モルヒネ・シティーのようです
3 名前:*:2009/08/22(土) 22:06:52.67 ID:GAZpwKR+0
『十二才の時のような友達はもう二度できない、もう二度と』


これは僕が子どものころ、夢中で読んだ小説の一文だ。
当時はまだ、その意味は分からなかったが、なぜか強く印象に残っていた。

そして最近になって、それまで理解できなかったその意味が分かるようになった。
成長するにつれて、そういう機微が理解できるようになったからだろう。


逆にあのころ、確かにあった感覚は、大きくになるにつれて分からなくなってしまった。
まるで鎮痛薬によって、少しずつ痛覚が鈍っていくように。

僕は成長と引き換えに、昔の感覚を喪失したものだと考えていた。
そしてそれが大人になった証拠だと、勝手に解釈し納得していた。




4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/22(土) 22:09:16.13 ID:GAZpwKR+0
(´・ω・`)

僕はかの名作の主人公のように、小説を書き、その印税で暮らしていた。
お世辞にも有名とはいえなかったが、贅沢しなければ生活できる程度の収入があった。

文を書くことがとても好きで、それがまさに僕の天職だと思っていた。


しかしここ数ヶ月、ひどいスランプに見舞われ、短編一つ書けなくなってしまっていた。
焦り、なんとか話を生み出そうとしても、筆は少しも進まなかった。

何のために文章を書いているのか。

寝ても覚めても、そんなことばかり考えていた。
そうして気付いた時は完全に、抜け出せない悪循環に陥っていた。




5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/22(土) 22:11:09.30 ID:GAZpwKR+0
そんな苦しい日々を送る中で、僕は懐かしい夢を見た。
幼い自分が二人の親友と共に、華やかな街を歩いている夢だった。


 夢の中の幼い僕は、楽しげに笑っていた。
 不安や焦燥、そんな一切のマイナスの感情を見せることなく。


そんな幼い自分を見ている内に、僕は大事なあることを思い出した。
それは遠い昔、親友達と交わした約束だった。




8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/22(土) 22:14:15.34 ID:GAZpwKR+0
……夢から覚めた時、不思議と気分が高揚していて、 体中の血が騒いでいた。

意識がはっきりしてから、僕は弾かれるように飛び起き、導かれるように筆をとった。
すると、今までの不調が嘘のように筆が進み、昼になるまでに自伝的な短編が一つ完成した。

それがきっかけで、僕はスランプからなんとか立ち直ることができた。
何のために作品を書いていたのか。それがようやく理解できたからだろう。

今だに作家を続けていられるのも、約束を思い出させてくれたのも。
それはすべて、あの夢のおかげだ。




9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/22(土) 22:17:13.35 ID:GAZpwKR+0
そして、その時生まれた短編がこの物語だ。
この話は僕が親友と出会い、共に地下都市を ”冒険”する、それだけの話だ。



モルヒネ・シティーのようです

http://imepita.jp/20090822/522350




11 名前:12:2009/08/22(土) 22:21:17.51 ID:GAZpwKR+0
......
生まれてから十八歳になるまで、倦怠感に包まれた街に暮らしていた。
自然破壊が進み、治安が悪く、ひどくすさんだ街だった。

そこら中に失業者があふれ、頭の悪い若者が群れて犯罪行為を繰り返した。
街の警察や消防はまともに機能しておらず、ほとんど無法地帯に近かった。


だが、この街がどれほど荒れ果てようとも、再建を考える者はあまり居なかった。
ほとんどの人がそのようなことを考えることもなく、ただぼんやりと生きていた。

そんなこの街の人々は、生きるライセンスを剥奪された者のように見えた。
あるいは、生まれつきそんな資格を持っていなかったのかもしれない。


そんなろくでもない街だが、しかし僕はそこを気に入っていた。




14 名前:12:2009/08/22(土) 22:24:42.00 ID:GAZpwKR+0
その街に正式な名前は無かった。
そのため、それぞれの人がそれぞれの名前を、街に与えていた。

僕えあはその退廃し、狂った街を、モルヒネ・シティーと呼んでいた。
全身に麻酔を投与したかのような奇妙な感覚に、誰もがとらわれてしまう街だったからだ。

自分達がこの街から抜け出せないのは、その中毒性に一種の心地よさを感じていたからだろう。
その証拠に、この街で生まれた多くの者は一生をここで過ごし、そして死んでいった。


