( ^ω^)絶望パンドラボックスのようです
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:20:10.23 ID:XwWuhsqm0
【零】

人生に絶望した。

遺書に託した言葉はそれだけだった。

目下に佇む断崖絶壁に、白波が荒々しく激突していた。
数百年以上もこの光景が繰り返されているのだろう。
水面に近い所は窪んでいて、この場はさながら飛込台のようだった。

三十三年だった。
俺が生まれてから、この場に至るまでの年月である。

思ったよりも短く感じた。
そもそもこの世に存在していた感覚が薄い。
他者から存在していないかのように扱われ、愛されたという記憶もない。
当然、俺がこの世に残すものなどはなく、俺が死んだところで変わるものはない。
精々、この遺書を見つけた人が『ああ、また自殺したのか』とため息をつくぐらいのものだろう。

ここは、いわゆる自殺の名所というやつだった。
人生に絶望したとは言っても、死に対する恐怖がないわけではなく、中々踏みきれないものがあった。
しかし多くの人が旅立ったこの場に来れば、何か後押しされるものがあるかもしれないと思い、やって来たのだ。

実際、効果は上々だった。
不思議と海に吸い込まれるような気分になる。
だからこそ、ここは自殺の名所と呼ばれているのだろう。




5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:21:49.96 ID:XwWuhsqm0
さぁもういい。もういいのだと、唇を噛みしめた。
未練はないとは言わない。未練があるからこそ、人は自殺するのだ。

一歩踏み出したところで、靴を脱ごうかと迷った。
テレビドラマなどではそうしていたような気がする。
しかし、俺にはそれの意味がどうしても理解出来ず、しようとは思えない。
天界に行儀良くお邪魔するとでもいうのか。馬鹿馬鹿しい。

今日は曇り空だった。
どんよりとした雲が、空一面を覆っている。
海の色もどこか暗みを帯びていて、闇が崖下に広がっているようにすら感じる。

いやしかし、それでいいのだ。
俺はこの闇に飛び込んで命を失くし、無へと帰るのだ。

『行け』と一言呟いて、右足を踏み出す。

もう一歩という時、視界の端に何かがちらついた。

それに気にかけてしまったのが、俺の運の悪さだろう。
近付き、それが何なのかを確かめてしまった。


それは一通の手紙。そして、一丁の拳銃だった。


( ^ω^)絶望パンドラボックスのようです




6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:23:32.08 ID:XwWuhsqm0
【一】

( ・∀・)「あのさ、無断でさぼるのが良くないってのはさ、常識でしょ?
      それくらいのことも分からないのかな?分かるでしょ?」」

( ^ω^)「……はい」

( ・∀・)「あー、もういいや。仕事失いたくなかったらちゃんと連絡入れること。いいね?」

( ^ω^)「はい、申し訳ありませんでした」

( ・∀・)「…ったく、そんなんだからいい年して……」

独り言のような溜息だったが、わざと聞こえるように呟かれたことを俺は知っている。

もう自分より年下の男に叱られるのも慣れてしまった。店長はまだ二十九だという。
どちらにせよコンビニの支店長なんて底辺に変わりないだろうが、俺より立場が上なのだけは確かだ。
何も言い返せる訳もなく「はい」と「すいません」を交互に繰り返すだけ。

三十三歳のフリーターに対し、当然のように世間は厳しい。
数件訪ねてようやくコンビニ店員になれたはいいが、いつクビにされるかも分からない。

客の印象も良くなければ、若い店員に比べて仕事の覚えも悪い。
従業員が店主より歳をとっているとなれば、扱い辛くもなる。

人手が足らず、止む無く採用された。それが俺だった。




8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:25:20.13 ID:XwWuhsqm0
制服に着替え、スタッフエリアを出て、店へと出る。
レジへと向かうと、俺と入れ替わりの店員が小さく礼をしてきた。

(,,゚Д゚)「……ちゃっす」

まともな挨拶も出来ないのか。
一瞬だけそんな風なことを言いかけたが、彼はまだまだ幼い印象を受ける青年。
特に追及することはせず、「お疲れ様」とだけ言って勤務を交代した。

夜の十時から朝の六時まで俺のバイトは続く。
夜勤は時給が高く、客の出入りも少ないので、俺のような人間にはうってつけだ。
もっとも、その数少ない客は癖のある人が多い。
とは言え、やはりメリットの方が勝るので、俺はこうして夜勤を続けているのだった。

軽快なメロディと共に、扉が開く。
入って来たのはさっき交代した青年と同じくらいの女の子だ。

ミニスカートが俺には眩しい。
学生時代に、たった一度でもあのような女の子と仲良く出来たなら良かった。
あの頃はいつかは彼女が出来て、大人になれば当たり前のように結婚するものだと思っていた。
ところがどうだ。結婚どころか、この歳になって一度も女性と交際したこともない。

様々な憂いを覚えていると、女の子がさっと逃げるように商品棚の向こうへ消えてしまった。
知らず知らずのうちに、凝視し過ぎてしまったらしい。




9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:27:17.68 ID:XwWuhsqm0
スタッフエリアから青年が姿を現す。

笑顔で出てきたところを見ると、恐らく店長が優しい言葉でもかけたのだ。
『俺とは違って君はとても真面目で優秀だ』……そんなところだろう。

すると、商品棚の向こうから声が聞こえてきた。

「わっ!」

「びっくりした。なんだよ、しぃ。来てたのか」

「えへへ、待ちきれなくて」

なるほど。青年と少女は恋仲にあったのか。
羨ましい、というよりも妬ましさが湧いてくるのを感じる。

二人の談笑を聞く気はなかったが、客のいない店では嫌でも聞こえてしまうのだった。

「ねぇ聞いてよ、レジのおっさんがね、じろじろ見てきたの」

「マジかよ。変なことはされなかったか?」

「されなかったけど……すっごくやらしい視線で怖かった」

「ちっ、あのオヤジ……どうする。俺が言っておこうか?」

「ううん、いいよ。だって最近は危ない人が多いから」




10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:29:31.03 ID:XwWuhsqm0
「だよな……だってあの年で俺と同じようなバイトしてんだぜ?
 絶対まともな人じゃないもんな」

「人生の負け組ってやつだよね」

「じゃあさ。そんな負け組にちょっとぐらいサービスしてやれば?
 こうスカートぴらっとめくってさ」

「やだもー。ギコってばえっち」


あああああああああ……。

早く消え去ってくれ。

じゃないと俺は、俺は!


