川 ゚ -゚)此方は私のたいようです
1 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:19:36.94 ID:/6SW8ooK0
- 熱かった。
とても、とても。
痛かった。
とても、とても。
悲しかった。
とても、とても。
哀しかった。
とても、とても。
冷たかった。
とても、とても。
暗かった。
とても、とても。
私は願った。
悪夢の終わりを。
私は祈った。
悪夢であれと。
私は望んだ。
光をくださいと。
私は諦めた。
これは現実であると。
- 2 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:23:23.31 ID:/6SW8ooK0
- 私は悟った。
自分の死期が近い事を。
私は夢見た。
もう一度だけと。
私は夢を見た。
楽しかった、あの日々を。
私は信じた。
永遠を。
私は思った。
最期を。
私は想った。
家族を。
せめて、死ぬ前にもう一度だけ見たかった。
家族皆で撮った写真を。
せめて、逝く前にもう一度だけ見たかった。
子供じみた、私の夢を。
せめて、泣く前にもう一度だけ笑いたかった。
無垢な笑顔で、心から。
せめて、せめて、せめて。
もう一度だけ。
- 3 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:25:00.77 ID:/6SW8ooK0
-
もう一度だけが、溢れだす。
涙と共に、心の底から溢れだす。
そして、私の意識はそこで途絶えた。
川 ゚ -゚)此方は私のたいようです
- 4 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:27:04.75 ID:/6SW8ooK0
- 母親の遺影に手を合わせ、私の朝が始まった。
時刻は朝の5時半。
同年齢の学生からしたら、過剰なほど早起きである。
別に、私は部活をしているわけではないし、学校までの道程が遠いわけでもない。
そろそろ、"朝御飯"の支度をしなければ学校に遅刻してしまうからだ。
二人分とはいえ、手を抜くわけにもいかない。 そう気合を入れ、私は白いエプロンを纏った。
今朝の献立は、御味噌汁と御新香、納豆と白米。
米床から四合分の米を圧力鍋に入れ、寝巻の袖をまくり、蛇口をひねって水を入れる。
ある程度まで入れたら、水を止める。
繊手で水に浸った米を掻くようにして回し、手の腹でぎゅっとする。
それを何回も繰り返すうち、透明だった水が白く濁り出す。
そしたら、圧力鍋を斜めに傾け、濁った水を流しに捨てる。
その際、米が零れ落ちないように手で軽くせき止める。
水を捨て終わったら、また水を入れて先程と同じ要領で米を研ぐ。
三回程それを繰り返し、最初は濁っていた水も少しだけ透明に近づいた。
より完璧な透明を目指そうとすれば、それは悪戯に米を潰すだけなので、これ以上は砥がない。
砥いだ米を鍋底で平らにし、手のひらを押し当てながら水を鍋に注ぐ。
手首の辺りまで水が来たら水を止め、私は手に付いた水滴を軽く振り飛ばす。
鍋の取手を持ち、そのまま焜炉の上に置いた。
蓋をして、キッチンタイマーのスイッチを入れる。
ガスコンロの火を点け、同時にタイマーを起動した。
- 5 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:29:13.54 ID:/6SW8ooK0
- 米が炊きあがるまでにはまだ時間が空くので、付け合わせの御味噌汁を作る。
冷蔵庫から昨日買った豆腐と卵を二個、取り出した。
包丁を水切りから取り、刃先に付いた水滴を一振りで払い落す。
豆腐の容器の端に切れ込みを入れ、包丁の腹で豆腐を抑えながら、中の水を全て流す。
中の水を流し終わると、押さえていた包丁で残った隅にも切れ込みを入れる。
捲れ上がったビニールの端を指先で摘み、一気に剥がし取った。
容器から手のひらに豆腐を乗せ、そのままで豆腐を切り分ける。
縦に六回、横に二回。
再び容器をそれに被せ、一気にひっくり返した。
これで、余計にまな板を汚さなくて済む。
小さめの鍋に水を入れ、二つしかないガスコンロの最後の一つに乗せる。
火を点け、御湯が沸くのを待つ。
その間に、軽く身支度を済ませる。
小さな洗面所に足を運び、一先ずは手を洗う。
十年近く毎日米を研いでいたので、手の肌は綺麗だった。
別に美容に興味はないので、それほど有難いとも迷惑とも思わない。
蛇口をひねって水を流し、背中を丸めて洗面台に顔を近づける。
手で受け止めた水を顔にぶつけ、眠気と汚れを取り払う。
洗顔用の石鹸を手に取り、泡立てる。
泡を顔に優しく広げ、もう一度受け止めた水でそれを洗い流した。
目を閉じた状態で、手を横に巡らせる。
- 6 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:34:08.60 ID:/6SW8ooK0
- 右手が柔らかいタオルを掴み、それで顔を拭く。
念入りに水気を拭き取ったら、そのタオルを壁に掛けておく。
何か変なところはないかどうか、私は鏡を覗き込んだ。
川 ゚ -゚)
いつもと変わらない、無愛想な顔。
子供だった頃は、本当によく笑っていたのだが。
今では、十数年間笑った記憶がない。
それは別に、笑えるような事が無かったというわけではない。
面白いと思った事に対しては素直にそう言うし、つまらない事に対しても同様だ。
ただ、私は笑い方を忘れたのだ。
どうやって笑みを浮かべたらいいのか、本当に忘れてしまったのだ。
十数年も笑わなかった結果、体が笑うという行為を退化させたらしい。
別に、それで不便だと思った事は無い。
周囲から冷たい目で見られるぐらいだ。
小学校、中学校共にそうして過ごし、もう慣れた。
だから私は、笑わなくてもいいと思っている。
ふと、御湯が沸騰する音が耳に届いた。
静かに、且急ぎ足で台所に駆け寄り、ガスコンロの火を小さくする。
用意していた豆腐を鍋に入れ、味噌を取り出す。
適量の味噌をオタマに取り、鍋に静かに沈めた。
箸でそれを溶く様にして回し、味噌が全て溶けるのを手助けする。
慣れていなかった時には、味噌の塊を食べてしょっぱい思いをした事がある。
- 7 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:39:15.46 ID:/6SW8ooK0
- 味噌を溶き終えると、私はその鍋に蓋をした。
火を中火にし、そのまま置いておく。
糠床から取り出した胡瓜の糠漬けを水で洗い、皿に切り盛る。
同時にキッチンタイマーが、米の炊きあがりを告げた。
圧力鍋の圧を抜き、しばし蒸らす。
味噌汁の方も、大分沸いてきた。
みそ汁の入った鍋に、卵を二つ落とす。
そしたら蓋をして、今度は弱火にする。
今度は圧力鍋の蓋を取ると、もわっと炊きあがりの米の匂いがした。
しゃもじで米を切るようにして混ぜ、水切りから取った茶碗に盛る。
かぱかぱ、と"三人"分盛り終えると私はそれを持って、居間の机の上に持っていく。
父さんと私の席に置き、最後の一つは母さんの遺影の前に置いた。
さて、そろそろ父さんを起こしに行こう。
エプロンを外しながら、私は父さんの部屋に歩いていく。
父さんの部屋の前に来ると、私は扉を二回叩く。
すると、部屋から寝ぼけた声で返事が返ってきた。
扉を開け、私は入ってすぐの場所にある父さんの布団の傍らに屈む。
布団から寝ぼけた顔を出している父さんの姿は、少しだけ可愛かった。
( ФωФ)「もう朝か……」
両目の上に負った大きな傷。
眼球まで深く傷ついてしまっている為、父さんに視力は無い。
だから私は、父さんを起こすのを手伝わなければならないのだ。
- 8 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:45:01.94 ID:/6SW8ooK0
- 別に、私は嫌いではない。
私ぐらいの歳の娘になると、どうにも父親を毛嫌いする傾向があるらしいが。
私にはそれがまったく理解できなかった。
これほど"誇れる父"を毛嫌いするなど、あり得ない事である。
父さんは優しいし、それに時々見せる可愛らしい仕草が私は好きだった。
目が見えないからと言って、父さんが変わるわけではない。
川 ゚ -゚)「うん。 もう朝だよ。
ご飯が出来たから、一緒に食べよう」
起き上った父さんの手を取り、私は立ち上がるのを手伝う。
足元を少し警戒しながら、父さんは足を床に付けた。
そして、私は父さんの手を引いて居間まで連れていく。
( ФωФ)「今日のご飯はなんだ?」
鼻をひくつかせ、父さんは献立を聞いてきた。
私はそれを聞いて、少しだけ嬉しくなる。
だから、私は誇らしげに言う事にした。
川 ゚ -゚)「今朝は白米と御新香、御味噌汁と納豆だよ。
御味噌汁に、卵入れておいたからね」
(*ФωФ)「本当か?! よくやった!」
子供のように喜ぶ父さんの姿は、やっぱり―――
―――やっぱり、少し可愛かった。
――――――――――――――――――――
- 9 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:53:32.42 ID:/6SW8ooK0
- あの日の事は、今でも鮮明に覚えている。
私の4歳の誕生日、よく晴れた、雲一つない朝だった。
誕生日のお祝いに、父さんと母さんは私を遊園地に連れて行く途中だった。
ハンドルを握るのは父さん。
後ろの席で、私は母さんと一緒に笑っていた。
その時の母さんは、いつもと違ってよく喋っていたのを覚えている。
今にして思えば、母さんは自分の子供がここまで大きくなったのが嬉しかったのだろう。
女の子を育てるのは、華を育てるのと似た楽しみがあるらしい。
だからだろう、母さんがここまで饒舌になり、笑顔を見せていたのは。
華を愛でるように私を愛でてくれた母さんは、少しだけ変わった人だった。
いつでもマイペースで、父さんとよく喧嘩をしていた。
喧嘩と言っても、子供の私が見ていて笑いたくなるほど"仲の良い喧嘩"だった。
私はそんな母さんが好きだった。
料理も上手だし、美人だから。
幼いながらも、私の目標の人間だった。