僕は将来を考えるにはあまりにも若すぎたし、もともとそういう意識も低かった。
だからなんとなく、この街に居続けるのではないだろうかと思っていた。


僕はその時、十二歳だった。




16 名前:12:2009/08/22(土) 22:28:03.18 ID:GAZpwKR+0
僕はそのころ、暇さえあれば友人達と街を歩き回っていた。
特に当てもなく、ただひたすらと歩き続けるのだ。不毛な行動だという自覚はあった。

しかし、ここ界隈には気のきいた娯楽施設が一つも無かった。
まともな建物は、公民館、図書館、博物館くらいのものだった。


歩くにも飽きた時は、僕は小説を書いた。架空の主人公が、前人未到の地を旅するような。
そしてそれを仲間に見せては、彼らのリアクションを楽しんだ。




19 名前:12:2009/08/22(土) 22:30:57.91 ID:GAZpwKR+0
(,,゚Д゚) 「なるほど、分かったぞ」

(,,゚Д゚) 「この小説のモデルは、未来の俺だな」

(´・ω・`) 「君にしては面白いジョークだ」


彼はそんな読者の一人で、名前はギコといった。
この街では珍しく、活動的で野心と希望を持って生きていた。

僕はそんな彼に一目置いていたし、彼も同様に僕を認めてくれていた。




21 名前:12:2009/08/22(土) 22:33:14.50 ID:GAZpwKR+0
娯楽がない代わりに、僕は仲間達の行動を観察することを楽しんだ。
その突拍子も無い挙動は、とても愉快で滑稽だった。


―ある者は猫の尾をつかみ、ある者は電柱を人と錯覚し会話を試みていた

  そしてまたある者は、固まっていないセメントを執拗に踏みつけていた―


彼らのその挙動は、本当の意味での中毒者を彷彿とさせた。
もしかすると僕も、そう見えたのかもしれない。




24 名前:12:2009/08/22(土) 22:36:57.40 ID:GAZpwKR+0
( ・∀・)


仲間の中で、もっともユニークなのがモララーだった。
彼は独自の情報網を持っていて、僕達にいつも新鮮なネタを提供してくれた。

モララーのジョークに、僕はなんど腹をよじらせたことか。
そして意外と友人想いな性格な彼もまた、僕にとって大事な親友だった。


……そのほかにも何人かの友人が僕にはいた。
しかし、本当の親友と呼べるのはギコとモララー、その二人だけだった。

そしてこの話の主人公は、僕達三人だ。




26 名前:12:2009/08/22(土) 22:40:14.72 ID:GAZpwKR+0
......
ある夏の日のことだ。
その日もいつものように、モララーが最新のニュースを僕らに伝えてくれた。


( ・∀・) 「おい、聞いたか」

( ・∀・) 「また自殺者が出たぞ」


―その年、モルヒネ・シティーでは自殺者が多発していた
 一週間に一人のペースで自殺者が出ていたと、当時の新聞は伝えている

 人口が二万人ほどの街で、その頻度はいささか高すぎるように思えた―




28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/22(土) 22:43:39.18 ID:GAZpwKR+0
(´・ω・`) 「どこで?」

