( ФωФ)剣に憑かれてしまったようです
2 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/21(金) 23:52:26.73 ID:XYh5H8Uu0


広場を蓋う咽返る様な死臭、満ち溢れる凄惨な殺気に、見物人の顔は皆総じて青褪めていた。
余程高齢の者で無い限り、彼らは太平の世に生まれ、戦を知らず育った人の子である。
殆どの者は生まれて初めて真の殺し合いを見、聞き、嗅ぎ、自身の世界観を揺るがす程の鮮烈な衝撃を受けただろう。

中には目眩を起こして倒れ、運び出される者。
吐き気を催し、自ら広場を出る者も居た。

太鼓の轟音が鳴り響く。
会場の東西の幕を排し、新たな対戦者が現れた。
  _
( ゚∀゚)「……」

一人は身の丈六尺の長躯の青年、長岡淨治。
試合に用いると思われる二尺五寸の得物を腰に差している。
視線は鋭く、対戦者を射抜く。

( ФωФ)「……」

もう一人はさらに高く、身の丈七尺に迫る隻眼の偉丈夫、杉浦狼馬。
右目に眼帯をしているが、左目にも縦に一本の太刀傷が走っていた。

得物は石突から柄頭まで黒一色、有って無きに等しい極小の鍔、刃側に内反りになった柄。
正しく薩摩拵の三尺野太刀、それは腰には差さず、手に持って入って来ていた。
こちらの眼は妖しく光り、片目にも拘らず、居合わせた者全てが見られているような感覚を覚えた。





4 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/21(金) 23:53:56.45 ID:XYh5H8Uu0
二人は定位置につくと、正面に向き、検分役の若手益雄、
さらに、緋津府藩主 盛岡出光、夜追藩主 渋沢流石、

そして、緋児瀬藩主 斉藤又貫に恭しく一礼した。

見物人が固唾を飲み、又貫が薄ら笑いを浮かべ見守る。

( <●><●>)「始め!」

両者剣を抜き、互いに構えた。

(・∀ ・)「へぇ」

又貫の感嘆と同時、
「あっ」という声が、会場の至る所から漏れた。

長岡淨治が左足前、左手柄頭の大上段に構えたのに対し、杉浦は鏡映し。
杉浦狼馬の構えは右足前、右手柄頭の、珍しい大上段であった。
しかも、重く巨大な野太刀で、である。
長岡の刀も相当な長さであるため、観衆に与えた印象は薄かったが、杉浦の類稀な膂力を象徴している。

視線を交え、対峙する二人。
互いの上段には、相手を怨恨諸共焼き尽くすという、呪いじみた願いが込められているだろう。
上段とは火の位であり、真剣を以ってこの構えを取るということは、一歩も退かず相手を葬るという気位の現れである。

この御前真剣試合は仇討ち試合の日程を重ねて編成した、云わば仇討ち大会である。
二人には仇討ちの理由、仇討ちを受ける理由が、勿論有った。





7 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/21(金) 23:55:24.93 ID:XYh5H8Uu0

実は、相対する二人は、かつて同門で学んだ兄弟弟子であり、杉浦は長岡の兄を殺していた。



後に緋児瀬城仇討大会と呼ばれることとなる、凄惨無比の真剣試合。
数多の命が散った中に、魔性の剣が結んだ破滅の因果が在った。






剣に憑かれてしまったようです。









8 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/21(金) 23:56:53.50 ID:XYh5H8Uu0


三間先の灯篭割り。

他流試合の盛んな日津府藩に長岡流の稽古場が開かれて以来、囁き続けられている言葉である。
大げさな表現であるが、暗に、長岡流の間合には気をつけろという意味が籠められているのは明白だろう。

九州に起源を求め、時代と共に東へ歩んで来たこの流派は、大上段からの神速の撃ち下ろしを特徴としていた。
流派の技術はその殆どが、流祖 長岡雄理が諸国遍歴と他流試合から編み出したものだが、
長岡雄理が元々は薩摩の生まれであり、若い頃には薩摩示現流を習っていたことから、一部には共通したものも見られる。

長岡淨治はその長岡家次男にして、有望な高弟。
杉浦狼馬は長岡流師範代、淨治の兄 長岡流師範 長岡義誇の親友にして好敵手。
努力の人であった義誇に対し、杉浦と長岡は天才肌の剣士であった。

三人は稽古場を引っ張る高弟として、日々切磋琢磨し、それぞれの剣技を高め合っていた。


ある日のことである。
稽古を終えた杉浦は足早に稽古場を去り、町屋街へ急いだ。
数ヶ月に一度、冴えない行商人が店を出す日であった。

毎度、決めた場所に茣蓙を敷いては諸国の珍しい物品を並べて売るこの店を、杉浦は大層気に入っていた。
店主が口下手で無愛想なため、杉浦のように出店の度に足を運ぶような客は少ない。
自然と店主にも顔を覚えられ、時折店主の方から商品を奨めて来るようにもなった。




10 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/21(金) 23:58:22.32 ID:XYh5H8Uu0
(´・_ゝ・`)「……いらっしゃいませ、お侍さん」

( Фω0)「今日は南方の品が多い様だな」

(´・_ゝ・`)「へぇ、ご覧の通りでございます。琉球、薩摩といった南国由来の品々を取り揃えております」

( Фω0)「ふむ……」

茣蓙には色とりどりの琉球小物、薩摩焼、乾物といった商品が所狭しと並んでいた。
杉浦は右から左へ、手前から奥へ、ゆっくりじっくり、一つづつ商品を見ていく。
やがて、その眼が背の高い薩摩焼の影、店主の膝元で止まった。

意図して見え難い位置に置いたのだろうか、妙な雰囲気の野太刀が鎮座していた。

(´・_ゝ・`)「……流石お侍さん、お目が高い」

杉浦の視線を逸早く察知するや、店主は刀を手に取ると、杉浦へ差し出した。

(´・_ゝ・`)「人気も少なくなって来ましたし、抜いてみては如何ですか」

( Фω0)「そうだな……見る者も居なければ、誰にも咎められまい」

杉浦は刀を受け取ると、辺りを見回して人が居ないことを確認した。
人通りの少なくなる時間ではあったが、奇妙なことに、周囲に人一人も居なかった。




11 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/21(金) 23:59:33.95 ID:XYh5H8Uu0
刃を鞘から引き抜くやいなや、杉浦の眼は奇妙な刀に釘付けになった。

乱れに乱れた白い刃紋に、薄く紅みが差した、他には無い妙な風合い。
極めて厚く、逞しい刀身。
触れればたちまち切り裂かれてしまいそうな、鋭く尖った刃先。

(´・_ゝ・`)「薩摩の河童が己が血を混ぜ、
      十月十日掛けて打ち上げた薩摩拵。
      無銘の妖刀で御座います、如何でしょう」

( Фω0)「……」

鞘に収めようとしても、手が動かなかった。
刀の持つ魔性が、杉浦の心を雁字搦めにしていた。

( Фω0)「……店主、幾らだ」

(´・_ゝ・`)「百貫」

(;Фω0)「……」

(´・_ゝ・`)「と申し上げたい所ですが、お侍さんには御贔屓して頂いております」

(´・_ゝ・`)「特別に十貫で如何でしょう」

( Фω0)「……よし、買おう」

(´・_ゝ・`)「毎度どうも、今後とも変わらぬ御贔屓のほどを」

杉浦はこの日、貯めに貯めた金を全て叩いた。




14 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:02:39.27 ID:XYh5H8Uu0
( Фω0)「確かに。
       しかし、この三尺が普通の打刀に見えるなら、
       今まで俺は脇差と匕首を腰に差しているように見えたのか、淨治」
  _
( ゚∀゚)「そりゃもう」

( Фω0)「ふふん、冗談の上手い奴め」
  _
( ゚∀゚)「上段ですか、兄や狼馬殿ほどには、まだ至りませぬよ」

( Фω0)「wwwwwwww」
  _
( ゚∀゚)「wwwwwwwww」

  _
( ゚∀゚)「お腰の物、拝見させて頂いても宜しいでしょうか」

( Фω0)「うむ、よかろう」




18 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:07:04.96 ID:XYh5H8Uu0
義誇は既に稽古の仕度を整えているようで、杉浦と弟を急かした。
当日、というのは、長岡流が木剣による上覧試合を仰せつかった日の事である。

(,,゚Д゚)「今日の目的は海神流の足薙ぎ封じ、異国浪人の新参流派に負けて、恥をかくわけにはいかんぞ!」

つい最近のことだが、緋児瀬藩に二人の浪人が仕官を求めて来た、これが東の地より流れて来た海神流という流派の使い手。
これが興行好きの藩主 斉藤又貫の命で、長岡流と他流試合を行い実力を見定めることになったのだ。
曰く、

(・∀ ・)「東国随一の地を滑る剣と聞き及ぶ、我が藩随一の天を駆ける剣とやらせよう」

とのことであった。

そしてその試合が組まれた日、実際に海神流の相手をするのが杉浦と淨治の高弟二人であった。

  _
( ゚∀゚)「して、先ず海神流の足薙ぎというのはどういった剣なんだ、兄者」

(,,゚Д゚)「うむ、聞く所によれば、八相の如き構えから放たれ、
     斬撃の低さで右に出るものは無いとのこと。
     主に横薙ぎを用いて相手の右足、手を狙ってくるそうだ」

( Фω0)「ふむ……下からの斬り上げ等はどうなのだ?」

(,,゚Д゚)「横薙ぎの話が多く、その他の技は不明な点が多い。
     だが、相手によっては無論、狙ってくるだろうな」




12 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:00:54.35 ID:s5p8uzJy0
自身の住まう侍屋敷に戻ると、杉浦はただちに鞘を払い、再び刀を鑑賞し始めた。

( Фω0)「……素晴らしい」

表情は恍惚としており、全身を熱いものが駆け巡っていた。
一目惚れだった、とでも言うべきか、杉浦は刀に魅入られていた。


  _
( ゚∀゚)「狼馬殿、刀をお取替えになられましたか?」

翌日、杉浦が高弟稽古のため稽古場に姿を現すと、ある男がいっとう最初に腰の物に気付いた。
長岡流宗家の次男坊 長岡淨治、中目録を修めた高弟の一人である。

( Фω0)「気付かれたか、左様である」
  _
( ゚∀゚)「三尺野太刀とお見受けします、が……
     狼馬殿の巨躯のこと、普通の得物と見紛うて、気付かないのも自然でしょう」