痛みに我に帰ると、口内に血の匂いがした。
どうやら唇を噛みきっていたらしい。
苦しくなってくると唇を噛んでしまうのは、俺の悪い癖だった。

二人はその後すぐに店から出て行った。
出口付近で俺の方をちらりと見て、また歩き出す。
コンビニの外で笑っていたのは、恐らく、俺についての話題に違いない。

殺したい。自然とそんな言葉が口から漏れ出していた。




12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:31:59.90 ID:XwWuhsqm0
【二】

今日はバイトが無い。
以前は、一日家でネットをしていたのだが、今日からは違う。

やることがあった。
街に出て、探すものがあったのだ。

時刻は夜の十一時。しかし都会の夜は眠らない。
煌びやかな装飾が施された看板や外装は、日光以上に明るく感じてしまう。
二四時間営業の店など、コンビニ以外でもそこら中にある。
道行く人の数も減らないし、道端に座り込んでいる人たちでさえ、眠たそうな素振りは一切なかった。

誰も俺が見えていないかのように通り過ぎていく。
本当は見えているのは分かっている。ただ見知らぬ他人に興味なんてそうそう持たないだけなのだ。
もしも俺がアイドルのような顔つきであれば違うだろうが、そんなはずもない。

誰か俺に気付いてくれ。
惨めなのだ。誰にも気付いてもらえず、誰にも愛されないなどとは。

……左ポケットの中に入ってる手紙を、軽く握りしめる。

自殺を決行しようとしたあの日、一通の手紙を見つけた。
俺と同じような境遇の人のものだろうとすぐに分かった。

だがその傍ら、ひっそりと置かれていたのは拳銃。
どうしようもなく気にかかってしまい、俺はその手紙を読み進めた。




14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:34:05.63 ID:XwWuhsqm0
======================================

この手紙を、私と同じような自殺志望者が見ることを願う。
この手紙は、私がこの海へと飛び込んだ後に読まれるだろう。

私は警察官だった。
ずっと昔、私は曲がったことが許せないような正義感の強い子であった。
例え恨まれることがあろうとも、悪行を見れば、有無を言わさず先生に報告していた。
そんな私が正義の象徴とも言える警察官を目指すのは、至極当然のことだろう。

学生の内はその夢だけを目指して勉強していた。
そして、見事その夢を叶えた時、私はぼろぼろと涙を流して喜んだ。

警察官になって、初めの内は良かった。
道案内に、パトロール、遺失物の捜索願いまで、どれも真剣に対応した。
交番にいる私を見て、町の人々は朗らかに挨拶してくれるほどになっていた。

ある日。パトロール中の出来事だった。

深夜で最も警戒するのは未成年者の徘徊。
夜の闇に紛れ、誤った道へと進む若者も少なくはない。
彼らを優しく、時に厳しく、元いた道へと戻してあげるのも警官の勤め。

私は積極的に声をかけ、話を聞こうとした。
しかし、ほぼ全ての若者が、口々に言うのだ。

「五月蠅い」「死ね」「黙れ」「気持ち悪い」「うざい」




15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:37:25.46 ID:XwWuhsqm0
これらの言葉の数々に共通しているのは、明確な拒絶の意志だけ。
酷い時には唾を吐きかけられ、襲いかかってくる若者すらいたのだ。

私は悲しかった。

話しさえ聞いてもらえれば分かり合えるのに、それすら出来ないなんて。

悩みに悩んだ末に、私は先輩に相談することにした。
警官になって間もないころからずっと世話をみてくれた人で、尊敬に値する人物だ。
この人なら納得のいく言葉が聞ける。そう思ったのに。

「俺達には出来ることなんて、本当は物凄く限られているんだ」

私はこの言葉を、ひいてはその時の先輩の表情を決して忘れない。

先輩は悲しげに言うのでもなく、ただ笑ってこの言葉を言ったのだ。
まるで「これが真実なのだ」と言わんばかりに。朗らかに。私の肩を叩きながら。

私は、崖から突き落とされた気分だった。
本当はそれに気付いていたのだ。一個人に出来ることは限りなく少ないと。
社会に出てからじわじわと気付き始め、しかし目を背けていた。
その事実が今はっきりと目に映り、私はとうとう絶望してしまったのだ。

ちっぽけな話だと貴方は笑うだろうか。
しかし正義を心掛け、正義の為に生きていた私には、これだけで死ぬには十分すぎる理由だったのだ。




16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:39:05.26 ID:XwWuhsqm0
最後に。現在の、死ぬ間際の私の夢を綴る。

私の夢は、悪の人間を殺すことだ。

深夜に徘徊する少年よ。私に唾を吐きかけた少年よ。襲いかかって来た少年よ。
私はお前を銃で撃ち抜き、その上で高らかと笑ってみせたい。
まっとうに生きないからこうなったのだと、思い切りその頭を踏みつけてやりたいのだ。

しかし私の夢は決して叶うことはない。
何故なら、私は最後まで正義で生きると誓ってしまったからだ。

だからこそ、私は貴方に託す。
貴方の思う悪を、この銃で撃ち殺して欲しい。
私の夢はそれでようやく昇華され、私は正義のまま人を殺すことが出来るのだ。

勝手な頼みだとは思う。

しかし、恐らく貴方なら私の頼みを聞いてくれるはずだ。
何故ならここに至った者たちは皆、同じものをもった人間だからだ。

そして、私は知っている。
つまり、貴方も知っている。

人には、人を殺したいという欲望があることを。

弾は五発。五人殺してくれ。

======================================




18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:47:39.27 ID:XwWuhsqm0
手紙の内容を頭で振り返り、俺はジャンパーの右ポケットの中を探る。
ごつごつとした感触。それこそが『彼』に託された拳銃だった。

( ^ω^)「……そうだ。俺も知ってる、ぞ」

殺したいという欲望。どす黒く濁りきった、最低の想い。
しかしこれは誰にでもあるもので、皆それに気付いていないだけなのだ。
俺たちは知っている。胸の奥底に仕舞っておくべき感情に、気付いている。

だからこそ俺は探しているのだ。
悪を。俺が殺したいと思う人間を。殺すべき人間を。

ふと、視線を感じて振り返る。
『奴』がそこにいた。


「楽しそうだな」

( ^ω^)「楽しそうか……ああ、そうだな。俺は今すごく楽しいんだ」

「さっさと死ねばいいのに」

( ^ω^)「死なないさ。これは最後の希望だから」

こいつは誰にも見えない。しかし俺だけには見えている。
俺が自殺を考える少し前に現れ、死ねと訴えてくるだけの存在。
名乗る様子が一向に見られないので、俺はこいつを『死神』だと判断した。




19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:48:50.50 ID:XwWuhsqm0
「最後の希望?」

( ^ω^)「パンドラの箱って知ってるか」

「禁断の箱を開けたら災いが飛び出したってやつだな」

( ^ω^)「そうだ。そして箱の中には希望が残ってたんだ」

「だから何だよ」

( ^ω^)「俺の人生はな、パンドラの箱なんだ」

「あ?」

死神が不機嫌な様子で聞き返してくる。
もっとも死神は顔がなく、表情で判断することが出来ないので、声の調子で推測しただけだ。

( ^ω^)「俺の人生は災いしかなかった。親に捨てられ、孤児院で育てられ、学校では虐められ。
       それを原因に学校を辞めたは良いが、ろくな仕事に就けず、結果この歳でフリーターだ」
  
「自業自得でもあるくせに」

( ^ω^)「黙れ。……そして自殺しようとした最後の最後、俺は希望を見つけた。
       この拳銃を手にする運命こそが、俺に残された希望だったんだ」

「飛び降りより楽に死ねるもんな」




20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:50:32.73 ID:XwWuhsqm0
( ^ω^)「違う。俺はこの拳銃で、あの崖に訪れた奴らの無念を晴らす。
       俺たちは、本当は自分を殺したいんじゃなくて、他人を殺したかったんだ。
       だけどそうする訳にもいかず、自殺することでその欲望を抑えたんだ」