( ・∀・) 「図書館裏手の公園だ」

(,,゚Д゚) 「どうする、暇だし見に行くか」

( ・∀・) 「ついでに俺の家で飯食べていけよ」

(´・ω・`) 「悪くない提案だ」

( ・∀・) 「決まりだな」


そんな具合なものだから、僕達にとって死とは特別なものではなかった。
”死体探しの旅” に出るまでもなく、街を注意深く探せば、死体を見つけることができた。




30 名前:12:2009/08/22(土) 22:46:12.73 ID:GAZpwKR+0
( ・∀・) 「あれ、もう処理されてるみたいだぞ」

(,,゚Д゚) 「死体の処分だけは手馴れたものだな、警察共も」


(´・ω・`) 「暇になったな、どうする?」

( ・∀・) 「図書館でお勉強するか?」

(,,゚Д゚) 「そのジョーク、気に入ったぜ」


このように僕達はこの街で、日々楽しく過ごしていた。
……この街と、地下都市だけが、小さい僕達の世界のすべてだった。




31 名前:12:2009/08/22(土) 22:49:26.36 ID:GAZpwKR+0
......
……もう一つの街について述べる。

モルヒネ・シティーの真下には、地下都市が存在した。
そこは上品な人々が暮らす街で、長く大層な名があった。


しかし僕らはその街を勝手に、シナノン・シティーと呼んでいた。
とある映画の麻薬療養所から拝借した名前だ。

というのも、モルヒネからシナノンに移住する者は、少ないながらも存在した。
そしてその様子がまるで、更生するために施設に向かう中毒者を思わせたからだ。




33 名前:12:2009/08/22(土) 22:52:47.07 ID:GAZpwKR+0
シナノン・シティーの様相は、おもに噂によって知ることができた。
それによればシナノンはとても広大で、綺麗で、洗練された街、ということだ。

しかし、具体的な情報についてはほとんど知ることが出来なかった。
シナノンからこの街に来る者がほとんど居らず、それに関する本も少なかったからだ。


だから僕達はしばしば、そこについて語り合った。
知らない場所について語ることは、とても面白く、悪くない暇つぶしだった




34 名前:12:2009/08/22(土) 22:55:34.59 ID:GAZpwKR+0
(´・ω・`) 「シナノンってどんな感じなんだろうな」

(,,゚Д゚) 「行ったことないが、いい感じなんだろう」

( ・∀・) 「美女がたくさんいて、それはもういいとこさ」

(,,゚Д゚) 「へえ」

(´・ω・`) 「悪くない」


僕はシナノンに、いつか三人で行ってみたいと強く願っていた。
同時に、子どもだけで知らない街に行くのは、危険な行為だということも自覚していた。

もう少し大きくなったら。僕はそう心に決め、来る日を待ちわびていた。




36 名前:12:2009/08/22(土) 22:59:26.54 ID:GAZpwKR+0
そんな僕達だが、ごくまれにひどく真剣な話をする時があった。
例えば進学についてだとか、生と死についてだとかだ。


(,,゚Д゚) 「大人になるってどういうことだろうな」

( ・∀・) 「よく分からないな」


(´・ω・`) 「きっと、痛みを忘れるってことさ」

( ・∀・) 「麻酔のように?」

(´・ω・`) 「そう、麻酔のように」

(,,゚Д゚) 「なるほどな」




37 名前:12:2009/08/22(土) 23:01:12.75 ID:GAZpwKR+0
そしてまじめな話をしたあとは、かならず僕達は何か飲み物を飲んだ。
それは、そんな話に付きまとう気恥ずかしさを、振り払うための儀式のようなものだった。

 
(,,゚Д゚) 「コーヒーうまいな」

(´・ω・`) 「大人の味だね」

( ・∀・) 「缶コーヒーは裏切らない」

(,,゚Д゚) 「そのとおりだ」




39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/22(土) 23:05:03.93 ID:GAZpwKR+0
……綺麗な街と死んだ街の違い。
それはいろいろ挙げられるだろうが、特に顕著なのがそこに住まう者の死生観だろう。

前者はみな神を信じ、教会や神職者が存在し、誰もが天上の理想郷を想像していた。
後者はまったくの無神論者の集まりで、死後の世界を考える者は皆無といえた。


僕らはモルヒネの住民らしく、死後を信じることはしなかった。
きっと骨になって、塵になって、土になる。死とはそういうことだ。


シナノンでは死者が出るたびに、おごそかにそれを弔う。
そんな話を聞いた時、僕らはそれを信じることができなかった。

死を美化にすることに何の意味があるのか。僕達は真剣に、そう思っていたのだ。




40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/22(土) 23:08:19.81 ID:GAZpwKR+0
人の死に関してであるが、モルヒネでは死人が出た時、ブルースを歌うならわしがあった。
決して死者を弔うわけではなく、単なる慣習だったが。

死体を見つける、それを囲む、歌う、解散。
これがそのならわしの典型パターンで、街のいたるところで行われた。


しかし僕らは、一度たりともその行事には加わらなかった。
退屈しのぎにもならない、ひどくつまらない行為に過ぎないと思っていたからだ。




43 名前:12:2009/08/22(土) 23:11:09.94 ID:GAZpwKR+0
......
年の瀬が迫ったある日のこと。その日、街全体に深い霧が発生していた。
霧が発生したことに気付いた僕らは、急いで近くの建物に逃げ込んでいた。

