川 ゚ -゚)クーとモデルと、恋色のようです
1 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:27:50.94 ID:R43ffxxt0

(´<_` )「今度、引っ越す事になった」

川 ゚ -゚)「ほう。お土産期待しているぞ」

(´<_` )「人の話を聞け。引っ越しだ引っ越し」

川 ゚ -゚)「はっはっは。引っ越し蕎麦は土産の内に入らんぞ」

(´<_` )「ふざけるともうモデルにならんぞ」

川 ゚ -゚)「ちょっとしたジョークのつもりだったんだ」

(´<_` )「お前が言うと冗談に聞こえん」

川 ゚ -゚)「冗談に思えるくらいがちょうどいいのさ」

(´<_` )「相変わらずお前の考えている事はわからん。
      もう少し驚いてもいいはずだろう。それをそんな、いつもの調子で返して」

そう、私に取ってみればそれは本当にちょっとした、些細な出来事のようだった。
本来ならばこういうシチュエーションの時、もう少し悲観的になったりするものだと思っていた。
けれど私は弟者のこの言葉に大した悲しみを抱かず、至極当たり前のように受け入れていた。





2 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:29:37.45 ID:R43ffxxt0

うだるような夏の熱気が部屋を支配する。
扇風機すらもない室内は湿った空気が漂うばかりだ。
あまりの暑さに私は何度も汗を拭っては、目の前のキャンパスに向かって筆を走らせていた。

色と色が混ざり合い、また新たな色が作られていく。
そうして新しく出来た色をキャンパスに乗せ、絵に表情をつけていく。
この作業をしている時が一番楽しい。
知らない色を見つけるその瞬間は、まるで宝物でも見つけたかのような気分になった。

(´<_` )「さっきの話だけど」

川 ゚ -゚)「引っ越すだとかという話か」

(´<_` )「一ヶ月後に引っ越すから。それまでに新しいモデル見つけた方がいいぞ」

川 ゚ -゚)「そうなのか。私はてっきり明日にでもいなくなるかと」

(´<_` )「そんなに俺と離れたいのか」

川 ゚ -゚)「いや。こういう物は大抵明日にはもう……って感じにならないか?」

(´<_` )「どこの少女漫画だそれ」




4 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:31:15.31 ID:R43ffxxt0

談笑をしながらも手は動かす。
夏休みを迎えた美術室には私たち以外の人はいない。
時折開放された窓から部活生の声が聞こえる以外は、静かだった。

描き始めた頃より弟者との会話が多くなっているのは集中力が途切れているせいだろうか。
壁に掛けられた時計を見ると、描き始めて既に三時間近く経とうとしている。
長く描いても意味がないだろう。
そう捕らえた私は背伸びをすると、疲労の色を見せている弟者に声を掛けた。

川 ゚ -゚)「一度休憩をとろうか」

(´<_` )「そうしてくれるとありがたい」

椅子に座っていた弟者が立ち上がった。
長時間同じ姿勢を取っていたからだろう、少しぎこちない動きで歩いている。
それがおかしくて私は、弟者に見えないように小さく笑った。

鞄に入れてあったペットボトルは既にぬるくなり、買った当初の冷たさはなくなっていた。
それは弟者も同じらしく、持っていた水を飲むとぬるいと呟いていた。





5 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:33:27.28 ID:R43ffxxt0

川 ゚ -゚)「そういえば、どこにいくんだ?」

(´<_` )「何が」

川 ゚ -゚)「引っ越し」

(´<_` )「ああ、えっと……ラウンジだったかな」

川 ゚ -゚)「随分遠いな」

(´<_` )「まあな。一応前から準備はしていたんだが、発つにはもう少し時間がかかりそうだ。」

机に身を預けている私の隣に、弟者もやってきた。
あまり動くなと言う私の言葉に従っていた弟者は、流れる汗すらも拭わずに座っていた。
シャツは汗で染み、身体の皮膚と言う皮膚から汗の流れた形跡が見えた。

動くなとは言ったが、汗は拭くなとは言っていない。
どうしてこうもこの男は律義なのだろうか。
私は、自分より背の高い弟者を見上げながらそう思った。





6 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:35:52.42 ID:R43ffxxt0

川 ゚ -゚)「風邪、ひくなよ」

(´<_` )「ご心配ありがとう」

流れる汗を拭いながら弟者は涼しげな顔で返す。
人の事は言えたものじゃないが、こいつも結構ポーカーフェイスだと思う。
腹の内が読めないというべきだろうか、そんな印象を受ける表情を保っている。

(´<_` )「それにしても長いな」

川 ゚ -゚)「ん?」

(´<_` )「お前の絵。今の構図で描き始めてもう二週間だろ?」

川 ゚ -゚)「ああ……」

(´<_` )「相変わらずだが、何をそんなに悩んで描いているんだ」





7 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:39:14.06 ID:R43ffxxt0

川 ゚ -゚)「別に悩んでなどいない。
     ただ、どう描けばいいのか考えているだけだ」

(´<_` )「人はそれを悩むと言うんだ」

川 ゚ -゚)「何を言う。私は明確な目的があって悩んでいるんだ。
     決して迷走している訳じゃない」

(´<_` )「それはいいんだけどな。
      こうも一つの作品に掛ける時間が長いと、俺以外にモデルが見つかるか怪しいぞ」

弟者の言葉に、私は何も言えなくなった。
何も言えなくなったのは、図星だからだ。

過去弟者の前にモデルをしてくれた人は何人もいる。
そのほとんどが描写時間の長さに嫌気がさして、そのまま縁を切ってしまった。
長くて二ヶ月。酷い時は一週間も持たない事もあった。
それを考えれば弟者と描き始めてもう半年近く。これは随分長い期間だと思う。

川 ゚ -゚)「しかし弟者も弟者だ。
     夏休みだというのに私のモデルを毎日受けて、遊ばなくていいのか?」

(´<_` )「モデルやらなかったら今頃兄者の隣でパソコン見てるだけだからな」

川 ゚ -゚)「今時の高校生男子がそれでいいと思っているのか」

(´<_` )「滅多に外に出ないで絵を描いているクーには言われたくない台詞だな」





8 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:41:18.86 ID:R43ffxxt0

筆を止めて約十分。
途切れた集中力も戻って来た頃私は弟者に再開の声をかけた。

川 ゚ -゚)「そろそろ描くぞ。弟者、前に座れ」

(´<_` )「へいへい」

キャンパスの前に座ると、その向こう側に座っている弟者の姿と絵を確認する。
描写物をしっかり理解した上で画面に筆を乗せていく。
少しの差異もなく、確固たる絵を完成させる。
それが私の描く絵のスタイルだった。

一度集中すると周りの物が見えなくなる私は、弟者と会話する事もなく描き続けた。
そしてまた弟者の方も、集中して描く私を見て何も言わずに座ってくれている。
人と話すのは、あまり得意な方ではない。
だから黙ってくれている弟者が、すごくありがたった。





9 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:43:33.17 ID:R43ffxxt0

筆と紙が擦り合い、絵の具が混ざる音が響く。
遠くに聞こえる人の声と蝉の鳴き声に、この空間だけ別の世界で出来ているような気がした。
存在するのは私と弟者と、無数の色。そんな不思議な世界。

川 ゚ -゚)(色をもう少し足してみるか)

被写体である弟者の色とキャンパスの弟者の色の違いに気付く。
今度は濃い緑色を足して、既に存在している緑の上に乗せた。
そこからまた新たな緑が生まれ、別の緑色が紙の中で完成される。
今の色は、現実の弟者が持つ色と同じだった。

川 ゚ -゚)(よし、次は……)

そうして絵を完成させて行く。
考えては手を動かし、弟者とキャンパスを交互に見ながら色を重ねる。
その一連の行為に一区切りを付けたのは、再開してから二時間後のことだった。





10 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:45:44.47 ID:R43ffxxt0

(´<_` )「それじゃ、お疲れさん」

川 ゚ -゚)「ああ。もうすぐ完成出来そうだから、もう暫く付き合って欲しい」

(´<_` )「構わん。いつも暇してるしな。先に帰るぞ」

川 ゚ -゚)「お疲れ」

鞄を片手に部屋から出て行く弟者の後ろ姿を見送る。
私よりもずっと大きな背中が見えなくなるまで見届けると、片付けを始めた。

未完成の絵を見て、遠くからその絵を眺める。
まだ完成していないからというのもあるが、満足のいく絵ではなかった。

そもそも私が今まで描いていた中で満足のいく絵という物が存在しなかった。
確かに被写体そっくりに描き、誰もがうまいと評してくれる絵はいくつかあった。
しかし私自身が絵に対して納得する事はなかった。