父さんが母さんに一目惚れしたのも、納得がいく。
母さんが駄々をこねれば、結局最後に折れるのは父さんだった。
少しだけ困ったような、それでいて優しい笑顔を浮かべる父さん。
よく聞いたものだ。
女の子が最初に恋をするのは、父親であると。
なるほど、確かに私は恋をしたのかもしれない。
- 10 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:55:09.25 ID:/6SW8ooK0
- というより、恋をしていた。
だって、父さんは優しいし、かっこいいし、それから、それから……
……やっぱり浮かばない。
とにかく、私は父さんが大好きだった。
一緒にお風呂に入る時も、決まって私が父さんの背中を流した。
そして、半ば口癖のように私は言っていた。
川 ゚ー゚)「私、父さんの御嫁さんになる!」
その時はそれが本心だったし、嘘偽りの無い言葉だった。
でも、父さんは私の頭を優しく撫でてくれるだけで答えてはくれなかった。
はぐらかす時、父さんは決まってあの笑顔を浮かべて無口になる。
だから、私は考えた。
父さんは、母さんの方が好きなんだと。
その事を考えて、私は泣いた。
ある日、私がそうして泣いていると、母さんが訊いてきた。
lw´‐ _‐ノv「何が悲しいの?」
私は包み隠さず、母さんに言った。
私の告白を受け、母さんは少しだけ黙り込む。
そして、真顔で言った。
lw´‐ _‐ノv「貴女は、父さんと母さん、どっちが好き?」
当時の私には答えられなかった。
そんな私を見て、母さんは薄く微笑み、私の頭を撫でてくれた。
- 12 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 21:58:24.81 ID:/6SW8ooK0
- lw´‐ _‐ノv「父さんも、同じ気持ちだったの。 御嫁さんになれるのは、たった一人。
本当に好きで、大好きな人と結婚して、貴女が産まれた。
そんな貴女が、父さんは大好きだけれど。 それは御嫁さんとは違う大好き。
でも、貴女の大好きは御嫁さんの好きにも負けない、大好き。
いつか貴女も見つけるの、そんな大好きを。 そしたら、父さんの気持ちが解る筈よ」
そんな大好きを、私は見つけられるのだろうか。
いつかそんな日が来たら、私は世界で一番の幸せ者だろうな。
そう、私は思った。
そして、その瞬間が訪れた。
左車線を走っていた私達を乗せる車が、トンネルの中に入った瞬間だった。
まるで、その時を待っていたかのように。
"運命の歯車"というやつが、軋みを上げて狂い動いたのだ。
急に車が"跳ねあがった"かと思うと、世界が回転した。
シートベルトをしていた私は、遠心力で車外に飛び出す事は無かったが、頭を思い切り前方座席にぶつけてしまった。
それがすごく痛くて、私は泣き声を上げようとした。
- 13 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:01:49.46 ID:/6SW8ooK0
- でも
反転する世界の中で
私は
何も
出来なかった
泣く事も
動く事も
父さんの名を
母さんの名を
呼ぶことも
何も
出来なかった
私は無力で
幼くて
小さくて
それが
それが とても
哀しかった
その事が
余計に悲しかった
反転した世界の中で
私は―――
目を覚ましたら、そこは真っ暗闇だった。
果たして、自分はここにいるのか。
そう思いたくなるほど、この闇は怖かった。
手を伸ばそうとしても、手があるのかどうか解らない。
声を出そうとしても、喉があるのかどうか解らない。
涙を流そうとしても、目があるのかどうか解らない。
- 14 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:05:18.95 ID:/6SW8ooK0
- ふと、私は耳にした。
擦れた声が、私の名を呼んでいる。
声のする方に首を傾けると、私の頬に何かが触れた。
今は冷たくなっているが、これは指だ。
人の指。
それも、私がよく知る人の指だ。
「……母さん」
どうにか声を絞り出し、その人の名を呼ぶ。
それに答えるように、指が少し動いた。
まるで、私を慰めるように。
頬を撫でるその指は、優しくて。
優し過ぎて、私は悲しくなった。
幼くても、私は気付いてしまった。
母さんは、もう長くないと。
だから母さんは、最期に私に触れようとしたのだ。
そして、そよ風の様に頬を撫でていた母さんの指が、私に触れたまま遂に止まる。
それは、優しい最期で。
それは、悲しい最期だった。
あんなに優しかった母さんが、もうこの世に居ない。
声を出して泣きたかった。
そうすれば、母さんが帰ってくると思ったから。
そうしなければ、私は壊れてしまうと思ったから。
- 16 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:08:27.03 ID:/6SW8ooK0
- 力無く横たわる私の目から、自然と涙が流れていた。
その涙が、皮肉にも私に現実を教えた。
熱い。
全身が熱い。
傷が熱い。
漏れた燃料に火が付き、私の体を熱する。
痛い。
全身が痛い。
傷が痛い。
潰れた車体が、私の体を押しつぶす。
悲しい。
全てが悲しい。
心が悲しい。
母さんの死が、私の心を壊す。
哀しい。
何もかもが哀しい。
生きている事さえも。
幸せの終わりが、私に死を促す。
冷たい。
体の端まで冷たい。
まるで氷の様に冷たい。
- 18 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:11:16.84 ID:/6SW8ooK0
- 出血が、私の体から温度を奪う。
暗い。
目の前が暗い。
心が暗い。
希望を失い、血を失った私に闇が囁く。
『大丈夫、死ぬのは怖くない。 僕と一緒になろう。
もう、悲しい事も、痛い事もない世界に行こう』
その誘いに、私が頷こうとした瞬間だった。
「クー、クー!」
父さんの声が、私に耳に届いた。
最後の力を振り絞り、私は声の方に手を伸ばした。
手と手が、触れ合う。
ごつごつしてて、すっかり固くなった皮膚。
間違いなく、それは父さんの手だった。
父さんの手が、私の手を強く握りしめる。
それを最後に、私の感覚は闇へと溶けて行く。
後日、私達が入院した病院のベッドの上で、私は母さんの死を告げられた。
知ってはいたが、それで涙が抑えられる程私は大人では無かった。
だって私はまだ、小学校に入る前の子供だったのだから。
- 19 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:15:07.46 ID:/6SW8ooK0
- あの日に起きたのは、近年稀に見る大地震。
M8近くの地震が起き、私達二人が生きていたのは奇跡としか言えなかったそうだ。
死者7233名、負傷者1万7176名、全壊家屋は14万2178戸。
行楽シーズン、大型連休が重なったこともあり、この地震の被害は国内最大級だったらしい。
人によっては両親を失い、恋人を失い、家族を失った人もいたようだ。
私も、その内の一人だった。
トンネルの中に閉じ込められた私を、父さんは車内から助け出し、安全な場所まで連れて行ってくれたそうだ。
目が見えなかったのに、どうして父さんは私を助け出せたのだろうか。
その答えは、誰も教えてくれなかった。
多分、誰も知らないだろう。
父さん自身も、その時の事は覚えていないらしい。
ある日のことだ。
どこかの職員の人が、私達の病室に来た時の事は、今でも鮮明に記憶している。
幼い私にも分かるように、噛み砕いて説明してくれた事は、ひどく簡単な話だった。
父さんと、私が別々に暮らすという事だった。
私はまだ幼いから、どこかの孤児院にでも入れればいいし。
父さんに至っては、障害者施設にでも入れれば無事に万事解決という事だった。
でも、当時の私は―――
―――いや、今の私でも同じ事を言うに違いない。
絶対に嫌だと、私は泣き叫んで拒んだ。
父さんも、どうにかして私を育てるのだと断った。
どこかの職員は、バツの悪そうな顔をして病室を出て行った。
- 20 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:18:53.71 ID:/6SW8ooK0
- その日から、私と父さんは二人で一緒に生きる事を決めたのである。
――――――――――――――――――――
父さんを居間まで連れて行き、ご飯の前に座ってもらう。
( ФωФ)「おお、炊きたてだ。
クー、悪いが―――」
川 ゚ -゚)「はい、お茶」
父さんはいつも、朝御飯には緑茶を飲む。
だから私は、先に入れていたお茶を手渡した。
猫舌の父さんがびっくりしないように、少し温いお茶。
( ФωФ)「うむ、ありがとう。
す、スズ……」
美味しそうにお茶を飲み、父さんは湯呑を置いた。
ほうっ、と息を吐き、父さんは箸を手探りで探す。
探り当てた箸を持ち、父さんは合掌した。
( ФωФ)「では、いただきます」
川 ゚ -゚)「いただきます」
私もそれに倣い、食事を始める。
味噌汁の汁を、少し飲む。
そしたら、炊きたての白米に箸を伸ばす。
- 22 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:23:33.33 ID:/6SW8ooK0
- 一口分を箸で挟み取り、口に運ぶ。
少しだけ薄味の味噌汁でも、ご飯を進めるには十分だ。
しっかりと噛みしめ、米の甘味を味わう。
のみ込み、再び味噌汁の碗に手を伸した。
今度は具の卵を、箸で突き崩す。
半熟の黄身が、ゆっくりと味噌に混ざり合う。
その下にある豆腐にも、黄身が絡み合っている。
豆腐を箸で摘み、口に運ぶ。
もう少し、大きめに切ってもよかったかなぁ。
でも、美味しいからいいや。
今度はネギを入れてみよう。
川 ゚ -゚)「どうかな、父さん。 美味しい?」
父さんの好物のこの味噌汁は、母さんがよく作ってくれたものだ。
だから、父さんが美味しいと言ってくれれば、私は母さんに近付いた事になる。
( ФωФ)「美味しいぞ。 だが、母さんの味には届かないな」
川 ゚ -゚)「残念」
分かってはいたが、まだ私には母さんの味を出す事は出来ない。