モルヒネ・シティーは時おり、こんな具合に霧に包まれることがあったのだ。
しかもそれはただの霧ではなく有害で、人体に著しい悪影響を及ぼし、自然を破壊しつくした。


しかしその対策として、この街に特別な施設が作られることはなかった。
ある者はレインコートを着て、ある者は家にこもって、それに対応した。

それが街に広がった時のその静けさは、なぜだか僕らを奇妙な気持ちにさせた。
まるで忘れ去られた森の奥で、じっと死を待つ少年のような気持ちになっていたのだ。




44 名前:12:2009/08/22(土) 23:14:35.59 ID:GAZpwKR+0
(,,゚Д゚) 「どれ、もう霧は止んだようだな」

(´・ω・`) 「やれやれ」

( ・∀・) 「おいギコ、服ちょっと溶けてるぞ」

(,,゚Д゚) 「まいったな、また叱られちまう」


しかし思い返せば、僕達はそんな逆境を楽しんでいたように思える。
きっと三人ならどこへでも行けるとさえ、思っていた。

そして、自分達に不可能など無いと、強く信じ込んでいたのだ。




45 名前:10:2009/08/22(土) 23:17:35.22 ID:GAZpwKR+0
......
……ギコやモララーと知り合う前の話をする。
僕が十才のときの話だ。

そのころ、モルヒネ・シティーから西へ十キロの場所に、ものすごい豪邸が存在した。
大変な富豪がその辺り一帯を買い、家を建て、たった一人でそこに暮らしていたのだ。

その歳は七十を越えているらしく、この界隈では一番の年寄りだった。
平均寿命が五十に満たなかったその街では、飛びぬけての長寿だったのだ。

―莫大な財産を持つ彼がなぜ、人目を避けて暮らしをしているのか。
  疑問に思い、いつかその理由を聞こうと思っていたが、結局それは分からずじまいだった―




49 名前:10:2009/08/22(土) 23:21:42.90 ID:GAZpwKR+0
彼はとても偏屈な人間という噂であったが、しかし子ども達にはすこぶる優しかった。
遊びに行けば必ず、上品な黒い飲み物をご馳走してくれた。

それはコーヒーという苦い飲み物らしく、海よりさらに黒色で、始めは不気味に思った。
しかし、白い粉を入れるとそれは不思議と甘くなり、僕らは何杯もそれをおかわりした。

ほかにも甘いクッキーや、上質なハーブティーなどもご馳走になった。
僕らは当然彼になついて、頻繁に彼のところへ遊びに行った。


いつしか彼の家は、最高の遊び場となっていた。




51 名前:10:2009/08/22(土) 23:24:44.14 ID:GAZpwKR+0
その富豪の名はドクオといった。
まるでかぼちゃのように、その肌にはたくさんのしわが刻まれていた。

彼はいつも、僕らが生まれるずっと昔の話をしてくれた。
その中で一番記憶に残っているのは、昔のモルヒネ・シティーの様子についてだ。

その話によると五十年ほど前、モルヒネ・シティーは緑豊かな美しい街だったらしい。
しかし、時代が進むにつれ土地が枯れ始め、今のような状況になってしまったという。

街の昔話をする時、ドクオはひどく悲しそうな顔をした。
それは、必死に僕達に何かを語りかけようとしているように見えたた。


僕はすぐには、その話を信じることはできなかった。
だが、真剣な彼の姿勢を見る限り、それは真実なのだろうと思うようになった。




55 名前:10:2009/08/22(土) 23:29:11.50 ID:GAZpwKR+0
ところでドクオは若いころ、シナノン・シティーに住んでいたことがあったという。
そんな彼の話から、僕はその街についての断片的な知識を得ることができた。

―彼の語るその街の話は、僕の好奇心を大いにくすぐる内容だった―


……ドクオはたくさんの子どもの中でも、特に僕を気に入ってくれていた。
ときおり、僕を特別に自室に招いては、さまざまな難しい話を聞かせてくれた。

例えば、死生観についてであったり、人種の違いについてなどを。

そのころ、僕はまだまだ幼かったから、それはほとんど理解できなかった。
しかしそれは、ドクオが本当に伝えたかったことなのだろう。




56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/22(土) 23:34:39.80 ID:GAZpwKR+0
しかし、その約束は果たされなかった。