11 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:47:24.07 ID:R43ffxxt0

川 ゚ -゚)「……何故だろうか」

一人呟くと、不意に鞄の中の携帯が鳴り響いた。
誰からだろうかと思い、着信相手を確認すると名前はツン。
珍しいな。そう思いながら私は電話を取った。

川 ゚ -゚)「はい」

『ちょっとクー! あんた今どこなのよ!』

川 ゚ -゚)「学校だが……何をそんなに怒っているのだ」

『約束したじゃない! 今日ご飯食べにいこうって!』

川 ゚ -゚)「あ」

『……まぁ、大体予想はしていたけどね』

電話の向こうからツンの飽きれた声が聞こえた。
そういえば一昨日約束をしていたんだった。
今朝、家を出る前は覚えていたのにすっかり忘れてしまっていた。





12 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:50:12.07 ID:R43ffxxt0

川 ゚ -゚)「すまない。今から行くよ」

『わかったわ。私先にお店の中に入ってもいいかしら?』

川 ゚ -゚)「構わん。全力疾走でいく」

『だから走る事はないんだって……』

ツンが何かを言いかけたような気がした。
だがすぐに電話を切ってしまい、それが何なのか確認する事は出来なかった。

川 ゚ -゚)「さて、すぐに行かないとな」

散らばった道具を片付け、絵の具で汚れた手を綺麗に洗い流す。
準備は整えると、私は急いでツンの元へと駆け出した。





14 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:52:23.84 ID:R43ffxxt0

ξ ゚听)ξ「クー。 こっちよ」

店内に入り、きょろきょろとツンを探していた私に向こうから声がかかって来た。
女の子らしいスカートに、二つに分けられた大きな巻き髪が可愛らしい。
これでもう少し素直だったら、もう少しモテるだろうと思う日々だ。

川 ゚ -゚)「本当にすまなかった」

ξ ゚听)ξ「大丈夫よ。あんたが熱中すると他の事を忘れるのは今に始まった事じゃないし」

川 ゚ -゚)「ははは、面目ない」

席に座り、注文を済ませると私は早速弟者の引っ越しの事について話した。
ツンはその話を聞いて驚き、何度も私に本当かと聞いて来た。

ξ ゚听)ξ「そっかぁ。流石君いなくなっちゃうんだ。格好よかったから残念だなぁ」

川 ゚ -゚)「ツンにはブーンがいるんじゃないか?」

ξ*゚听)ξ「ああ、あいつはそんなんじゃないわよ!
       ただの幼なじみで、それだけなんだから!」

川 ゚ -゚)「の割には毎朝一緒に登下校して、お弁当もツンが作る。
     最近の幼なじみは随分と彼女みたいな事をするんだな」

ξ ///)ξ「うーー……」





15 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:55:03.43 ID:R43ffxxt0

ツンと幼なじみのブーンの付き合いは周知の事実だった。
確かにツンの言う通り、二人は告白を交わし合った恋人同士ではない。

けれど二人の関係は幼なじみを超えた恋人同士のような物に見えた。
更に相思相愛らしく、囃し立てられる二人はまんざらでもなさそうな表情をする。
これを付き合っていると言わずになんと言うだろうか。

ξ ///)ξ「クー……楽しんでるでしょ」

川 ゚ -゚)「ああ、ツンをからかうのはとても楽しいな」

ξ ///)ξ「な、なによ! クーだって流石君とできてんじゃないの!?」

反論の為だろう、ツンは真っ赤な顔をして私にそう言って来た。
しかしその言葉は私に取っては的外れも良い所だった。

川 ゚ -゚)「いや、奴とはそんな関係ではない」

ξ ゚听)ξ「へえぇー……」

川 ゚ -゚)「そんな目で見たって変わらんからな。あいつはただのモデルだ」

そう、ただのモデルと絵描きの関係。それ以上でもそれ以下でもない関係だ。





16 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 22:57:06.61 ID:R43ffxxt0

ξ ゚听)ξ「でもなぁ。私、クーと流石君の間には何かあると思うんだよね」

川 ゚ -゚)「それはツンの気のせいじゃないのか?」

ξ ゚听)ξ「だってそうじゃない?
       こんなにクーに付き合ってくれる人、私初めて見たわ」

付き合ってくれる、というのはモデルの事だろう。
本人は暇だからと言っていたが、ああも付き合ってくれるような人はツン以外で見た事がない。

当初、モデルはツンに頼んでいた。
ブーンまでは行かないが小さい頃から仲が良く、何より気兼ねなく話せる友人の一人だからだ。
ツンをモデルに描いていた時は本当に楽しく、時間が経つのが早く感じたものだ。

けれど人には人の時間がある。
ツンは次第に自分の時間を持つようになり、私のモデルにまであてる時間がなくなってしまったのだ。

無論それは仕方のない事だ。
私の中ではそう割り切っていたため、その事については特に何を言う訳でもなかった。
その証拠に今もこうして交流を続け、互いに困った事があれば受け明かす仲になっている。





18 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:01:07.08 ID:R43ffxxt0

ξ ゚听)ξ「今までクーの容姿目当てで付き合った男もたーくさんいたけど
       どいつもすぐ止めて行ったのよね」

川 ゚ -゚)「あれは私が断った者もいる。下心丸出しの輩もいたしな」

粗チンを出された時は流石の私も驚きを隠せなかった。
条件反射で股間に向けてモチーフのリンゴを投げつけた時の彼の顔は今でも忘れられない。
あれから姿を見かけないが、彼は元気でやっているだろうか。

ξ ゚听)ξ「それを思うと流石君は凄いわよね。
       自分からクーに言って来たんでしょ? お願いしますって」

川 ゚ -゚)「ああ、あの時はちょうど相手を捜していた時だったからちょうどいいと思っていたが……。
     まさかこんなに続くとはな」

ξ ゚听)ξ「流石君がいなくなっちゃったら、また大変ね」

川 ゚ -゚)「本当にな。あいつだけここに残ってくれないものか」

今はここにいない弟者の事を話して、二人で笑う。
確かに弟者以上にいいモデルはいないかもしれない。
私と合っているという意味でも、根気強いという意味でもだ。

川 ゚ -゚)(次の相手を考えないといけないのか……)

もう半年近く弟者でしか描いていないせいか、次を考えるのが億劫だ。
取り敢えず、今は腹を満たして描きかけの絵を仕上げる事に専念しよう。
それから考えても遅くはないだろう。





19 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:03:08.63 ID:R43ffxxt0
  _, ,
川 ゚ -゚)「うーん」

(´<_` )「……」
  _, ,
川 ゚ -゚)「うーん……」

(´<_` )「…………」
  _, ,
川 ゚ -゚)「……納得いかん」

(´<_` )「またそれか」

あれから数日、ようやく私は絵を完成させる事が出来た。
しかし完成した絵は相変わらず納得いかない。
現実から絵へ出力したかのような弟者がそこにはいるのに、弟者ではない気がするのだ。
  _, ,
川 ゚ -゚)「違う……何かが違う……」

(´<_` )「何かって何だ」
  _, ,
川 ゚ -゚)「それは上手く言えないのだが……何かが違うのだ……」

(´<_` )「違うねぇ……」





20 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:05:58.03 ID:R43ffxxt0

(´<_` )「間違いなく最初に俺を描いた時よりうまくなっている。
      色の使い方、正確さ。絵の事を知らない俺でもそう思う」
  _, ,
川 ゚ -゚)「うむ……」

(´<_` )「クーは後何が足りないと思うんだ。
      俺はこれ以上、必要な物はないと思っているが」
  _, ,
川 ゚ -゚)「足りない……」

絵への情熱は? 持っている。
向上心は? いつだって存在している。
被写体である弟者を理解する心は? はっきりとは言い切れないが持っているだろう。

では後何が足りないのだろう。
腕が上がっているのは自分自身でも分かっているのに、私は何に悩んでいるのだろう。





21 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:07:52.79 ID:R43ffxxt0

川 ゚ -゚)「……考えても仕方がない。弟者、そこに倣え」

(´<_` )「へいへい。今度はどんなポーズを希望でして?」

川 ゚ -゚)「立ちポーズだ。机の上に立て。下から描く」

(´<_` )「下から描くって考え方によっては凄くエロいよな」

川 ゚ -゚)「はははは、全く持ってそうだな」

(´<_` )「すまない、ふざけすぎたと思うから定規で叩かないでくれ。地味に痛いから」

悩む暇があるなら描く。それが私の信条だ。
机の上に立ち、適当なポーズをとる弟者をどう描こうか考える。
両手でLの形を作り、絵に収めるイメージを想像しながら筆を取って行った。