「包丁一本あれば人を殺すなんて簡単なのにな。
 ま、そんなことも出来ないから自殺するような屑にお前たちはなるんだ」

もう反論する気も起きなかったので聞き流す。

( ^ω^)「今まで楽しいと思ったことなんて殆どなかった。
       しかし今、俺は心の底から生を楽しんでいる。ようやくこの世に存在を許された気さえする。
       これを希望と呼ばずして何と呼ぶ?」

「さぁな」

短い返答だけ残して、死神は姿を消した。
気付くと、周囲の人間が俺の方を見てひそひそと話している。

周りから見れば、俺は一人で物騒なことを呟いている変人にしか映らなかったのだろう。
足早にその場を立ち去り、五発の弾を使う時を、また探し始める。

その顔は、きっとにやけていた。    




21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:53:26.85 ID:XwWuhsqm0
【三】

今日のバイトは珍しく夜勤ではなかった。
五時から十時までの忙しい時間を任され、偶然にも例の青年と一緒になった。

(,,゚Д゚)「じゃ、お先失礼します」

( ^ω^)「お疲れ様でした」

( ・∀・)「おつかれ、ギコ君」

同じ時間帯に仕事をして初めて知ったのだが、彼の名前はギコというらしい。
仕事をしているだけなら、確かに真面目で好印象をもてる青年だ。
だが俺は知っている。彼が裏で俺のことを人生の負け組呼ばわりしていることを。

……俺自身、自分がそうでないと完全に否定できるわけではない。
しかし親に飯を食わして貰い、遊ぶ金欲しさにバイトをしているようなガキに、そんなことを言われる筋合はないのだ。

もはやギコの存在そのものが、俺の心を苛立たせる要因になっていた。

( ^ω^)「お疲れ様でした」

( ・∀・)「……ああ」

ギコと俺とでは扱いに随分と差がある。
しかし、これくらいのことではもう何とも思わなくなってしまった。




24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:55:57.53 ID:XwWuhsqm0
十時過ぎに家に帰って、自炊する気はまるで起きない。
そもそも大した料理が作れる訳でもない俺は、コンビニ弁当が並ぶ区画へ行く。
こんな時間のせいか、ろくな弁当が置かれていない。
『まぁこんなものか』と妥協し、タマゴサンドを手に取った。

すると、『あ』と小さな声。
見れば、ギコの彼女と思わしき女の子がいた。

( ^ω^)「……いるか?」

(;゚ー゚)「え、あ、いいです。遠慮します!」

その目は、なにか汚いものを見るような目だった。

( ^ω^)「……俺が触ったからか」

(;゚ー゚)「え?」

(#^ω^)「俺が触ったからいらないと言ったのか!」

少し大きめな声になってしまい、はっとする。
幸い、店員や他の客には聞かれてはいない様子だった。

しかし、ただ一人だけ、この異変に気づき、近付いてくる男がいた。

(,,゚Д゚)「おい、しぃ、どうかしたのか?」

ギコだ。彼女を守る騎士気取りなのか、俺と女の子の間に入り込む。




25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 20:58:08.46 ID:XwWuhsqm0
(;゚ー゚)「この人ね。なんか恐いの。いきなり怒鳴ってきて……」

( ^ω^)「別に俺はなにも悪いことをした覚えはない」

当然だ。勝手にこの女が脅えているだけ。
しかし、ギコはそれを認めようとはしなかった。

(,,゚Д゚)「……しぃに手を出すつもりなら俺が許さねぇぞ」

( ^ω^)「…………」

(,,゚Д゚)「……聞いてんのかよ、おっさん。おい」

( ^ω^)お前みたいなガキが。一丁前に格好つけるなよ」

(#,,゚Д゚)「あ!?」

一度口を開けば、もう止まる気がしない。

( ^ω^)「大体、そんな短いスカート。男を誘っているようなもんだろう。恥ずかしいと思わないのか?
       確かにお前らは頭の悪そうなカップルでお似合いだけどな」

(#,,゚Д゚)「てめぇ……!」

( ^ω^)「手を出すのか?バカは口で敵わなきゃすぐそれだ。
       そしたら俺もお前も、仲良くこのバイトはクビだな。
       おまけに障害沙汰を起こしたってことで、お前は学校も辞めることになるかもな」

『良い気味だ』とわざとらしく、口を大きく開けて笑ってみせる。
腹の内の鬱憤を晴らすかのように、汚らしい言葉を並びたてた。




26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:00:15.00 ID:XwWuhsqm0
(#,,゚Д゚)「ちっ。しぃ、行くぞ」

(;゚ー゚)「え、あ、待ってよ」

不機嫌そうに去っていく背中に、俺は興奮を覚えていた。
口論で言い負かしたという事実が、強い優越感をもたらしていたのだ。

すっかり気分も良くなり、いつもより多めに食料を籠に入れていく。
普段は自粛気味の酒も、今日ばかりは飲んでしまおう。
会計は二千円を越えてしまっていたが、高揚した気持ちに財布のひもは緩くなっていた。


店を出て、しばらく歩き、改めて時計を確認する。


まだ十時半。普段ならようやく夜勤が始まった頃。
仕事終わりがまだ夜だという違和感が、妙に自由な気持ちを与えてくれる。
さながら休日に早起きしてしまった時の感覚。といったところだろうか。

今日は『日課』をする気も起きないし、家でのんびりしよう。

そんな風に思った時、背後に視線を感じた。
また『奴』かと思い、振り返る。




27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:02:05.30 ID:XwWuhsqm0
次の瞬間、俺は地に伏せていた。

何も分からない。ただ目の前には誰かが立ちはだかっている。
ようやく見上げた先にあったものは、怒りに満ちた表情のギコだった。


(#,,゚Д゚)「ふざけんなじゃねぇぞこの糞野郎が!」


耳にはそんな言葉と、『キーン』と甲高い耳鳴りのような音が響く。
ギコは鉄の棒のようなものを構えていて、それが振り落とされ、俺と激突する。
ここで俺は、ようやく自分が途方もない痛みを抱いている事に気付いた。


(; ω )「あああああぁぁぁぁアアアアアアアアアアアッ!!」

(#,,゚Д゚)「うるせぇ、黙りやがれ!!」


悲鳴を掻き消そうと、鉄の棒が俺の顔に振り落とされる。
『みし』という音が何だったのかは分からないが、とにかく頬が痛む。

必死で逃れようと、四つん這いの状態で手足を動かす。
いかに惨めな姿であったとしてもどうでもいい。今はこの場から逃げなければ。
そんな想いを踏みにじるかのように、ギコの手は休まず、鉄棒を振るう。




29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:04:17.62 ID:XwWuhsqm0
(#,,゚Д゚)「くそが!俺を、舐めやがって!死ねッ!!」

激痛が走るたびに、口からは『ぎっ』『ひっ』と言葉にならない悲鳴が漏れる。

ここは滅多に人が通らないような路地裏であった為、助けが来る可能性は低い。
自力で逃げ出すか、あるいはギコが自主的に止めるまで耐えなければならないだろう
前者は殆ど不可能だと言っていい。あまりの恐怖に足が震え、まともに動いてくれそうな気がしないのだ。