淨治は稽古場内で最も杉浦と仲が良く、杉浦が一番可愛がって来た弟弟子である。
恐らく誰よりも杉浦の事を見ている、周りの者には微かな変化に見えても、彼自身が見逃すことはないのだろう。





15 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:04:08.73 ID:s5p8uzJy0
杉浦が刀を取って差し出すと、淨治は一礼してこれを受け取った。
刃を立て、鞘を払うと、杉浦が魅入られたあの薄紅の刃が姿を現した。
  _
( ゚∀゚)「ほほう、なんとも奇妙な……しかし、惹き込まれますね」

( Фω0)「なんでも、河童が血を混ぜて鍛えた刀らしい」
  _
( ゚∀゚)「緋児瀬の海河童ですか?」

緋児瀬の地には、地名の由来となった緋児という赤い海河童の伝承が残っている。

( Фω0)「いや、薩摩拵の刀だ、きっと薩摩の河童だろう」
  _
( ゚∀゚)「なるほど、薩摩の河童ですか。それでは、自分は鈴木山の天狗の刀でも探しますかね」

( Фω0)「wwwwwwww」
  _
( ゚∀゚)「wwwwwwwww」

緋児瀬には海河童の住まう海だけでなく、天狗が住まうと云う鈴木山という山も在った。
故に、ここ緋児瀬における河童や天狗といった話の多さは、他藩のそれを優に凌ぐ。
幾つかの話は河童や天狗のみならず、他の妖怪も数多くこの緋児瀬に入っていることも暗に示唆している。

緋児瀬の人々は幼少よりそれらの話に触れて育つためか、妖怪に対し信仰に近い物を懐いている。
しかも、山で天狗に出会って神託ならぬ天狗託を受けただとか、波に飲まれて溺れかかった所を海河童に助けられただとか、そういった類の話も多い。

そして、この二人も例外無く、そういった緋児瀬の人間だった。




17 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:05:30.88 ID:s5p8uzJy0
  _
( ゚∀゚)「自分の数打ちで受けでもしたら、ひとたまりも無いでしょうね」

( Фω0)「みっともない数打ちを使うのもいい加減にしろ、と言っておこう」
  _
( ゚∀゚)「数打ちで対峙する状況が無い、とは言わないのですね」

( Фω0)「淨治、お主は軽口が過ぎる。あまり過ぎると、斬ってしまうかもしれんぞ」
  _
( ゚∀゚)「wwwwwwwww」

( Фω0)「wwwwwwww」


(,,゚Д゚)「こら!」
  _
(;゚∀゚);Фω0)「おひっ!」

談笑を続ける杉浦と淨治に喝を入れたのは、師範 長岡義誇だった。

(,,゚Д゚)「無駄話しとらんで、早く木剣を持って来い!」

(;Фω0)「おおこわいこわい」
  _
(;゚∀゚)「寿命が縮まる……」

(,,゚Д゚)「愚痴ってないで仕度しろ! 当日剣を取るのはお前達二人だぞ、分かってるのか!」





20 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:08:41.67 ID:s5p8uzJy0
  _
( ゚∀゚)「下からの技に特化した流派なのかな。斬り下ろしは不得手そうだな」

( Фω0)「下からの斬り上げが来る可能性は否定出来ん。しかし、中段相手には突っ掛かる、上段や八相、脇構え相手の技だろうな」
  _
( ゚∀゚)「ならば、中段で相手をすれば、技を一つ潰せますね」

(,,゚Д゚)「馬鹿者、上様は長岡流を上段の名手と見込んで御指名なされたのだ、中段などもっての外だ」

( Фω0)「ふむ……ならば、上段の長岡流らしい、下技封じを考えるとするか」

(,,゚Д゚)「うむ、俺が斬り上げ斬り払いの再現をしよう、始めるぞ」

海神流の足薙ぎ封じという名目で始まったこの稽古だったが、術理の工夫は日没にまで及んだ。




22 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:09:55.25 ID:s5p8uzJy0


藩主 斉藤又貫への上覧は、緋児瀬城の庭で行われることとなった。
隣接する建物の戸を全て開け放ち、試合場から見て、中心に又貫、左右に側近達の席が設けられた。

東に長岡流、西に海神流が控える。
  _
( ゚∀゚)「……」

( ´ー`)「……」

試合は二回、長岡流の先鋒は淨治、海神流は白根 陽という男だった。
線は細く、平均程度の身の丈より小さく見えるが、腕が異様に長い男である。

二人は先に又貫、次に検分役に招かれた緋児瀬藩武芸師範、知剣流 若手益雄に礼をし、互いに向き合った。

( <●><●>)「始め!」

若手の号令で、第一の試合が始まった。

淨治は提げていた木剣をゆるりと掲げ、先ずは大上段。
対する白根は腰を落とし、左足に強いためを作る姿勢、木剣を左肩に担いだ。
  _
( ゚∀゚)「……」

( ´ー`)「……」

じわり、と両者はにじり寄り、距離は狭まる。




23 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:11:30.17 ID:s5p8uzJy0
( Фω0)「……」

( ^Д^)「……」

(,,゚Д゚)「……」

後ろでは互いの二番手、そして義誇が行末を見守っていた。

やがて、そろそろどちらかの間合いに入ろうかというとき、淨治が動きを見せた。

柄頭を握っていた左手がくるりと回り、大上段にそそり立っていた木剣が一転、剣先を下に垂らす形となった。

六尺長躯の頭上から木剣が垂れるその様は、さながら迫り来る巨木である。

( ´ー`)「……!」

(,,゚Д゚) Фω0)「長岡流、枝垂れ柳……!」

長岡流枝垂れ柳、この構えと一体になった新しい技法体系こそが、長岡流の下段殺しの答えであった。
生まれて間もない構えである為、必然的にここからの技は少ない。

しかし、それでも、大上段への畏怖に負けず劣らず、この構えは強烈な重圧を放っていた。

( ^Д^)「……こりゃあ、突っ込んだらいかんな」

海神流の二番手は、見慣れぬ構えに感じる違和感を、素直に警戒した。




24 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:12:50.35 ID:s5p8uzJy0
( ´ー`)「……奇妙な構えだーよ」

しかし、白根は有るまじき事に、警戒を怠った。
白根がぼそりと呟き、左手を僅かに緩め、右の握りに重きを置いた。

( ´ー`)「でも……どうせハッタリだーよ」

間合の外から派手に斬り上げ、又貫の目を引く形で勝とう、という魂胆だった。

淨治が僅かに前に出るのを見て、白根は左足のためを開放し、強く、低く飛び出した。
このとき、淨治の木剣は若干持ち上がっており、剣先は白根の方を向いていた。

白根の木剣は左脇から円弧を描いて、淨治の顎へ殺到せんとする。

完全に先を取った。

そう思い、白根は勝利を確信した。

しかし、確信は過ちであり、実際に先を取っていたのは淨治だった。
構えを侮った時点で、白根は完敗を喫していたと言ってもよい。

白根を指していた木剣が刀身を軸に回転、淨治の左手が元の角度に戻ろうとする。
同時に左手によって木剣が柄頭から前に押し出され、




26 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:14:15.42 ID:s5p8uzJy0


( <●><●>)「それまで!」


(;´ー`)「!?」

白根の一撃が決まるより早く、淨治の突きが白根の鼻頭を叩いていた。
  _
( ゚∀゚)「長岡流……枝垂れ柳手槍突き!」

緒戦を制したのは長岡流であった。

( Фω0)「決まったな、淨治」
  _
( ゚∀゚)「これで狼馬殿が負けても、長岡流の面目は保たれますね」

( Фω0)「ふふん、言っておけ」

(,,゚Д゚)「馬鹿なことを言ってるんじゃない、勝って兜の緒を締めろと言うだろう」
  _
( ゚∀゚)「まあ、負けるなんて思ってませんけど」

( Фω0)「浪人風情に負けるなど、緋児瀬藩士には許されんよ」

淨治の軽口を軽く受け流し、狼馬は木剣を携え、口元を結んだ。




27 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:15:58.04 ID:s5p8uzJy0

( ^Д^)「……不様だな白根、自身は強くも無いのに相手を侮る等、愚の骨頂」

(;´ー`)「くっ……」

( ^Д^)9m「俺は勝って仕官を果たすぞ。お前は無理だろうな、指を加えてみてるがいい、プギャーwwwwwwwww」


海神流の方は、実は仲が良くないのか、二番手――富木屋 宝という男が白根を詰っていた。

(・∀ ・)「なるほど、工夫したな」

一方、武芸に造詣の深い又貫や若手は、この技の本質に関心を抱いていた。

( <●><●>)「その名の如く、大上段から放つ手槍そのもので御座いますな」

そう、枝垂れ柳の構えは剣術の構えというには、些か不可思議な外見をしている。
しかし、剣を槍や薙刀、長棒といった長物に置き換えてみてはどうだろうか。

枝垂れ柳の構えとは、槍術の大上段の構えに酷似している。

さらに、手槍突きとは、まさにその名の通り。
この技は槍術の突きを手本とした、剣というよりは槍的な攻撃なのである。

これが他流であれば、この技を実戦に用いるなどとは考えもしなかっただろう。
長間合で有名な長岡流だからこそ、この技の射程を最大限に伸ばし、それこそ、刀を凌駕する間合を得たのだ。





28 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:17:11.06 ID:s5p8uzJy0

( <●><●>)「次の者、前へ!」

若手の号に呼応し、控えていた次の二人が前へ出た。

( ^Д^)「くくっ」

( Фω0)「……」

杉浦は泰然自若、海神流の富木屋はニヤニヤと笑いながら、木剣を提げていた。

二人は又貫と若手に礼をする。

( <●><●>)「始め!」

先程の淨治同様、杉浦はまず大上段に構え、相手の出方を伺うこととした。

富木屋は白根とは打って変わって、剣を大きく前に張った構えだった。
海神流のあの独特の構えとの共通点は、姿勢が低く、左足に強いためを作ってる、というのみだ。

( Фω0)「ふむ」

いざ不用意に突っ込んでしまったときに、手槍突きに対応出来るように、ということだろう。
あの一回の試合で、敗因を見抜いた慧眼は大した物だな、と杉浦は思った。

互いにじわり、じわりと近づいている。

杉浦はふと、思ったことを試してみた。




30 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:20:22.93 ID:s5p8uzJy0
( Фω0)「……どうだ」

