(´・ω・`)やはり嫁入り前には雨が降るようです
- 突き抜けるような青空。
そこに浮かぶ真っ白な入道雲に届く勢いで、蝉が大合唱する。
眩い日の光を受け、青々と茂る木々。
風を受けてざわざわと音を立て、潮騒の音のように心を落ち着かせる。
空に一筋の飛行機雲が浮かんでいる。
どこまでもまっすぐに伸びて、やがて、消える。
のどかな夏の昼下がり。
私は、自宅から車で一時間ほど離れた場所にある、祖父母の家を訪れていた。
実に十年ぶりに見る風景は、全く変わっていない。
都会の喧騒に慣れていた私にとって、この田舎の空気は新鮮そのものだった。
過疎化と少子高齢化によって村の人口は激減し、今ではほんの一握りの老人しかいない。
嘗ては大きな村だったその証に、人の住んでいない朽ちた民家が多く残っている。
(´・ω・`)
まるでこの村は、老いて死ぬのを待っているかのようだった。
時の流れに抗わず、穏やかな死を望んでいる気高い老夫人を、私は何故か連想してしまう。
実を言うと、今、私の祖父母の家には誰も住んでいなかった。
十年前に私が来たのは、祖父の葬式の時だったのだ。
元々心臓を患っていて、何時死んでもおかしくない状態だったという。
兵隊だった時から通算して5回、瀕死の状態に陥ったことがある。
しかし、その状態で祖父は20年以上も生き永らえたのだから、正に鉄人と言える。
最期に祖父は、祖母にこの様な言葉を送ったそうだ。
(´ФωФ)『ありゃ、婆さんががいに綺麗に見えらぃ。
……わしゃ、幸せもんじゃったわ』
- そんな祖父が愛した祖母は、四年前にグループホームで亡くなった。
苦しまずに亡くなったのが、私にとって救いだった。
最期まで祖母は笑みを絶やさない人だった。
死に顔を見たが、驚くほど綺麗な笑顔をしていた。
川 ー )
きっと、昔は大変な美人だったに違いない。
深く刻まれた笑窪が、その生涯が幸せに満ちていたことを物語っていた。
私もいつか最期の時を迎えるとしたら、祖父母のように、と思う。
例え伴侶がいなくても、だ。
(´・ω・`)「……ふぅ」
――昼食を終えた私の足は、家から離れた場所にある小川に向かっていた。
この場所は私だけが知っている、と今でも思っている。
水の透明度は高く、氷のように冷たい。
昔と変わらず、綺麗な小川だった。
驚いたことに、昔私がよく使っていた大きな岩がまだあった。
記憶の中の形と僅かに変わっていたが、座るのにちょうどいい窪みは変わっていない。
その岩は木陰にあり、夏の強い日差しから私を何度も守ってくれた。
当時の私が足を伸ばせば水面に届く程だったから、今では膝ぐらいまで水に付けられるだろう。
ズボンの裾をまくって、私はサンダルで丸い石だらけの川岸を歩く。
コロコロとした石同士がぶつかると、コツコツと可愛らしい音が鳴った。
水が流れる涼しげな音と、木の葉が揺れる軽い音、そして私が歩く音と蝉の声が重なる。
こんなに夏らしい風景は、都会では決してお目にかかれない。
-
岩の上に腰かけると、不思議と気分が落ち着いた。
懐かしい気持ちになるからだろう。
仕事の事も忘れ、社会人の立場を忘れられる。
何も変わらず、この岩は私に安らぎの場所を与えてくれる。
そう言えば。
初めてこの場所に来た日も、こんな気持ちになった事を思い出した。
違うのは私の見る世界の高さと、年齢だけだろう。
あれは、そう。
今から十五年前の事だっただろうか。
あの日も、今日と同じように暑く、大きな入道雲が山の向こうに見えていた。
私の記憶は、遠く十五年前に遡り始めた。
(´・ω・`)やはり嫁入り前には雨が降るようです
- ―
――
―――
→ 15年前 →
―――
――
―
十五年前、私は都内の小学校に通っていた。
両親は仕事で忙しく、私は幼いながらも、その現実を受け入れていた。
家に帰っても誰もいないことは当たり前で、夕食は一人で食べるのが常だった。
夕食は時々母が作っておいてくれたが、殆どはコンビニの弁当をレンジで温めていた。
ずっとその生活を繰り返していたので、何ら疑問にも思わなかったし、不幸だとも思わなかった。
寂しさを紛らわす為に、私は勉強に力を注いだ。
勉強は出来たが、運動は出来なかった。
小学校低学年の頃の私は、友達が少なかった。
二人が帰ってくる頃には、私は自室のベッドの中で寝ていた。
この生活のおかげで、私はある程度の事は自分で出来るようになっていた。
ただ、人と話す事が苦手ではあったが。
その年の夏休み、両親は私を父方の祖父母の所に一人で泊らせようと計画した。
何を思ってそう計画したのか、当時の私には分からなかった。