(; ω )「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

(#,,゚Д゚)「そんなんで許して貰えると思ってんのか、あぁ!?」

(; ω )「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
       ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
       ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

(#,,゚Д゚)「はっ……屑はそうしてるのがお似合いなんだよ」

亀のように丸まり、謝罪の言葉を何度も何度も繰り返す。
許してもらえる気配はない。ギコは数発殴っては、休憩を挟み、また鉄棒を振るう。
それでも俺は『ごめんなさい』とだけ言い続ける。
いや、それしか出来なかったのだ。

惨めで、辛くて、悲しくても、この言葉以外に俺が許される言葉はないのだ。

だが、なんてことはない。今までの人生もずっとこうしてきたのだから。




30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:06:10.89 ID:XwWuhsqm0
(*゚ー゚)「ねーギコー。もう止めない?死んじゃうよ?」

(,,゚Д゚)「うっせぇ。こいつは屑のくせに俺に歯向かったんだ。当然の報いだ」

(*゚ー゚)「だけどさぁ……」

(; ω )「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
       ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
       ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

(*゚ー゚)「……気持ち悪いよ。なんか壊れた人形みたい」

(,,゚Д゚)「なら、音が出なくなるまで壊さなきゃ、なッ!!」


(; ω )「ぎぃぃぃぃイイイイィィイイイイいいいいいいいっっ!」


(,,゚Д゚)「ははっ。聞いたかしぃ。『ぎぃぃぃ』だってよ!」

(*゚ー゚)「もー……。確かに今のは面白かったけどさ」

(,,゚Д゚)「だろ?ほら、もう一回鳴けよ、うらっ!」

(*゚ー゚)「あはははははははは。ギコって最悪ー」




31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:09:15.62 ID:XwWuhsqm0
痛かった。でもそれ以上に怖かった。

もしもこのまま死んでしまったらどうしよう。
そんな想いが浮かび始めていて、死がすぐ傍まで迫っているような気がして。


死ぬのか。俺は。こんな所で。こんな奴に殺されて。

そして暗転。視界が真っ黒に染まった。


闇が俺を包み込み、妙な心地良さが生まれ始める。
体が浮遊しているのだろうか。地面に接していた箇所の感覚が無い。
痛みもどんどんと和らいでいって、記憶の果てに置いてきた母の面影すら感じてしまう。
先までの恐怖もすっかり薄れてしまい、残ったのは心地良い感覚だけだ。

これが死なのか。ならばそうそう悪いものでもない。
ただ一つ文句をつけるならば、あまりに暗過ぎる。

電気を点けたい。暗闇を掻き消す程の光を。

俺は闇雲に手を伸ばす。
灯りのスイッチを探し、手の届く範囲全ての感触を確かめる。

その時、俺の手の先に、ゴツゴツとした何かがぶつかった。

瞬間、闇に光が差し込んだ。




32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:12:10.49 ID:XwWuhsqm0
(  ω )「……ひ」

(,,゚Д゚)「あん?」

(  ω )「……ひ、ひひ」

(,,゚Д゚)「なんだお前、一体……」

(  ω )「ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ
       ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ  
       ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」

笑った。笑いが止まらなかった。
どうしてこんな事に気付けなかったのか。
俺の存在はこいつよりもずっとずっと上の立場にあったというのに!

(;゚ー゚)「ど、どうしたの。何か様子が変だよ!?」

(;,,゚Д゚)「分からねぇ。だけど急に……くそっ、黙りやがれっ!」

(  ω )「えひっ。いひっ。うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ。
       ひひゃっ。ひゃひゃっ。いひゃひゃっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

(;,,゚Д゚)「黙れ!黙れよぉぉおおおおおおおおお!!」

そう、適当に動かしていた手は、鞄の中の『拳銃』に触れたのだ。
その瞬間にようやく気付くことが出来た。

支配者は奴らではなく、この俺なのだと。




33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:14:33.48 ID:XwWuhsqm0
俺の気分次第でギコは命を失い、俺の気分次第でその女も死ぬ。
奴らの心臓は今この手の中にあり、少し力を入れれば握りつぶすことが出来る。

俺とお前らの関係にはそれくらいの差がある。

俺は今、圧倒的優位な立場に存在している。

だからどんなに鉄の棒で叩かれようとも全く痛まない。
むしろ、その行為が奴ら自身の首を絞めているような気がして、面白くて仕方が無かった。

(;゚ー゚)「ね、ねぇギコ…こいつやばいよ……もう止めようよ……」

(;,,゚Д゚)「だっ、だけどよぉ」

顔を見合わせ、どうするべきかを相談する二人。

そんなに俺が怖いのか。そんなに俺が恐ろしいか。
ああ、気持ちがいい。その脅えた瞳ほどそそられるものはないぞ。

(  ω )「ぎひっ。ぐひひっ。ぎこぉ。ぎこぉ。ぎこぉ。ぎこぉ!」

(;,,゚Д゚)「…………」

(*;ー;)「もうやだよぉ。怖い、怖いよぉ!」

(;,,゚Д゚)「ちょっ。待てよしぃ!」




35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:16:38.45 ID:XwWuhsqm0
ギコとしぃは闇夜の中へと走り去っていった。
人気を失い、不気味さを増した路地裏で、俺は笑った。

(  ω )「ふひゃひゃひゃ。俺だ。俺こそが支配者なんだ!
       誰にも文句は言わせねぇ。もし文句を言った奴がいたら殺してやる。
       だから俺が支配者だ!認めろ。俺の存在を認めろ屑どもぉぉおおおおおおおお!!」

そして、有らん限りの声をもって叫ぶ。
全世界にこの雄叫びを轟かせる為に、遠く遠く。

しかし、それすらも飲み込まれてしまうのが闇夜。
何の反応も返ってはこないし、叫びが途切れればまたすぐに、しんとした静けさが辺りを包む。
ならば何度でも叫ぼう。俺の存在を認めてくれる誰かが現れるまで、俺の存在を訴え続けてやる。

(  ω )「迷って!苦しんで!それでようやくここまでやってこれたんだ!
       認めろ!誰でも良いから俺に一言声をかけてくれ!!
       それだけで幸せなんだ!それだけで幸せだといって何が悪いんだぁああああ……!!」

空しいほどに響き続ける俺の叫び。
夜空を貫き、世界の果てにまで轟けという想いで。

しかし誰かがそれに気付くのよりも早く、俺の喉が枯れてしまう。

それでも、この夜は形のないなにかを掴めた。そんな気がした。




37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:20:54.98 ID:XwWuhsqm0
【四】

体中に包帯を巻く作業にもすっかり慣れてしまった。

今、俺はバイトも辞め、毎夜のように街を闊歩している。
体のあちこちが痛むし、包帯だらけの格好は目立って仕方ないが、止める訳にはいかない。
もちろん目的は殺すべき人間を探すためである。

そういえば、ギコも俺が辞める直前に、電話でバイトを辞めると言ってきていたらしい。
店長の青ざめたような顔が滑稽だった。二人も店員が一気にいなくなっては、店も上手く回らないだろう。
ギコはよっぽど俺の報復が怖かったのだろうか。
安心しろ。俺はお前のような小物の為に貴重な弾を消費するほど馬鹿ではない。