22 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:11:24.38 ID:R43ffxxt0

(´<_` )「なぁ、クー」

川 ゚ -゚)「何だ」

(´<_` )「前から思っていたんだが、何故人の絵ばかり描くんだ?
      静物画、風景画でもいいのに何故だ?」

簡単に弟者の身体を描きながら、私は迷いなくその言葉に返答した。

川 ゚ -゚)「好きだからだ、人を描くのが」

(´<_` )「好き、か」

川 ゚ -゚)「そうだ。この世に一つとない、皆個性のある人間を描きたいのだ」

(´<_` )「よくわからんが、そういうものなのかねぇ」

川 ゚ -゚)「少なくとも、私はそう思って描いている」





23 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:13:03.88 ID:R43ffxxt0

それだけ聞いて満足したのか、以降弟者は何も言わずに立っていた。
私もそれから声をかけず、目の前のキャンパスに向かってひたすら描いていた。

暫く経った頃だろうか、不意に弟者がゆっくりと口を開いてこう言った。

(´<_` )「そう言えば言い忘れたことがある。
      返答はしなくていいから、耳で聞いてくれ」

言われなくてもそうさせてもらう。
私は弟者の顔を見ずに、手を動かしながら声を聞いていた。

(´<_` )「発つ日が決まった。一ヶ月後だ。
      秋休みを迎えて次の日にはもうここから出発する」

川 ゚ -゚)「……」

(´<_` )「だから恐らく、これが俺の最後の絵になるだろう。
      夏休みが明けたら、俺も準備があって付き合えないだろうからな」

川 ゚ -゚)「……」

(´<_` )「まあなんだ。何が言いたいかというとだな、最後だから好きなように描いてくれ。
      最後の最後に、お前のしかめっ面は見たくないんだ」

川 ゚ -゚)「……」

(´<_` )「それだけだ。すまない。出来るだけ付き合えるようにするよ」





24 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:17:28.50 ID:R43ffxxt0

一ヶ月後。夏休みが終わるのはあと数週間。
確かに残された時間を考えれば、この絵で弟者を描くのは最後になる。

川 ゚ -゚)(最後にしかめっ面は見たくない……か)

弟者がそう思うのも無理はないだろう。
弟者と描き始めた時から、いや、その前から私はずっと自分の絵に満足していなかった。
考えてみればモデルにとって、自分を描かれた絵にしかめ面をされて嬉しい訳がない。
今までのモデルと長く続かなかった原因の一つに、もしかしたらこれもあったのかもしれないな。

川 ゚ -゚)(そうだ、最後なんだ。せめて最後くらい、自分で本当に満足出来る絵を描こう)

私は自分自身を奮い立たせる為に、腹から思い切り大きな声を出した。

川 ゚ -゚)「よっしゃー!」

(´<_`;)「……何だ今のは」

川 ゚ -゚)「気合い入れだ。泥舟に乗ったつもりで私に任せておけ」

(´<_`;)「泥舟じゃなくて大船だろ……」





25 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:20:10.18 ID:R43ffxxt0

それから夏休みの間は毎日、弟者を前に絵を描いていた。
時々ツンと一緒に出掛けたり、夏休みの宿題に手をつけたりと、比較的充実した夏休みを送れたと思う。
弟者の引っ越し宣言以外、特に大きな事件もなく私は夏休みを終えた。
一学期後半のスタートだ。

ほぼ毎日行っていた学校は久しぶりとは言いがたい。
違う点をあげるならば制服を着ている事と、ツンと弟者以外のクラスメートに会える事だ。

皆夏の太陽を目一杯浴び、どの顔も黒く焼けていた。
対して私はというと、大半を室内で過ごしていたせいかあまり変わらない。
日に焼けたくないからと豪語するツンも、比較的白い方だった。

ξ ゚听)ξ「おっはよークー。夏休み振り」

川 ゚ -゚)「おはよう、ツン」

ξ ゚听)ξ「早速噂になってるわよ。流石君転校話」

弟者とは隣のクラスの関係だが、朝の時点でもうこんなに話が出回っているのかと葛藤した。





26 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:23:15.20 ID:R43ffxxt0

ξ ゚听)ξ「モテる男は違うわね。女の子達が噂してたのよ」

川 ゚ -゚)「だが奴は格好いい部類に入るのか?」

ξ ゚听)ξ「普通くらいじゃないかしら。間違いなくブーンよりは格好いいわ」

川 ゚ -゚)「しかしそんなブーンが好きなんだろう?」

ξ ゚听)ξ「まあね……っ!?」

さり気なく言ったせいだろうか、普段なら否定する所をツンは当たり前のように肯定してしまっている。
それに気付いた時にはもう遅く、ツンはいつも以上に顔を赤くして否定した。

川 ゚ー゚)「ようやくデレが見え始めて来たな」

ξ ///)ξ「ちち、ち違うわよ!」

川 ゚ー゚)「ブーンも幸せ者だな。こんなに愛されているとは」

ξ ///)ξ「だ、だからそんなんじゃないってば!」





27 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:24:54.09 ID:R43ffxxt0

( ^ω^)「ツンおいすーだお。あれ、顔赤くないかお?」

タイミングがいい。旦那様の登場だ。
ツンはブーンの声に驚きながら、周りにも聞こえるくらい甲高い声を上げた。

ξ ///)ξ「うるさいわね! ブーンの馬鹿! 嫌いよ!」

(;^ω^)「ちょwwwwww何でだおwwwwwwwww」

ξ ///)ξ「うるさいうるさいうるさい! あんたなんか嫌い! だいっきらい!」

(;^ω^)「ワケワカメwwwwwwwwwwwwww」

端から見れば何と言うおしどり夫婦。
ブーンも慣れているのか、喚くツンをなだめるように頭を撫でている。
まるで保護者とわがまま娘だ。

川 ゚ -゚)「ブーンも素直じゃない彼女を持つと苦労するな」

( ^ω^)「クーおいすーだお。本当苦労するお」

ξ ///)ξ「彼女じゃないわよ!」

否定すればするほどそれを匂わせてしまう事を、ツンはもう少し覚えるべきだな。





28 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:27:23.01 ID:R43ffxxt0

( ^ω^)「そうだお、クーの事を呼んでいる女の子達がいるんだお」

川 ゚ -゚)「私か?」

(;^ω^)「よくわかんないけど、何か殺気立ってたお」

不安そうな顔をしたブーンは、視線を教室のドアの方へと向ける。
見ればなるほど、そこには確かに殺気立った女の子達がいた。

どの顔ぶれも見た覚えがない。
もしかすると、知らない間に失礼な事をしてしまったのかもしれないな。

川 ゚ -゚)「そうとなれば仕方あるまい。行って来る」

(;^ω^)「ちょっ! 一人で大丈夫かお?」

ξ;゚听)ξ「私とブーンも着いて行くわ」

川 ゚ -゚)「いや、相手は私を指名しているんだ。
     案ずるな。話が終わったらすぐに戻って来る」

話を聞いて、記憶を蘇らせて、謝ればきっと済むだろう。
私はそう深く考えずに、殺気立っている彼女達の元へ向かった。

が、どうにも現実はそう簡単にいかないものだ。





30 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:29:59.29 ID:R43ffxxt0

「だーかーらー、この子泣いてるっていってんでしょ。謝れよ」

川 ゚ -゚)「しかし私にはその子に謝る義理がない。
     義理がないのに謝るのはおかしい。
     よって私は謝らないし、私に非もない」

「うう……」

「……っざけんなよ!」

正義感の強そうな女の子が、私の顔に向けて拳を向けて来た。
しかし最初から当てる気はなかったらしく、私の背中を預けている壁に拳が突き当たった。
人の気配がない廊下に、鋭い音が響き渡った。
最悪、顔に腫れ物を付けて帰ってしまう可能性がここで出来てしまった。

「知ってんだよ! アンタが流石君をたぶらかしてんの!」

川 ゚ -゚)「たぶらかす?」

「絵のモデルになってって頼んでるそうじゃない。
 どういうつもりなのか知らないけど、それで色んな男を誘惑しているそうね」

勝ち誇ったような顔をしながら、もう一人の女が私の耳元で囁く。
これは酷い噂。何がどう歪曲してこのような事になったのか知らないが、あまりにも出来すぎた嘘だ。

怒りが沸き上がる。
確かに色んな人にモデルになって欲しいと声はかけたが、こうなるとは思わなかった。
私は身勝手な噂を鵜呑みにした女達と同じくらい、軽率な行動をした過去の自分が憎かった。