思い出の中にあるレシピで、ここまで再現するのは正直苦労したのだが。
最初のころに比べれば、少しは近づけていると思う。
川 ゚ -゚)「父さん、納豆は食べる?」
- 23 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:29:04.02 ID:/6SW8ooK0
- 昨日、近所のスーパーで買った納豆を父さんに勧める。
3パック58円、みんな大好き般若納豆である。
( ФωФ)「糠漬けがあるのであろう? ならば遠慮しておこう」
残念ながら、今日の父さんには好かれていなかった。
だけど、父さんは私の漬物を選んでくれたから嬉しい。
胡瓜の糠漬けは、糠床をキチンと管理しなければ出来あがらない。
つまり、私の努力の結晶とも呼べるものである。
川 ゚ -゚)「じゃあ、御茶碗を貸して。
何枚食べる?」
父さんから御茶碗を受け取る。
( ФωФ)「10枚」
盛ってあった皿から、斜めに切った漬物を10枚、父さんの茶碗に乗せる。
こうしてあげれば、父さんはいちいち漬物を探さないでも済むのだ。
父さんに茶碗を返し、私も漬物に箸を伸ばした。
箸で挟みやすいように斜めに切った漬物は、ご飯のおかずに最適である。
私はそれを1枚、口に含んだ。 パリッといい音が鳴る。
胡瓜から染み出るような、糠の味。
でもそれは不快では無く、噛めば噛むほど滲み出る美味しさであった。
漬かり過ぎてもいないし、漬かっていないという事もない。
丁度いい漬かり具合だ。
- 24 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:34:35.88 ID:/6SW8ooK0
- 川 ゚ -゚)「美味しい?」
父さんに尋ねる。
父さんは、口元を弛めて言った。
( ФωФ)「おう、これは合格点だ。
最近腕を上げたな、練習したのか?」
川 ゚ -゚)「ううん。 糠床にいろいろ入れてみたの。
近所の渡辺さんが、美味しい作り方を教えてくれたから」
近所に住む渡辺さんは、父さんの幼馴染である。
とても優しく、小さいころからよく私の面倒を見てくれた人だ。
母さんが死んでから、渡辺さんは私によく料理を教えてくれた。
思えば渡辺さんは、父さんの好みを知っている数少ない人である。
彼女から教えてもらった料理の数々は、案の定父さんを喜ばせた。
私が学校に行っている間、渡辺さんが父さんの面倒を見てくれている。
本当にありがたい話だ。
( ФωФ)「渡辺が、か。 クー、よかったな。
お前は渡辺に気に入られているんだ」
御茶碗片手に、父さんが言った言葉は、少し理解出来た。
滅多に近所付き合いをしない渡辺さんが、何故私と父さんに構ってくれるのか。
その理由は定かではないが、他の人とは違う扱いを受けている事は自覚している。
- 25 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:37:37.44 ID:/6SW8ooK0
- 川 ゚ -゚)「今度、何かお礼をしないとね。
渡辺さん、何が好きなの?」
父さんは少し考える仕草をして、湯呑に手を伸ばした。
一口すすり、ゆっくりと口を開く。
( ФωФ)「甘い物と、お茶だな。 学校帰りに、桜餅でも買って来てくれないか?」
この季節なら、丁度桜餅が出回っている時期だ。
帰り道にある老舗の和菓子屋で、適当に見繕ってもらおう。
川 ゚ -゚)「うん、いいよ。 今日は学校が早めに終わるから、3人でお茶しようか」
3人でゆっくりとお茶を飲み、桜餅を食べる。
のんびりしていて、とても心地いい時間が過ごせるだろう。
( ФωФ)「いや、ヒートも連れて来ると良い。
渡辺が気に入っている娘だから、来たら喜ぶぞ」
同じクラスに居る、ヒート。
元気で活発で礼儀正しい彼女は、将来、福祉関係の職に就きたいと言っていた。
ならば、渡辺さんと話すのも苦ではない筈だ。
以前、ヒートは渡辺さんに会った事がある。
大きな荷物を抱えていた渡辺さんを手伝い、家まで荷物を運んだとのこと。
照れくさそうに笑って、ヒートは渡辺さんとお茶を飲んだそうだ。
川 ゚ -゚)「うん。 分かった。
一緒に来れるようだったら、電話するね」
- 27 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:41:19.99 ID:/6SW8ooK0
- 家の電話は、常にハンズフリーとなっている。
だから、特に電話に関しては障害があるわけでは無かった。
( ФωФ)「そうか、渡辺と楽しみに待っているぞ」
そう言って父さんは、笑みを浮かべた。
――――――――――――――――――――
食事とその片づけが終わり、私は自室で登校の準備をしていた。
パジャマを脱ぎ、それを畳んで布団の上に置く。
ふと、私は部屋の隅に置かれた鏡に目を向けた。
母さんが、私の制服姿を見る為に。
我が子の成長を見る為に買った、大きい鏡。
そこに映る私の姿は、果たして母さんが望んだものなのだろかと、ときどき思う。
なめらかな白い肌。
色気とは無縁の黒い下着。
それが隠す、健康的な肉体。
母さん譲りの腰まで伸びた長い黒髪。
所々に散らばる母さんの断片が、少しだけ悲しかった。
鏡を見る度、母さんが悲しんでいるように思えてならない。
川 ゚ -゚)
でも、私はこれでいいと思う。
最愛の人が死に、私は尊い事を学んだから。
それはきっと、誰もがいつかは学ぶ事だ。
- 28 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:45:02.56 ID:/6SW8ooK0
- もう二度と、後悔をしないように。
私は毎日を生きる。
それが、母さんの願いのはずだから。
シワ一つないワイシャツの袖に、腕を通す。
上から順にボタンを留めていく。
一番上まで留めると苦しいから、上3つは留めない。
短めの群青色のスカートに足を入れ、腰まで上げる。
腰のホックを止め、ワイシャツをしっかりとしまう。
季節はまだ春。 ワイシャツを出すのはみっともない。
学校指定のネクタイを首に巻き、慣れた手つきで締める。
きゅっ、と、いい音が鳴った。
男子は青、女子は赤。 実に単純な色分けである。
壁に吊り下げてあった上着をハンガーから取り、その肩を払う。
スカートと同じ色の、群青色のブレザー。
母さんも、きっと私がこれを鏡の前で着る姿を夢見たんだろうな。
父さんが言っていた。
女の子を育てる楽しみは、その都度綺麗な花を咲かせる所にあるって。
気長に待って咲く花は、本当にきれいで。
それを楽しみにしない親なんて、いないって。
タンスの中から、靴下を探す。
私はあまり肌を露出するのが好きではない。
だから、私はニーソックス、もしくはオーバーニーしか履かない。
- 29 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:49:33.96 ID:/6SW8ooK0
- 今日は少し肌寒いから、オーバーニーにしよう。
黒いオーバーニーを選び、ゆっくりと履いた。
もう一度、鏡の前で自分の姿を見る。
どこにでもいる高校生。
制服に身を包んだ無愛想な顔が、自分を見ていた。
服のシワを直し、学校カバンを手に取る。
教科書類はあらかじめ学校に置いてあるので、わざわざ重い思いをしないでもすむ。
だから、筆箱と弁当箱を入れるだけで事足りた。
色気に興味が無い私は、同級生とは違って化粧をした事が無い。
化粧道具を大きな箱に入れて持ってくるキチガイもいるが、私はせいぜいリップスティックさえあれば良いと思っている。
乾燥した唇は、あまり気持ちがいい物ではないからだ。
ただし、今の季節は唇が乾燥する心配が無いのでそれも持ち歩きはしない。
手で持つタイプのこの学校カバンは、既に使用3年目を向かえている。
高校に入るのと同時に、父さんが私に買ってくれたものだ。
雨の日も、風の日も。
雪の日も、晴れの日も。
いつだってこのカバンと一緒に学校に通った。
―――それも、あと数ヵ月で終わる。
私達三年生に、もう一度同じ春が来る事は無いのだ。
春が来る前に、私達は学校を去る。
父さんが買ってくれたこのカバンも、もう二度と学校に通う事は無い。
- 30 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:53:02.15 ID:/6SW8ooK0
- 着なれた制服も。
履きならした皮靴も。
一緒にテストを受けた筆記用具も。
もう、学校には行けない。
それらは学校生活を共に過ごし、同じ時間を共有したモノだ。
たった数年の為だけに、彼等は生まれ、そして死んでいく。
だから、私はせめて。
共に、未練が残らないように。
彼らと共に、最後の学校生活を送る事を決めていた。
カバンを手に、私は父さんに声を掛ける。
川 ゚ -゚)「父さん、行ってきます」
居間でテレビを"聴いて"くつろいでいた父さんが、のそりと起き上がった。
( ФωФ)「気を付けてな。
行ってらっしゃい」
その言葉を聞いて、私は玄関へと歩いて行く。
玄関に置かれている、キチンと揃えられた皮靴に、足を入れる。
つま先をトントンと地面に付け、私は玄関の扉を開け放った。
そこから見える蒼穹は、どこまでも澄んでいた。
――――――――――――――――――――
- 31 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 22:57:43.95 ID:/6SW8ooK0
- 私の家から学校までは、徒歩で15分。
割と近場にある私の通う高校は。
俗に言う、進学校と呼ばれるものだ。
有名大学への進学率が非常に高く、その手の親御さんには酷く受けがいいらしい。
しかし、その反動として学費が馬鹿みたいに高い。
さて、私の家は今生活保護を受けている。
では、私は如何にしてこの学校へと通っているのかと言うと。
それは世の中の便利な常識のおかげだった。
特待生。
私の通う学校は、成績優秀者は学費免除、その他掛かる費用も全て免除というモノだ。
それに目を付け、私は必死に勉強をして、この学校に通う事になった。
事情を知らない者からは、私は勉強しか能の無い人間だと思われているらしい。