構えを先程の枝垂れ柳、剣先を先に向けた刺突の形に変えた。

( ^Д^)「むっ」

すると、富木屋は警戒して木剣を強く張り出した。

なるほどな、と杉浦は察した。
そして、剣先を大きく下げ、ほぼ真下に向けた。

同じ手は使わない、という意思表示であった。
これが相手に伝わり、尚且つ相手も乗ってくる、杉浦はなんとなくそう確信した。

そして、

( ^Д^)「いいだろう……」

心の声が、思わず口に出た。

だが、富木屋の声は、他人が聞き取るのは困難なほど小さかった。
杉浦は如何なる方法を用いてか、それを聞き取っていた。

むしろ、聞き取った、というよりは察知した、相手の心を悟った、といったものに近いだろう。
杉浦は不意に、相手の心を読む、聞き取ってしまうといいう、奇妙な現象によく出遭う。

今回も、その類であった。




32 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:24:08.83 ID:s5p8uzJy0
( Фω0)「……」

枝を垂らしに垂らした変わりに、腕を大きく伸ばし、八尺超の大樹と化した杉浦。

( ^Д^)「……」

対するは、構えを元に戻し、姿勢はひたすら低く、まるで大樹を睨み付ける獣の如き富木屋。

じわり、じわり。

微小距離を重ねに重ね、ついに二者は互いの間合に入ろうとしていた。
現在の構えから繰り出せる技で、間合が僅かに長いのは富木屋。

富木屋が先に技をかけるのはもはや明確で、下に飛び込んでも来るだろう。

又貫や若手らの関心は、杉浦が如何にこれに対処し、後の先を取るか、という所にあった。

( <●><●>)「……長岡流、あの構えでは瞬時に攻撃には転じれまい、如何するつもりか」

(,,゚Д゚)「……」

しかし、これに対し、義誇は富木屋の方をじっと見ていた。
杉浦の手の内を知っているのであるから、杉浦に関心が無いのは当たり前ではある。
だが、富木屋が予想外の出方をするとなると、杉浦の安否に揺らぎが出る。

それが気掛かりなのだ。




34 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:26:18.27 ID:s5p8uzJy0
( ^Д^)「……ふんっ!」

見せてやる、これが海神流だ。
ためを開放し、地を強く蹴って飛び出した獣は、左手を強く握りこんだ。

左肩にかついだ刀を横に薙ぐ時、右に力が入ってると突っ掛かって邪魔になるからだ。

( Фω0)「……その意気や好し」

杉浦は富木屋の声を聞き、さらになんとなく左に力が入るのを察した。
自身の右に迫る殺気を感じ取ったのか、またも不思議な現象に遭ったのかは、定かではない。

だが、富木屋が足薙ぎに打って出てきたのを確信した杉浦は、動いた。

( Фω0)「長岡流、枝垂れ柳倒木受け」

( ^Д^)「!」

出て来たのは技と呼べるのかどうか、後の先を取ったと言えるのかどうか、怪しいものであった。
杉浦は垂らしていた木剣を勢い良く自身の右足より僅かに外側に突き立て、間一髪で足薙ぎを受けたのだ。

さらに、間髪入れず、杉浦は木剣をそのままに飛び出す。

(;^Д^)「ひっ!」

右拳で富木屋の鳩尾を、左拳で顎を狙った当て身を、寸止めで繰り出した。




35 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:28:45.62 ID:s5p8uzJy0
( <●><●>)「それまで!」

若手の制止により、勝敗は決した。
奇策に打って出た長岡流の完全勝利であった。

(;^Д^)「武士の魂たる刀を地に突き立て、あまつさえ捨て置くとは何事か!」

だが、富木屋は負け方に不満があるらしかった。

(,,゚Д゚)「むっ……」

(;^Д^)「それで一流の師範代とは笑わせる、長岡流とはその程度の集まりか!」
  _
(#゚∀゚)「……あん?」

義誇の顔が強張り、淨治の顔が引き攣った。
義誇はどちらかといえば、この戦法の使用には最後まで消極的であり、富木屋の言うことも一理あるといった表情。
しかし、淨治は尊敬する兄弟子を、流派を貶され、怒り心頭に発するといった風だった

(#<●><●>)「口を慎め富木屋! 殿の御前であるぞ!」

若手も敗者の醜態に怒り心頭のようで、これではもはや仕官は叶わないだろう。

( Фω0)「……ほほう」

ここで、杉浦が口を開いた。




37 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:31:41.73 ID:s5p8uzJy0
( Фω0)「武士の本懐とは殿をお守りすることに御座る。
       いざという時、刀の一つも捨てれぬ輩に、殿の御身をお守りできようか?」

(;^Д^)「なっ……!?」

( Фω0)「いわば今回は、得体の知れぬ浪人者が殿に近付こうとした急の事態。
       その急の事態に臨機応変に動けずして、何が武士か、何が侍か」

(#Фω0)「さらに殿の御前においての、拙者のみならまだしも、長岡流への暴言」

(#Фω0)「貴様こそ、何事か」

(;^Д^)「くっ……だがお主の行為は――」

(・∀ ・)「見苦しいな、もういいだろ」

(;<●><●>)「殿!」

(;^Д^)「と、殿……」

(・∀ ・)「長岡流、奇な構えを用いたその剣術、見事であった。
     長岡淨治、杉浦狼馬、主らのような藩士を抱えていることが、まことに誇らしいぞ」
  _
(;゚∀゚) Фω0)「……勿体無きお言葉」




39 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:33:50.01 ID:s5p8uzJy0
(・∀ ・)「杉浦狼馬、その方は口上も見事であった。
     よくぞあそこまで言ってのけた、後々褒美をつかわそう」

( Фω0)「はっ……有り難き幸せに御座います」

(・∀ ・)「して、富木屋と申したか?」

(;^Д^)「は、はい! と、殿……何卒寛大なご処分を――」

(・∀ ・)「貴様のような者に殿と呼ばれる筋合いはない、早々に緋児瀬を立ち去るがよい」

(;^Д^)「!?」

  _
(;゚∀゚)「あーあ……」

(,,゚Д゚)「言うことに一理はあったが……やってしまったな」

海神流という流派はこれより後、衰退の一途を辿る事となったが、この敗北が直接の原因かどうかは定かではない。

上覧試合は長岡流の名を、緋児瀬にさらに知らしめる結果となったのだった。




41 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:37:00.40 ID:s5p8uzJy0


上覧試合より数日後のことである。
ある長岡流門弟が、真暗闇となった街を、提灯片手に歩いていた。

(*´∀`)「うぃー、ひっく」

茂菜というこの男は、実力は筆頭三人には劣るものの、中堅所の高弟としてそこそこ有名な男であった。
しかし、酒癖が悪く、この日も何処かで一杯引っ掛けた帰りであった。

(*´∀`)「うーん……ん?」

(  Д )「……」

茂菜の進行方向、曲がり角の辺りに人影が見えた。
灯りが提灯のみ、暗くてよく見えないが、なにやら姿勢を低くしている。
そして、真っ直ぐ突き刺さってくる視線を、茂螺は泥酔ながらに察知した。

( ´∀`)「何奴!」

(  Д )「……長岡流、茂菜殿とお見受けする」

( ´∀`)「知り合いか……?」

(  Д )「いいや……訳有って、斬らせて頂く」

( ´∀`)「!」




42 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:39:16.68 ID:s5p8uzJy0
茂菜は相手の飛び込みを察知し、抜こうとした。
しかし、それは遅く、気付けば既に両足を薙がれていた。

(;´∀`)「ぎゃあっ!」

足先の力を失い、尻餅をついて転がった。
辻斬りがゆらりと迫り、刀を向ける。

(;´∀`)「や、やめろ、助けてくれ!」

(  Д )「お命頂戴」

(;´∀`)「うわああああああああ!」

茂菜はこの後、喉と胸と腹を念入りに貫かれ、絶命した。
辻斬りの顔は、笠の陰に隠れてよく見えなかった。


長岡流連続闇討ち事件の幕開けである。




44 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:41:38.29 ID:s5p8uzJy0
  _
(;゚∀゚)「兄者! 狼馬殿!」

朝方、長岡邸の一画。
師範と師範代が在室している所に、淨治が飛び込んできた。

(,,゚Д゚)「淨治」

( Фω0)「……またか」
  _
(;゚∀゚)「また一人殺られました、同じ手口です」

辻斬りは茂菜だけでなく、その後も重ねて行われていた。
この日も、朝になって門弟の死体を町人が見つけ、犠牲者の増加が確認されていた。

門弟達は必ず、人気の無い深夜、人通りの少ない小路で、足を薙がれ顎、胸、腹を突き貫かれていた。
日によっては、二人同時に殺される時すらあった。

この仕打ちに震える門弟もいれば、逆上して犯人探しに出る門弟もいて、後者が犠牲者を増やす役を担っていた。

(,,゚Д゚)「由々しき事態だな……」
  _
(#゚∀゚)「兄者、どう考えても海神流の奴らの仕業でしょう! 報復するしか!」

( Фω0)「どうやってだ?」
  _
(;゚∀゚)「えーっと、そりゃあ……仇討ち試合?」




46 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:45:11.06 ID:s5p8uzJy0
( Фω0)「罪人が仇討ち試合に呼び出されて、のこのこ出てくると思うか?」

(,,゚Д゚)「卑怯な手を使う奴等だ、正々堂々とやるのはまず無理だろう」
  _
(;゚∀゚)「うう……」

( Фω0)「ふむ……しかし、何か打って出なければならないのは事実」

(,,゚Д゚)「どうする」

( Фω0)「……自らを使って誘き出すより、他はあるまい」

杉浦の一言に、義誇の顔が強張る。
血の気の多い門弟と同じ事をする、と言っているのだ。

門弟云十人を預かる義誇としては、この発言は頂けない。

(,,゚Д゚)「許せんな、無駄死にするやもしれぬ」

( Фω0)「しかし、これ以外に何かあるか?」

(;゚Д゚)「……むう」

ただ、義誇にもそれ以上の安全かつ有効な策は出せなかった。
故に、止める事は出来ないのが、歯痒かった。





48 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:47:41.77 ID:s5p8uzJy0
( Фω0)「まあ、首尾良くやるさ。
       お前は立場上動けん、俺と淨治が動こう」
  _
( ゚∀゚)「っし! やりましょう狼馬殿!」