31 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:32:21.23 ID:R43ffxxt0

怒りを沈めるため深呼吸をする。
それまで言いたい放題だった女の子達は、私の行動に驚き、一斉に私の行動を待った。

川 ゚ -゚)「私は純粋に絵が描きたいだけだ。
     それに流石は私が頼んだのではなく、向こうから言って来たんだ」

「う、嘘付けよ!」

川 ゚ -゚)「嘘と思うなら流石本人に聞けばいいだろう。
     私はたぶらかすだなんて、そんな事は絶対にしない。
     どこから出た噂か知らないが、良い迷惑だ」

私はそれだけを言うと、そのまま立ち去ろうと思い目の前の女の子の腕をどけようとした。
しかし私の言い方が不味かったのだろうか、女の子達は先程より殺気立って私を取り囲んだ。
これがかのリンチという物なのだろう。まさか自分がこの渦中にいるとは夢にも思わなんだ。

「今わかった。アンタむかつく」

川 ゚ -゚)「光栄だな、私も君たちと仲良くなれないと思っていたところだ」

「っち! 死ね!」





32 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:35:54.49 ID:R43ffxxt0

先程私に脅しをかけた女の拳が、私の頬を直撃した。
動きを予測できなかった訳ではないが、こうして予め先にやられていればこちらも言い訳がしやすい。
頬に痛みを感じながら、私は彼女達の顔を一人一人眺めた。

川#)゚ -゚)「殴ったね! カーチャンにも殴られた事あるけど!」

「はぁ?」

川#)゚ -゚)「素直アターック!」

声高らかにそう宣言すると、私は頬に拳を食らわせた女に思い切り頭突きをした。
上手く当たったらしく、脳を揺さぶるような音が廊下に響くと女はその場に倒れてしまった。
それにしても当然だが自分の額も痛い。頬を殴られた時よりも痛かった。

「しっかりして! ねぇ!」

「アンタ、よくも……」

川#)゚ -゚)「先に手を出したのはそっちだろう。
      つまりこれは正当防衛。私は一切悪くない」

「……あったまきた!」

川#)゚ -゚)「かかってこい。私の頭突きが火を吹くぜ!」

人の気配がない廊下で鈍い音と肌を叩くような音を聞きつけて人がやってきたのは
私がその場にいる女子生徒全員を床に沈めて数分経ってのことだった。





33 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:38:41.79 ID:R43ffxxt0







「……クー! ……ー!」

川 - -)「うーん……あと十分」

「クー! 死な……で! 起きて!」

「ツン! 勝手に殺すなお! 普通に生きてるお!」

川 - -)「騒がしい……」

もう少し寝ていたいのに、こんなに騒がしくされたら眠れないだろう。
私は手を動かし、目を擦ると、重い瞼をゆっくりと開いた。

ξ ;凵G)ξ「! クー!」

川 う -゚)「何だツンじゃないか。おはよう」

ξ ;凵G)ξ「良かった! 生きてよかった!」

(;^ω^)「だから心配しなくても生きてるって言ったお……」

川 ゚ -゚)「ブーンまで……一体どうしたんだ?」





34 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:40:43.62 ID:R43ffxxt0

(;^ω^)「どうしたもこうしたも……クーが倒れたって聞いて来たんだお」

川 ゚ -゚)「……あ」

ブーンの言葉に、私は何故ベットで横になっていたのか思い出した。
全員に頭突きを食らわせた後、自らも反動でそのまま倒れてしまったんだ。
最後に見た先生の影が脳裏に蘇る。私は運良く開放されたという訳か。

事の成り行きを確認したところで、額に鋭い痛みが走った。
触れてみると額には包帯が巻かれており、押してみるとたんこぶのようなものが出来ていた。
やはり慣れない事はするものじゃない。凄く痛かった。

( ^ω^)「クーと一緒にいた女の子達は先に目が覚めて今職員室だお。
      僕とツンも話をしているから、多分クーにお咎めが来る事はないと思うお」

川 ゚ -゚)「ふむ。なるほどな」

ξ う听)ξ「でも本当、何もなくてよかったわ。
        それにしても、あの子達に何言われたの?」

ツンにそう聞かれ、私はその理由を話した。
弟者に振られた腹いせに私に当たった事。殴られたから頭突き仕返した事。
事のあらましを大まかに話終えると、ツンは私に向かって大きな溜め息を吐いた。





35 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:42:49.55 ID:R43ffxxt0

ξ;--)ξ「そこで頭突き攻撃をするあたりがクーらしいっていうか……」

川 ゚ -゚)「生まれもっての石頭だからな」

ξ;--)ξ「胸張っていうことじゃないわよ」

それにしても、とツンは言葉を続ける。

ξ#゚听)ξ「むかつく女達ね。自分が振られたからって無関係の人に当たる何て。
       そんなに悔しいなら自分の魅力を磨きなさいってのよ」

(;^ω^)「うーん……でもあの子達がクーに嫉妬する理由はわかる気がするお」

ξ#゚听)ξ「何でよ」

怒りを抑えられないツンは、ブーンを睨みながら聞く。
無関係の人に当たるのはあながちツンにも当てはまることだろうと思ったのは秘密だ。

( ^ω^)「だって流石君、普段女の子と話したりしないお。
      流石君が話している女子って多分クーだけだお」





36 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:46:09.79 ID:R43ffxxt0

川 ゚ -゚)「……そうなのか?」

そんなの初耳だ。私と話す時だって、至極普通に話していた。
だから普段から女の子ともああやって話すものだとばかり思っていた。
そういえば、あいつと校内で会うときいつも男と一緒だった気がする。
女と話している所は見た事がない。ということは、本当にブーンの言う通りなのだろうか。

ξ ゚听)ξ「……ねぇ、流石君ってクーの事好きとかそういうのじゃないかしら?」

川 ゚ -゚)「まさか、あいつに限ってそんな事はない」

ξ ゚听)ξ「わからないわよ。だって自分からモデル希望したくらいだもの。
       好きまでは行かなくても、なんらかの感情は持っていると思うわよ」
  _, ,
川 ゚ -゚)「うーん……そういうものだろうか」

( ^ω^)「僕もツンの考えが近いと思うお。
      何も思わないで近づくとは訳が違うと思うお」
  _, ,
川 ゚ -゚)「うーん……」





37 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:47:12.69 ID:R43ffxxt0

ここにきて弟者の事が分からなくなった。
あいつと私はモデルと絵描きの関係で、それ以外での関わりは一切ない。
あのポーカーフィエスの下で何を考えているかなんて、想像した事もなかった。

では逆に、私は弟者の事をどう思っていたんだ?
いや、ただのモデル。被写体。九人目のパートナーだ。それ以外の感情はない。
けれど長く付き合っているせいだろう、今までのモデルとは違うものは確かにあった。
ツンとはまた違う、何か別の、もっと穏やかな感情。これは一体なんだろうか。

そんな事を考えていると、ツンが心配そうな顔をして私を覗き込んで来た。

ξ ゚听)ξ「クー? 頭痛いの?」

川 ゚ -゚)「いや、大丈夫だ」

( ^ω^)「もう少し休むといいお。僕たちはこれから午後の授業を受けて来るおー」

川 ゚ -゚)「ああ……いってらっしゃい」

ツンとブーンが去って行った直後、午後の授業開始を告げるベルがなった。
廊下の外から二人の悲鳴が聞こえる。ああいうところは、本当似た者同士だ。





38 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:49:26.39 ID:R43ffxxt0

一人になった保健室で、私は頭から布団を被り考えた。
弟者の事を、自分自身の事を。

川 - -)(何故今になって……)

好きであるかと聞かれたら、多分好きだろう。
ただしそれは恋愛感情かどうか知らない。
少女漫画展開でよくある、相手を思ってドキドキするような事がないからだ。

世界は広い。ドキドキしない恋愛も、探せばあるに違いない。
だがそれが自分に当てはまるかはわからない。
そもそも弟者に恋をしているのかさえ怪しかった。
   _, ,
川 - -)(……あたま、いたい)

考えているからだろうか、額のたんこぶがズキズキと思考を遮る。
考えたって意味がない。今は寝よう。
寝て、たんこぶの痛みを抑えて、放課後絵を描こう。

そう割り切ると不思議なくらい睡魔が襲って来て、私はそのままベットに身を委ねて眠りについた。





39 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:51:58.81 ID:R43ffxxt0

(´<_` )「そいつは災難だったな」

川 ゚ -゚)「全くだ」

放課後、予定通り私は未完成だった絵の制作に取り組めた。
事のあらましを把握している弟者は、今日は止めようとひたすらに言っていたが、断った。
今は一分一秒も惜しい。未完成のまま弟者と別れる事だけはしたくないからだ。

川 ゚ -゚)「結局私も職員室に呼び出されて説教だ。
    女の子なんだから恥じらいを持ちなさいだと?
    ふざけるな。私は正当防衛をしたまでだ。恥じらいを持っても社会で使えないだろう」

