曲がったことが嫌いな人だった。
お母さんは優しくて、私を可愛がってくれた」
父親からは厳しい教育を受けたのだろう、素直さんの性格を鑑みれば頷けた。
けれども堅い口調の中で時折見せる、柔らかな調子は母親の影響なのだろう。
僕は彼女の喋り方が好きだった。
- 47 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:41:09.15 ID:6y/pPhpB0
-
('A`)「それで、ジョルジュが二階から落ちたんですけど骨折もなくてですね」
川 ゚ー゚)「ジョルジュ君とやらは本当に馬鹿者だな」
朧気な月明かりの下で、僕たちは談笑していた。
彼女の見せる、僅かに口元を緩めるだけの微笑を何度も見た。
僕はその微笑みをもっと見たくて、ジョルジュの話をした。
川 ゚ -゚)「幼馴染み、か……」
素直さんが顎に手を添え、何かを思案している様子だった。
眉を寄せ、やや俯きがちに考え耽るポーズも様になっている、と僕は思った。
('A`)「? どうしたんですか?」
川 ゚ -゚)「ん……私にも幼馴染みがいたような気がするんだ……」
('A`)「へー、もしかしたら、ここで一緒に遊んでた人達かもしれないですね」
川 ゚ -゚)「たぶん、そうだ。男一人に女一人、彼らだと思う」
僕もデレとジョルジュがいるけれど、僕たちは男二人に女一人だ。
幼馴染み三人。何だか少しだけ似たところがある、と僕は嬉しくなった。
- 48 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:45:14.49 ID:6y/pPhpB0
-
僕は素直さんとの談話を楽しんだ。
夢中で話していたから、夜が深まっていることに気付かなかった。
川 ゚ -゚)「まだ帰らなくていいのか?」
('A`)「あ……」
素直さんそう言われて、マズイと思った。
何時間経っているか分からない。親父に何か言われるかもしれない、いや言われる。
(;'A`)「す、すみません。そろそろ戻ります」
川 ゚ -゚)「今日はありがとう。気をつけてな」
('A`)「こちらこそありがとうございました。楽しかったです」
「素直さん、また来ます」と言って、僕は薄暗い木々の間を駆け足で進んだ。
素直さん──胸の内で何かが引っかかった。その何かが分からず、しこりが残った。
僕は家に戻り、リビングを迂回して廊下を忍び足で自室へ向かった。
親父に遭遇することはなかった、と息を吐き、部屋のドアを開けると、
(´・ω・`)「遅かったな、ドクオ」
親父がベッドの上に胡座をかきながら、そう言った。
- 49 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:49:10.54 ID:6y/pPhpB0
-
(´・ω・`)「こんな時間まで何処に行ってたんだ」
親父は無表情に言ったが、怒っているのは間違いなかった。
壁に掛けられた時計を見ると、十一時半を指していた。
素直さんとは三時間近く話していたようだ。それだけ会話に夢中だった。
('A`)「デレとゲームをしてた……」
僕は見え透いた嘘を吐いた。本当のことを言うつもりは無かった。
言っても(親父には霊が見えていないだろうから)信じてもらえないだろうし、
もしかすると頭がおかしくなったと思われるかもしれないだろうから。
そうなると素直さんに会いに行けなくなってしまう。
そんなのは嫌だった。だから、僕は嘘を吐いた。
親父の叱咤を受けることになると思った。
(´・ω・`)「……」
けれど、親父は数秒僕をじっと見つめた後、何も言わずに部屋から出て行こうとした。
ドアを開け、廊下に足を踏み出すかと思ったその時。
「心配させるなバカ野郎」、と親父の背中が言った。
結局、親父の言及はなかった。何か勘違いをしたのか、寛大な心で許してくれたのか。
親父の心裏は分からないが、とにかく助かった。
そして心配してくれていたことに胸が熱くなった。
- 50 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:53:24.95 ID:6y/pPhpB0
-
僕の変わらない日常の中に、素直さんという存在が加わった。
毎夜、彼女に会うことが楽しみだった。僕は夜を待ち望み、一日を過ごすようになった。
彼女も僕のことを待ってくれているのなら嬉しい。最早これは善意や好意などではなかった。
夜、僕は彼女に会いに行く。
('A`)「こんばんは」
川 ゚ -゚)「こんばんは」
御神木の根元、皓々と照る月明かりの下に彼女は佇んでいた。
いつものように、僕は挨拶をする。そして彼女が答えてくれる。
川 ゚ -゚)「まったく、君も暇なんだな。毎日私に会いに来るなんて」
('A`)「そ、そんなことないです」
少し前までは、たった一人でこんな場所にいる彼女を思うと切なかった。
彼女に退屈をさせたくないと思った。だけど、今はただ会いたいだけだ。
僕は素直さんの傍に居たかった。
- 52 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 01:58:08.91 ID:6y/pPhpB0
-
('A`)「素直さんは、この場所から動くことは出来ないんですか?」
ふと、疑問に思ったことを尋ねてみた。
同じ場所に留まっていては面白いことなど何もないだろう。
違った風景を眺めたいとは思わないのだろうか?