後になって分かった事だが、両親は自分達では教えられない事をそこで私に学んでほしかったそうだ。
その当時の生活について、両親は申し訳なかったと、私に謝罪してくれた。
こうした背景から、私は、生涯で初めて一人で遠くの地に向かう事となった。
- 主な移動手段は電車だったのを覚えている。
自宅近くの駅までは父が車で送ってくれ、途中の車内で、父は私にキャラメルを一箱くれた。
どうしてその事を覚えているのかは分からないが、確かに、一粒で長い距離を走れるキャラメルだったのは覚えているのだ。
持ち物は水筒とお菓子の入ったカバンと、首から提げた財布だけ。
こうして、小さな私の大冒険は始まった。
何せ、私は一人で電車に乗った事が無いのだ。
一人で何処かに行くと云うだけでも心細かった。
だからこれだけの事でも、大が付く冒険だったのである。
最初に私がした事は、駅員に道を尋ねる事だった。
(´・ω・`)「すみません」
私は、おずおずと尋ねた。
今にして振り返れば、微笑ましい光景だった。
だからだろう、駅員は笑顔を浮かべて私の眼を見ていた。
ミ,,゚Д゚彡「はい、どうしました?」
子供だからと云って態度を変えることなく、その駅員は私に接してくれた。
(´・ω・`)「この駅に行きたいんですけど」
首に提げていた財布には紙幣と硬貨以外に、あるメモ帳が入っていた。
目的地までの経路が書かれたメモ帳だ。
これを大人に見せれば、最終目的地まで辿り着く事が出来る。
メモを見た駅員は、笑顔で私をホームまで案内してくれた。
ミ,,゚Д゚彡「ここで電車に乗って、あとは、その紙の通りに行けばいいですよ」
- 電車に乗ってからも、私は不安だった。
当たり前の話だが、周りは知らない人だけで、助けてくれる人がいなかった。
駅員に教えてもらった駅名を何度も呟いて忘れない様にしていると、隣にいた女性が声を掛けて来た。
ミセ*゚ー゚)リ「僕、一人?」
恐らく、大学生ぐらいの女性だったのだろうと、私は推測する。
終始笑顔で、とても感じの良い女性だった。
だからそこまで警戒もしなかった。
多少テンションが上がっていたので、見知らぬ人と離さないようにと云う母親の忠告を完全に忘れていた。
結果オーライなので、反省はしていない。
(´・ω・`)「うん」
と云っても、私は少し人見知りの気があるので、返事はどうしてもぶっきらぼうになってしまう。
ぶっきらぼうな返事でも、その女性は気にする様子も無かった。
ミセ*゚ー゚)リ「偉いねぇ、どこまで行くの?」
目線の高さを合わせて私と話すその女性からは、花の香りがした。
顔は思い出せないが、その事だけは覚えている。
今でもあの花の香りをかぐと、この事を真っ先に思い出す。
(´・ω・`)「うんっとね、ここまで行くの」
財布から取り出したメモを見せた。
綺麗な字で書かれたメモを一瞥すると、女性は心配そうな顔になった。
ミセ*゚ー゚)リ「遠いけど、大丈夫?」
- 悲しいかな、男の子の性が、その顔によって火を点けられた。
無謀な事程燃えると云う性である。
(´・ω・`)「うん!」
何の確信も無いのに、よくもまぁ私はあそこまで見事に断言出来た物だ。
子供だったから、単に怖れを知らなかったのかもしれない。
後の関東地方を抜けるまでの事は、よく覚えていない。
ただ、乗り換えた電車が八両や十両編成でない事に驚いたことは、覚えている。
僅か一両の電車に乗ってからは、全てが未知の光景だった。
電車はトコトコと山道を上り、木々が作り出した自然のトンネルの下を潜る。
驚くほど小さな駅と低いホーム、驚くほどゆっくりとした電車の旅に、私は心を躍らせていた。
広大な田んぼの真ん中で停車したり、電車の中で出逢った老婦人達が飴をくれたりもした。
('、`*川「僕、飴好きかぇ?」
この地方の方言は、私にとっては未知の言葉だった。
アクセントと語尾が特徴的な方言で、和やかな印象を受けた。
(´・ω・`)「好きかぇ?」
思わず聞き返した私に、その老婦人は分かりやすく言い直してくれた。
('、`*川「飴じゃ、飴。飴は好きかと聞いたんよ」
(´・ω・`)「好きだよ」
('、`*川「じゃあほれ、ばあさんの飴やるよ」
- 色褪せた手提げカバンから、袋に入った一粒の飴を差し出してくれた。
勿論私は飴は好きだった。
(´・ω・`)「でも、知らない人から食べ物はもらうなって言われてる」
これだけは、母からも先生からも耳にタコができる程言い聞かされてきた。
思い返せば、その言葉は主に都会でしか通じないと思う。
私の言葉を気にする様子もなく、老婦人はこう言った。
('、`*川「大丈夫じゃって。 そりゃ都会の人の事じゃろぅ?