狼馬が部屋を発つと、淨治もそれについて出て行った。
部屋には難しい顔をした義誇一人が、残されていた。



時刻は丁度子の一つ時に差し掛かった頃合、
杉浦と淨治は別々に、人気の少ない小路を歩いていた。

わざわざ朝から見張られていそうな場所を選んで歩き回っていた。
確実に着けられている筈で、襲撃されない訳が無い、という腹積りだった。

( Фω0)「そろそろ出てもいい頃合だが……」

右手で刀の柄頭を撫でながら、杉浦は用心深く、一歩一歩進む。
既に場所は入り組んだ小路の深部であり、襲い掛かるならうってつけの場所である。

不意に、身が強張った。
即座に刀を抜き、八相に構える。
杉浦は殺気を当てられたのを、感じ取っていた。




50 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:50:44.05 ID:s5p8uzJy0
(  Д )「……長岡流師範代、杉浦狼馬殿とお見受けする」

( Фω0)「現れおったな……富木屋宝」

( ^Д^)「憶えておられましたか。そうです、貴殿に敗れた海神流、富木屋宝です」

暗闇から姿を現したのは、予想通りの男だった。

( Фω0)「この所の連続辻斬り、やはり下手人は貴様か」

( ^Д^)「左様、全て私のやったこと……未熟な門弟と言えど、憎き長岡流に変わりはせん」

(#^Д^)「貴様らが俺に、斉藤又貫の前で恥をかかせてくれたおかげで、仕官が御破算だ! 落とし前をつけて貰うぞ!」

( Фω0)「下衆が……逆恨みで罪無き門弟を殺したと言うのか、只では済まさんぞ」

(#^Д^)「抜かせ! 今度は真剣、先の様にはいかんぞ杉浦!」

富木屋が上覧試合の時と同じ様に、刀を左に担いで、獣の様に走ってきた。

間合は大分遠い、杉浦は刀を大上段、左足前に構えた。
只では済まさん、その言葉には杉浦の煮え滾る怒りが込められていた。

杉浦は持てる全てを以って、この下衆を叩き斬る覚悟だった。

(#^Д^)「きええええええええええい!」

雄叫びを上げながら、突っ込んでくる富木屋。
互いに踏み込めば、ようやく間合に入ろうかという距離。




51 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:52:19.17 ID:s5p8uzJy0

勢いがあるのは、富木屋。
杉浦は悠然と構えたまま。

このままでは棒立ちのまま斬られてしまう、見る者が居ればそう思っただろう。

しかし、

(#^Д^)「――ぇっ」

瞬く間に杉浦は刀を振り下ろしており、長大な距離を一瞬にして詰めていた。

( ^Д|^)「あ……がっ……」

(  Д|;,,,;| )「がぁっ……」

富木屋は、今度は刀を振るう事すら叶わず、顔面を叩き割られ絶命した。

何が起きたのか、答えは斬り終えた杉浦の体勢にあった。

前に出ていた左足は、今や後ろ。
左手は腰に付けられ、右拳が柄頭に。

杉浦は富木屋に長岡流の全てを、長岡流の秘め置きし魔剣を放ったのだ。





53 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:54:12.61 ID:s5p8uzJy0

相手の間合より遥か遠くから、一方的に叩き割る奥義。
上段の他、片手による刀法修練の多い長岡流が辿り着いた境地、剣術の限界射程。


その名は、柄渡り。


駿河のある流派で流れと呼ばれる技に似た、特異の妙技である。






54 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:56:36.56 ID:s5p8uzJy0
  _
(;゚∀゚)「狼馬殿!」

( Фω0)「淨治か」

予め巡回路を知らせておいたためか、淨治が駆け付けて来た。
無事な様子をみると、あちらの方も片が付いたのだろう。
  _
(;゚∀゚)「どうやら……無事に倒されたようですね」

( Фω0)「うむ、そちらはどうだ?」
  _
( ゚∀゚)「ええもう、タコ殴りにして同心に突き出してきました」

(;Фω0)
「タコ殴り……」
  _
( ゚∀゚)「なんか遠くから馬鹿みたいに雄叫び上げて突っ込んできたんで、石投げたら当たりまして」

(;Фω0)「……まあいい、これで目的は果した、帰ろう」
  _
( ゚∀゚)「はい!」

( Фω0)「しかし……」

踵を返し、富木屋の死体に背を向け、杉浦と淨治は帰路に着いた。
奉行所には後日話を付ければいいし、下手人の片方が捕まってるので、事件の全貌は解明したも同然だった。
杉浦と淨治には、特にお咎めも無いだろう。




56 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 00:59:54.45 ID:s5p8uzJy0

だが、ただ一つ、長岡流の今後に影を落としたものがあるとすれば。


( Фω0)「……良かったな」


それは、富木屋を叩き斬った時、妖刀が杉浦の手に残した感触であった。






58 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:03:18.75 ID:s5p8uzJy0


「今月で六人目だとよ」

「長岡流の門弟の次は、見境無しの辻斬りか……緋児瀬も物騒になったな……」

長岡流連続闇討ちから数ヶ月、緋児瀬城下に再び辻斬りが現れていた。
今度の下手人は特徴的な太刀筋を持たず、前回の様に誰かを特定するということは出来ていなかった。
  _
( ゚∀゚)「ほんと、物騒な世の中になったもんだな」

(,,゚Д゚)「うちの者が襲撃されなくなったとはいえ、手放しには喜べんな」

朝、長岡邸の朝食時も、その話題で持ち切りであった。
  _
( ゚∀゚)「意外と、うちの門下生が下手人だったりしてな」

(,,゚Д゚)「馬鹿なことを、言うな、人斬りに、成り下がる奴など……門弟にはおらん」
  _
( ゚∀゚)「口に物入れながら喋ってるのが句読点、三点リーダは味噌汁で流し込んだ間」

(,,゚Д゚)「一々解説するな!」
  _
( ゚∀゚)「意外と行儀が悪いぞ兄者」

(,,゚Д゚)「お前の軽口に比べれば遥かにマシだ!」




60 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:05:29.65 ID:s5p8uzJy0

一方その頃、杉浦は家で刀を眺めていた。

( Фω0)「美しい……」

もはや最初の一目惚れなど軽い馴れ初め、この頃は手に馴染んでも来た妖刀に、杉浦は心底惚れ込んでいた。

毎日の手入れは欠かさず、この頃はその美貌を如何に保つか、という命題から、
刀が持つ価値を、ここから如何に高めるかという方向へ変わりつつあった。

( Фω0)「さて」

外の明るさを見て、そろそろ時間だなと思い、杉浦は刀を腰に差して家を出た。
今日向かう先は商店立ち並ぶ町屋街、目的はとある飯屋。





62 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:09:03.63 ID:s5p8uzJy0
(*゚ー゚)「あら、杉浦様、おはよう御座います」

(*;゚∀゚)「す、杉浦様!? おっ、おはよう御座います!」

朝早くから掲げられた暖簾をくぐると、看板娘二人が談笑している所だった。
こちら側を向いていた女性は杉浦にすぐに気付いたが、背を向けていた女性は慌てて振り返った。

( Фω0)「おはよう しぃ殿につう殿、朝定食を頂けるかな」

(*゚ー゚)「はい、ただいま」


(*゚∀゚)「朝定食ですね! すぐお持ちします!」

先に気付いた女性、しぃがすっと立ち上がって仕度を始めたのに対し、
もう一人の子、つうはドタバタと店の奥に入って行った。

しぃと杉浦はそれに苦笑し、杉浦は席に着いた。

程なくして、しぃがお茶を持って来た。

(*゚ー゚)「粗茶ですが」

( Фω0)「かたじけない」

お茶を受け取り、一口含む。
高い茶ではないが、丁寧に淹れられているようだった。




63 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:11:12.30 ID:s5p8uzJy0
( Фω0)「うむ、美味い」

(*゚ー゚)「あら、ありがとうございます」

「うおぉっ、魚焦がした!? 父ちゃんどうしよう!?」

(;Фω0)「……」

(*;゚ー゚)「すいません、あの子ったら張り切っちゃって……」

(;Фω0)「いやぁ、まあ、つう殿らしくて良いのではないかな」

「い、良い……!? そ、それってもしかし――ってあっちぃ! やっべ味噌汁溢した!」

(;Фω0)「……」

(*;゚ー゚)「はぁ……」

「姉ちゃーん!」

(*゚ー゚)「はいはい、今行きますよ」

つうの声に応じて、しぃが奥へ引っ込んだ。
どうやら注文した物が出来上がったようで、戻って来たときはお盆を手にしていた。

( Фω0)「頂きます」

箸を手に取り、合掌、一礼、杉浦は黙々と食べ始めた。
朝早くから営業するこの珍しい店を、杉浦は長らく利用している。




66 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:13:23.76 ID:s5p8uzJy0
看板娘達との付き合いも、当然長い。
この店を初めて利用したのが、当時元服したばかりの義誇への個人的な元服祝いであった。
それが凡そ十年ほど前であり、杉浦は齢十六、義誇が十五、しぃが十でつうが八つの時だった。

杉浦は黙々と食べ続け、四半刻も経たず完食した。

( Фω0)「ご馳走様でした」

(*゚ー゚)「お粗末さまです」

( Фω0)「近頃、義誇は来るのかな?」

(*゚ー゚)「お忙しいのでしょうか、近頃はあまり……」

杉浦のふとした問いかけに、しぃの表情が曇った。

( Фω0)「ふむ……なるほどな」

十年前に初めて利用したとき、杉浦はこの店を偶々入った店程度にしか思っていなかった。
しかし、それがこうも長く使うようになったには、当然理由がある。

単刀直入に言えば、当時元服したての義誇が、店を手伝っていたしぃに一目惚れしたのだ。

それからというもの朝昼晩、義誇は機会を見つけては杉浦と共に店に通った。
始めは上手く声を掛けれなかった義誇だったが、互いに顔を憶える内に、自然と会話できるようになり、親密になる事が出来た。

尚、杉浦が付き合わされたのは、義誇に一人で来る度胸が無かったためである。




68 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:15:40.69 ID:s5p8uzJy0
そして、何時しかそれが習慣となってしまい、齢二十六となった今でも、杉浦はこうして通っていた。
だが、義誇は若くして長岡家を継ぐことになってしまい、最近は店に来る暇も無くなってしまったのだった。