ある日、ドクオの家を訪ねたところ、彼は死んでいた。
いつものように安楽椅子に座り、優しい笑みを浮かべたまま、事切れていた。

―あとで聞いた話だが、彼はかなりの難病を患っていたという
  高齢も合わさって、いつ死んでもおかしくない状態だったのだ―


僕はそのころから、すでに死体を見ることには慣れていた。
しかし僕は始めて、人の死、つまりドクオの死に際してひどく動揺した。

人の死を惜しんだのも、その時が初めてだった。
そしてそれが、シナノンに興味を抱くきっかけともなった。




58 名前:*:2009/08/22(土) 23:39:08.99 ID:GAZpwKR+0
それから時は流れ、僕はギコとモララーに出会った。

そして彼らと過ごす内に僕は三人で、シナノンに行きたいと願うようになった。


大人の手を借りず、自分達の力だけで。




59 名前:15:2009/08/22(土) 23:42:27.19 ID:GAZpwKR+0
時間は少し進んで、僕が十五歳になった日の話だ。
その日僕は親友達に、数年間暖めていたある計画を話した。


(´・ω・`) 「シナノンへ行こう」

(´・ω・`) 「明日の夜、出発だ」

( ・∀・) 「ほう」

(,,゚Д゚) 「何をするために?」


(´・ω・`) 「確かめにいくんだ」


二人はしばらく顔を見合わせ、それから僕のほうを見た。

それからしばらく経って、目の前の二つの頭がゆっくりと縦に揺れた。




60 名前:15:2009/08/22(土) 23:45:55.27 ID:GAZpwKR+0
……モルヒネ・シティーの夜は、本当に暗かった。
手が届く距離であっても、お互いの顔が分からないほどだった。

理由はここに街灯が無く、ほかの光源も少なかったからだ。
そのうえ月の光は汚れた大気にさえぎられ、ほとんど意味をなさなかった。


だから僕達は、懐中電灯で闇をめくりながら、慎重に歩みを進めた。
頭上にはこうもりが集まり、足元には気味の悪い虫が集まった。

だが不思議なことに、少しの不安を感じることはなかった。
むしろ、心地よい高揚感と強い連帯感をしっかりと感じていた。




61 名前:15:2009/08/22(土) 23:49:59.19 ID:GAZpwKR+0
まず向かったのは、街に一つだけある小さな駅だ。

シナノンに向かうには、地下鉄を利用するのがもっとも手ごろな方法だった。
つまり、それを利用して目的地に向かうという計画だ。

まさか、線路を歩いてシナノンに行くわけにはいかない。
僕達はこういうところで、変に現実的な少年だった。


バーのネオンや、ギャンブルの音や、おいしそうな中華料理の匂い。
道すがら、そんなさまざまな誘惑が僕達を混乱させた。

しかしそんな甘い誘いを振り切り、僕達は駅へ急いだ。
誰も口に出さなかったが、皆同じことを考えていたのだろうと思う。




63 名前:15:2009/08/22(土) 23:52:37.09 ID:GAZpwKR+0
やがて駅に着いた。
そこには少しの人しか居なかったが、なぜか妙に緊張したことを今でも覚えている。

残念なことに、当時の僕らには駅に関する知識はほとんどなかった。
そのため切符の買い方、改札の通り方を、電車への乗り込み方を僕達はいちいち議論した。


僕は駅員に方法をたずねようと提案したが、二人はそれを却下した。
おそらく、田舎者だと思われたくなかったのだろう。

僕はため息をつきながら、彼らと意見をぶつけあった。
少しでも下調べして来ればよかった、とその時は思ったものだ。




65 名前:15:2009/08/22(土) 23:55:24.85 ID:GAZpwKR+0
(,,゚Д゚) 「おい、あのとうせんぼしている機械はなんだ」

( ・∀・) 「あれはカイサツっていうのさ、そんなことも知らないのか」

(´・ω・`) 「じゃあどうやって通るんだ」


( ・∀・) 「知らない」

(´・ω・`) 「馬鹿」

(,,゚Д゚) 「人間に辞表を出してきな」

( ・∀・) 「悪かったな」




67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/22(土) 23:57:22.66 ID:GAZpwKR+0
終始そんな具合だったが、僕達はシナノン行の電車になんとか乗ることができた。
乗った車両にはほかに乗客はおらず、三人の貸し切り状態だった。