だが、全く気にはならない。
彼らに私が言いたいのはただ一つ。
それは―――
ノパ听)「よっ、おはよう」
私と同じ制服を着る、同学校の女子生徒が後ろから私の肩を叩いた。
彼女はヒート。
私の幼馴染だ。
川 ゚ -゚)「おはよう」
- 33 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:01:07.18 ID:/6SW8ooK0
- 簡単に挨拶だけ済ませ、私はヒートに目を向ける。
普段は陸上部の朝練に精を出している彼女だが、今の時期は違うらしい。
というのも、ヒートは先日引退試合を済ませ、陸上部を無事に引退しているからだ。
初め、彼女は弓道部に入りたいと言っていた。
だが、体験入部の際に弓を弦ごと破壊してしまい、入部を断念。
仕方なく、彼女は陸上部の中距離。
1500メートルの選手へと転身したのである。
何を思って中距離にしたのか、以前ヒートに尋ねたことがある。
その際、彼女はちょっとだけ悪戯っぽく笑って。
ノパ听)『だって、人が少ないんだもん』
と、言っていた。
とはいえ、ヒートはそれで手を抜くような人間ではない。
練習メニューをきちんとこなし、そして適度にサボっていた。
ノパ听)「そういえば、あの紙、どうした?」
彼女らしくもない、珍しくまじめな質問が私に投げかけられた。
ちょっとだけ驚きつつも、私はごく自然に答える。
川 ゚ -゚)「就職してそのままって書いた。
ヒートは何て書いた?」
ノパ听)「一応専門学校に進学した後、就職って書いたけどさ。
あの紙って書く必要あるのかな?」
川 ゚ -゚)「ん? なんでだ?」
- 34 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:05:29.46 ID:/6SW8ooK0
- ノパ听)「だって、将来どうするか何て、その時まで分からないじゃん。
だったら、今書いても意味ないんじゃないのかなーって」
なるほど。
そう思うのは至極当然の話だ。
自分の将来図を書け、なんて言われても困るだけだ。
川 ゚ -゚)「じゃあ、それをデレデレ先生に言ってみなよ」
デレデレ先生は、私たちのクラスの担任だ。
正確な年齢は分からないが、外見はどう見ても20代前半。
ときどき厳しい事もあるが、いつでも私たち生徒のことを思って行動してくれている人である。
ノパ听)「そんなこと言ってみなよ、私の成績表がアヒルの大名行列になっちゃうよ」
ちなみに、ヒートの成績表で群を抜いているのが体育。
それ以外は、致命的なまでに成績が低い。
よくて3、悪くて2。
川 ゚ -゚)「このままじゃ卒業できないかもね」
ノパ听)「それが冗談じゃ済まなさそうだからな。
そういえば、今日デレデレ先生の授業最後か」
思い出したように、ヒートが最後に付け加えた。
デレデレ先生の担当は、国語だ。
ヒートの成績表で数少ない3を持つ授業でもある。
- 35 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:09:23.52 ID:/6SW8ooK0
- 本人曰く、デレデレ先生が好きだからだそうだ。
だったら4ぐらい取ればいいのに、とも思うのだが。
ヒートは授業以外で勉強をしない。
勉強をしないでデレデレ先生のテストを切り抜けるのは、正直無理だと思う。
川 ゚ -゚)「最後に何か重大な発表があるって言ってたけど、なんだろうね?」
学校に差しかかる坂道の手前で、私たちは道を左に曲がった。
長い坂道を避け、学校の裏門へと向かう。
ノパ听)「デレデレ先生のことだから、きっととんでもない事を企画してるよ。
去年も、無茶なお題で宿題出してきたし」
人気の少ないこの道は、1年生の割と最初の方に見つけた道である。
知っている人間はいるものの、あまり多くはない。
閑散としていながらも、どこかほのぼのとした空気が大好きだ。
川 ゚ -゚)「……そういえばそうだったね」
デレデレ先生が去年出した宿題には、ずいぶん手こずった思いがある。
ノパ听)「去年が"人生で一番大切なもの"だったから。
きっと、今回もそんなノリだよ」
何かと意味深な問いをしてくるデレデレ先生の宿題。
その集大成とも言えるのが、今日の発表で明らかにされるのだろう。
川 ゚ -゚)「あ、そうだ。
ヒート、今日の放課後は暇か?」
- 36 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:14:20.38 ID:/6SW8ooK0
- 忘れるところだった。
今朝、父さんに言われた渡辺さんとの茶会の話を切り出そう。
ノパ听)「あぁ、暇だよ。
どうして?」
川 ゚ -゚)「父さんが渡辺さんと一緒にお茶しよう、って」
それを聞いたヒートは、ぱぁっと笑顔を浮かべた。
私はその動作が可愛い、と素直に思った。
ノパ听)「おお! 渡辺さんか!
じゃあ、学校終わったらシャキンの家で和菓子を買っていこう!」
私たちの同級生であるシャキン。
彼の実家は地元でも有名な老舗の和菓子屋だ。
渡辺さんの大好きな大福や、みたらし団子が売っている店である。
川 ゚ -゚)「それはよかった」
裏門へと続く短い坂道を登りながら、私は辺りに立ち並ぶ木々を見た。
すっかりと葉は落ち、北風に揺られて葉のない枝が揺れている。
春になれば、この桜の木たちは新入生を迎え入れるために綺麗に花咲かせるのだろう。
じゃりじゃりとした坂を登り終え、私達は運動部の部室棟前に来た。
そこから下駄箱まで、私達は無言だった。
別に、話題がないからとか気まずいからではない。
お互いの事をよく知っているので、とくに話さなくても十分なのだ。
- 37 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:20:42.28 ID:/6SW8ooK0
- ノパ听)「お、シャキン!
おはよっす!」
下駄箱の前に、先ほど話題に出たシャキンがいた。
ヒートがシャキンの元へと駆け寄り、彼の肩を強く叩く。
シャキンは少し困った顔を浮かべながらも、ちゃんと挨拶を返した。
(`・ω・´)「あぁ、おはよう。
相変わらず、二人は仲良しだね」
ノパ听)「まぁな。 お前も相変わらずシャッキリしてるな!」
川 ゚ -゚)「……なんだそれは」
ぽつり、と私は呟いた。
幸い、ヒートにもシャキンにもそれは届かなかったらしい。
ノパ听)「今日さ、クーと一緒にシャキンの店に買い物に行くんだ。
何かお勧めってないか?」
(`・ω・´)「みたらし団子かなぁ。
タレがそろそろいい感じになってると思うんだ」
ノパ听)「ありがと! やっぱりお前はシャッキリしてるよ!」
(`・ω・´)「僕はレタスや水菜じゃないんだから、シャッキリって……」
そんな会話をしている二人をよそに、私はさっさと上履きに履き替えていた。
二人の会話を邪魔したらいけない空気なので、私はそっとその場を後にする。
- 38 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:24:44.11 ID:/6SW8ooK0
- 川 ゚ -゚)
あの二人は、きっと互いに惹かれているのだろう。
でもそれを口にはしないで、今の関係を守ろうとしている。
後少しで、学校を卒業するというのに。
なぜ、待つ必要があるのだろうか。
恋愛とは無縁の生活を送ってきた私が言うのもなんだが、あまりにじれったい。
さっさと付き合えばいいのに。
しかし、仮に。
二人が付き合ったら、私とヒートの関係も変わってしまうだろう。
きっと、ヒートはそれを気にしているのだ。
それに、だ。
今付き合ったとしても。
二人の進路は別々。
シャキンは家業を引き継ぎ、ヒートは専門学校に進学する。
その二人の間に齟齬が生じるのは、避けては通れない。
互いに忙しい身で、付き合い続けるのは非常に大変なことだ。
それでも。
後悔しない為に今、何かをするべきではないのか。
私は下駄箱前で談笑する二人を置いて、廊下を歩き始めていた。
川 ゚ -゚)
- 39 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:28:18.12 ID:/6SW8ooK0
- 校舎内は決して綺麗とは言えない。
でも、私はこの校舎が好きだ。
どれだけ汚くて古臭くても、長く人に愛されてきたこの校舎。
床に付いた傷も、壁に付いた汚れも全て。
ここに人がいて、ここで生きていたという証拠なのだ。
新しいのもあれば、古いのもある。
校舎内に吹く風が、冬の匂いを運ぶ。
冷たいぬくもりが、私を包み込んだ。
階段をゆっくりと上り、私達三年生のフロアへと来た。
流石に三年にもなると、皆この学校に慣れていた。
どこに何があり、どこがいい場所なのか。
全て熟知している。
廊下の壁にもたれかかって談笑している者の前を通り、私は自分のクラスへと足を踏み入れた。
川 ゚ -゚)
一瞬。
クラスから聞こえていた会話が、途絶えたように思えた。
だが、次の瞬間には元通りになっている。
こんなことには、慣れっこだ。
さっさと私は自分の席に行き、鞄を机の横にかける。
椅子を引いてそっと座った。
- 41 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:33:01.40 ID:/6SW8ooK0
- 特にすることもない私は、机の中に入れていた文庫本を取り出す。
しおりを挟んでいたページを開き、そのまま私は活字に目を走らせた。
すると。
「ほら、また……さんが……」
「……どうし…………な…………」
近くで談笑していた女子のグループから、ヒソヒソと話し声が聞こえてきた。
どうせまた、私の事について陰口を言っているのだろう。
よく飽きないものだな。
爪'ー`)「やぁ、素直さん」
どこからか現れた男子生徒に、私は声をかけられた。
川 ゚ -゚)「……何?」
文庫本から目を上げないで私は答える。
そんなこと気にも留めていない様子で、男子生徒は私の前の席に腰かけた。
そこはヒートの席だぞ、おい。
爪'ー`)「いや、クラスメイトに声をかけるのは生徒会長として当然だろ?」
相変わらずキザったらしい声。
金髪が似合わないと、誰か言ってやったらどうだ?