しかし、いざ殺す相手を探すとなると、中々いい相手が見つからなかった。
犯罪者に裁きを与えるというのがベストだが、簡単に出会える訳もない。
社会のゴミ的人間を殺そうと思い至ったのだが、そう考えると、どいつもこいつも殺した方がいいように思える。

道にたむろするのは邪魔だし、歩きながら携帯を話すのは鬱陶しいし、タバコなんて公害に違いない。
この世にはルールを守らない人間が多すぎて、どれもこれもが死ぬべきなのだ。

きっと、この拳銃を託してくれた警官もそう感じたのだろう。
一丁の拳銃で殺せる人数で、今まで歩んできた真っ当な道を捨てるのはもったいない。

その点俺は元からの屑だし、いまさら殺人を犯そうが、人生の汚点が増えるだけに過ぎない。

やはりこの俺こそ、社会に正義の鉄槌を下すべき人物なのだ。




38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:25:21.29 ID:XwWuhsqm0
緊張して探し続けていたせいか、とても疲れてしまった。
気付けば辺りの人通りがとても少なくなっている。
一体どこまで来てしまったのだろうか。
居場所を確認しようとあたりを見渡した時、声をかけられる。

「よう。調子はどうだい?」

( ^ω^)「……なんだお前か。お生憎さまで上々だ」

「それは残念。そろそろ人生に絶望したと思ってたのに」

( ^ω^)「今の俺には希望しか見えていないさ」

「へぇ。そうか。希望しか、ねぇ……」

( ^ω^)「何かおかしいか?」

「別に。お前らしいなと思ったまでさ」

こいつが機嫌良さそうにするということは、俺が問題ある発言をしたということになる。
今の発言に、そんなものがあっただろうか。
しかし振り返ってもその正体を把握できないし、聞いても答えは返ってこないだろう。

結局、気にしないのが一番だった。

( ^ω^)「……なぁ、お前は死ぬべき人間が分かるか?」

「そんなもの。お前みたいな屑に決まっているだろう?」




40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:27:52.95 ID:XwWuhsqm0
( ^ω^)「……その答えは抜きで頼む」

「なら答えは決まっている。人間全員死ねばいい」

( ^ω^)「死神らしい発言だ」

「いつから俺は死神になったんだ……まぁいい。
 人間なんて、突き詰めて言えば全員死んだ方がいいんだ。当たり前だろ」

( ^ω^)「どうして?」

「誰もが一つは罪を持っているからだ。罪は裁かれなくてはならない。死んでしまえ」

( ^ω^)「その罪以上に善行を積んでいたとしても?」

「関係ないね。そいつは罪を犯したという事実が消える訳じゃない」

( ^ω^)「じゃあ、俺は五発の弾を適当な人間に打ち放つべきなのか?」

「そうするべきだ」

( ^ω^)「……お前。人が死ぬところが見たいだけだろう」

「もちろん。お前だってそうだろう?」




41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:30:19.22 ID:XwWuhsqm0
( ^ω^)「やっぱり。話にならんな」

「俺とまともに話をしようとするお前が悪い……だがしかし、本当に殺すべき相手を見つけたいと言うなら」

( ^ω^)「……言うなら?」

「耳をすましな」

死神は最後に言い残し、急に姿を消した。
相変わらず勝手な奴だと思いつつ、言われたとおりに耳をすます。

すると、今まで気付かなかったが、複数の人の声が聞こえていた。
微かに聞こえる程度のそれを頼りに、少しずつ音源の方へと向かう。
どんどん路地を奥へ奥へと進んでいくのが、暗くなっていく視界のせいで分かった。
奇しくもギコに襲われたの時と同じような場所で、期待が高まる。

鞄の中から一応拳銃を取り出し、手に持っておく。
瞬間的に殺さなければならないこともある。いきなり襲いかかってくる可能性もあるからだ。
もうこの前のような失敗は繰り返さない。

そして、とうとう音源となる場所のすぐ傍までやってきた。
この角を一個曲がった場所。そこに俺が望む光景があるはずだ。

壁に体を貼り付け、顔だけを曲がり角から覗かせる形で様子を伺う。
暗がりに、複数の影が蠢いていた。




42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:33:22.37 ID:XwWuhsqm0

争っているのだろうか。一つの影がやけに激しく動いている。
そのほかよりもやけに小さなその影が、周りの影に押し潰されて縮んだ。
どうやら押し倒され、馬乗りにされているようだ。

少しずつ暗闇に目が慣れてきて、詳しい場景が把握出来るようになる。
そして、

(; ゚ω゚)「……ッ!」

思わず漏れそうになった声を、両手で口を塞いで留めた。
それでも乱れた呼吸だけは『はっはっ』と手の間から漏れ出していく。

強姦だ。

一人の女が複数の男に襲われている。

もうすでに上半身の服を無理やり破られ、乳房が露わになっていた。
必死に抵抗し、足をばたつかせ、下半身の衣服を剥ぎ取られないようにもがいている。
しかし所詮は女。数でも力でも敵わないのは道理。
あっという間に脱がされ、全裸にされた。

口に何かをつめられているらしく、悲鳴を上げることも出来ない。
歪んだ顔。涙がぼろぼろと女の瞳から溢れだしている。
もはや逃げられる訳もなく、女の表情は恐怖に沈みこんでいく。

こんなものを目にして、あろうことか俺は興奮していた。
股間が充血していくのを感じ、下を見ると、ズボンが盛り上がっている。




44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:36:11.64 ID:XwWuhsqm0
はっとした。俺は屑なのだと再認識した。
人が苦しむこの状況を前に、どうしようもなく悦んでいる。

嬉しいのだ。俺以外の人間が苦しみ、絶望しているのが。
人の不幸が幸せと言ってもいい。
とにかくその歪んだ顔が、涙が、悲鳴が、俺にとっては気持ちがいいのだ。

負けて、馬鹿にされて、逃げてを繰り返していた俺は勝利の味を知らない。
だからこそ人が勝利を喜んでいた時も、その気持ちを分かり合えはしない。
その代わり敗北の味というものを知っている。その苦しさを誰よりも分かっている。
だからこそ、人が敗北を喫している時の姿を見ると、『俺以外の人間が苦しんでいる』と嬉しいのだ。

(  ω )「……殺そう」

そして今、強姦魔が女よりも優位に立っているという状況にある。
普段ならば、この女が堕ちている姿を見るだけで満足だが、今の俺は更に楽しむ事が出来る。

拳銃で、強姦魔を撃ち殺す。

そうすれば、女よりも強い強姦魔。
そしてそれよりも強い俺という構図が完成する。

誰よりも上なのだ。俺こそが、最上の存在なのだ。
今まで俺を馬鹿にしてきた人間全てを殺せる程の力を、俺は手にしているのだ。

頭の中に血の海が広がる。あいつらの血が俺の体を濡らすのだ。




46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:39:08.67 ID:XwWuhsqm0
瞬間、けたたましい音が鳴り、地震が起こる。
あまりの揺れの大きさ、まともに立っている事も出来ず、膝をついてしまう。
ぐらぐらと世界が揺れている。甲高い叫び声のようなものが耳を劈く。


なんだこれは。苦しい。止めろ。止めろ。止めろ!