( Фω0)「では、乙女を待たせるものでは無いと、奴によくよく言い付けておきましょう」

(*゚ー゚)「もう、杉浦様ったら……大丈夫です、信じてますから」

( Фω0)「相思相愛ですな、美しいことだ」

(*゚ー゚)「杉浦様こそ、そろそろ良い人をお探しになられては?」

(;Фω0)「相変わらずの身分を気にせぬ物言い、恐れ入る」

可憐な見かけによらず、しぃは相手が侍だろうがなんだろうが、言いたい事は言う類の人間であった。

杉浦は眉をしかめ、顎を擦りながら、言われたことについて少し考えた。

( Фω0)「拙者はそうだなあ……これといった女性もおらんし、その内どうにかするとしよう」

しかし、色恋沙汰を二の次、三の次と後回しにして来た男である。
知り合いの武家、商人からの縁談、ひょんな出会いなどある訳も無く、答えはやはり後回しだった。




69 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:18:38.53 ID:s5p8uzJy0
そして答えを聞きつけ、奥に消えてそれっきりだった二人目の看板娘が飛び出して来た。

(*゚∀゚)「す、杉浦様! そそそそれっ私にも"ちやんす"があるってことですか!?」

(*゚ー゚)「あんたは杉浦様に求婚する前に、まずその悪い口と素行をどうにかしなさい」

(*;゚∀゚)「あたしの人間性を否定した!?」

突拍子も無い妹に、姉は呆れ顔で改善事項を勧告した。
このつうは、姉と容貌は瓜二つだが、体格は若干小柄、気前の良い性格の少女だった。
義誇がしぃに惚れこんだように、つうも長年杉浦を慕っていた。

(;Фω0)「……考えておこう」

(*゚∀゚)「まじですか! やった!」

そして長年、こうやって適当にあしらって、を繰り返していた。

( Фω0)「では、馳走になった。勘定は此処に置いていこう」

(*゚ー゚)「ありがとうございました」

(*゚∀゚)「ありがとうございました!」

杉浦は店を出ると、腰の物の柄頭を一撫でし、長岡流の稽古場へと向かった。

この日、同心を嘲笑うかのように、二日続けて辻斬りが現れた。
厳重な警備も虚しく、七人目の犠牲者が出たのだった。




73 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:22:01.89 ID:s5p8uzJy0
( Фω0)「美しい……」

あくる日の朝も、杉浦は起きて刀を眺めていた。
ここ最近試していた、新たな手入れ法が効いているのだろうか、刀は何とも言い難い、風格のようなものを纏い始めていた。

心なしか、薄紅色の刃紋は以前より濃く紅く見える。

( Фω0)「さて」

杉浦は刀を腰に差して家を出た。
この日も飯屋に足を運び、その後で稽古場に向かった。


町では、日が経つにつれて辻斬りの出現頻度が高まっていた。
模倣犯が現れて、初犯で捕まるといった騒ぎもあった。


やがて時は過ぎ数ヶ月、辻斬りの被害者がついに十二に達そうかという頃のこと。


( Фω0)「さ、て……」

この日も杉浦は起きて刀を眺め、身支度を整え家を出た。
刀の薄紅色の刃紋は、今や鮮血の様に紅くなっていた。

飯屋の前に着くと、杉浦は店の裏手に周り、しぃの姿を探した。
今朝は客としてではなく、別の用が有った。




75 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:24:58.31 ID:s5p8uzJy0
( Фω0)「しぃ殿」

(*゚ー゚)「あら、おはようございます。こんなところでどうなされました?」

店の準備もあってか、しぃやつうが頻繁に裏口を使うのは知っていた。
杉浦は難なくしぃを見つけると、懐から手紙を取り出し、彼女に渡した。

( Фω0)「昨晩義誇より預かった」

(*゚ー゚)「まあ、長岡様から……!」

( Фω0)「確かにお渡ししたぞ、拙者はこれにて」

手紙を渡した杉浦は、そそくさとその場を後にした。

(*゚ー゚)「一体何が書いてあるのかしら……」

しぃが手紙を開けると、そこには、酉二つ時に神社のご神木の下で待つ、と書かれていた。

(*゚ー゚)「!」

しぃは胸がぽうっと熱くなるのを感じ、顔を赤らめた。
手紙を大事そうに持って、奥の自分の部屋に戻り、小物入れにしまった。




77 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:26:42.87 ID:s5p8uzJy0
( Фω0)「義誇」

(,,゚Д゚)「ん、狼馬か」

次に杉浦が向かったのは長岡流の稽古場、その先にある長岡邸は義誇の部屋であった。

( Фω0)「これを」

杉浦は再び懐から手紙を取り出し、義誇に手渡した。

(,,゚Д゚)「ふむ、口には出せぬことか」

( Фω0)「うむ、頼んだぞ」

杉浦はすっとその場を後にした。
義誇が手紙を開けると、そこには、辻斬りの件 酉四つ時に神社で待つ、と書かれていた。

(,,゚Д゚)「……まさか、な」

義誇の脳裏を、数ヶ月前の弟の言葉が過ぎった。
義誇は手紙を細かく千切り、台所へ向かい、まだ火の残る窯に放り込んだ。

人々はそれぞれの仕事をこなし、やがて闇が空を覆った。




80 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:29:35.77 ID:s5p8uzJy0


(*゚ー゚)「酉二つ時……ご神木の下……」

緋児瀬は河童の海辺とは別に、内陸に天狗の山も持つ地である。
緋児瀬の地で神社というと、天狗の山の神社、鈴木山の素直神社ということになる。

しぃは手紙に書いてあった言葉通り、辺りはすっかり暗くなった酉二つ時に、素直神社までやって来た。
ご神木は御社の脇に立つ巨大な木であり、暗くても位置はすぐにわかった。

提灯を持って照らしながら近付いていくと、人影の様なものが見えた。

(*゚ー゚)「長岡様……? しぃで御座います」

呼び掛けてみるが、返事は無い。
聞こえていなかったのだろうか、しぃは人影により近付いてみる。

(*゚ー゚)「長岡様……?」

やはり、返事は無い。

もしや、義誇ではないのだろうか?

しぃがそう思った瞬間、人影がゆらりと揺れ、歩み寄ってきた。

(*;゚ー゚)「誰……?」

しぃは思わず後退り、提灯をより高く掲げる。




81 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:31:52.77 ID:s5p8uzJy0

光が人影を照らし、顔が見えた。

(*;゚ー゚)「!」

違った、その影は義誇ではなかった。

叫ぼうとした瞬間、紅い軌跡がしぃの喉を、胸を、腹を走った。

(*; ー )「〜! 〜! 〜……」

全身を刻まれ、必死に助けを求め叫ぶが、喉から出るのは声ではなく、空気の漏れる音のみだった。

程なくして、しぃは十二人目の辻斬りの犠牲者と成り果てた。





83 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:33:13.29 ID:s5p8uzJy0

(,,゚Д゚)「酉四つ時、神社で……」

義誇は手紙に書いてあった通りに、酉四つ時に素直神社に赴いた。
提灯は持っておらず、頼るは夜目と月明りのみ。

鳥居をくぐり、境内に立ち入った。

義誇は目を凝らして杉浦を探す。
すると、社の方から何かを担いだ大男が歩いてくるようだった。

目測で凡そ七尺の長躯、間違いなく杉浦である。

(,,゚Д゚)「狼馬」

義誇が呼びかけた、その時、何かが義誇の下へ投げ落とされた。

(;,,゚Д゚)「――っ!」

それは動かなくなった人間、いや、死体であった。

(* ー )

無残に斬り刻まれた、想い人の亡骸であった。

(;,,゚Д゚)「しぃ殿っ!」





86 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:34:50.77 ID:s5p8uzJy0
「義誇、お主が殺したのだ」


(#,,゚Д゚)「なんだと……?」


「お主が今宵の辻斬りなのだ」


刀の薄紅色の刃紋は、今や鮮血の様に紅くなっていた。

さらには、抜き身のそれが放つ気配ももはや殺気同然であった

(#,,゚Д゚)「……その得物、妖刀の類だな」

もっと早く、誰か他人が見ていれば、刀の異常性を察知することが出来ただろう。

だが、今となっては全て手遅れであった。

(#,,゚Д゚)「狼馬、貴様刀に憑かれて!」

( Фω0)「憑かれてなどおらん、全ては己が意志のまま」

妖刀を抜き放った杉浦が、義誇の目前に、悠然と佇んでいた。
左目はギラギラと輝き、真っ直ぐ義誇を見据えている。




89 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:37:21.58 ID:s5p8uzJy0

( Фω0)「最初はこの刀で乞食を斬った、心地好かったが、満ち足りなかった」

( Фω0)「次にこの刀でゴロツキを斬った、心地好かったが、満ち足りなかった」


( Фω0)「遊女を、商人を、僧侶を斬った、心地好かったが、満ち足りなかった」



( Фω0)「今、しぃを斬った、これまでになく心地好い、だが、満ち足りない」



( Фω0)「義誇、俺は今、お前を斬りたい」







90 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:38:34.83 ID:s5p8uzJy0
(#,,゚Д゚)「っ!」

義誇は咄嗟に後ろに跳んだ、すると、顔面が在った位置を妖刀が通り過ぎた。

(#,,゚Д゚)「もはや正気の沙汰ではないな……狼馬、せめて友として貴様を屠る!


義誇が後ろに大きく退いた事により、両名はかなりの距離をおいて対峙する形となった。

( Фω0)「まだ友と呼んでくれるのか、嬉しいぞ義誇」

怒りに燃える義誇とは対照的に、杉浦の顔は嬉々としていた。

先程は真っ暗闇だった筈の境内は、何時の間にやら赤黒く、うっすらとした光に包まれていた。
妖刀が放つ不可思議の気が、神社そのものを飲み込み、居合わせる者にそう見せているのだ。

(#,,゚Д゚)「捻じ曲がったその根性、この同田貫で刀ごと叩き斬ってやる! こい!」

( Фω0)「長岡家当主に代々伝わる同田貫正国か、面白い!」

互いに大上段に構え、走り、初太刀を大きく振り下ろす。
同田貫と妖刀が、刃から激しくぶつかり合った。
刀法に有るまじきことであるが、驚くことにどちらの刀も折れたりはせず、妖刀は刃毀れ一つしなかった。

鍔迫り合いの形となったが、妖刀は薩摩拵であるためか鍔が小さく、杉浦の手元は若干不安定だった。
義誇はそれを見落とす事無く、すぐに仕掛ける。




91 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:39:49.35 ID:s5p8uzJy0
刀を左手で握りこみ、右の力を抜いて掌を添えるように。
一瞬の間に柄を相手の刀身に這わせ、鍔を峰に引っ掛けるように、右手で圧して横倒しにした。