それと、香水臭いと。
川 ゚ -゚)「……私の記憶では、お前はとっくに生徒会を引退していたはずだが」
- 42 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:37:27.59 ID:/6SW8ooK0
- ページをめくり、私は突き放すように言った。
それでも気にしないのか、男子生徒は笑って答える。
爪'ー`)「ははは、そうだね。
流石は素直さんだ、的確な返答だよ」
いちいち五月蠅い奴だな。
おまけに癇に障る。
川 ゚ -゚)「……読書の邪魔」
爪'ー`)「邪魔はしない、僕は静かに君を見守っているよ」
その言葉に、先ほどヒソヒソ話をしていた女子グループが嬌声を上げて喜ぶ。
女三人集まれば姦しいとは、まさにこの事。
女子に人気のあるこの男子生徒は、その動作の一つ一つが過剰なまでに評価されていた。
無論、私は嫌いだが。
川 ゚ -゚)「黙れ、そしてそこから退け」
爪'ー`)「そう冷たくしないでくれよ、そうだ、素直さんのアドレス教えてよ」
人の話を聞くというプログラムが欠如しているのか、こいつは。
ポケットから携帯電話を取り出し、男子生徒は何やら操作を始めた。
そして何を思ったか、携帯電話を開いて私の机の上に置いた。
川 ゚ -゚)「人の話を聞いてないのか?
黙ってそこから退けと言ったんだが」
- 44 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:41:17.01 ID:/6SW8ooK0
- 爪'ー`)「アドレスを教えてくれたら黙って退くよ」
ニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべている。
仕方ないか。
これ以上そこに居られても迷惑なだけだ。
川 ゚ -゚)「ヒート、摘まみ出してくれ」
爪;'ー`)「え゛?」
ノパ听)「合点承知」
いつの間にか現れたヒートが、男子生徒の首根っこを掴んで持ち上げる。
ゴミでも捨てるかのように乱暴に男子生徒を放り投げると、ヒートは席に付いた。
ノパ听)「朝から災難だったな」
川 ゚ -゚)「あぁ、あの馬鹿のせいで全然読み進められなかった」
しおりを挟んで本を閉じる。
それを机の中にしまう。
ノパ听)「ああいう輩は相手にしない方がいい。
話しかけられても無視するのが一番だよ」
川 ゚ -゚)「耳元で五月蠅い蚊を潰さないほど、私は出来た人間じゃないんでね」
――――――――――――――――――――
- 45 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:45:02.67 ID:/6SW8ooK0
- 今日の日程は、全授業が午前中で終わる短縮授業。
だから、私は少しだけ浮ついていたのかもしれない。
いや、正確に言えば。
少し、感慨に耽っていたのだ。
窓の外に見える街の景色。
すっかり風化して、汚れてしまった校舎。
外に吹く、冬の風さえ見えている気がする。
冷たい空気が、冬の空をより一層澄み渡らせている。
気を失ってしまうほどの蒼穹。
数学の先生の言葉は、私の耳を完全にすり抜け、私の耳に届いているのはスズメのさえずり。
川 ゚ -゚)
後、数ヶ月で。
この景色ともお別れだ。
そういえば、私は将来どうするんだろう。
あまりにも漠然としていた将来。
それに対して、ささやかながらも急に不安を感じた。
恥ずかしい話だが、私はまだ自分の将来図というのが見えていない。
あの紙に書いたことは、あくまでも雛型。
どこかの誰かが決めた、人生のテンプレートだ。
私はただ、それに則って書いただけ。
- 46 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:50:35.48 ID:/6SW8ooK0
- 本当のところは、何も分からない。
そして、何も決めていない。
適当な事務の仕事に就いて、それから―――
―――それから、私は。
何を、するんだろう?
こうして流れで勉強をしているけれど、将来の役に立つのか。
こんな三角形やらの法則とか、絶対に使わない自信がある。
事務職に必要なのは三角形の法則よりも、パソコンではないのだろうか。
知らず、私はシャーペンを持つ右手でキーボードを打つ練習をしていた。
まだぎこちないが、その内どうにかなるだろう。
社会の歯車として、私は何も考えなくなって。
―――大人に、なるのだ。
( ゚∋゚)「……じゃあこの問題を、素直のクール。
って、おーい。 聞いているでごわすか?」
はっと目を教卓の先生に向ければ、数学の担当であるクックル先生が困った顔をしていた。
黒板に書かれた数式に、大きく丸が書かれている。
状況から察するに、あれを私に解けと言ったのだろう。
川 ゚ -゚)「Y=390-5rです」
教科書に書かれていた答えを口にする。
クックル先生の授業中に出題される問題の大半は、こうして教科書に載っているものを使う。
だから私は、すぐさま答えることが出来たのだ。
- 47 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:54:16.17 ID:/6SW8ooK0
- ( ゚∋゚)「正解でごわす。
じゃあ、次の問題を……
フォックス、解いてみろ」
爪'ー`)「あぁ?」
クックル先生に指名された男子生徒。
朝、私に寄ってきた奴だ。
フォックスと呼ばれた男子生徒は、面倒くさげに机の下に向けていた視線を上げた。
携帯電話で何かしていたのだろう。
それを邪魔されて、何やら不機嫌になったようだ。
爪'ー`)「わかんないや」
黒板の文字を見ずに、フォックスは即答した。
そして、再び机の下へと視線を戻す。
クックル先生は何か言いたげな顔をしたが、腕時計に目を移すとそれは止んだ。
( ゚∋゚)「ちょうど時間でごわすか……
じゃ、今日の授業はこれまで」
そう言って、クックル先生は教材をまとめて教室の扉に手をかけた。
それと同時に、終業を告げるチャイムが鳴る。
先生は何事もなかったかのように、さっさと教室から出て行った。
ノパ听)「……いよいよだぞ、クー」
- 49 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/25(火) 23:58:17.98 ID:/6SW8ooK0
- 川 ゚ -゚)「ん? 何がいよいよなんだ?」
体ごと後ろに向け、ヒートが話しかけてきた。
教科書の類をしまい、次の授業の教科書を出しつつ私は答えた。
ノパ听)「現国だよ、現国。
デレデレ先生の例の宿題がいよいよ発表だぞ」
そういえばそうだった。
川 ゚ -゚)「楽しみなようで、全く楽しくないな」
ノパ听)「そうだろう、そうだろう。
そこで、だ」
ニヤリと笑うヒート。
何やら思いついたらしい。
ノパ听)「出された宿題を、一緒に解こうじゃあないか」
川 ゚ -゚)「一緒に解くって言いながらお前、いつも私の宿題を写してるだけだろ」
ノパ听)「そんなつれない事言うなよ」
そんなやり取りをしていると。
ζ(゚ー゚*ζ「は〜い、こんにちは〜」
- 51 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 00:02:08.35 ID:6kH0z7xy0
- ζ(゚ー゚*ζ「は〜い、こんにちは〜」
教室の扉が開かれ、デレデレ先生が姿を現した。
外国人なのに現国の先生。
とても変わった人である。
未だに着席していない生徒に注意をしつつ、先生は教卓の前へ。
ζ(゚ー゚*ζ「授業するわよ〜」
それに合わせたかのように、始業を告げるチャイムが。