川 ゚ -゚)「出来ない、な……。何かの力に抑え付けられているような感覚になるんだ」
('A`)「す、すみません」
川 ゚ -゚)「ドクオ君が謝る必要はない。
それに、動くと言ったって何処か行きたい場所があるわけでもないしな」
('A`)「そうですか……」
もしかすると、彼女にとってはこの場所こそが拠り所になっているのかもしれない。
何処かに連れ出そうなんて、おこがましい考えだ。
- 53 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:01:36.84 ID:6y/pPhpB0
-
川 ゚ -゚)「ふむ、幼馴染みの男なんだが……私は彼を竹箒で叩きまくっていた」
('A`)「へ? 叩いてた?」
川 ゚ -゚)「ああ、そいつは問題ばかり起こしていたから。仕方なく、な」
素直さんが人を叩きまくっていたなんて、とても信じられなかった。
確かに男性勝りなところはあるかもしれないが、暴力に訴えるようには見えなかった。
彼女なら弁舌がたちそうで、理論的に相手を言いくるめそうなのだが。
('A`)「素直さんにそんな一面があったとは……驚きです」
川 ゚ -゚)「私も思い出したばかりで驚きだ」
('A`)「……いつ頃の記憶まで取り戻したんですか?」
死に至る記憶が蘇ってしまった時、彼女は悲しみに暮れてしまうのではないか。
僕は、そんな心配をしていた。
川 ゚ -゚)「取り戻したと言っても、何もかも判然と覚えているわけではないんだ。
でも……そうだな、高校生だった頃までぼんやりと思い出したかもしれない」
- 55 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:06:07.24 ID:6y/pPhpB0
-
彼女の外見は二十代前半に見える。もしかすると、もっと若いのかもしれない。
つまり、後少しで最後の記憶が蘇ってしまうのではないか。
('A`)「幸せ……でしたか?」
川 ゚ -゚)「ああ、それは間違いない、と思う。
ただ、大切なものを残してきてしまったように感じる。それが何かは分からないけど」
その何かとは、死別してしまった家族や幼馴染み、恋人等なのだろうか。
僕には死に別れた人なんていないから分からないけれど、それはとても悲しいことだと思う。
('A`)「きっと、思い出せますよ」
彼女のことは、彼女自身が一番よく分かっているだろう。
僕には何も出来ないから、安っぽいフォローをした。
川 ゚ -゚)「そうだな、きっと思い出せる」
その時には、せめてもの励ましとして彼女の傍にいたい。
- 57 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:10:56.09 ID:6y/pPhpB0
-
素直さんと話すこの時間が、今の僕には一番幸せだった。
幸福である時間はすくに終わってしまう。名残惜しくて、僕はいつまでも話していたいと思った。
('A`)「うーん……」
他に何か話せることはないか、と僕は唸った。
川 ゚ -゚)「ドクオ君、もう遅いぞ。親御さんに心配されるんじゃないか?」
('A`)「そう、ですね……」
これ以上僕から話題が思い浮かぶこともなく、彼女からそう言われたので、
僕は渋々ながら帰ることにした。また明日、必ず会いに来ようと決めて。
('A`)「それでは、また」
川 ゚ -゚)「ああ、またな」
生暖かい風が吹き、彼女の黒髪が靡いた。
長い髪は顔を隠し、その隙間から見えた彼女の目は優しい色をしていた。
僕は微笑んで軽く会釈し、その場を去った。
- 59 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:14:59.41 ID:6y/pPhpB0
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家の中に人の気配はなかった。
親父は商店街の面々と夏祭りの打ち合わせがあり、帰りが遅くなると言っていた。
恐らくまだ帰っていないのだろう。助かった、と僕は思った。
シャワーを浴びた後自室に戻り、MDコンポで音楽を流してからベッドに倒れた。
僕は素直さんのことを思い出していた。