ばあさん達の飴は、大丈夫」
そう言って、その老婦人は自分で飴を舐めた。
イチゴの匂いが漂う。
目の前で美味しそうに飴を舐めるものだから、私も舐めたくなって来た。
母親には黙っておけば大丈夫と、訳の分からない言い訳を自分にして、私は手を出した。
(´・ω・`)「……もらう」
('、`*川「はっはっは! そうそう、子供はそうでなきゃいけんわい」
甘くて美味しい飴を舐めながら、私は車外をずっと見ていた。
ビルは見慣れているが、目の前に広がる豊かな自然は初めてだった。
驚き続ける私を乗せた電車は、やがて目的地の駅に到着した。
駅に着くと、祖父母が私を待ってくれていた。
川*゚ -゚)「ありゃっ! 大きくなったねぇ!」
(*ФωФ)「ほんまじゃ、もう立派なお兄さんじゃ!」
- 以前、都内の実家に祖父母が来てくれた事があったので、私は二人の事を覚えていた。
やっと知っている人間に会えて、私は喜んだ。
皺だらけの顔を更に皺だらけにして、祖父母は笑って私を迎えてくれた。
ゴツゴツとした二人に手を引かれて、私は祖父母の家に向かった。
見渡す限りの田んぼと、周囲を囲む山々。
本能的に、私はここに漂う空気こそが、夏の空気なのだと確信した。
何せ、実家の方で漂う空気は排気ガスの匂いしかしないのだ。
夏を全身で感じながら、私は祖父母の家に着いた。
川*゚ -゚)「ここが、ばぁちゃん達の家で〜す」
実にファンキーな祖母だと、その瞬間に私は理解した。
滞在中、厳しく怒る事は無く、優しく注意をしてくれた。
だから、私は祖母が大好きだった。
( ФωФ)「さて、じいちゃん達と昼飯食おうかね」
祖父も祖母と同じく明朗で、時には厳しかったが、優しかった。
何か質問をすれば直ぐに教えてくれるし、竹細工の作り方も教わった事もある。
悪戯の多くは、この祖父から私は学んだ。
だから、私は祖父も大好きだった。
それから私達が食べたのは、大きなジャガイモと人参、玉葱と牛肉の入ったカレーだった。
私の数少ない好物の一つが、祖母の作るカレーだった。
辛過ぎず、甘過ぎない味付けに、私は感動を覚えた。
何より驚いたのが、私は人参があまり好きではなかったのだが、どうしてか祖母の料理の人参は平気だった。
母の料理よりも美味しいと祖父母に言うと、お代りをよそってくれた。
- 川*゚ -゚)「そがいなこと言ってもらって、ばぁちゃん嬉しいわい。
もっと食いさいや」
( ФωФ)「そうじゃ、食わないけんぞ。
一杯食べて、大きくなれ」
昼食後、祖父母は裏庭にいる犬を私に会わせてくれた。
可愛らしく丸まった尻尾が特徴の、柴犬だった。
当時の私の胸ぐらいまでの大きさがあり、立ち上がると私の背を優に超えた。
常に笑顔の犬だったので、私は直ぐにその犬に好意を抱いた。
(∪^ω^)
(´・ω・`)「じいちゃん、この子、何て名前なの?」
( ФωФ)「ブーン云うんよ。
そう見えても、ボン君よりもお姉さんなんよ」
ボン君、と云うのは祖父母が私の名を呼ぶ時に使う、所謂呼び名だ。
杉浦ショボンと云うのが、私の本名である。
こうして私は、杉浦ブーンと出逢った。
ブーンは直ぐに私に懐いてくれ、何度も顔を舐められた。
お手、とか、伏せ、と命じるとブーンは私の顔を舐めた。
祖母が、そんな私を見て大笑いした。