流石にこの時ばかりは、普段はやかましい生徒も口を閉ざしている。
誰だって、授業中の私語が原因で暗い未来を約束されたくはないだろう。
さっきまで調子に乗っていたフォックスまでもが、黙っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「全員席に着いたわね、じゃあ始めましょうか」
――――――――――――――――――――
本日最後の授業。
それは、僅か5分で終了してしまった。
教科書でやり残していた部分をさっさと済ませ、デレデレ先生は一枚のプリントを取り出した。
ζ(゚ー゚*ζ「今からこのプリント配るから、一人一枚ずつ取ってね」
それは、A4サイズの白紙のプリント。
白紙と言えば多少の語弊があるが、灰色っぽい藁半紙だ。
藁半紙は普通の紙と比べて安価で、学校では重宝するアイテムである。
- 52 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 00:06:22.71 ID:6kH0z7xy0
- 簡単に破れたり、簡単に皺が付いてしまったりすることを除けば普通の紙だ。
全ての席に回り終えたのをデレデレ先生が確認し、一つ咳払い。
ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、これはこのクラスの9割の人間に関係のある話だからよく聞いてね。
進学する人はレポートの、そうでない人は自分自身の為になるから」
言い終え、デレデレ先生はチョークを手にする。
そして、流れるような自然な動きで黒板に文字を書き始めた。
書き終え、デレデレ先生は皆に向き直る。
ζ(゚ー゚*ζ「"大人と子供の違い"。
これについて、皆に考えてほしいの」
クラス中から、どよめきの声が。
ζ(゚ー゚*ζ「は〜い、黙りなさい。
明日の4限目で皆に発表してもらうから。
もしも、忘れたりいい加減にやったりしたらどうなるか、わかるわよね?」
デレデレ先生の言うことに嘘はない。
現に私が2年生の時、不良を気取った一人の男子生徒が自主退学した。
その理由は、成績不振による留年。
夏休みの宿題を一教科忘れた為だった。
その教科は当然現国。
もちろん、当時の現国担当はデレデレ先生だ。
ζ(゚ー゚*ζ「次からは言われなくても静かにするように。
でね、この宿題なんだけど、字数制限とかは特に有りません。
だから代わりに、皆が納得できるような言葉で説明してくださいね」
- 53 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 00:10:11.93 ID:6kH0z7xy0
- 同性の私の目から見ても、デレデレ先生はとても魅力的である。
少女のように無邪気な笑みを浮かべたり。
時折見せる可愛らしい仕草も、全部魅力だと思う。
宿題の質と頻度をどうにかしてくれれば、言うことはないのだが。
ζ(゚ー゚*ζ「タイムリミットは24時間。
なんなら、今書き終わった人は提出していいわよ」
そんな奴いないだろう。
と、思ったのだが。
一人だけ、そんな奴がいた。
爪'ー`)「はい、先生。 書き終わりました」
先生によって態度を変えるフォックスが、自信満々に手を挙げた。
女子生徒の間からは、奴を褒め称える言葉が聞こえる。
しかし、男子生徒の間からは苦笑が聞こえた。
フォックスは同性からあまり好かれていないようだ。
まぁ、当然だろう。
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、今この場で発表してちょうだい。
席は立ってね」
言われ、フォックスは席を立つ。
目にかかった髪を弄りながら、どこか気だるげに口を開く。
爪'ー`)「20歳を過ぎたら、大人です」
- 55 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 00:14:53.07 ID:6kH0z7xy0
- 確かに、法律上はそうだろうが。
デレデレ先生の質問の意図は、そういう事を言っているのではないと思う。
そんな事に、この男は気付いていないのか。
ζ(゚ー゚*ζ「はい却下。 もう少し真面目に、その足りない脳みそを振り絞って考えなさい。
あともう一度でも、今みたいなふざけた答えを言った人は、……解るわよね?」
笑顔で一蹴。
どうやら、同じ考えをしていた者が何人かいたらしい。
消しゴムで紙を擦る音がまばらに聞こえた。
ζ(゚ー゚*ζ「焦ってロクでもない答えを書いて、自分の人生を棒に振りたくないのなら。
残された時間を有意義に使って、考えてね」
ある種の死刑宣告を終え、デレデレ先生はニコリと微笑んだ。
ζ(^ー^*ζ「じゃあ、少し早いけど今日はこれでおしまい。
明日、期待してるわよ」
――――――――――――――――――――
从'ー'从「あらあら、それは大変ですね〜」
湯呑みを両手で包み込むようにして持ち、渡辺さんは言った。
まったりとしたその声色に、思わず私は和んでしまう。
手にした湯呑みの中身を静かに啜り、渡辺さんは溜息を吐いた。
学校を終えた私達は、予定通りシャキンの店へと足を運んで茶菓子を買って帰っていた。
事前に軽く昼食を済ませて来た私達は、家に着くなりお茶会の準備をした。
渡辺さんはヒートと私の姿を見るや、途端に笑顔を浮かべて準備を手伝ってくれた。
- 56 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 00:18:33.82 ID:6kH0z7xy0
- 今私達は、我が家の茶の間にあるコタツに入って、皆でヌクヌクと過ごしている。
ノパ听)「そうなんですよ、大変なんですよ!
で、しかも頼みの綱だった複写作戦は破綻。
自力で考えなければいけないわけです」
みたらし団子を頬張りながら、ヒートは言った。
コタツの上には、白紙の状態の藁半紙が2枚。
2枚とも、ただの1文字も書かれていない。
川 ゚ -゚)「渡辺さんは、何か分かりますか?
大人と子供の違いってのが」
私の質問に、渡辺さんはしばし考え込んだ。
湯呑みを手の中で回し、口を開く。
从'ー'从「自分の行動に責任を持てるようになったら、ですかね〜。
でも、それは6歳の子供でも出来ますからねぇ」
川 ゚ -゚)「つまり、大人にしかできない事がある、と?」
渡辺さんは静かに頷いた。
从'ー'从「それが何なのか、私には分かりませんね〜。
と、言うより。 今までそんな事、考えた事ありませんでしたよ」
塩大福を手に取り、渡辺さんは目を細める。
ぱくっ、と口にして、笑みを浮かべた。
その横で、父さんが苦笑をした。
- 57 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 00:22:18.06 ID:6kH0z7xy0
- ( ФωФ)「吾輩も気がつけば、大人になっていた。
……正直、吾輩は分からない。 仕事をしている子供もいるし、しっかりした子供もいる。
なかなかに難しい話だな」
ゆっくりと湯呑みを口元へと運び、そっと啜る。
( ФωФ)「こうして考えてみると、大人と子供の線引きは、あまりにも曖昧であるな。
法律では20歳となっているが、16歳でも大人になれる場合がある。
つまり、線引きは年齢ではなさそうだな」
川 ゚ -゚)「父さん、こういうの好きなの?」
父さんは口元を緩めた。
少し不器用な笑顔を浮かべ、気恥ずかしそうに明後日の方向を向いてしまう。
そして、消え入りそうなほど小さな声で言った。
( ФωФ)「まぁ、な」
誤魔化すようにして、父さんは茶を啜る。
ノパ听)「うーむ、これは思いのほか面倒くさいぞ……
そもそも大人ってなんだよ、子供ってなんだよ?