六日前、親父に注連縄の確認を頼まれ、御神木の下で彼女と出会った。
幽霊なんて存在を信じていなかった僕は、ただ動転するばかりだった。
だけど、会話を交わす度に、僕は彼女に惹かれていった。
彼女の容姿に、何気ない仕種に、男性的な性格に。
以前、御神木の下へ行った時には彼女は見えなかった。
いや、居なかったのかもしれない。なぜ彼女があの場所に現れたのか、
なぜ僕に彼女が見えるようになったのか、今のところ分からない。
僕は彼女のことが好きだ。
けれども、どうしようもない隔たりがある。
彼女は死んでいるというのに……僕は馬鹿だ、と自分を嘲った。
- 60 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:22:35.05 ID:6y/pPhpB0
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次の日のこと。
僕はデレと映画を観に行った。デレはめかし込んで、可愛らしい服を着てきた。
映画の内容は先日聞いた通り、恋愛の感動ものだった。
劇場には至る所にスピーカーが設けられており、どの方向からも音が聞こえてきた。
臨場感はあふれていたが、僕は映画のストーリーに感動は出来なかった。
男は不治の病にかかった女に恋をして、死ぬまで愛し続ける、という内容だ。
女が今際の際に言葉を発するシーンで、観客のすすり泣く声が聞こえた。
その先に報いなんかないだろう、と僕は冷めていた。
ζ(゚ー゚*ζ「ふぅ、なかなか良かったね」
劇場を出て、映画館のフロアを歩いていると、デレが言った。
('A`)「そうかなあ……僕はあんまり好きじゃない。
死ぬ女性を最後まで愛してただけじゃないか」
僕は死んでいる女性に想いを寄せている馬鹿だけど、と思いながら答えた。
ζ(゚ー゚*ζ「そこが良いんじゃない。ドクオも男ならあれぐらい格好良く生きなさいよ」
果たして格好良いのだろうか、ただ愛し続けることが。
僕には分からなかったので、答えをはぐらかした。
- 62 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:28:14.72 ID:6y/pPhpB0
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映画の後、喫茶店に入ってお喋りしたり、カラオケに行ったり、
デレの買い物に付き合って荷物を持たされたりした。
どうして女性は服を選ぶのにあれだけ時間がかかるのだろうか、本当に疑問だ。
僕は今、デレの部屋でバシバシとゲームのアケコンを叩いていた。
('A`)「だからデレ、上手すぎる」
ζ(゚ー゚*ζ「そんなことないわよ」
('A`)「ああー、疲れた」
音ゲーは楽しいのだが、長時間集中していると疲れてしまう。
僕は腕を伸ばし、室内を見回した。書棚の方を向くと、
最近取り出したのか一つだけ目立った本を見つけた。
手に取って開いてみると、それはアルバムのようだった。
興味を惹かれたけれど、デレに悪いかな、と思って訊いてみた。
('A`)「デレ、このアルバムちょっと見てもいい?」
ζ(゚ー゚*ζ「んー? ああ、アルバムね。別にいいよ」
ベシベシとゲームのアケコンを叩きながらデレが答えた。
- 63 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:31:06.84 ID:6y/pPhpB0
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デレから許可を得たので、真ん中のページから開いた。
左上から眺めていくと、まずデレと知らない女の子が笑い合いながら写っていた。
高校の友達だろう、と思いぱらぱらとアルバムを捲った。
始めの方に戻っていくと、デレはどんどん若くなっていった。
ピンクの着物に赤の帯を締めたデレが、鬱宮神社に居る様子が写っていた。
七五三の時だろう、そういえばそんな写真を撮っていたような気がする。
ζ(゚ー゚*ζ「あ、それ七五三のときの。懐かしいなあ」
いつの間にかデレが横にいて、アルバムをのぞき込んでいた。
('A`)「ウチの神社でお参り済ませたんだな」