しばらく経って、車輪が動き出した時、僕らの意気は最高潮に達した。
僕は床に寝転び、ギコは大声で歌いだし、モララーは吊り輪につかまってふざけた。


その宴は結局、車掌にこっぴどく注意されるまで続いた。
注意されたあとはおとなしく座席に座っていたが、それぞれが顔に笑みを浮かべていた。


……電車はそれから、二十分ほどかけて目的地に到着した。
しかし僕達の感覚では、たったの五分も時間が経過していないように思えた。


子どもにとってそれは、よくあることだろう。




68 名前:15:2009/08/22(土) 23:59:19.71 ID:GAZpwKR+0
それからシナノンの駅に着き、僕達は下車した。
そして駅から出て、街並みを見た瞬間、僕達は固まった。


(´・ω・`) 「……」

( ・∀・) 「……」

(,,゚Д゚) 「……空がある」


そう、驚くべきことに、地下都市には空が存在したのだ。
そしてそれは地上の空よりも青く、澄んでいて、とても美しかった。

ドクオの話になかったそれは、僕達の心を最上級に弾ませた。
なんてすごい場所に来たのだと、僕達は口を揃えた。


―今思えばそれは、天井のスクリーンに映像を投影し、空を作り出していたのだと思う
  しかし、当時の僕らに、そんなことが想像できるはずもなかった―





70 名前:15:2009/08/23(日) 00:04:00.35 ID:niSuQJif0
僕達はしばらく顔を見合わせていたが、やがて感極まり、肩を抱き合って喜びを叫んだ。

街行く人は、怪訝そうに僕らを眺めていたが、そんなことは本当にささいなことだった。


そう、本当にそれはささいなことだったのだ。




72 名前:15:2009/08/23(日) 00:07:26.36 ID:niSuQJif0
……シナノン・シティーは、噂以上に華やかな街だった。

気のきいたコンビニはもちろん、ビル、タワー、そのほか多数の建築物が、整然と建てられていた。
しかも、そのいずれもが洗練された造りであり、一種の芸術性を感じさせるほどだった。


僕にはまるでそれらが、コンクリートでできた森に見えた。


http://imepita.jp/20090822/732510




74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/23(日) 00:11:22.38 ID:niSuQJif0
街は華美なだけではなかった。
すみずみまで気が配られており、道にはゴミ一つ落ちていなかった。

そのうえ、花壇は完璧に手入れされ、空気は清々しいほど澄んでいた。
そして人々はみな、小奇麗な装いをしていて、そんな街を上品に歩いていた。

モララーは上品な歩き方をまねてか、奇妙なステップで街を歩いた。
それを見て僕らは大げさに笑い、それをまねし、また笑った。


そして、すれ違う女性は誰もが美しく垢抜けていて、僕達の心臓を高鳴らした。


( ・∀・) 「おい、あれ見てみろ」

(´・ω・`) 「すごい美人だ」

(,,゚Д゚) 「あんな綺麗な人、見たことないぜ」

( ・∀・) 「どら、俺が前に言ったとおりだ」


―その時の彼の表情は、スナップに収めておきたいほどのいい表情だった―





75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/23(日) 00:14:38.11 ID:niSuQJif0
行進の途中、僕は公園を見つけた。
公園といっても、ちょっとした植物園のような規模だったが。

その時、僕は少し歩き疲れていたので、二人に休むことを提案した。
彼らも同じことを考えていたらしく、それに同意してくれた。


その公園に設けられていたベンチに座って、僕は地図を広げた。
それには名所、ホテル、飲食店などの大まかな位置が記されていた。

僕達は頭をくっつけるようにして、あれやこれやと議論しあった。




77 名前:15:2009/08/23(日) 00:18:13.30 ID:niSuQJif0
( ・∀・) 「だから、ストリップ見に行こうよ」

(,,゚Д゚) 「俺達みたいなガキが入れるわけないだろう」

(´・ω・`) 「警察にばれたら、ただじゃすまない」

( ・∀・) 「警察がなんだ、俺はそんなもんこわくねえ」


(,,゚Д゚) 「馬鹿はほっておこう」

(´・ω・`) 「まったくだ」


そんな感じで、僕達は行きたい場所を決め、そして目的地に向かった。
どこもかしこも、三人の好奇心を大いに刺激する物だらけだった。




78 名前:15:2009/08/23(日) 00:20:53.13 ID:niSuQJif0
そうやって街のあちこちを探検している内に、すっかり日が暮れてしまった。
時間経過に合わせて街は次第に暗くなり、夜になった。