落ち着いてたり、体つきが良かったりすれば大人なのか?」
川 ゚ -゚)「だから、今それを考えているんだろう」
ノハ;゚听)「いかんな、普段使わない頭を使ったから知恵熱が……」
頭を抱えて悶絶するヒート。
確か、テスト前夜もこんな感じになってたな。
- 58 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 00:26:32.85 ID:6kH0z7xy0
- 川 ゚ -゚)「私達の卒業が掛ってるんだ、諦めるんじゃない」
ノハ;゚听)「つっても、そんな違い分かるわけねーべよ。
大人にしかできない事、ねぇ……」
―――結局。
私達は夕方になっても、その答えを見つける事が出来なかった。
ノパ听)「じゃあ、私はこの辺で帰るよ。
また明日、な」
川 ゚ -゚)「ちょっと待て、駅前のスーパーに用があるんだ。
途中まで一緒に行こう」
ノパ听)「おぉ、分かった。
渡辺さん、ロマネスクさん。 今日はありがとうございました」
玄関まで見送りに来ていた父さんと渡辺さんに、ヒートはペコリとお辞儀。
渡辺さんはそれを見て、笑みを浮かべた。
从'ー'从「えぇ、また一緒にお茶しましょうね」
( ФωФ)「うむ、またな」
渡辺さんに支えられながら、父さんはヒートに小さく手を振る。
目が見えない代わりに、父さんの聴力はとても良い。
だから、ヒートの声がどの方向から聞こえているのか分かるのだ。
川 ゚ -゚)「父さん、スーパーで夕飯の材料を買ってくる。
何か食べたいものはある?」
- 60 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 00:30:05.44 ID:6kH0z7xy0
- 私の言葉に、父さんは少し考え。
( ФωФ)「うーん、親子丼が食べたいなぁ……」
川 ゚ -゚)「うん、分かった。
行ってきます」
――――――――――――――――――――
川 ゚ -゚)「ん?」
ヒートと別れを告げ、近所のスーパーに足を運んでいた私は三つ葉を手にしたまま固まった。
青果コーナーの片隅、野菜が所狭しと並べられている場所。
そこに、私はいた。
そして、私の視線の先。
鮮魚コーナーの片隅に、彼はいた。
('A`)
同じクラスの、確か名前は……
ドクオ、だったかな。
あまりにも影が薄いので、とくに印象が残っていない。
ただ、彼が鮮魚コーナーに一人買い物カゴを片手に居るのはイメージに合わない。
もっと、部屋で引き籠っていそうな暗いイメージしかない。
そんな彼の手にする買い物カゴの中には、いくつかの野菜が入っている。
('A`)「うーん……」
- 62 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 00:34:11.19 ID:6kH0z7xy0
- ドクオは、魚を手に唸っていた。
……まぁ、いいか。
私には関係ない―――
―――はずなのだが。
川 ゚ -゚)「こんなところで何を唸っている?」
('A`)「え?」
よせばいいのに。
買い物カゴに三つ葉を入れつつ、私はドクオに話しかけていた。
驚いた声を上げ、ドクオは私を見る。
('A`)「な、なんで、素直さんがこんなところに?」
川 ゚ -゚)「買い物以外でここに来る人間がいるとは思えないが」
('A`)「そりゃそうだけどさ…… まぁいいや。
いや、魚の鮮度が今一分からなくて……」
そう言って、ドクオは手にしたトレイを見せて来た。
トレイの中に入っていたのは、スケソウダラだった。
川 ゚ -゚)「……スケソウダラはすぐに鮮度が落ちるぞ。
だから、鮮度を重視する料理には向かないな。
ホイル焼きにでもしたらどうだ?」
- 63 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 00:38:17.34 ID:6kH0z7xy0
- 私の言葉に、ドクオは目を丸くした。
('A`)「素直さんって、料理の事にも詳しいんだ」
川 ゚ -゚)「これぐらい、すぐに覚えるさ」
('A`)「でも、教えてもらって悪いけど、これは止めておくよ」
川 ゚ -゚)「なぜだ? ホイル焼きなんて簡単だろう」
ドクオはトレイを戻し、私に向き直る。
少しだけ気恥ずかしそうに、ドクオは目線をそらした。
('A`)「かーちゃんが倒れちゃって、何か元気の出るものを作ろうって思ったんだけど。
ホイル焼きの"ホ"の字も知らないんだ。
せいぜい、グリルに魚を入れて魚焼きを作るのが関の山さ」
なるほど。
だからこいつは、ここに来ているのか。
少し見直した。
しかし、ホイル焼きも知らないで料理を作ると本気で言っているのか。
小中学生じゃああるまいし、まさかこいつ―――
嫌な予感を抱きつつ、私はその疑問を口にすることにした。
川 ゚ -゚)「まさかとは思うが、野菜炒めぐらいしか作れない、とか言うなよ?」
('A`)「素直さんはエスパーでいらっしゃいますか」
- 66 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 01:01:10.74 ID:6kH0z7xy0
- 嫌な予感が当たった。
川 ゚ -゚)「はぁ…… 仕方ない、か」
('A`)「?」
川 ゚ -゚)「ついて来い」
鮮魚コーナーに隣接している精肉コーナーへと進む。
私の後ろを、ドクオが恐る恐る付いてくる。
川 ゚ -゚)「覚えておけ、疲労回復にぴったりなのは豚肉だ。
牛肉なんぞ、味だけで何の効果もない」
言って、一番安い豚肉を手に取る。
後ろのドクオにそれを渡し、私は自分のカゴに鶏肉を入れた。
川 ゚ -゚)「次、行くぞ」
('A`)「え? え?」
狼狽するドクオを無視し、私は漬物コーナーに行く。
デイリーに分類される漬物コーナーは、青果のすぐそばにある。
こんな事になるなら、最初からこっちに寄っていた方がよかったな。
ズラリと並ぶキムチを指さし、口を開く。
川 ゚ -゚)「さっきの豚肉と、適当なキムチを一緒に炒めろ。
後は生姜を細切りにして入れれば、体も温まる。
じゃあな」
- 67 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 01:05:10.40 ID:6kH0z7xy0
- 野菜炒めしかできない奴でも、これぐらいなら出来るだろう。
そう言って、私はその場を立ち去る。
('A`)「あ、ありがとう」
後ろからドクオの声が聞こえたが、振り返らない。
そういえば、久しぶりだな。
父さん以外の異性とまともに話したのは。
――――――――――――――――――――
川 ゚ -゚)「……困った」
困った。
とても困った。
どれくらい困ったかと言うと、新品の釜の底に付いた焦げが取れないぐらい困った。
私は夕食を済ませ、風呂に入って、寝間着に着替えて自室の机に向かって座っていた。
机の上には、デレデレ先生から配られた藁半紙とシャーペン、消しゴムそしてマグカップ。
無論、私は文字通り手が付いていない状況だった。
いくらこうして困ったと口にしていても、何か自体が良くなるわけではない。
でも、口にでも出してしまうのも仕方がない。
"大人と子供の違い"、何て題材を上手く消化できる人間がいたら教えてほしい。
ホットミルクが入ったマグカップを手に取り、口に運ぶ。
その時になってようやく、中身が空になっている事に気が付いた。
どうにもいかんな。
- 68 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 01:10:23.52 ID:6kH0z7xy0
- 考えすぎているようだ。
考えすぎはよくない。
もう一杯、ホットミルクを飲もう。
マグカップを片手に席を立つ。
部屋を出て、そのまま台所へ向かう。
その途中で、父さんの声が聞こえた。
声は、居間から聞こえていた。
『―――でな、困ったものだ』
どうやら、父さんは誰かと話をしているようだ。
でも、今家に私達以外に誰かいたっけ?
居ないよね、うん。
じゃあ、電話かな?
とも思ったが、父さんの言葉に返ってくる声は聞こえなかった。
『お前がいなくなって、もう13年か……』
その言葉に、私は足を止めた。
息を潜めて、父さんの言葉の続きを待つ。
『そうだ。 最近、クーが料理の腕を上げてな。
みそ汁も、ご飯の炊き加減もお前にそっくりだよ……』
一体、父さんは誰と話しているのだ。
いや、流石の私もここまでくれば分かる。
父さんは、母さんの遺影に向かって話しかけているのだ。
- 69 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 01:16:52.84 ID:6kH0z7xy0
- 『でもな、お前がいなくなってから、クーは笑わなくなってしまった……
たぶん、学校でもそうだ。 吾輩は……』
父さんの声が、少し震える。
『吾輩は、クーの笑顔がもう一度……
……もう一度だけ、見たいのである…………
あの頃みたいに、純粋な笑顔が……』
その声は、まるで。
自分の非力さに嘆くように震え、湿っぽくなり始めていた。
『なぁ、吾輩は一体どうしたらいいのだ、シュー?
自分の子供を笑わせる事が出来ないで、吾輩は大人なのか?』
もう、父さんの声は完全に涙声になっていた。
私は、黙って父さんの話を立ち聞きするしかできない。
『親として失格だと思うが、吾輩は―――
―――吾輩は、クーに、もう少しの間子供でいてほしいと願っているのだ……
吾輩は、間違っているのだろうか?
なぁ、シューよ……』
マグカップを手に、私は自分の部屋へと静かに戻った。
これ以上。
父さんの言葉を聞いていたら、きっと。
私は。
私は、きっと。
罪悪感に耐えられなくて、泣いてしまうかもしれないから。
- 72 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 01:20:23.31 ID:6kH0z7xy0
- ごめんね。
父さん。
母さん。
誰か。
教えてくれ。
大人って、なんなんだ?
誰か。
教えてくれ。
子供って、なんなんだ?
そして―――
私は一体―――
―――どっちなんだ?
部屋に戻った私は、電気を消して布団に倒れこんだ。
口だけで、ごめんなさいと何度も口にする。
謝っても、謝りきれない。
でも、分かってほしい。
母さんがいないのに、どうして笑えるんだ?
大切な人が目の前で死んで、それでどうして?
家族が死んだんだぞ?
母さんが死んで、父さんは目が見えなくなって。
それでも、私に笑えって言うのか?
- 74 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 01:24:56.14 ID:6kH0z7xy0
- 私は子供なのか?
父さんの子である以上、私はいつまでも子供なのかもしれない。
だけど、そうじゃない。
そうじゃない事は、分かっている。
よく分かっているつもりだ。
具体的には分からないけども、そうでない事だけは分かる。
じゃあ逆に。
私は、大人なのだろうか?
でも、その自覚はない。
だから、大人ではない。
と、思う。
そう、思いたい。
だって、そうだろう?
大人の自覚のない大人なんて、いないはずだから。
もう、分からないよ。
誰かを護れば大人?
誰かに頼れば子供?
誰かに認められて、初めてどちらかになるのか?
父さんが私に子供でいてほしいと願っても。
私は、”子供でいる事すら分からないのだ”。
どうやったら、子供のままでいられるのか。
- 75 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 01:29:06.48 ID:6kH0z7xy0
- どうしたら、大人にならないでいられるのか。
どうしたら、大人と子供の線引きが分かるのだろうか。
私は、父さんの願いにすら答える事が出来ない。
無力だ。
あまりも無力。
何も分からない私には、何もできない。
何かしたいという気持ちはある。
でも、何もできないのだ。
確かに、私は早く大人になろうとしたさ。
そうしないと、父さんを支えられないから。
だから私は、誰よりも早く大人になろうとした。
料理をして、家事をして、勉強をして。
母さんの代わりに、父さんを支えてきた。
そんな私は、大人なのか?