ζ(゚ー゚*ζ「そうそう、七歳のときよね」
さらにアルバムを捲っていくと、幼いデレと僕が一緒に写っている写真があった。
流石に幼馴染みだけあって、普通に僕が紛れ込んでいても違和感がない。
他にはツンおばさんに抱かれた幼児のデレ、ブーンおじさんと手を繋いでいる写真。
そして、デレが生まれるよりも前の写真もあり、
ツンおばさんとブーンおじさんの二人のものが多かった。
ζ(゚ー゚*ζ「そこからはお母さんのアルバムだよ」
('A`)「ふーん、そっか」
- 65 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:34:42.97 ID:6y/pPhpB0
-
もう閉じよう、と最初のページまで流し見て、何か引っかかるものが見えた。
一番初めのページ、一枚の写真。
そこにはツンおばさんと僕の親父と──素直さんが写っていた。
(;'A`)「デ、デレ! この写真! この人は!?」
どうして素直さんが、なぜ親父とツンおばさんと一緒に写っているのか。
僕は混乱しながら素直さんを指さして言った。
ζ(゚ー゚;ζ「え、その人はドクオの──」
──お母さんじゃない、とデレは言った。
お母さん? 素直さんが? そんな馬鹿な、素直さんが?
ζ(゚ー゚*ζ「お母さんから聞いたことあるんだけど、ドクオのお母さんとおじさん、
それと私のお母さんは幼馴染みで、凄く仲が良かったって。
その写真は三人で旅行に行った時に撮ったらしいよ」
幼馴染み……素直さんは言っていた。幼馴染みがいて、一人が男、一人が女だと。
確かに、数は合う。彼女が僕の母親──
- 66 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:39:36.96 ID:6y/pPhpB0
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僕は小学生の頃まで、母親という存在を知らなかった。初めての授業参観の日、父親が来たのは僕だけだった。
「どうして鬱宮はお父さんが来てるの?」と質問された時、僕は「お父さんが来るものじゃないの?」
と質問を返した。僕はそれが普通だと思っていた。
デレの家でツンおばさんに会った時、この女の人は何なのだろう、と首を傾げた。
幼い僕には母親という概念が理解出来なかった。
親父からは、僕を出産したと同時に母さんが死んだということを、いつか聞いた。
僕の家にはアルバムが無かったから、母さんの顔は知らなかった。
祖霊舎(仏教でいう仏壇)にだって遺影写真はなかった。あるのは霊璽(仏教でいう位牌)だけ。
奥津城(墓)にお参りに行ったって母さんの顔は分からなかった。
年忌祭(仏教でいう法事)の時、遺影写真はあったかもしれない。
けれど、僕は幼かったので何も覚えていない。
いや……その時、母さんの親戚と友人が来た。泣いている母さんの親戚に誰かが言った。「素直さん……」と。
僕は母さんの旧姓を知らず、生涯でたった一度聞いただけだった。
そして、その名前が僕の記憶に留まることはなかった。
僕には父方の祖父母しかいない。だから、母さんの旧姓を知る機会もなかった。
親父は母さんのことについて、詳しく語ってくれたことはなかった。
僕は、母さんのことを何も知らなかった。
- 69 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:43:44.50 ID:6y/pPhpB0
-
ζ(゚ー゚*ζ「そうだ、お母さんが言ってたの。『ショボン君は、クーに箒でよく叩かれてたのよ。
問題を起こした時は体罰を与えてた。凄く効果的だった』って。
その話を聞いて、私もドクオに対して同じようにすることにしたの」
クー……母さんの名前の一部だ。恐らく渾名なのだろう。
素直さんは言っていた。「そいつは問題ばかり起こしていた」、「彼を竹箒で叩きまくった」と。
あれは、僕の親父のことだったのか。だとしたら、僕は親父と同じ目に遭っているじゃないか。
いや、母さんからデレに受け継がれた、と言った方が正しいか。
('A`)「悪いデレ……帰るよ」
そう言って、僕は早足でデレの部屋を飛び出した。
今すぐ会いに行かなくてはいけないと思った。
素直さん……母さんに。