(´<_` )「いや、俺ももう少し恥じらい持つべきだと思うな」

川 ゚ -゚)「恥じらって、止めてくださいと言いながら泣く私をお前は想像できるか?」

(´<_` )「無理だな。むしろ頭突きする光景なら簡単に想像出来た」

夏休みの間に描けなかった絵は、少しずつではあるが完成に近づいている。
納得出来るか否かと問われれば返事は出来ないが、納得できる絵にしたい。
そう思いながら私は今日も、筆を揮っていた。





40 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:53:40.69 ID:R43ffxxt0

(´<_` )「クー」

川 ゚ -゚)「何だ」

(´<_` )「その……すまなかったな。お前は関係ないのに、怪我までさせて」

先程から何かを言いたそうにしているのは分かっていたが、やはり思っていた通りだった。
申し訳なさそうな表情をする弟者の顔を、私は見上げながら気にするなと言った。

川 ゚ -゚)「私はこの通りの石頭でな、ちょっとやそっとじゃ折れないんだ」

(´<_` )「……笑えねぇよ」

川 ゚ -゚)「お前に非は何もない。あるとするなら、妙な噂を流した輩とそれを鵜呑みにした奴だ」

(´<_` )「……」

川 ゚ -゚)「この話題に関してはこれでおしまいにしよう。私はもう一つ聞きたい事があるからな」

私の言う聞きたい事に反応した弟者は、顔こそは動かないものの、視線を私に向けて来た。
私は視線を弟者からキャンパスへ移動させると、手を動かしながらある事を尋ねた。





41 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:55:53.59 ID:R43ffxxt0

川 ゚ -゚)「弟者、お前は私の事をどう思っている?」

気のせいだろうか。弟者が息を飲んだような気がした。

(´<_` )「思っている、というのは?」

川 ゚ -゚)「私に対して恋愛感情を抱いているか否かを聞いているんだ」

(´<_` )「……随分率直に聞いてくるんだな」

弟者は考えるように口を噤むと、暫く黙ってしまった。
その間も私は一切手を止めずに弟者をキャンパスに描き続ける。
けれどその一方で、弟者がどのような返答をするのかと緊張していた。

ようやく答えを出した弟者の言葉は、安心する反面肩を空かしてしまった。

(´<_` )「恋愛感情に近いものはある、かもしれない」

川 ゚ -゚)「随分曖昧な答え方をするな」

(´<_` )「というのも、実際俺もこれが恋愛感情なのか分かっていないからだ」





42 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/24(月) 23:58:05.26 ID:R43ffxxt0

(´<_` )「クーの事は多分好きだと思う。でもこれが恋愛感情かと聞かれたらどうかわからない。
      もっと知りたい、どんな事を考えているのか知りたい。
      でもこれは決定的な恋愛感情とは言いがたいだろう?」

川 ゚ -゚)「……確かに」

(´<_` )「だから、分からない。でも多分好き。今はそれだけしか言えない」

他に何かあるかと尋ねる弟者に、私はそれだけだと返した。
以降は私も弟者も何も話さず、室内には妙な空気が流れるだけだった。

ツンやブーンの言う通り、弟者は私に何かしらの感情を抱いていた。
その何かしらの感情というのは、決定して何かとは言えない。
ただ一つ予想できるのは、私が今弟者に対して抱いているものと同じだという事だ。

その日からだろうか、私と弟者は以前のように話をする事が少なくなった。
最低限の話はする。無駄口もお互い叩き合う。けれどどこか壁を感じていた。
私が弟者の心中を知ったからか、弟者が私と仲良くしている所を他の女子に見せない為だろうか。
もしくはその両方だろうか。どちらかはわからない。何も分からない。

分からないまま私は、弟者と過ごす最後の時を迎えてしまった。





43 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:00:07.40 ID:EiqcILOK0
  _, ,
川 ゚ -゚)「うーん……」

(´<_` )「……」
  _, ,
川 ゚ -゚)「うーーん……」

(´<_` )「……」
  _, ,
川 ゚ -゚)「ううん……」

(´<_` )「そんなに頑張らなくていいから」
  _, ,
川 ゚ -゚)「だがしかし、まだだ……まだ何か足りない……」

結果としては、私は弟者にしかめっ面を見せてしまった。
見せずに済む方法も勿論あった。
けれど、そんな事をしたって弟者は喜ばない事を私は知っていた。

(´<_` )「クーは頑張ったと思うよ」

川 ゚ -゚)「待ってくれ弟者。もう少し、もう少しなんだ」

(´<_` )「いいんだ。クーが一生懸命になってくれただけで十分だ」

川 ゚ -゚)「弟者……」





45 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:02:06.96 ID:EiqcILOK0

私は悔しかった。
絵が完成出来なかったからじゃない。
弟者に気を使わせてしまった事が悔しかったんだ。

いいんだ。そんな言葉が聞きたいんじゃない。
一生懸命になってくれてだけで十分だ。違う、私の力はこれだけじゃない。
そんな優しい顔をして笑わないでくれ。私は、そんな顔をさせたくて描いたのではないんだ。

拳を握りしめ、顔を見せまいと俯く。
そうでもしないと、気が緩んでしまいそうだったからだ。

(´<_` )「半年、楽しかったよ」

川  - )「私もだ」

(´<_` )「クーと一緒にいれて、良かったと思う」

川  - )「……ああ」

(´<_` )「……頑張れよ。応援してる」

川  - )「ああ……」





46 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:04:45.21 ID:EiqcILOK0

(´<_` )「俺の次のモデル、見つけたか?」

川  - )「まだだ」

(´<_` )「そうか……。俺の方でも、良さそうな奴がいたら声かけてみるよ」

川  - )「……すまない」

(´<_` )「いや。……じゃあ、先帰るな」

川  - )「ああ」

(´<_` )「……お疲れ」

弟者の最後の言葉が聞こえる。
足音が遠ざかり、遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


誰もいなくなった教室で、私は一人声を押し殺して、涙を流した。






48 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:06:58.37 ID:EiqcILOK0

時の流れは矢の如し。最後に弟者と会ってからもう時間が経ち、明日からは秋休みだ。
再び来た長期休日イベントに喜びを見せる傍ら
明日にはいなくなってしまう弟者を思って泣いている女の子まで、教室にはさまざまな感情が溢れていた。

私はというと、あれ以来絵を描いていない。
弟者の紹介であろう、モデル候補は何人か来ていたのだが、今は描けないと言って丁寧に断った。

無論弟者とはあれから会っていない。会わせる顔もない。
私は解消できない悔しさと胸の苦しみに、ずっと悶えていた。

ξ ゚听)ξ「クー、聞いてる?」

川 ゚ -゚)「ん? 何だ?」

ξ ゚听)ξ「もう、秋休み遊びに行こうって言ってるじゃない」

川 ゚ -゚)「ああ、そうだな。すまなかった」

時々こうして誰かの声で我に返る事も多くなった。
考えているのは、恐らく、弟者の事。

ただのモデル相手だったのに、気がつけばあいつの事が頭の中に張り付いている。
恋愛感情? いや違う。きっと最後に弟者の望み通りにしてやれなかった事を後悔しているんだ。
そうでなければ、胸がこんなに痛いはずはない。





50 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:09:59.27 ID:EiqcILOK0

ξ ゚听)ξ「……ねぇクー。元気なさすぎ」

川 ゚ -゚)「ははは、何を言う。私はいつだって元気百倍だ」

ξ ゚听)ξ「目が笑ってないわよ」

やはりというか何と言うか、ツンは鋭い。
ツン曰く目が笑っていない笑みを浮かべながら、私は降参を言わんばかりに小さく両手を上げた。

ξ ゚听)ξ「そんなに流石君のこと気にしてるなら、もう一度リベンジすればいいじゃない」

川 ゚ -゚)「時間がない。奴は明日ここを発つのだぞ。
     私がいかに描くのが遅いのか、ツンが一番よく知っているはずだ」

ξ ゚听)ξ「それはそうだけど……でもこれじゃあクーは一生後悔すると思うわ」

川 ゚ -゚)「分かっているんだ。……わかってはいるんだ」

こんなの私らしくない。切り捨てて、仕方ないと割り切る。それがいつもの私じゃないか。
なのにいつまでたっても私は弟者の話題から逃れられなかった。
ふとした時に思い出しては、後悔の念に駆られる。
けれどこの後悔をどう処理したら良いのかもわからず、迷い続けていた。