(; ゚ω゚)「ぐっ……ぎぎ……がっ……」


頭が割れそうだった。
今度はトンカチで頭がい骨を直接叩いたような衝撃が走る。
頭にやった手の、いくつもの爪が食い込もうと、その苦しみを紛らわせることが出来ない。
地震と、叫び声と、トンカチの衝撃が、俺の体を破壊する。

(; ゚ω゚)「ががっ……………あ!?」

目を疑った。この異常事態にも関わらず、強姦魔たちは楽しそうに女を嬲っている。
歌を口ずさみながらリズムよく腰を振り、犯罪をしている懸念も感じさせない。


なんという屑どもなのだ。俺が殺さなければ、殺さなければ!


しかしそう思う度に地震は大きくなり、もはや視界もうまく定まらない。
そして、とうとう俺は地面に伏せてしまった。




47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:41:31.17 ID:XwWuhsqm0
同時に、気付いてしまった。

今、地震なんてものは起きていない。
ただ俺の体が、竦み上がり、震えているだけなのだ。

叫び声も、トンカチも、本当は存在しない。
恐怖のあまり、俺の脳が見せる幻に過ぎないのだ。


(  ω )「あ…あああ………あああああああ……………」


もう認めよう。認めなくてはならない。

俺は、人を殺すのが怖いのだ。


あれだけ偉そうなことを口にしておきながら、実際に行動に移すのは恐ろしくて仕方がない。
この体が血に塗れた瞬間に、俺は絶望の更に奥へと突き落とされてしまう気がする。

人には人を殺したいという欲望がある。手紙の言葉を認めよう。
だがそれを止めるのは理性でも、人徳でも、法に定められているからでも、なんでもない。
恐怖。人を殺した末に待っているものに脅えるからこそ、人は人を殺さないのだ。

それは言葉にすることも出来ないような深い闇。
ただ黒いだけの空間が果てしなく広がっていて、いくら歩こうと、なにも掴めない。

殺人を犯した者の先にある未来。
敗北よりも、死よりも恐ろしい、行き着いた者にしか分からないものが、きっとそこにはある。




49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:44:09.06 ID:XwWuhsqm0
俺はその場から逃げだしていた。
声を出して恐怖を遠ざけようと、間抜けな悲鳴を上げていた。

もはや女がどうなろうと知ったことではない。
正義の鉄槌なんてものには微塵も興味がない。
この恐怖から逃れられるならば、俺はなにを支払おうと構わない。

ただ逃げる。ただ走る。ここは一体どこなのかも分からない。
いつのまにかに人通りの多い場所にいて、視線が俺に注がれていても、まるで気にならない。
とにかく動けるところまで動き続け、逃げなければならない。

後ろから闇が迫ってくる。
俺を飲み込もうと大きな口を開けて、凄まじい速度でやってくる。


怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い

恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。


逃げきることは、出来なかった。
闇は俺を取り囲み、その中に俺を取り込む時を、今か今かと待ち侘びている。

もう駄目なのだと悟った。俺は小さくうずくまり、早く死にたいと呟いた。




51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:47:05.15 ID:XwWuhsqm0
【五】

長い間、その場にうずくまっていた。

だが電灯の下で小さく丸まっていた俺に、声をかける人はいなかった。
誰も通らなかったのかもしれないが、それ以上に避けて通り過ぎられたと考えるのが妥当。
俺みたいなやつに、好き好んで声をかけようとする人なんているはずがない。
俺は世界から嫌われているのだ。俺に温もりは与えられない。

壁に体をあずけながら立ち上がる。

疲労のせいもあり、足はふらふらでやっとのことだ。
壁を手すり代わりにして、ゆっくりと歩き出すと、視線を感じた。

(; ω )「今はお前とは話したくないんだ!」

そう言いながら振り向く。
しかしそこにあったのは俺が想像していたのとはまるで違うものだった。


川 ゚ -゚)「……こんばんは」


端正な顔立ちをした少女だった。
その髪は夜よりも深く、しかし輝いて見えた。
死神がようやく顔をみせたのかと思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。




52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:50:02.78 ID:XwWuhsqm0
( ^ω^)「……誰だお前は」

川 ゚ -゚)「こんばんは」

(#^ω^)「誰だと言っている!」

川 ゚ -゚)「私はクーと言います。こんばんは」

執拗に挨拶を繰り返すその少女に、俺は自分と同じようなものを感じた。
美しい容貌をしていて、表情もぴくりとも動かさないのに、その瞳だけは濁っている。

まだ高校生か、大学生といったところだろう。
未来ある若者がこのような眼をするものなのか。

……いや。俺も学生時代の頃からこんな風だったな。

( ^ω^)「なんの用だ」

川 ゚ -゚)「話を聞きたくて」

( ^ω^)「俺はお前に話すことなどない」

川 ゚ -゚)「貴方は私と話をしなければならない」

( ^ω^)「……何故だ」




54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:52:55.18 ID:XwWuhsqm0
川 ゚ -゚)「私は貴方に拳銃を託したから」

(; ゚ω゚)「なっ……!」

いままで無表情を保っていた少女が、少しだけ嬉しそうに言った。
俺の慌てふためく様子が楽しかったようだ。

川 ゚ -゚)「あの手紙。信じてしまいましたか?
     けっこう適当に書いたんですけど、私には文才があるんでしょうか。 
     ……ああ、いえ、そんな訳がありません。きっと貴方が馬鹿なだけでしょう」

(; ゚ω゚)「何を言ってるんだ。何を!」

川 ゚ -゚)「だって私に才能なんてものある筈がないのです。
     私は屑。この世に生きている価値のないゴミのような存在なんです」

(; ゚ω゚)「そういうことを言っているのではない!」

川 ゚ -゚)「……貴方と私は同じです。私も自殺志願者。
     人生に。自分に絶望してしまい、自ら命を絶つことを決めました」

少女は淡々と語り始める。

淀みきって何も見えなくなってしまったのではないかと思う瞳は、じっと俺を見据えている。
自分に見つめられているようで、俺は視線が合わないようにしていた。




56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:55:08.72 ID:XwWuhsqm0
川 ゚ -゚)「でも私は最後に試してみたかった。私のようなものでもなにか出来はしないかと。
     しかしどうしても自信が湧かない。最後のチャンスに踏み切ることができない。
     ならばと思ったのです。私と同じような人間が世界に蘇れるなら、私も同じく蘇れるのではないかと」

川 ゚ -゚)「自殺とは逃げることです。世間から。他人から。自分以外の何もかもから。
     だけどもし、あの拳銃という武器をもって、世界から逃げずに戦うことが出来るならば。
     それはきっと、私にも戦うことが出来ると道を示してくれることになるのです」


川 ゚ -゚)「幸い、私は外見だけは美しく生まれることが出来ました。
     なので、私に道を示してくれた人が現れたならば、私はその人に生涯、寄り添うつもりでした」


川 ゚ -゚)「……しかし、貴方は私の期待を裏切りました。
     奇跡的にも、望んだ通りの悪と出会ったというのに、貴方は拳銃を撃ちはしませんでした。
     失望です。同時に、私の人生はこれでおしまいです」