さらに間髪居れず右拳を作り、杉浦の頬に叩き付けた。

(#Фω0)「――ぬぅっ!」

杉浦は大きく反り返ったが、当身を察知していたのか、跳ぶ事で衝撃を緩和した。
二人の間は、再び大きく開いた。

互いに構え直し、二度目の接敵。

一瞬の内に義誇と杉浦は、一間半まで詰め合い、杉浦が先に動いた。

(#,,゚Д゚)「むっ!」

左手が反転し、刀の切先が義誇に向けられるやいなや、海神流を破ったあの手槍突きが繰り出された。
杉浦の七尺長躯から繰り出される射程はもとより、先端の初速も、淨治のそれとは比較にならない。

義誇は勢い余って突かれそうになるも、咄嗟に体を左に捻り、すんでの所で"穂先"を避けた。
すかさず、振り被った同田貫を妖刀の横腹に叩き付ける。

(#Фω0)「っ!」

左手一つでそれを保持していたため、義誇の両手での一撃は片手には重かった。
刀を放すまいとするばかりに、杉浦は大きく体勢を崩される。
決して刀を引き戻すのが遅かったわけではなかったが、義誇の一瞬の反応があまりに速かった。




94 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:41:15.22 ID:s5p8uzJy0
(#,,゚Д゚)「杉浦!」

義誇は素早く刀を振り被り、崩れた杉浦に狙いを定めていた。
互いの立ち位置、格好はさながら土壇場であり、杉浦は本能的に左手をやや上向きに薙いだ。
自衛の一撃である。

(#,,゚Д゚)「くっ……!」

予期せぬ一撃を鎬で受け、一時引き下がる。
またとない機会だったが、逃してしまった。

杉浦は義誇が下がる間に体勢を整え、大上段に構え直していた。

義誇も大上段に構えるが、刀を天高く掲げるのではなく、振り被るように持ち上げていた。
見た目は寸分違わず、しかし、力の入れ方、繰り出せる技が違う。

(#,,゚Д゚)「長岡流……虎掛り」

ぼそりと呟いたのは、これから仕掛けようという技の名。
義誇はたっと駆け出し、杉浦の間合に飛び込む。

間合に獲物が飛び込んでくるのを見て、杉浦は警戒しつつも妖刀を振り下ろす。

妖刀が義誇の頭を捉えるかと見えたが、しかし、またも妖刀は弾かれて、逸れた。

(#Фω0)「!?」




97 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:48:29.74 ID:s5p8uzJy0
間合に入る直前、義誇は背筋を中心に全身の筋肉を引き締め、刀を背負うかのように振り上げていた。
そして間合に入り、杉浦の一撃が振るわれたと同時、腕を畳み、全身を用いてこれを極めて短い間合で振った。

まるで虎が得物に飛び掛るような動き、他に無い超高速で刀を振るうその技は、本来近間で用いる技である。
だが、義誇はこの技の恐るべき速さを、防御に用いたのだ。

攻撃に用いる技を防御に転用する、この逆転の発想を突き付けられた杉浦に、一瞬の隙が生じる。

虎掛りを行った義誇の両の手は腰に付けられ、剣先は杉浦の面を捉えていた。
好機を逃がす義誇では無く、剣先はそのままに、真っ直ぐ刀が走った。

(#Фωメ)「――ずああぁっ!」

杉浦は直前で首を動かし、致命打を逃れた。
しかしながら、刀は杉浦の左目を貫いていた。

(#Фωメ)「あ、ぐああぁっ……」

流石の杉浦も刀を落とし、左目を押さえ、地に蹲った

(#,,゚Д゚)「はぁ……はぁ……」

義誇は光を失った友の不様な姿を見て、刀を下ろした。
もはや、これ以上戦うことなど不可能だろう。

後は奉行所に突き出せば、全て終わりである。
十二人もの罪無き市井の人々を斬った罪は重く、死罪は免れないだろう。




98 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:51:19.30 ID:s5p8uzJy0
(#Фωメ)「刀……俺の、刀……!」

杉浦は左手で目の傷を押さえ、右手が地を這い、刀を探していた。
こんな姿になっても、妖刀に憑かれたままだったのだ。

怒りに震えていた筈の義誇の眼から、思いがけず、涙が零れた。
目の前でもがく友が、憐れで堪らなかったのだ。

血を掃い、刀を鞘に納めると、義誇は妖刀へ歩み寄った。
全てを狂わせた憎き妖刀を、自らの手で未来永劫葬ろうと思い至った。

義誇の手が刀に伸び、触れようとする。

(#ФωФ)「ここにあったかぁ……!」

(,,゚Д゚)「――っ!?」

だが、義誇が触れるより早く、杉浦の右手が刀の柄頭を探り当て、掴んだ。

一体何が起こったのだろうか、刀が突如紅く輝き、刀身から何かが杉浦の左目に飛び込んだ。

奇妙なことに、縦一文字に傷の付いた左目が見開かれている。
そして、仄かに紅く輝いている。

開眼と同時、杉浦の脳裏に、無数の囁きと映像が流れ込んできた。
初めの一瞬は何か分からなかったが、すぐにそれが周りの心だと悟った。
刀を掴み、眼を見開いた杉浦を、驚きとともに凝視する画、義誇のそれが視えたからである。




101 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 01:53:47.81 ID:s5p8uzJy0

(;,,゚Д゚)「杉浦!?」

(#ФωФ)「義誇ぉ!」

(;,, Д )「――がっ!」

一時は光を失い、刀を探すことさえ困難だった杉浦だったが、情報を得る事で刀を握り締めて立ち上がっていた。
義誇は一体何が起こっているのか分からず、困惑し、立ち尽くした。

そして、そうこうしている間に妖刀に腹を突き抜かれ、反撃することも叶わず、命を落とした。

妖刀は義誇の血を浴び、さらに妖しく、紅みを増した。




107 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 02:06:38.26 ID:s5p8uzJy0


事件は、町娘が長岡家当主に斬られ、それを見つけた同流の師範代が捕まえようとすると抵抗し、斬り合いの末当主が死んだ、ということになっていた。
身分違いの恋愛に悩んだ末、心中を図ったのだろうというのが、もっぱらの噂だった。

真相を知る者はあの夜、天狗の山の神社に居た者。
杉浦を除けば天狗のみ、取調べに当たった者は皆杉浦に上手く騙され、杉浦の狂言が事実と化していった。

心中の張本人は既にあの世ということもあってか、長岡家には閏刑として閉門が科せられた。

しかしながら、事件の全貌が腑に落ちない者も居た。
  _
( ゚∀゚)「……むぅ」

兄の死により、長岡家を継ぐ事となった長岡淨治である。
事件が起きてからまだ日も浅いが、閉門となって家への出入りが途絶えて以来、毎日無心に鍛錬に勤しんでいた。
  _
( ゚∀゚)「柄渡り……兄者は自然に開眼、狼馬殿は管槍を見て開眼したというが……」

淨治は、目録に記された技には全て工夫がつき、これらを全て習得していた。
後は口伝によって伝えられる奥義、柄渡りの開眼を残すのみであった。
  _
( ゚∀゚)「あんな遠い藁を、真っ向唐竹に叩き割るっつってもなあ……」

口伝で技を伝えられるといっても、全て教えて貰える筈も無い。
かつての長岡流を修めた武芸者達は皆、この鍛錬法を師より課せられ、開眼してきたのだ。




108 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 02:08:44.89 ID:s5p8uzJy0
その鍛錬法とは大上段に構え、八尺から一間半離れた場所に置いた巻き藁に、縦一文字に切り込むというものである。

技量の度合いは巻き藁にどれ程切り込んだかで図られ、歴代の師範、師範代格は間合の長短に関わらず、皆叩き割りを成遂げている。
  _
( ゚∀゚)「まずどうやって刃を届かせるか、だな……」

閉門中では外に出れず、何かからヒントを得ることも出来ない。
譲治は兄同様、これまでの技と修行を頼りに独力で答えを導かねばならなかった。
  _
( ゚∀゚)「……しかし兄者が心中ねえ、ありえねえ」

稽古の最中であったが、ふと、気が逸れた。
淨治とは違い、愚直なまでに真っ直ぐな兄であった。
恋愛に関しては奥手であったが、血迷って心中に走るような男ではない。
  _
( ゚∀゚)「狼馬殿を疑いたくは無いが……どうにか探りを入れらんないもんか……」

尚、杉浦は義誇を襲った際に完全に失明したのだが、市井には危うく失明しかけたということで話が通っていた。
痛手を負わされている人間に疑って掛かるのも如何なものか、という小さな良心の呵責があった。

だが、心中しようとした所を見つかり、口封じに失敗して返り討ち、などという不名誉な死因には、大きな疑念が残った。
淨治は、今は鍛錬に集中し、閉門が解かれ次第、自分の足で真相を調べ始めるつもりだった。

そもそもこのような不名誉な死因では、
  _
( ゚∀゚)「……当主引継ぐ俺が恥ずかしいだろ」

ということであった。




109 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 02:11:19.12 ID:s5p8uzJy0
それから数週間の後、閉門は解かれた。
数日間、淨治は藩庁に呼び出されたりなんだりで忙しかったが、なんとか自由の身となった。

稽古場も再開し、何名かの門弟もやって来たが、以前の活気は無かった。

淨治は何度か杉浦の家を訪ねてみたが、見計らった様に留守になっており、稽古場にも来なかった。
閉門中、中間から言伝を伝えられたのが、最後の接触だった。

中間曰く、

( `ω`)「杉浦様より言伝で御座います。

 ( ФωФ)「済まぬ事をした、奉行所からは無罪を言い渡されたが、俺に罪が無いわけではない。
        自身を破門とし、長岡流との関係を絶つことにする。その内緋児瀬も去るだろう、達者でな」

      とのこと」

とのこと。

幸いにしてまだ逐電してはいないようであり、淨治としては杉浦が緋児瀬を去らない内に、事件の真相を問い質したかった。
  _
( ゚∀゚)「うーむ」

だが、この日も杉浦は淨治の捜索をかわし、何処かへ消えていた。
あの七尺長躯である、容易く見つかるだろうと思って町中を駆け回ってもみたが、不思議な事に杉浦は見つからなかった。




111 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 02:13:20.32 ID:s5p8uzJy0
  _
( ゚∀゚)「見つからないんじゃどうしようもないしなあ……」

このまま杉浦を探し続けて、他に調べられることを疎かにしてもしょうがない。
淨治は事件の現場とされる素直神社へ向かうことにした。


素直神社は山の中腹の平たい場所に作られており、淨治が階段を登ると、昼間の明るい境内が姿を現した。
緋児瀬の全ての人々から親しまれる神社だが、基本的には無人の社である。
祭り時でもないので人気は少なく、この日は淨治と階段ですれ違った町人のみが参拝客であった。
  _
( ゚∀゚)「ここで杉浦殿が兄者を見つけて、斬り合いになったと……」