51 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:12:02.54 ID:EiqcILOK0

(;^ω^)「クー……大丈夫かお?」

ξ ゚听)ξ「あんたには今のクーが大丈夫に見えるの?」

(;^ω^)「いや……見えませんですお……」

川 ゚ -゚)「案ずるなブーン。その内自分の中で昇華するだろうさ」

ブーンやツンにまで心配を掛けてしまっている。
こうしていては駄目だ。心を切り替える為に何か別のことをしよう。

川 ゚ -゚)「……美術室に行って来る」

ξ ゚听)ξ「描きに行くの?」

川 ゚ -゚)「気分転換にな」

( ^ω^)「僕も着いて行っていいか……ぶぎゃっ!」

ξ#゚听)ξ「余計なお世話だと思うけど」

川 ゚ -゚)「構わないさツン。だからブーンの頬を抓るのは止めてやってくれ。
     せっかくだから、久しぶりにツンも行こう」

ξ ゚听)ξ「……クーがいいなら、いいけど」

( #)ω^)「僕凄い損な役回りばっかな気がするお……」





52 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:15:16.86 ID:EiqcILOK0

出来る事なら、今は一人になりたくなかった。
一人になれば弟者の事を思い出し、胸が締め付けられてしまうからだ。

美術室までの道のりは誰も一言も話さず、廊下を歩く上履きの音だけが聞こえていた。
授業でしか使われない美術室の放課後は静かで、誰もいなかった。

数日前まではここに、私と弟者が二人でいた。
最近の事なのに、もう何年も前の事のように思えた。

( ^ω^)「お、これがクーの絵かお?」

ξ ゚听)ξ「ちょっとブーン。落ち着きなさいよ」

( ^ω^)「すげぇお! 流石君そっくりだお!」

ブーンが見ている絵は最後に描いた弟者の絵だった。
立っている弟者の姿を、下から描いた絵。
ポーズ自体に工夫がない事もあり、棒立ち人間にも見える。

川 ゚ -゚)「それは最後に描いた絵なんだ」

( ^ω^)「うまいじゃないかおー」

ξ ゚听)ξ「本当。凄い上達してるじゃない」

川 ゚ -゚)「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

褒められるのは嫌いじゃない。私は心からの感謝を二人に告げる。
その傍でブーンは、何か考えるように私の絵をじっと見ていた。




53 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:18:14.53 ID:EiqcILOK0

( ^ω^)「とってもうまいお……でも、頑張りすぎている感じがするお」

ξ ゚听)ξ「頑張りすぎている?」

( ^ω^)「お。何だか一生懸命だけど、それだけな気がするお。
      楽しいって感じより、考えて描いたって感じがするお」

ξ ゚听)ξ「そりゃあそうじゃない。何も考えないで描く何ておかしいわ」

川 ゚ -゚)「それだ!」

唐突な私の声に、ブーンもツンも驚いた表情で私を見る。
二人が不思議そうな顔をしている反面、私は今まで悩んでいた事を一つ解決し、心が晴れ晴れとしていた。
口を開けているブーンの元へ向かうと、私はブーンの手をがっちりと握りしめた。

川 ゚ -゚)「ありがとう、ブーン。私に足りないものを見つけたよ」

(;^ω^)「は……はぁ」

川 ゚ -゚)「このお礼はまた何かの機会の時にさせてくれ」

(;^ω^)「お……おぉ……」

川 ゚ -゚)「そこでついでといってはなんだが、弟者の携帯番号を知らないか?」

(;^ω^)「し、知ってるけどお……」


川 ゚ -゚)「電話を貸してくれ。これが最後のチャンスなんだ」




54 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:21:34.64 ID:EiqcILOK0




(´<_` )「……で、何がわかったんだ?」

二人しかいない美術室。私の向かい側で弟者はそう問いかけて来た。
電話をかけて数分もせずにここへ来た弟者は、嫌な顔一つせずに私の前に現れた。
明日にはもうここを発つというのに、弟者は最後まで私のわがままを聞いてくれた。

川 ゚ -゚)「楽しむ事、さ」

(´<_` )「楽しむ事、か」

川 ゚ -゚)「私はずっと考えていた。どうすれば被写体と画面が一致するような絵が描けるかと。
     それを追い求めるあまり、絵を描く楽しさというのを忘れて一生懸命になっていたんだ」

ブーンが言ったあの言葉。私はその言葉を聞いて、足りなかったものが何かわかったのだ。
一生懸命になりすぎた。頑張るあまり、形だけの絵になりつつあった。
簡単な事だけど忘れてしまう、大切な事。

(´<_` )「内藤に感謝しないとな」

川 ゚ -゚)「ああ、今度あいつの好きなパフェでも奢ってやろうと思う」

お邪魔になるから、何て言って帰ってしまった友人達。
感謝しても仕切れないくらい、今回の件について二人には世話になってしまったと思う。





55 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:24:36.54 ID:EiqcILOK0

(´<_` )「それにしても、俺こんなゆったりした格好でいいのか?」

川 ゚ -゚)「構わん。動きたければ好きに動け」

正面に座っている弟者は、机に肘を着いて私を見ている。

私の手にあるのは一本の鉛筆と、いつもより小さな紙。
ポーズ指定をせずに好きにして良いと言った結果
私達は机を挟んで向かい合わせに座る事になった。

川 ゚ -゚)「うむ、イケメンだぞ弟者。今日ならイケメンに描く事が出来る」

(´<_` )「つまりいつもイケメンじゃなく描いていたって事か」

川 ゚ -゚)「そもそもいつものお前はイケメンでもなんでもない普通の野郎だからな」

(´<_` )「ひでぇ」

弟者が笑う。細い目が更に細くなり、えくぼが出て優しそうな顔をした。
今の顔、好きかもしれん。

描いている途中だった表情の部分に、脳裏に焼き付けた笑顔を描き写して行く。
いつもなら絶対こんな事しない。けれど今日は、好きな弟者を描いていきたいんだ。





56 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:26:51.41 ID:EiqcILOK0

(´<_` )「今日は随分おしゃべりなんだな」

川 ゚ -゚)「そうか?」

(´<_` )「いつもは絶対に話さないだろう。最初の頃はあまりに黙っていて、びっくりした」

川 ゚ -゚)「集中すると周りが見えなくなるからだ」

(´<_` )「ふーん」

川 ゚ -゚)「そう言えば弟者、お前は何故私のモデルになろうと思ったんだ?」

(´<_` )「んー。単純に興味があったからってのもあるけど……」

けど。その言葉の続きを言う前に、弟者は今までに見た事のないような顔をした。
恥ずかしいような、照れているような、曖昧な表情。
夕焼けのに照らされているだけだろうか、頬が赤みを帯びているような気がした。

(´<_` )「お前の絵を描く姿が好きだったからだ」

川 ゚ -゚)「姿、か?」

(´<_` )「ああ。真剣に見つめる目や描き上げるというという情熱。それに惹かれたんだ。
      まあ、今思えば一目惚れだったかも知れないがな」





57 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:29:09.19 ID:EiqcILOK0

予想外の言葉に、こちらまで緊張してしまう。
胸の心拍数があがる。頬の熱が上昇しているのが分かる。
これは気のせいだ。きっと夏の暑さのせいだ。そうに違いないのだ。

(´<_` )「照れてるのか?」

川 ゚ -゚)「私が照れるような性格だと思うか?」

(´<_` )「見せないだけで、結構照れていると思う」

図星。私は何も言えずに俯き、描く事に集中した。
信じたくないが、もしかすると私は知らないだけで、目を伏せていただけで、弟者の事を。

川 ゚ -゚)(本当に、好き、なのかもしれん)

嬉しさが溢れてくすぐったい。もっと弟者の事が知りたくて仕方がない。
けれど明日には弟者はここではないどこかへ行ってしまう。
ああ、もう少しこの事実を認める事が早ければ、今とは違う展開になっていたのだろうか。

(´<_` )「照れてるんだろう?」

川 ゚ -゚)「ああ、照れてるぞ」

(´<_` )「可愛くねー。もう少しムキになって違うって言えよ」

川 ゚ -゚)「言い過ぎもよくないと思うがな」





58 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:32:55.65 ID:EiqcILOK0

描き始めて二時間。私は筆を手に取り、塗り始めて行く。
外は薄暗くなり、夜を知らせる風が私の髪を揺らす。

一度も手を休めずに描き続けている私は、視覚だけでなく直感も含めて色を塗って行く。
視覚の弟者の色、私の思う弟者の色。
現実ではありえそうでありえない。そんな多数の色が紙の上に乗っている。

(´<_` )「少し休んだらどうだ?」

川 ゚ -゚)「いい。描かせてくれ」

(´<_` )「無理はするなよ」

時間がない。
弟者は大丈夫と言ってくれているが、実際はもう家に帰らないといけないだろう。
逸る心を抑えながら、思うがままに色を塗る。
次第に会話もなくなり、ぽっかりと開いた空間に、私は自らの思いを打ち明けた。