川 ゚ -゚)「私は改めて死ぬことにします。もう思い残すことはありません。それを伝えにきました。
     拳銃も手紙も貴方のご自由に。もはやそれはただのゴミです。私と同じですね。
     ありがとう。そしてさようなら。また死んだ後にでも会いましょう」




58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 21:57:44.32 ID:XwWuhsqm0
(; ゚ω゚)「……ふ、ふざけるな」

川 ゚ -゚)「はい?」

去ろうとする背中に言う。
クーはくるりと振り向き、忌々しい瞳をまた俺に見せた。

(; ゚ω゚)「お前のせいで!お前のちっぽけの思いつきのせいで!
      俺はこんなにも苦しみ、悩んだというのか!!」

川 ゚ -゚)「私の命を賭した願いを、ちっぽけだと言うのですか。
     確かに私は屑だと名乗りましたが、貴方にだけは言われたくありません」

(; ゚ω゚)「黙れ黙れ黙れ!殺してやる。殺すべき屑はお前だ!」

川 ゚ -゚)「そうですか。ならば問いますが、どうやって殺すのですか?」

(; ゚ω゚)「決まってる!この拳銃で!お前の頭をぶち抜き、そして踏み潰してやる!」

川 ゚ -゚)「へぇ……その拳銃で、ですか」






川 ゚ -゚)「そんな、玩具の拳銃で?」




59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 22:01:53.26 ID:XwWuhsqm0
(; ω )「……ぇ……あ…………」


言おうとしていた言葉を全て失い、俺は口をぱくぱくと動かすだけになった。
金縛りにあっかのように体の自由を奪われ、血の気がさっと引いていく。

消え去った。俺が持っていたものが全て。
希望が消えていく。パンドラの箱が閉じられてしまった。

俺に残されたのは、屈辱と、絶望と、悲しみと、嘆きと……あああああ……。


川 ゚ -゚)「やはり未だに分かっていなかったのですね。
     手紙が嘘であった時点で気付いてほしかったものですが。
     思った通り、貴方は途方もないほどの馬鹿で。屑です」

川 ゚ -゚)「私がチャンスを与えようとしたのです。本当に殺人を犯したら意味がない。
     もちろん本人は騙された怒り狂うでしょうが、いいのです。私がその人を愛せたなら。
     大事なのは自殺しようとした人間が思い直し、恐怖の象徴である悪と戦うということ。
     結果は重要ではなく、その過程が私は見たかった。
     人を殺すのなんて簡単です。拳銃なんていらない。果物ナイフ一つあれば事足ります。
     しかし拳銃ならば余計に殺人が楽になるのも確か。
     だから私は玩具の拳銃を置いておいた。言わば親切です。私の優しさ。気付いて貰えないのは悲しいです」




60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 22:03:59.46 ID:XwWuhsqm0
クーの言葉は殆ど耳に入らなかった。

脳内には、自殺を思い直したから今までの光景が高速で流れていく。
そして、そのどれもが無駄だったのだ。
初めから、この小娘のくだらない思いつきに踊らされていただけだったのだ。

(  ω )「俺の……パンドラの箱が……希望が……」

川 ゚ -゚)「パンドラの箱の希望?……ああ、それは面白い例えをしますね」

クーは俺の独り言に反応し、勝手に納得したように頷いた。

川 ゚ -゚)「パンドラの箱から全ての災厄が飛んでいった後に、希望が残った。
     私たちはまさにその状況。そして、だからこそ不幸になる」

(  ω )「……………どういうことだ」

川 ゚ -゚)「希望があるからこそ、絶望にまみれても人は生きようとする。
     そのちっぽけな希望を。手が届くかも分からない希望のためだけに、苦しんで生きる。
     そして、時にはその先に破滅が待っている。あるいは希望がなくなり、絶望だけが残される。
     私も貴方も、最後の希望を追いかけ、結局また世界を嘆く羽目になった。
     ……ああ、こんなことなら、最初から希望なんてなければ良かったのに」




61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 22:05:56.98 ID:XwWuhsqm0
(  ω )「希望は……絶望?」

川 ゚ -゚)「その通り。私たちのような人間には、希望なんて必要なかった。
     希望なんてなければ、喜んで災厄から逃れるために死んでみせたのに。
     これがパンドラの箱。開けてはならない箱は、やはり開けてはならないものだった。
      ……つまりですね。私や貴方のような人間は」


(  ω )「生まれてこなければ、良かった」


川 ゚ -゚)「そうですね。だから私はもう死にます。
     貴方も早く死んでくださいね。馬鹿ですが、私の話し相手にはなりそうだ」

そう言い残し、クーは姿を消した。

もう二度と会うことはないだろう。
会うとするならば、それは彼女の言うとおり、この世ではない。

この場にうずくまる必要性はなくなっていた。
闇はなくなった。いや、元より闇など存在していなかった。
玩具を放り捨て、俺もどこかへと消えるように歩き出す。

……どこへ、行けばいいのだろう。 




63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 22:09:56.24 ID:XwWuhsqm0
【六】

ふらふらと歩いていると、いつの間にか街中に出ていた。
仲睦ましげに歩くカップルや、家族連れがやけに目に飛び込んでくる。
そのどれもが俺を哀れんでいる気がして、胸が痛くなり、俺は今日何度目かも分からない叫びを上げる。

(; ゚ω゚)「俺は普通の人間なんだ!だから誰か、誰か!!」

その言葉を発した瞬間、俺の周囲の人間がさっと散っていく。
こうも多くの人間がいるというのに、俺の周りだけは閑散としているのだ。
嘲笑が聞こえる。あるいは指を差されている。またはゴミを見るかのような目つきだ。


何故だ。人はどうしてここまで俺に冷たい。俺に幸せになる権利はないのか。

人は平等のはずだろう。俺も平等に扱え。誰か俺に優しくしろ……!!


「無理だよ。馬鹿」

そんな言葉が聞こえ、相手をじろりと睨みつける。
顔のない人間。死神だった。

(; ゚ω゚)「なぁ。どうしてだ。どうして俺は誰にも愛されない?」

「いいのか。色んな人が見てるぜ」

(; ゚ω゚)「どうでもいい。だから何がいけないのか教えてくれ」




64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 22:13:05.18 ID:XwWuhsqm0

「……全て、だ」

(; ゚ω゚)「なに?」

「さっき言われただろう。お前は本来生まれてきてはいけない人間だった。
 人から嫌われ。不幸になり。最終的に自殺する。それがお前の運命だ」

(; ゚ω゚)「ふ、ふざけるな!人は平等なんだ。俺がそんな運命のはずがない!!」

「じゃあ認めるのか。悪いのは自分だと」

(; ゚ω゚)「……え?」

「お前は自ら屑になっていったんだ。
 運命とかじゃない。お前が自分で選び、自分で進んだ道は全て間違っていた。
 平等に生まれたのに、お前自身が屑への道を歩んでいった……これが真実だ」