外に出ると、既に辺りは暗かった。
空には厚い雲が垂れ込め、雨が降りそうだった。
僕は蒸し暑さを感じながら走った。いつしか僕は全力疾走していた。
町中を駆け抜ける僕を、通りゆく人はどう見ただろう。
鬼気迫る表情で、真っ直ぐに走り続ける僕を。
- 71 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:48:14.35 ID:6y/pPhpB0
-
「大切なものを残してきてしまったように感じる」、と母さんは言った。
それは、確かに友人や両親、僕の親父だったかもしれない。
だけど、もしかすると僕のことではないか、と思った。
僕を産んだ直後に死んでしまった母さんは、どれほど無念だっただろうか。
これから成長していく姿を見られなくて、自分の手で育てることが出来なくて。
思い上がっているわけではないけれど、きっと僕のことだ。
早く駆けつけて、真実を話さなければいけない。そして、母さんに僕の姿を見せなくては。
たまに馬鹿なこともやるけど、僕はこんなにも成長したのだと。
一秒でも早く、母さんの許へ辿り着きたかった。
境内へと至る急な階段を、つんのめるようにして駆け上った。
無駄に長いこの階段が、今は無性に腹立たしかった。
やがて鳥居をくぐり、拝殿の裏の森へと突き進む。
汗だくになりながら、僕は暗い木立の中を走った。
その先にある御神木、そして母さんのいた場所へ。
そして、御神木を中心に開けたその地へ辿り着いた。
- 74 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:52:08.66 ID:6y/pPhpB0
-
天まで届かんとする巨大な御神木の根本、曇天によって遮られた月の光。
宵闇の中には──誰もいなかった。母さんは、いなかった。
('A`)「母さん……?」
この時間は、まだ姿を現すことはないのだろうか。
僕は祈るようにして呼びかける。しかし、待てども待てども母さんは姿を見せない。
('A`)「母さん……!」
僕はここにいるのに、どうしては母さんはいないんだ。
(;A;)「母さん……っ」
こんなすれ違いがあっていいのか。
どうして、どうして今日に限って母さんはいないんだ。
気がつけば涙がこぼれ落ちていた。
様々な思いが交錯し、後悔し、僕は土の上に崩れ落ちた。
伝えなくてはいけないことがある。伝えたいことがある。
けれども、何時間経っても母さんは現れなかった。
- 75 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 02:57:27.14 ID:6y/pPhpB0
-
僕は巨大な御神木の根に背を凭れ、座り込んでいた。
頭の中は母さんのことで一杯だった。どうしていないのか、思い当たる節はあった。
注連縄だ。一週間前、注連縄は緩んで片側がずり落ちていた。
それが今、正確に結び直されている。今日は、注連縄を結び直す日だった。
もし僕が手伝っていれば何かが変わったのか、それは分からない。
だけど今となっては、ただ後悔するばかりだった。
注連縄とは、あの世とこの世を分け隔てる結界の役割を持つ、と言われているらしい。
つまり、この御神木の内と外には別々の世界が広がっていると考えられる。
注連縄が緩み、結界の力が弱まり、この地に縁のあった母さんの魂が現世に出てきたのではないだろうか。
僕が「この場所を離れられないのか」と訊いた時、母さんは「何かの力に抑え付けられているようだ」、
と言っていた。それはつまり、注連縄の結界によって縛られていたのではないだろうか。
そして注連縄が元に戻れば……結界の力も元に戻る。母さんはあの世へと帰ってしまった。
そんな風に、考えた。
元々、幽霊なんて見えなかった僕だけれど、母さんが見えるようになった理由、それは、
僕が母さんの子どもだからではないのか。それとも、霊感が強まったとでもいうのだろうか。
本当のところは分からない。
- 76 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 03:02:30.73 ID:6y/pPhpB0
-
それにしても、僕は大馬鹿者だ。
幽霊に恋心を抱いていた時点で馬鹿だ、その先に報いなんかない。