川 ゚ -゚)「弟者、私はお前が好きだ」

(´<_` )「……それは、告白ととっていいのか?」

川 ゚ -゚)「どっちもだ。私はお前の事が好きだ。
     人として、モデルとして、女として、好きだ」

本当のところはどうか、未だに分かっていない。
けれど私は弟者の事が好きだ。胸を張って言ってやってもいい。なんせ本当の事だからだ。
弟者は返答に迷いながらも、ありがとうと返す。
そのありがとうの意味は、私には読む事が出来なかった。




59 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:35:20.64 ID:EiqcILOK0

色を混ぜる。綺麗な緑色だ。
新しく生まれた緑の上に緑を乗せ、そこから別の緑が生まれる。
この色に名前を付けるなら弟者がいいだろう。
そう思うくらい、奴に似合っている色をしていた。

(´<_` )「……何というか、今になって互いにこういう事を言うのもおかしなものだな」

川 ゚ -゚)「いいんじゃないか。それもまた一つの形だ」

恋人同士とは違う、絵描きとモデルの関係。
けれど私たちはその関係をも超えたものになろうとして、潰えた。
だが悪くない。仮に恋愛感情で結ばれたとしても、どうなるか想像できないからだ。
想像できない事ほど怖い物はない。
自分勝手だが、そう言う意味ではここで終わって正解のような気もするんだ。

時計の針が進む。秒針が一周、二週、また一周。
秒針が進むたびに短針も進み、遅れて長身も時計版の上を歩いて行く。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。
目の前の弟者を描きながら、私は何度もそんな事を考えていた。





60 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:37:15.82 ID:EiqcILOK0

けれど時は流れる。それと共に私の絵も完成する。
制作時間約六時間。過去最速の記録だ。

川 ゚ -゚)「……出来た」

絵画の弟者は淡い緑色の空間に存在し、楽しそうに笑っている。
全てを忠実に描く私が普段絶対描かない絵が、そこにはあった。

短時間で描いたせいか、線は雑で荒く、とても見れた物じゃない。
しかし私はこの絵に満足していた。描きたい物を描き、絵に全力を注いだ。
一生懸命に描いた絵とは違う。どこか清々しい気分になる絵を描く事が出来た。

(´<_` )「いいな」

川 ゚ -゚)「ああ」

(´<_` )「凄く、楽しそうだ」

川 ゚ -゚)「私も、自分でそう思う」

(´<_` )「……いいな」

もう一度弟者が呟く。穏やかに、嬉しそうに笑っている。
そうだ。私はその顔が見たくて、この絵を描いていた。
弟者のその顔を見れただけで私は大満足だ。





61 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 00:40:04.91 ID:EiqcILOK0

手に持っていた絵を弟者に渡す。
弟者は首を傾げながらも、渡された絵を受け取った。
今日弟者と会う前からずっと考えていた事を言う為に、私は弟者の顔をしっかりと見据えた。

川 ゚ -゚)「弟者、約束してくれ」

(´<_` )「何をだ」

川 ゚ -゚)「その絵をくれてやる。次に会う時まで、持っていて欲しい」

(´<_` )「万が一何らかの原因で紛失した場合は」

川 ゚ -゚)「殴る」

(´<_` )「怖ぇ」

わざとらしく震えながら、弟者は私の描いた絵をもう一度眺める。
まるで宝物を与えてもらった子供のように、大切に絵を抱えていた。





67 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 01:07:42.59 ID:EiqcILOK0

川 ゚ -゚)「私は次にお前に会う時まで腕を磨く。
     それまで、この絵を預かって欲しい」

(´<_` )「もしこれが最後の別れになったとしてもか?」

川 ゚ -゚)「最後なんてないさ。いつかまたどこかで会えるように、この絵を渡すんだ。
     これさえあれば、お互い大人になって何もかもが変わってもすぐに分かるし、思い出せるだろう」

(´<_` )「世の中そう、うまく行くものかね」

川 ゚ -゚)「行くさ。私がお前に会えたように、縁があれば必ずどこかで会える」

確証はない。確信もない。けれど一度出会えたんだ。二度目だって存在するはずだ。
神など信じた事はないが、私は自分の考えだけを信じてそう言い切った。
弟者は、揺らぎない私の言葉に驚いた顔をしながらも、そうだなと返してくれた。

(´<_` )「運命だとかそういうのはあまり信じない質なんだがな。
      何故だろう、お前が言うと本当に叶いそうな気がする」

そう言うと弟者は絵を一度置き、私に向かって手を差し出して来た。
握手をしようという意味なのだろう。私は何も言わずに、弟者の手を握りしめた。

(´<_` )「ありがとう。嬉しいよ」

弟者が笑う。私も笑う。言葉はない。ただ意思の疎通だけで済む会話を私たちは交わした。
握り閉めた手を離そうとしたが、弟者はその手を離さなかった。
何故だろう。そう思った時には、私の腕は弟者に引っ張られていた。





68 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 01:13:32.90 ID:EiqcILOK0

前に引き寄せられた身体は弟者の胸に収まった。
一枚の布越しに感じる弟者の肌は私のそれと違い固く、男らしいという言葉が似合っていた。
唐突な事で戸惑っている間にも、弟者の腕は私の身体を抱きしめ、更に身体が密着した。
胸に顔を押し付けられる。聞こえて来る心臓の音は私だけのものではなかった。

「クー」

弟者が私を呼ぶ。震えている声だ。
泣いているのではない。緊張で上擦っている声だった。

胸がまた苦しくなる。息苦しくてたまらない。
どうすればいいのかわからない私は、ただ黙って弟者に抱かれていた。

ふと、耳元に気配を感じる。
顔を胸に埋められてはっきりとは分からないが、弟者の顔が私のすぐ近くまで来ている。
下唇を噛み、向こうの反応を待つ。
何をされるのかと思い、私は知らず知らずのうちに身構えていた。
しかし私の考えに反して弟者は何もせず、消え入りそうな声で私に囁いてきた。

「ーーーーーー。」

あまりにも一途で、あまりにも一生懸命なその言葉に、私は息を飲んだ。
その言葉に返す為の声が出ない。私は弟者の声に、頷く事しか出来なかった。






70 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 01:17:36.17 ID:EiqcILOK0

弟者が私を抱く腕を緩める。しかし私は自ら抜け出す事もせずに、ただ立っていた。
気まずい空気が流れる。私も弟者も、気のせいでもなんでもなく顔が赤い。
最後だというのになんて事をしてくれる奴だろう。
けれど、その言葉すらも喉を通らなかった。

(´<_`;)「じ、じゃあ俺、帰る」

川 ゚ -゚)「あ、ああ」

(´<_`;)「絵、ありがとうな。うん、それじゃあまた、な」

身支度を整えた弟者は慌てたように弟者は教室を出て行き
そのまま薄暗い廊下の先にある闇に、溶けた。

一人残された私は緊張の糸が切れたのか、その場に座り込んでしまった。
頬に触れる。夏の夜が支配する、生暖かい空気よりも熱い。

最後の別れにしては随分と間抜けだ。
もう少し、感動的な物だと思っていたのに、弟者の奴がものの見事に壊して行ってしまった。






71 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 01:20:48.35 ID:EiqcILOK0

溜め息を吐く。弟者がいなくなっても、胸は以前苦しいままだった。

川  - )「吃るくらいなら……最初からしなければいいのに…………」

そう呟きながらも、どこかで喜んでいる自分がいるのが腹ただしい。
一人きりになって改めて気付かされる。私は弟者に惚れていた事を。
それも、重症なくらいに。

川  - )「……おとじゃ」

呟いたって声は返ってこない。そんな事は分かっている。
分かっていても、呟かずにはいられなかった。

不思議な事に涙は出ない。これが永遠の別れじゃないと信じているからだ。
奴だって言っただろう。また、と。
だから私もまた会う事に掛ける。確立が低くても、会える事を信じながら。











72 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 01:23:47.60 ID:EiqcILOK0

次の日。弟者はここを発った。
見送りには行かなかった。行けば、堪えきれないような気がしたからだ。
ツンとブーンは最後まで私の心配をしてくれていたが、私は二人に大丈夫と笑って返した。
二人から見ても、大丈夫に見えたんだろう。安心したような顔で二人は笑ってくれた。

それから私は高校を卒業し、ごく普通の大学を卒業して、社会人になった。
その間も、絵を描くのは止めずにずっと続けていた。
描くのは相変わらず人物画。ツンやブーン、他の友人にもモデルを頼んで沢山の絵を描いて来た。