杉浦曰く、義誇はしぃの返り血を浴び、眼は虚ろ。
自身に刀を刺そうとしていたので止めようとした所、斬りかかられた。
とのことであった。
  _
( ゚∀゚)「何か残ってないかねえ……」

淨治は当時の様子を知るために、適当に歩き回ってみた。

手尺で身を清める。
御社に賽銭を入れ、二礼二拍手一礼。
御神籤を引き、末吉に結ぶか結ばないか悩む。
ご神木を下から上まで見上げ、その高さに驚嘆する。

結果、素直神社を良く知った。




113 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 02:15:59.68 ID:s5p8uzJy0
  _
( ゚∀゚)「初めて普通に回ってみたが、こんなもんか……もっとなんかこう……」

  _
(;゚∀゚)「――って、ただの参拝やないか!」

史上初の一人ボケ突っ込みであるかどうかは、定かではない。
しかしこの奇行がなんと、末吉の力を呼び起こした。

lw´‐ _‐ノv「なんだなんだ、面白い人間がおるのう」
  _
(;゚∀゚)「うおっ! 何奴!?」

突然背後から声を掛けられ、驚いて振り向く淨治。
そこには山伏風の姿をし、黒い羽を生やした少女が立っていた。
  _
(;゚∀゚)「……羽?」

lw´‐ _‐ノv「おおこれか、動くぞ」

少女は淨治が羽を凝視しているのに気付くと、ばっさばっさとそれを動かした。
  _
(;゚∀゚)「ほんもの!?」




114 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 02:18:02.86 ID:s5p8uzJy0
lw´‐ _‐ノv「生物につき取り扱い注意だ。
       して、当社に何の御用であったのかな?」
  _
(;゚∀゚)「い、いや……それはその……あ、もしかしてこちらの神社の御神職か何かで?」

lw´‐ _‐ノv「いや、神職ではないのだが……」

lw´‐∋‐ノv「こうすりゃわかっかな」

少女は背後から先に黒く尖った張り物が付いた棒を取り出すと、さっと口に当てた。
髪と羽は黒く、眼は赤い、口に付けられた突起物は黒い嘴に見える。
格好はどことなく山伏っぽい。
  _
(;゚∀゚)「……あ、え、もしかして天狗?」

lw´‐∋‐ノv「シ」

シ、とは南蛮の言葉で、肯定を示す言葉である。

lw´‐ _‐ノv「鈴木山担当烏天狗の素直終流と申す。
       まだ齢二十の若輩者だが、由緒ある鈴木山の伝統を後世に伝えるべく、日々修行に励んでおる」
  _
(;゚∀゚)「まじで?」

lw´‐ _‐ノv「まじまじ」

何ヶ月も前に鈴木山の天狗の刀でも探す、と軽口を叩いていたが、まさか本当に目の前に現れるとは思いもしなかった。




117 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 02:21:32.75 ID:s5p8uzJy0
  _
(;゚∀゚)「す、鈴木山の天狗は男じゃなかったのか!?」

しかも、威厳有る男の天狗に会ったという話多けれど、こうも威厳の無い、極めて年の近い少女の天狗など聞いたことも無かった。

lw´‐ _‐ノv「いやあ、実はこういった山って持ち回りで受け持ってまして。
       つい最近になってこちらの配属になったんですよ、前任は千歳のお爺ちゃんだったんですがねえ」
  _
(;゚∀゚)「持ち回り……だと……」

突き付けられた神話の現実に淨治は終始絶句し、暫くの間唖然としていた。


lw´‐ _‐ノv「で、どうした御用かな、長岡淨治とやら」
  _
( ゚∀゚)「あ、ああ……実はかくかくしかじかで」

社の裏手に招かれて、人目に付かない所に腰を下ろした二人。
淨治は事の発端、自分が神社を訪れた理由を、終流に話した。

lw´‐ _‐ノv「ああ、それなら見てたよ」
  _
( ゚∀゚)「本当か!」

lw´‐ _‐ノv「刀の気な、河童の妖気だなありゃ。
       あれに中てられた侍が一人夜中に来て、まず女の人斬ったんよ」
  _
(;゚∀゚)「刀の気……妖気? 妖刀ってことか?」




118 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 02:24:36.82 ID:s5p8uzJy0
lw´‐ _‐ノv「うん、人間はそう呼ぶね。
       妖刀を携えた大男だったよ」

河童の妖気の妖刀を携えた大男。
  _
(;゚∀゚)「おい、もしかして身長は七尺ぐらいあったか?」

lw´//_/ノv「お、乙女の心を読むなんて! なんて人なの!」
  _
(;゚∀゚)「……」

lw´‐ _‐ノv「その通り、七尺はあった。何で分かったの?」
  _
(;゚∀゚)「妖刀に心当たりがある……続きをいいか?」

lw´‐ _‐ノv「おk。
       で、女の人が斬られてから半刻ぐらい経ってからかな、侍がやって来た」

義誇だ、と淨治は直感した。

lw´‐ _‐ノv「まあ、そこからは第六章の通りですよ」
  _
(;゚∀゚)「全て狼馬殿の狂言……だったのか……!」

驚愕の事実に立ち尽くす淨治。
杉浦の発言は全て嘘で、緋児瀬全体がまんまと騙されていたのだ。
  _
(;゚∀゚)「とすると、今の話からすれば、辻斬りの下手人も狼馬殿……!」




120 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 02:28:06.59 ID:s5p8uzJy0
lw´‐ _‐ノv「あー、辻斬りか、なるほど、だからあんなに妖気が成長してたのか。
       人間に混じり込んだ悟りの血が目覚めたぐらいだ、相当なものだったよ」
  _
(;゚∀゚)「さとり?」

lw´‐ _‐ノv「その杉浦狼馬って人間に混じってた妖怪さ、心を読む化物だよ。
       悟りの力が目覚めたから、失明したのに周りが視えて、君の兄者を殺せたんだよ」
  _
(;゚∀゚)「え、それって……狼馬殿、妖怪になったってこと?」

lw´‐ _‐ノv「河童の魔剣を携えた心を読む妖怪になられました」
  _
(;゚∀゚)「ありかよそれ! 反則だろ!」

lw´‐ _‐ノv「君も男なら聞き分けたまえ、段々言葉が崩れてきてるぞ」
  _
(;゚∀゚)「お前に崩れてるなんて言われたかないやい」

lw´‐ _‐ノv「天狗は自由な生き物なのです」
  _
( ゚∀゚)「しかし、元々化物なのに益々化物かよ……これじゃ仇討ち申し出ても返り討ちだな……」

lw´‐ _‐ノv「ふうむ、自分に何が足りないと思ってるんだ?」
  _
( ゚∀゚)「比べて身長足りない、膂力足りない、技前未熟、刀折れそう」

lw´‐ _‐ノv「ふーん……前二つはどうしようもないけど、後ろ二つだったらどうにかしてやらんこともない」




121 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 02:32:14.12 ID:s5p8uzJy0
( ゚∀゚)「え、まじで?」

lw´‐ _‐ノv「どうせ技前とかあれだろ、奥義の骨子が分からなくて困ってるとかそんなんだろ」
  _
( ゚∀゚)「良く分かったな!」

lw´‐ _‐ノv「凄いだろ、天狗だからな! で、長岡流の奥義か……えーっと、柄渡りだっけ?」

  _
( ゚∀゚)「良く知ってるな!」

lw´‐ _‐ノv「凄いだろ、天狗だからな! で、持てるものを全て使ってみて、それでも足りない距離を測ってみ」
  _
( ゚∀゚)「足りない距離を測ればいいのか?」

lw´‐ _‐ノv「うむ、その距離さえ分かれば、全ての謎は解ける筈」
  _
( ゚∀゚)「でもなんでうちの奥義知ってんの?」

lw´‐ _‐ノv「天狗だからな」
  _
( ゚∀゚)「……そうか」

lw´‐ _‐ノv「で、刀だが、お前の兄の刀を明日ここに持って来い。そして三日待て」
  _
( ゚∀゚)「兄者の……同田貫か、あれを鍛え直すのか?」

lw´‐ _‐ノv「左様、薩摩の田舎河童なんぞより、よっぽど濃くて強い天狗の血を注ぎ込んで、立派な妖刀にしたるわい」
  _
( ゚∀゚)「……わかった」




129 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:00:19.75 ID:s5p8uzJy0

それって後々杉浦のようなことにならないか? と淨治は思ったが、口にはしないでおいた。

後日、約束通り家伝の同田貫を終流に渡した淨治は、三日の後に鍛えなおされた天狗の刀を。
教えの通り足りない距離を測り、射程を伸ばせる可能性を追求した結果、ついに柄渡りの開眼を得ることとなった。


そしてさらに数日の後、


長岡淨治により、緋児瀬藩に仇討ち願いが申し入れられた。






133 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:07:01.25 ID:s5p8uzJy0


(・∀ ・)「茂螺、一つ聞いてよいか」

( ・∀・)「殿、なんなりと」


長岡淨治の仇討ち願いより、時は少し遡る。


緋児瀬城のある部屋で、藩主 斉藤又貫とその側近 茂螺嵐蔵という侍が将棋をさしていた。

(・∀ ・)「待ったは有りか」

( ・∀・)「恐れ多くも殿、先程殿自らが待ったなし、と申されておりました」

この茂螺という男は、相手が誰だろうと思ったことを口にする類の人間であった。
まだ若いが斉藤又貫に瓜二つであり、時に影武者を務めることもある。

(・∀ ・)「左様か……手厳しいな」

( ・∀・)「殿、恐れ多くも、王手で御座います」

(・∀ ・)「むぅ……茂螺は強過ぎて、遊びにならんな」

( ・∀・)「恐縮で御座います」

又貫はこうしてよく家臣の者と将棋をさすのだが、持ち回りで茂螺に当たる度、完敗を喫していた。
他の家臣は実力はあっても主君相手に手加減したり、本当に弱かったりで、又貫は本気でかかってくる茂螺との対局を楽しみとしていた。




135 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:13:12.16 ID:s5p8uzJy0
(・∀ ・)「も一つ聞いてよいか」