どころか、母親だと気付くこともなかった。あまりにも愚鈍で、救いようがない。
もう何時間、へたり込んでいただろう。
その間、後悔し続け、自嘲し続け、心が痛んだ。
この場所にいても意味はない。家に帰ろう。
(´・ω・`)「おい、またこんな遅くに帰ってきてどこに行ってたんだ」
玄関の扉を開くと、正面の廊下に待っていたのは親父の結跏趺坐。
相変わらず奇抜な発想をしているな、と僕は思った。
('A`)「父さん」
(´・ω・`)「あん? なん……なんだと……?」
('A`)「この一週間、母さんに会ってた」
(´・ω・`)「……なに?」
- 78 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 03:04:43.06 ID:6y/pPhpB0
-
僕は正直に、本当のことを話した。
最初からそうしていれば、違った未来があったのかもしれない。
今更そんなことを考えても、何の意味もないのだけれど。
僕たちはリビングで対面するように座り、親父は真剣な表情で聞いてくれた。
僕からも母さんのことについて色々と訊いた。親父は答えてくれた。
髪が長くて、物凄い美人で、スタイルが良くて、凶暴なところがあって、優しかったそうだ。
それらは母さんのイメージと合っていた。
親父は母さんと、そしてツンおばさんと幼馴染みだったと言った。
昔は突っ張っていたらしい親父は、周囲に迷惑をかけることが多く、
その度に母さんから怒られ、御神木付近の立木に縛り付けられ、竹箒で叩かれていたらしい、尻を。
聞けば聞くほど、僕は親父と同じ道を通っていると思った。
親父がデレを僕の嫁にしたいと思っているのは、つまり、そういうことなのか?
今の僕にはデレと結婚するつもりなんてない、どころか恋人でもないけれど。
ちなみに、親父は今日の注連縄の結び直しの際、母さんはいなかったと言った。
- 79 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 03:08:07.19 ID:6y/pPhpB0
-
それから一週間ばかりが過ぎた。相変わらず自己嫌悪に陥ることがある。
母さんが好きになったこと、母さんだと気付けなかったこと。
僕は親父と同じ人を好きになってしまった。血は争えないのだろう。
今日は八月の十三日、全国的にお盆だ。
僕は親父と、そして僕の母さんと幼馴染みのツンおばさんと墓参りに行った。
三人で母さんの墓を掃除した、なかなか大変だった。
お供え物と精霊馬を置いた墓石の前で合掌し、母さんの冥福を祈った。
ツンおばさんとは別れ、家に戻った。
夕刻が近づき、親父が門前で迎え火を焚き始めた。
母さんを迎えるための炎だった。事故などではなく、正しい手順で現世へと招く儀式。
夕日は沈み、空を見れば藍色の快晴だった。
ぱちぱちと麻殻の燃える音が聞こえる。
僕と親父は、ずっと立ち尽くし、ゆらゆらと揺れる炎を眺めていた。
予感はあった。母さんが帰ってくるという、漠然とした直感。
- 81 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 03:11:37.92 ID:6y/pPhpB0
-
(´・ω・`)「腹が減ったな……飯作って食うか」
('A`)「うん……」
僕も親父も、夕飯を食べないまま炎を見ていた。
仕方なしに、僕は家の中へと戻ることにした。
親父の豪快さを活かしたチャーハンがテーブルに並べられた。
僕と親父と、母さんの分。帰ってきた時、食べられるように。
暗い雰囲気、沈黙の中で僕はチャーハンを頬張る。
その時、がたがたと玄関の方で音がした、ように聞こえた。
僕は親父の方を向いた。親父も僕を見ていた。
もしや……と思い、玄関まで見に行こうとしたが、その必要はなかった。
誰も手を付けていないチャーハンの前、畳に鎮座している人がいた。
川 - )
('A`)「母さん」
(´・ω・`)「……クー」
親父にも、見えているようだ。
- 83 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 03:13:17.59 ID:6y/pPhpB0
-
川 ゚ -゚)「やあ、ただいま。ショボン、ドクオ」