社会人として仕事に追われていたある日、ツンは私の絵を見て、昔と変わったと言った。
弟者が転校してしまった日以降、絵の描き方が変わったように感じる。
自由に、楽しく、けれど一途に描いている。そう言うのだ。
私はツンのその言葉に嬉しく思い、更に絵を描く事に精を出した。

本業の片手間に描く絵はとても楽しく、日々の疲れを癒してくれた。
時折気に入った絵を色んな場に見せては、人からの評価を貰った。
決して有名である訳ではない、どこにでもいる小さな絵描き。
けれど、多数の人が認めてくれれば認めてくれるほど、私の中に少しずつ希望が生まれた。

弟者がに会えるかもしれない。そんな希望だった。





73 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 01:27:47.97 ID:EiqcILOK0

月日が経ち、私は友人からの勧めで個展を出す事になった。
といっても本当に小さなアトリエを借りて、短い期間で公開する小規模な個展だ。
それでもツンやブーンといった気の知れた友人達が駆けつけ、祝ってくれたのは本当に嬉しかった。

川 ゚ -゚)「……さて、そろそろ時間か」

個展最終日。人の入りは片手で数えるほどだったが、その誰もが私の絵を好きと言ってくれた人達だった。
あの学生時分、私がここまで絵に対して熱中するとは思わなかっただろう。
たった一人の男のせいで私は今日まで精進し、このような形で絵を公開出来るまで腕を上げたのだ。

弟者との別れから早十年近く。
あれから音沙汰は一度もない。
当たり前と言えば当たり前だが、少し寂しかった。

川 ゚ -゚)(まあ、広い世界必ずしも巡り会うとは限らないからな)

閉館時間まであと数分。そろそろ片付けを始めようかと思った時に一人の客がやってきた。





74 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 01:31:57.48 ID:EiqcILOK0

男は目深に帽子を被り、私の姿を見るなりそのまま立ち尽くしていた。
一体どうしたのだろうか。疑問に思った私は立ったまま私を見ている男に声を掛けた。

川 ゚ -゚)「あの、大丈夫ですか?」

私の言葉に男の人は我に返り、大丈夫だと返した。
次いで慌てたように腕時計を見ると、まだ時間はあるかと私に聞いて尋ねる。

川 ゚ -゚)「ええ、大丈夫ですよ。どうぞごゆっくりご覧下さい」

愛想のいい笑みを浮かべて、男から少し離れた場所へと移動した。

男は飾られている絵を一枚一枚、真剣に見ながら歩みを進めて行く。
その手には額縁のような何かを大切そうに抱えており、時折後ろにいる私の方をちらちらと見て来た。
不審に思いながらも私は気にしていないふりをし、男が絵を見終えるのを待っていた。






75 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 01:35:59.71 ID:EiqcILOK0

随分綺麗な絵ですね。
ありとあらゆる緑色を使った絵を見ながら、何の前触れもなく男はそう言った。

川 ゚ -゚)「ありがとうございます。その絵は私の中でもお気に入りなんですよ」

お気に入り? 男は不思議そうに言葉を返す。

川 ゚ -゚)「ええ。昔モデルをしてくれた男性がいて、彼を思って描いたのです。
     彼は緑色がとても似合う人で、彼に似合う緑を紙に乗せたんです」

今はもう鮮明に思い出せない、記憶の弟者。
あの柔らかい笑みが好きで、それを思い出しながら描いたのがその絵。
まるであの頃の、最後に弟者を描いていた時の感覚を思い出し
一人幸せな気分に浸った物だ。

男は私の話を聞くと、そうかと呟き、こんな話をした。
昔、自分自身もある女性のモデルをしていた事を。
気付かぬうちに女性に恋をしてしまい、明確な告白も出来ずに別れてしまった事を。
そして、今も尚その女性を想い、捜している事を。

その話に私は共感を覚えられずにはいられなかった。
男の隣に立ち、弟者の絵を見ながら呟く。

川 ゚ -゚)「また会えるといいですね、その女性に」

私の言葉に男は、そうですねと返した。






76 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 01:39:21.44 ID:EiqcILOK0

しかしもう会えた。会えたのです。
男は同意の言葉に、更にこう続けた。

川 ゚ -゚)「そうなんですか?」

脈絡のない事を言う人だ。私はそんな事を思いながら隣の男の顔を横目で見た。
目が合い、男は笑い、私は絶句した。
それと同時に、男の言葉の意味を理解したのだ。

目深に被った帽子を男は取る。
はっきりと見えたその顔は十数年振りで随分変わっていたが、雰囲気はあの頃のままだった。

(´<_` )「案外分からないものだな、クー」

気付いていなかった私に対し、男、いや、弟者は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
本来ならばその顔に対して一言文句でも言ってやりたいところだが、言いたい事が多すぎてまとまらない。
何も言えずにいる私の髪を弟者の手が撫で、さらさらと髪が弟者の指を通り抜けて行った。





78 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 01:44:05.12 ID:EiqcILOK0

(´<_` )「変わったな、お互い」

川 ゚ -゚)「ああ……」

(´<_` )「ビックリしたよ。まさか個展なんて開いてるとは思わなかった」

川 ゚ -゚)「そうか……」

(´<_` )「……凄く、綺麗になったな」

川 ゚ -゚)「それは絵か、それとも私か」

(´<_` )「両方だ」

真面目な顔をしてそう言った弟者は、手に持っていた額縁らしき物を私に渡して来た。

(´<_` )「約束、果たしに来た」

その言葉が何を意味しているのか理解した私は
すぐさまそれを纏っている布を捲り、額縁を取り出した。

額縁に嵌められている絵はあの日渡した、最後に描いた弟者の絵だった。
十年以上も経ち、痛みがあるが、それでもあの頃ののまま色褪せずにいる。

川 ゚ -゚)「……本当に覚えているとは思わなかった」

(´<_` )「俺も、お前が未だに俺を忘れていなかったとは思わなかった」





116 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 08:00:30.55 ID:EiqcILOK0

会話が途切れる。数年のも月日は私たちの間に壁を作り、容易には壊せないものになっていた。
再び会えたならこんな事を聞こう。こんな事を話そう。
長い間考えていた話題はすぐに思い出せず、頭の中が真っ白になっていた。

真っ白になりつつある中、私は今と同じくらい何も考えられなくなったあの日の事を思い出した。

川 ゚ -゚)「約束と言えば」

(´<_` )「?」

川 ゚ -゚)「あの最後に弟者が私を抱きしめたやつ。あれは衝撃的だったな」

(´<_`;)「! いや、あれは……」

川 ゚ー゚)「何事かと思えば、あの言葉を言うだけの為にわざわざ抱きしめたんだろう?」

(´<_`;)「いや、そうと言えばそうだし、違うと言えば違うし……」

しどろもどろになる弟者が面白い。
壊せないと思っていた壁は、意外にも脆く崩れた。

あの日何も言えず、ただ黙っていただけの私だったが今は違う。
あの時とは全く逆転した位置関係になり、私は頬の緩みを隠せなかった。





118 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 08:04:33.33 ID:EiqcILOK0

川 ゚ -゚)「さて弟者、時間はあるか?」

(´<_` )「? ああ、あるっちゃあるが……どうしたんだ」

川 ゚ -゚)「もうすぐ閉めるから、その後にでもお前の絵を描こうと思ってな」

思い出すのは胸の苦しみ。
あれから十数年、あれほどの苦しみを感じた事は二度となかった。
ただひたすらに一途で、ただひたすらに懸命なあの声が、私の中に今も色褪せず残っている。
弟者が、私の絵を大切にしてくれたように。

ーーーーまた、俺の絵を描いてくれ。

川 ゚ -゚)「約束、だろう?」

見上げて微笑むと、弟者は困ったように笑いながら私の頭を撫でる。

(´<_` )「……お前には、本当敵わないよ」






119 名前: ◆zAvQejmcVY :2009/08/25(火) 08:07:30.81 ID:EiqcILOK0

アトリエを閉めて、奥の部屋に二人きり。
手には筆。前にはキャンパス。被写体は弟者。関係はモデルと絵描き。

(´<_` )「さて、随分と久しぶりだがどんなポーズをとればいい?」

川 ゚ -゚)「指定はない。好きにしろ」

(´<_` )「好きにしろって案外一番難しいんだよな……。普通に座っていてもいいか?」

川 ゚ -゚)「捻りのない男め」

(´<_` )「褒め言葉どーも」

けれど、もしかしたらこの関係は解消されるのかもしれない。

(´<_` )「なあクー」

川 ゚ -゚)「何用だ」

(´<_` )「描き終わったら飯食いにいこうぜ」

川 ゚ -゚)「全額弟者持ちな」

(´<_` )「だが断る」

私の恋は、今再び新たな色を作り始めているのだからな。







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