(; ゚ω゚)「違う!」

「違わないね。人は誰しも平等に生まれる。
 もちろん生まれた家の差などはあるかもしれない。だがこれは平等の意味には反さない。
 例えば、貧乏に生まれた人はハンバーグ一つでご馳走だと思うだろう?
 幸せは人それぞれなんだ。お前にだって幸せになる権利はあった。
 だが取り返しのつかないところまでお前は来た。もう死ぬしかないんだ」




65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 22:14:52.97 ID:XwWuhsqm0
(; ゚ω゚)「くそっ!お前は何なんだ!いつも人に死ね死ねと!
       偉そうに言うばかりで顔も出さず!畜生、畜生!」

「……お前。意味の分からないことを言うな。
 ああ、そういえば前も俺のことを死神とか言ってたっけ。笑わせる」

(; ゚ω゚)「それがなんだ!」

「俺の正体が知りたいんだろ?よく見てみろよ、すぐに分かる」

従うのは不服だったが、正体が気になるのは事実だ。
言われたとおり、じっと眺めてみる。
黒く塗りつぶされたような顔の辺りを重点的に見ていく。
すると、ぼんやりとそれの実体が見え始め、影が晴れていく。









「俺は、お前だ」

それは、ショーウインドウのガラスに映った、俺自身だった。




66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 22:16:45.78 ID:XwWuhsqm0
(; ゚ω゚)「ああああぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」


絶叫を上げながら思いきりショーウインドウを殴りつけた。

ガラスが飛び散り、手が切り裂かれ、焼けるように痛む。
しかしこいつの存在を消さなければならない。殺さなければならない。
ショーウインドウが吹き抜けになるまで、全てを砕いていく。しかし。

「俺はお前だと言っただろう。それくらいでは消えないさ。」

路上に散らばったガラスの破片の中に、俺がいた。
一つではない。いくつもの破片の中から奴らは声をかけてくるのだ。

踏み潰す。粉々になり、どれも俺を映せなくなるまで破壊していく。
だが数が多すぎる。俺だけではこの数の破片を全て割り潰すのは難しい。


(; ゚ω゚)「手伝ってくれ!死神が俺を殺せとのたまうのだ!!
      助けてくれ!このままでは殺される!誰か、誰か!!」


俺を見ている民衆に呼びかける。
しかし誰も近付こうともせず、むしろ遠ざかっていく。
寄って来たのは野次馬のような馬鹿が一人か二人。




67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 22:19:27.14 ID:XwWuhsqm0
「無理だよ」「無理だ」「諦めろ」「無駄だ」


「お前は」「屑だ」「死ね」「嫌われている」「死ね」


「誰も」「助けてくれない」「みんな」「死ねと願っている」


破片の中の複数の俺から、呪いの言葉が降り注ぐ。
増殖している。ほんの一欠けらのガラスの中にすら、俺がいる。

頭がおかしくなりそうだった。
百以上もいる俺が、俺に向かって死ねと訴えてくるのだ。

更に周囲から、拒絶の意志がはっきりと伝わってくる。
お前らも俺が見ているこの光景を目の当たりにしたら、何も言えないはずなのに。


(; ゚ω゚)「あ……あああああ……ああああああああああああ!!」


またも逃げ出した。
どこかへと逃げななくてはならない。
俺のいない場所へ。俺のいない世界へ。

そんな場所。どこにもあるはずがないのに。




70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 22:22:14.06 ID:XwWuhsqm0
【七】

雨が降り出していた。
先までは『ぽつりぽつり』という程度だったが、今では桶をひっくり返したような勢いだ。
全身が水で重く、もう走る気力はない。

「逃げ切れると思ったのか?」

水溜りの中の俺が言った。
降り注ぐ雨のせいで揺らめき、しっかりとした姿を保てないでいる。
弱っているようにすら思えるが、俺がいる限りこいつが消えることはない。

(  ω )「もう限界だ。休みたい」

「なら死ねばいい。永遠の休息だ」

(  ω )「……なぁ。お前は俺だと言ったよな。じゃあどうして死ねと言うんだ?」

「お前がずっと死にたいと願っているからさ」

(  ω )「ああ。やっぱり」

「もう否定する気も起きないんだな」

(  ω )「そうだな……疲れたんだよ。もう。なにもかも」




71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 22:24:50.07 ID:XwWuhsqm0

「じゃあ死のう。今すぐ死のう。ほら死ね。早く死ね」

(  ω )「うるさいんだよ。お前は」

「死んでくれると言ったじゃないか。どうして今頃びびったのか?」

(# ω )「俺は静かに一人で死にたいんだ!」

喚いてる俺を踏みつけると、水飛沫がばっと広がる。
靴は俺の顔を貫いていて、しばらくは雨音の『ざぁ』という音だけが存在していた。
しかし、すぐに別の水溜りから声がする。

「それなら俺を殺さないとな」

(  ω )「……出来るのか?」

「自分の左手を見てみろよ」

左手は握り拳を成していて、だらりとした血が腕にまで垂れていた。

驚いて拳を開くと、その中にはさっき砕いたガラスの破片が入っている。
今まで痛みは感じなかったし、今も感じない。
しかし、だくだくと血が流れているのは事実で、なんだか自分の体ではないみたいだった。




81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 23:08:59.81 ID:XwWuhsqm0
( ^ω^)「これは?」

「俺が持って来てやったんだ。感謝しろ」


( ^ω^)「だから、これでどうしろっていうんだ」

「……俺は、お前だろ?」


『ああ』と小さく呟いて、全てを悟った俺は、自分の首筋にガラスを突き刺した。

相変わらず痛みは感じない。
ただ動脈から血が抜けていく感覚だけは存在していて、どこか気持ちが良かった。
体が軽くなっていくとでもいうのだろうか。
とにかく妙な解放感がそこにはあった。

そして、水溜りの中の俺は苦悶の表情を浮かべていた。
今まで見たことのないような、惨めな顔だった。

なんと性欲をそそらせる表情をするのだろうか。
背筋にぞくぞくとするものを感じ、更に奥へとガラスを食いこませていく。
『ぶち』と何かが切れるような音がして、その瞬間、水溜りの中の俺が絶叫した

同時に俺は地面へと崩れ落ちる。
全てが終わるような気がした。




83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 23:12:58.27 ID:XwWuhsqm0
崩れ落ちた先。顔のすぐ横には水溜りがあった。

水溜りの中の俺はもうぴくりとも動かない。
そいつの最期の姿を見届けて満足な俺は、空を見上げる。

雨が降り注ぐ。
閉じられない口の中にそれが入り込んで来て、喉が潤う。
そのせいか、俺は最期の言葉を言うことが出来た。


(; ω )「ざまぁみろ」


俺は確かに誰かを殺すことが出来た。

間違いなくそいつは屑だった。
俺はなにも出来ない訳でなく、人生の最期に大変の所業をやり遂げた。

満足だった。もう他には何も要らない。
だから何も聞かず、このまま眠りたいと、そう思った。

ゆっくりと、目蓋を閉じていく。




84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 23:14:33.88 ID:XwWuhsqm0
【無】


しかし、眠りにつく前に俺は見てしまった。


雨の一粒の中に俺がいて、そいつは『にぃ』と顔を歪ませ。




「零に戻っただけだったな」




そう言い放った。


最期の最後、俺は絶望した。




( ^ω^)絶望パンドラボックスのようです





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