( ・∀・)「なんなりと」

(・∀ ・)「我が藩、そして隣の緋津府、夜追……この三国で仇討ち願いはどれだけ出ておるかのう」

調べろ、という命であった。

( ・∀・)「畏まりました」

茂螺は一礼すると、すっと立ち上がり、部屋を後にした。
この茂螺という男は又貫の影武者であり、直属の隠密の頭でもあった。

淨治の仇討ち願いが受理される頃には又貫のもとに情報も集まり、
興行好きのこの男は、緋津府、夜追の藩主を呼び出すとすぐに唆した。

かくして三藩合同で仇討ち試合を執り行う運びとなり、

申し出を受けていた総計十何組の試合の日程は、一日に纏められた。

名目は仇討ち試合であるため、開催を大々的に報じるようなことは無かったが、
当日は三藩の藩主重役等、錚々たる顔ぶれが集うこともあり、自然と噂は広まっていった。

そして一月の後、後に緋児瀬城仇討ち試合と呼ばれる死合大会が、ついに催された。

一組目、二組目と試合は進められていき、七組目が終わった時点で死者八名。
内訳は仇討ちを果したのが三名、返り討ちとなったのが三名、合い討ちとなったのが一組。

試合は八組目へと移り、場面は冒頭へ戻る。




136 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:20:38.67 ID:s5p8uzJy0

  _
( ゚∀゚)「狼馬殿……聞こえているだろう、悟りの力で」

大上段に構えた淨治は、真っ直ぐ杉浦を見据え、ぼそっと呟いた。

( ФωΦ)「……」

久しく見ることの無かった杉浦の左目には確かに、縦一文字に傷が入っていた。
まだ見えているということにしているらしいが、既に目が見えておらず、別の方法で周りを視ていることを、淨治は知っていた。

故に、この声が杉浦に聞こえるということも予測出来た。
  _
( ゚∀゚)「逐電せずこの場に立ってくれたってことは、ばれてこうなる覚悟は出来てたってことだよな」
  _
(#゚∀゚)「全て聞いたぞ、鈴木山の天狗が、全て教えてくれた」

( ФωΦ)「……!」

杉浦の顔に、動揺の色が出た。
淨治は天狗の話が事実であると確信する。

盲となった杉浦狼馬は、こちらの心を読んで、周りの人々の心を盗み見て、自らの視界を、五感を擬似的に作り出しているのだ。
  _
(#゚∀゚)「兄者の誇り、取り戻させてもらうぜ……杉浦狼馬!」

淨治はたっと駆け出し、杉浦の右手が振り下ろされるやいなや、長岡流虎掛り。
全身の筋肉を用いた神速の軌道で自らを守る、奇しくも兄と同じ手を使った淨治であったが、これだけに留まらない。

虎掛りの振りで得られた、重心への多大な加速度を巧みに使い、杉浦の後ろ手に跳んだのだ。




138 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:25:55.21 ID:s5p8uzJy0
観衆はあっと声をあげ、誰もが杉浦が大きな隙を作られた、と思った。

しかし、悟りの力を得た杉浦は、全てを視ていた。

以前と同じ徹は踏まない。
淨治に放った一撃は軽く、虎掛りを撃たせるため。

そこから義誇同様に突きに繰るのではなく、反動を利用して背後を狙ってくることも読んでいた。
以前のように大きく崩れず、上段に構え直した杉浦は、背後目掛けて右回り。

片手で勢い良く、薙いだ。
  _
(;゚∀゚)「ぬぅっ!?」

杉浦の背後で振り返り、担いだ右手で斬りかからんとしていた淨治は、咄嗟に刀身に左手を当てて一撃を受けた。

( ФωΦ)「ふむ、良く反応したな」

天狗の刀と河童の刀が組み合わさり、杉浦は両手で刀を押し込む。
  _
(;゚∀゚)「っ!」

杉浦の異常なまでの膂力に抗うことあたわず、淨治は地面に組み伏せられてしまう。

( ФωΦ)「どうした、このままでは首が落ちるぞ、淨治」

紅い刃は淨治の首に、刻一刻と迫る。
対する淨治はなんとかしようと両の手で刀を押し、足掻くが、杉浦の力は強い。
  _
(;゚∀゚)「ぐぎぎ……ふんぬっ!」




140 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:30:38.05 ID:s5p8uzJy0
( ФωΦ)「むっ」

あと少しで首に刃が届くかというところで、杉浦がさっと飛びのいた。
淨治が全身を使って反り返ろうとし、その力に押し負けそうになったからである。
  _
(;゚∀゚)「はぁっ……はぁっ……」

( ФωΦ)「流石に力は強いな……義誇より才に恵まれているな」
  _
(#゚∀゚)「黙れっ! 貴様は兄者の名を呼ぶな!」

構え直した淨治は杉浦に飛び掛り、袈裟掛けに刀を下ろす。
杉浦はそれを読んだのか、淨治の軌道に合わせて、ほぼ同時に刀を振るった。

淨治の刀はまたしても弾かれ、

次の一撃も、

その次の一撃も、尽く杉浦には届かなかった。

( ФωΦ)「本当に良い技前になった、かつて免許皆伝を受けた長岡流数々の名士にも劣るまい」
  _
(#゚∀゚)「減らず口をっ!」

虎掛りの要領で繰り出した、大振りの一撃が受け止められ、またしても刀と刀ががっきと組み合い、鍔迫り合いとなった。

( ФωΦ)「こうして刀の握りを変え、間合を伸ばさねば、我が読心眼を持ってしても応じることはあたわなかったろう」

杉浦がこの試合に際し、構えを右上段に変えて来たのは、常の間合を伸ばすことが目的だった。
さらに柄頭を常に利き手に持って振るうので、片手剣の太刀筋の自由度も増している。




141 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:34:23.20 ID:s5p8uzJy0
こうしたのも失明によるもので、他人の心を盗み見て自分の視界を作るようになり、
どうしても相手への反応が微小差でずれてしまうためである。

また、鍔迫り合いは鍔の小さい杉浦には不利な筈であったが、
義誇との一戦を省みることで、杉浦は淨治より速く鍔迫りからの技を繰り出した。

淨治には一瞬巨体が沈んだように見え、はっと杉浦の意図に気付いた。
慌てて後ろに飛ぼうとするが、時既に遅く、妖刀の柄頭が腹部にめり込んでいた。
  _
(;゚∀゚)「――がっ、あぁっ!」

少量の吐瀉物を撒きながら、瞬く間に吹き飛ばされる淨治。
杉浦が用いたのは、亥突という長岡流の当身技であった。

( ФωΦ)「参れ淨治、臆したか」
  _
(#゚∀゚)「……くっ!」

再び、鏡写しのように構え直す二人。
淨治も多少冷静になったのか、今度はじりじりと距離を詰める。

ここに来て、心を読まれていると知っていたのが仇となったのか、淨治の心に迷いが生じ始めていた。
初めの内は手の内をこれと決めて、一心不乱に飛び掛っていたのだが、どれも防がれる。
じりじりと詰める間に、あの手で行くか、それともこの手か、悟り相手にどの手にするかと、様々な思いが混じり始めていた。

( ФωΦ)「……ふん」

迷いの生じた侍ほど、怖くないものもない。
杉浦は勝利を確信し、構えをより大きく、淨治に見せ付けるように張った。




142 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:37:43.51 ID:s5p8uzJy0

このとき、両者の距離は丁度一間半。

奥義を開眼しているか、していないかで、

間合となるか、ならないかの瀬戸際。

( ФωΦ)「……いくぞ淨治」

勝ち気になった杉浦が、淨治を仕留めに掛かった。

(・∀ ・)「!」

( ・∀・)「!」

( <●><●>)「!」

(*゚∀゚)「!」

  _
(;゚∀゚)「!」


(#ФωΦ)「ぬんっ!」

実に一間半もの間合を、一瞬で杉浦が詰めようとしてきたのを見て、淨治は背筋が凍り付きそうになった。

この間合の意味を知っていたからである。

全身が、生命の本能が淨治に警告を発した。




144 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:40:12.88 ID:s5p8uzJy0
  _
(;゚∀゚)「くぅっ!」


(#ФωΦ)「――なっ!?」



杉浦の柄渡りが、咄嗟に退いた淨治の面前を通り過ぎた。
無意識だった、本能が淨治の体を動かし、回避した。

悟りの力で行動を読めなかった杉浦に、僅かな動揺が生まれ、次の動作への移行に遅れが生じた。

淨治は最初で最後の隙が生まれたと、直感する。
しかし、間合いが少し、いや、大分遠い。

大分跳んだ、杉浦との距離は凡そ八尺、よく跳んだな。

この遠さを打開しなければ、二度と勝利は巡ってこないだろう。

淨治の左足は今前にある。
ならば、それを使って右足を送り出せば、その分体は前に出る。

ただ、それでも、この距離では届かない、どうするか。

両手で持つ刀を右手で持って、腰を捻り、腕を伸ばせば、僅かながら射程も延びる。
これならば、




145 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:42:49.73 ID:s5p8uzJy0

いや、しかし、まだだ。

ならば、これらに加え何を為せば、一撃は届くのか。



答えは既に知っている。


  _
(#゚∀゚)「長岡流――柄渡り唐竹割り!」



(;Фω|Φ)「柄渡り……」



(;Φω|;,,,;| )「だと……ッ」


右手を、柄頭に。

組み替え足の長い踏み込みで刃に重みを持たせ、一間半も先の目標を叩き斬る。

これぞ長岡流奥義、剣術の限界射程と最高威力の両立、秘剣柄渡り。

淨治の一撃は届き、杉浦の面を叩き割った。





148 名前:◆DoSL.xwwww:2009/08/22(土) 03:45:14.62 ID:s5p8uzJy0


杉浦は淨治に破れ、事件を引き起こした河童の妖刀は杉浦家の申し出により、長岡家が引き取ることとなった。
しかし、新たな長岡の当主はこの刀を忌み嫌い、鍛冶屋に持って行くとこれを炉で熔かさせ、余す事無く刃を持たない鉄器に作り変えさせてしまった。

今では長岡家の小間使いの者たちの、日々の仕事の相方となっている。


そして、妖刀にこのような仕打ちをした張本人はというと、


「おーい、天狗やーい」

「お、生きてたか」

「おかげさまでな。 で、この刀さ、持ってると人斬りたくなりそうで怖いんだけど」

「ほほー、それなら、斬りたくならないよう精神の修行をすればいい」

「精神修行? どこで?」

「私のとこ」

「えっ」

「なあに、取って喰ったりはしないさ」


剣に疲れてしまったようです。


TOPへ戻る】 / 【短編リスト
inserted by FC2 system