僕とギコは満足げな顔を浮かべていたが、モララーはやや不満そうな顔つきだった。
やはり、さきほどの主張が通らなかったことを根に持っていたのだろう。


( ・∀・) 「おい、満足したかい坊や達」

(,,゚Д゚) 「ああ、そろそろ帰ろうぜ」

(´・ω・`) 「すっかりいい時間になったな」

( ・∀・) 「おいおい、まだお楽しみはこれからだぜ」





79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/23(日) 00:24:48.55 ID:niSuQJif0
僕は迷っていた。

思春期というのもあって、そういうものにとても興味はあった。
しかも、彼の言う記念という響きに、僕はひそかに心が躍らしていたのだ。

しかし、この歳でそういう場に行くのは、犯罪行為だろう。
モルヒネなら問題なかっただろうが、この街ではそうは行かないと思っていたのだ。


―警察はおっかない。でも行きたい。

そういう具合に、僕はいろいろと葛藤していたのだ。

そうやってしばらく悩み、そしてついに僕は結論を出した。


(´・ω・`) 「しょうがない、行こうか」

( ・∀・) 「さすがショボン、話が分かるぜ」

(´・ω・`) 「しかたなくだぞ」


(,,゚Д゚) 「背伸びしてたら大人に見えるかもな」

( ・∀・) 「大丈夫、バレやしないよ」




81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/23(日) 00:28:17.25 ID:niSuQJif0
……モララーを先頭に、路地裏を冒険していた。
さすがにストリップ劇場はなかったが、バーやクラブなどがあった。

といっても僕らの街の路地裏のように、下卑な雰囲気はなく、やはり上品さが漂っていた。
そして、スーツを着た男性や、美しく着飾った女性が、楽しげにその場にとどまっていた。


その内、店の前に立った女性が、僕達を見て秋波を送っていることに気がついた。
僕らはひどく興奮し、顔を赤らめながら彼女の前を通り過ぎた。

―僕らは客引きという行為を知らなかった―

大人の社交場は、僕らをすっかり魅了した。
僕達は調子に乗って、どんどんと路地裏を進んでいった。


そしてふと冷静になった瞬間、気がついた。
すっかり、道に迷ってしまっていることに。




82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/23(日) 00:30:57.34 ID:niSuQJif0
(,,゚Д゚) 「……ここがどこか分かるか」

( ・∀・) 「地図を見てもさっぱりだ」

(´・ω・`) 「……交番に道をたずねよう」

(,,゚Д゚) 「……しかたあるまい」


―それからの帰るまでの顛末は、あまり語りたくない部分だが、記しておく―

その後、僕らを憎き警察が保護してくれ、親切にも駅まで送ってくれた。
そして街に帰った僕達は親にこっぴどく叱られ、頭に三個のたんこぶをプレゼントしてくれた。

しかし僕ら三人は、頭をさすりながらも笑いあっていた。
むしろそれを、勲章のように誇りにすら思っていた。




84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/23(日) 00:33:02.86 ID:niSuQJif0
……モルヒネに帰った次の日、遊び場に行くと、二つの人の円ができていた。
それぞれ円の中心にはギコとモララーがいて、なにやら演説していた。


( ・∀・) 「いいか、電車に乗るにはだな」


(,,゚Д゚) 「どうだ、俺達は警察帰りだぞ」


ギコはパトカーに乗ったことを、他の仲間に自慢していた。
そしてモララーは、電車の乗り方についてレクチャーしていた。

まったく、どこまでもユニークな友人だと思った。
僕もその輪に加わって、野次を飛ばしたりした。


―しかし僕を含めて彼らは、決してシナノンについて語らなかった。
なぜならこの話を僕が小説にするまで、ほかの誰にもそれを話さないと、三人で約束したからだ。


そして今、ようやくそれを果たすことができた。
その約束を思い出させてくれた夢、そして親愛なる二人に感謝を述べ、この話を終える。





85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/23(日) 00:33:51.62 ID:niSuQJif0
”十二才の時のような友達”が二人も居る私は、幸せ者だ。

end


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