それとも子供なのか。
その答えを誰が、教えてくれるというのだ。
父さんを泣かせても、まだ足りないのか?
何もしない事が子供だというのなら、私は家事を投げ出そう。
それが父さんの願いなら、仕方がない。
でも、でも。
そうしたら、誰が家事をするんだ?
- 78 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 01:33:05.82 ID:6kH0z7xy0
- 渡辺さんか?
それともヘルパーか?
それとも、どこかの施設に入るのか?
冗談じゃない。
父さんは私のだ。
誰かに渡すなんて考えられない。
じゃあ……
私は、一体……
……何なんだ?
私は父さんの子供で、でも子供かどうかは分からなくて。
母さんの代わりになりたくて大人になりたくて。
でも大人か子供かは分からない。
こんな曖昧な私は―――
―――ここに、”いる”のか?
――――――――――――――――――――
- 79 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 01:37:15.14 ID:6kH0z7xy0
- 曖昧な意識の中。
夢とも現実とも分からない意識の中。
私は、白い場所に居た。
何かの比喩とかではなく、何もない。
ただ、白い場所に居た。
机も、窓も、床も、天井も、壁があるのかでさえ分からない。
白い、白い場所。
私は、真ん中か、それとも端か。
それとも、床下か、天井か。
とりあえず、自分の場所すら分からないが。
私は、白い空間にいた。
でも、何もない空間なのに。
どうしてだろう。
懐かしい匂いがする。
あぁ。
そうだ。
これは、母さんの匂いだ。
それと、父さんの匂い。
違う。
家族の匂いだ。
優しくて、暖かくて、眠くなるような。
- 81 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 01:42:25.15 ID:6kH0z7xy0
- そんな、懐かしい匂い。
でも、この場所には私しかいない。
そりゃあそうだ。
何もない白い空間に誰かいれば、すぐに分かる。
ただ、懐かしい香りだけがする白い空間。
不思議と、私はここが気に入った。
ここにずっといてもいい。
そう、思う。
だって、ここに居れば悲しい事も。
何かに悩む事も、何かに傷つけられることもない。
大人とか、子供とか考えたりしないでも済む。
家族の匂いがするこの場所にずっといれば、私は満足だ。
無理して何かに触れる意味が、果たしてあるのか。
否、ない。
そうに、決まっている。
この場所に籠って。
この場所で死んで。
それの何が悪い。
誰にも文句は言わせないさ。
それに、文句を言う人もいない。
あぁ、何とも居心地のいい空間だろうか。
- 83 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 02:00:45.53 ID:6kH0z7xy0
- 瞼を閉じる。
目に映るのは、黒。
先ほどまでの白とは、全く別の色。
悲しくて。
暗くて。
どうしようもなく―――
―――安心できる色。
何も考えずにいられる、そんな色だ。
瞼を上げる。
白だ。
やっぱり、白だ。
ただ、安らぎと居心地の良さに満たされた色。
ここにいれば。
ここに、いるだけで。
私は、幸せでいられる。
簡単なもんじゃないか。
幸せを手にするのは、こんなにも簡単だったのか。
誰だよ、幸せは簡単には手にする事が出来ないとか言ったのは。
―――でも。
瞬きをする度に、何か嫌な気持になる。
何かから逃げているような、そんな気持ち。
- 84 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 02:05:32.14 ID:6kH0z7xy0
- 黒い色が、白い色が。
互いに、私を責め立てているような。
そんな、錯覚。
ふと。
“天井らしき部分”に、亀裂のようなものが見えた。
ヒビだ。
あらら。
やっぱり上手くいかないのか。
結局、これは私の夢だったか。
残念。
あーあ。
もう少し、ここで過ごしたかったな。
お?
あれは?
なんだ?
人?
うん。
人だ。
「貴女は、誰?」
輪郭があるわけではない。
かといって、存在感がないわけではない。
なんだか、人間の本能的な何かが"それ"を見つけた。
- 86 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 02:10:07.12 ID:6kH0z7xy0
- そんな、気がする。
だから、私は自然と話しかけていた。
「……さぁて、誰でしょうね」
意味ありげに、"それ"は笑んだ。
何故だか、その声に聞き覚えがあるような気がした。
声は、"この世界"から聞こえていた。
何がどうなっているんだ。
「私は貴女の事をよく知っているわ。
貴女も、たぶん知っていると思う」
だから、誰だと訊いている。
「そうね、意地悪はこの辺にしておきましょうか……」
言って、"それ"は姿を現した。
相変わらず、声は世界から聞こえているが。
白い世界に、その姿は紛れもなく現れた。
lw´‐ _‐ノv「久しぶりね、クー。
大きくなったわね、……本当に」
私は、声を失った。
母さんが、現れたのだ。
あの時と変わらぬ姿で、変わらぬ声で。
- 87 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 02:16:08.48 ID:6kH0z7xy0
- 白い服を身にまとって、母さんが現れたのだ。
lw´‐ _‐ノv「ロマから聞いた通り、なんだか無愛想な顔をしているわね。
こういう時は、素直に泣いて抱きつけばいいのに」
私は驚きの顔を浮かべたまま、その場で立ち止まっている。
世界のヒビが、一際大きく入る。
lw´‐ _‐ノv「む。 これは困ったな。
あの野郎、もう少し粘れと言ったのに……
ちっ……」
呟いた母さんは、露骨に舌打ちをした。
lw´‐ _‐ノv「仕方がない、こうなったら回りくどいのは止めだ。
いい? クー。 よく聞いて。
母さんも父さんも、貴女に笑っていてほしい。
何故だか分かる?」
首を横に振る。
分かるはずがない。
lw´‐ _‐ノv「それはね、私達が貴女の親だからよ。
親から見たら、我が子はいつまでも子供のまま。
それに、大人とか子供とか決めるのは、何時だって"他人"なのよ」
馬鹿な。
あり得ない。
そんなわけ、あるはずがない。
- 88 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 02:23:46.02 ID:6kH0z7xy0
- lw´‐ _‐ノv「そんなわけあるから、世の中上手く廻ってるの。
そもそも、誰が大人とか子供の線引きを決めたの?
"他人"でしょう? その他人が決めた線引きは、結局は他人のもの。
もしも、自分が大人か、子供か、それを知りたいのならば―――」
世界のヒビから、光が。
lw´‐ _‐ノv「―――この、"繭"から出るの。
そして、自分の目で、耳で、手で、鼻で、声で、世界を確かめて。
羽を広げて、一度だけでもいい。
家族という繭から、外の世界を確かめにいくの。
何も、失わなくていい。 ただ、一絞りの勇気で世界を見るの。
そうすれば、"貴女の大人"が分かるはずよ」
白い世界に、眩い光が満ちてくる。
光の筋が、母さんに当たる。
その中で、母さんは子供っぽい笑みを浮かべていた。
lw´‐ _‐ノv「時間がないのが残念だけど、これだけは決して忘れないで。
貴女は、何時まで経っても。 何が起きても―――」
lw´‐ _‐ノv「―――貴女は、私の……
いいえ、貴女は私達の"たいよう"です」
世界が光に溢れ。
母さんは、光に溶けて。
私の意識は、光に満ちた。
- 90 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 02:28:24.19 ID:6kH0z7xy0
- さしこむ光はまるで、太陽のように暖かかった。
――――――――――――――――――――
目が覚める。
何故だが、不思議と体が軽い。
違う。
体だけじゃない。
昨日は沈んでいた心も軽い。
あの夢が原因なのだろうか?
そうだろうな。
たぶん。
それにしても、随分リアルな夢だったな。
でも、まぁ。
母さんに会えたし、よしとするか。
起き上がり、日課の朝食を作ろう。
今朝のメニューは何にしようかな。
父さんが好きな卵焼きと、みそ汁、それと胡瓜の糠漬け。
あれ?
父さん起きたのかな?
いつもより早い。
起こすの手伝ってこなきゃ。
- 91 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 02:34:06.05 ID:6kH0z7xy0
- 父さんの部屋の扉を、軽くノック。
川 ゚ -゚)「父さん? 起きたの?」
「あぁ、なんだか変な夢を見てな……」
川 ゚ -゚)「ちょっと待ってて、今手伝うから」
「すまんな」
扉を開ける。
父さんは、いつものように布団に包まっていなかった。
( ФωФ)「ふむ……」
布団の上で胡坐をかいて、父さんは何やら唸っている。
川 ゚ -゚)「どうしたの?」
( ФωФ)「なぁ、クーよ。
朝からなんだが、一つ吾輩の話を聞いてくれないか?」
川 ゚ -゚)「うん、いいよ」
父さんと向かい合って正座をする。
父さんは意を決したように、静かに口を開いた。
( ФωФ)「お前は―――」
- 92 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 02:38:41.13 ID:6kH0z7xy0
-
父さんの口から出た言葉は、夢の中の母さんと同じ。
でも。
ちょっと違ったのは。
ここは白い空間じゃなくて。
瞼を下しても、怖くない場所。
温かくて、優しい匂いのする場所。
父さんたちにとって、私が太陽なら。
そう。
ここはまるで―――
- 93 名前: ◆HVh5q8Srf. :2009/08/26(水) 02:42:20.52 ID:6kH0z7xy0
-
川 ゚ -゚)此方は私のたいようです
おしまい
-
-
【TOPへ戻る】 / 【短編リストへ】