とても自然な挨拶だった。まるで、学校から帰ってきた時のような。
(´・ω・`)「おかえり」
だから、僕も親父も、それが当然であるように返事をした。
子を得た代わりに妻を失った親父は、どんな思いだったのか。
そして再開できた今、何を思っているのか。
(´;ω;`)「クー!」
いつも厳つい顔をしている親父が泣いている。
生まれて初めて親父の泣き顔を見た。
子どものような一面のある親父は、純粋なのだろう。
いつまでも、母さんを愛し続けていたはずだ。
再婚はしなかったし、するつもりも見受けられない。
写真の一つや二つ、探せばすぐに見つかるかもしれない。
なんだ、報われる者もいるじゃないか、と僕は思った。
- 84 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 03:16:45.18 ID:6y/pPhpB0
-
それからの三日間、僕たち三人がようやく家族全員集まって過ごした最初の時間だった。
母さんは物にも人にも触れられないけれど、傍にいてくれればそれで僕は幸せだった。
僕の恋心は粉々に砕け散ったけど、家族の絆を手に入れたような気がした。
母さんとは一生分の会話をしたのではないかと思うほど話した。
よく最後まで付き合ってくれたな、と今にして思う。
幽霊というものは存在する。僕が見て、話して、確かめたのだから間違いない。
そして見えるようになる条件というのも存在すると思う。
その幽霊と、親密であった人間ほど見えやすくなる、などと考えた。
デレには、僕の母さんは見えなかったが、ツンおばさんには見えた。
何もない空間に向かって話し続ける僕を、デレは頭がおかしくなってしまった、と思ったかもしれない。
僕のみならず、親父とツンおばさんまで虚空に向かって話しかけるのだから、デレは困惑していただろう。
- 85 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 03:18:51.31 ID:6y/pPhpB0
-
伝えたいことは伝えた。
僕を生んでくれたことに対する感謝、僕の成長を表す道程、そして惚れていたことも告白した。
親父に聞かれて「クーは俺の嫁だ! 誰にも渡さん!」と怒鳴られた。母さんは笑っていた。
そして迎えた八月十六日。今日は、送り火の日だった。
川 ゚ -゚)「あ」
('A`)「ん?」
(´・ω・`)「どうしたんだ、クー」
川 ゚ -゚)「帰らなきゃいけないみたいだ」
どうやら、もう時間がないようだった。
三日目の夕方、これが最後の一時になりそうだった。
僕たち家族は近くを流れる美府川まで来ていた。
水面には、いくつもの灯籠が橙色の光を発して浮かんでいる。
('A`)「そっか……」
- 87 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 03:21:59.74 ID:6y/pPhpB0
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これは、僕の何でもない、一夏のお話。
幽霊に出会って、恋をして、玉砕した馬鹿な男の。
けれど、代わりに得たものは大きかった。
僕の知らなかった母さんを知ることが出来た。
それだけで、僕は十分だ。
川 ゚ -゚)「もう行かなくてはいけない」
('A`)「母さん、本当にありがとう」
川 ゚ー゚)「こちらこそ。ドクオ、しっかり頑張れよ」
僕は大好きな母さんの笑顔を見ながら、「うん」と答えた。
(´・ω・`)「クー……」
川 ゚ -゚)「ショボン、本当に済まなかった。先に逝って……。
辛い事もあるかもしれないが、頑張ってくれ」
(´・ω・`)「ああ……また、また会えるか?」
川 ゚ -゚)「ショボン、ドクオ──」
- 88 名前: ◆rPpQ4KI.4hgl :2009/08/26(水) 03:22:44.33 ID:6y/pPhpB0
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川 ゚ -゚)彼岸でまた会いましょう、のようです
End.
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