川 ゚ -゚)「はははっ! ボン君、ブーンにお手してもらいたいんか?」
(´・ω・`)「……うん」
- 千切れんばかりの勢いで尻尾を振るブーンは、私の肩に両前足を乗せ、抱きついて来た。
気恥しかった私を慰める様に、また、ブーンが私の顔を舐めた。
川 ゚ -゚)「だったら、ブーンともっと仲良うならないけんね。
散歩に連れて行ってみるか?」
(*´・ω・`)「いいの?!」
川 ゚ -゚)「えぇよ。
散歩の道はブーンが知っちょるけん、迷子にはならんじゃろ。
一人で行ってみるか? ばぁさん達もついて行くか?」
(´・ω・`)「一人で行ってみたい!」
きっとその時の私は、未知の世界に興奮していたのだろう。
何もかもが新鮮で楽しい世界を、一人で体験したいと思ったのだ。
冒険心をくすぐると言うのか、何と言うか、男ならこの気持ちが分かるだろう。
ようやく私を解放したブーンは、落ち着かない様子でぐるぐると動き始める。
祖母から受け取ったリードを私が手にした途端、ブーンは歩きだした。
( ФωФ)「じいちゃん達は家におるけん、終わったら戻ってきさいや。
おやつとジュースを用意しちょるよ」
それは、祖父母なりの気遣いだったのかもしれない。
私を自由にさせることで、自分の考えで行動する事を学ばせたかったのだろう。
自然と触れ合う機会が少ない私にとって、それは絶好の機会となった。
砂利道を先導するブーンの背中は頼もしかった。
だが、負けたくないと云う子供の考えで、私はブーンの横に並んだ。
- (∪^ω^)「……」
(´・ω・`)「……むぅ」
見上げて来たブーンの顔は、相変わらずの笑顔だった。
軽快な足取りのブーンと違い、私は半分小走りになっていた。
普段から運動ではなく勉強ばかりしていたから、当然の結果だ。
直ぐに私は息が上がり、一人と一匹の差は広がってしまう。
(;´・ω・`)「ま、まって……まってよ……」
(∪^ω^)「……」
笑顔で振り返ったブーンは、緩やかな下り坂に進んだ。
リードを離したら負けかなと思った私は、仕方なく後に続いた。
すると、川のせせらぎが聞こえて来た。
音は徐々に大きくなり、心なしか、涼しげな空気が私には感じられた。
程なくして、私達は河原に降りて来た。
丸い石だらけの河原を進み、ブーンは川の前で止まった。
遅れて私がその横に到着すると、ブーンは水を飲み始めた。
そこで私は、自分も喉が渇いている事に気付いた。
だが、この川の水は飲めるものだろうか。
確かに驚くほど綺麗だが、飲んでも死なないだろうかと心配していた。
そんな私を笑顔で一瞥して、ブーンはお前も飲めと言わんばかりに水を飲み始めた。
私はリードを持ったまま、ブーンから離れた場所の水面に顔を近づけ、水を飲んだ。
(´・ω・`)「……美味しい!」
- (∪^ω^)「わふ」
信じられない程冷たく、そして美味かった。
水が美味しいと思った事が無かった私にとって、それは衝撃以外の何物でもなかった。
腹がタポタポになるまで水を飲んだ私は、河原に座り込んだ。
あれだけ興奮していたのに、もう心が落ち着いている。
学校では味わえない体験を、私は早速楽しみ始めていた。
座り込んだ私の横に、ブーンがちょこんと座る。
それからブーンが私にした事の衝撃は、今でも忘れない。
私の肩に、ポンと前足を乗せたのだ。
(∪^ω^)「……ふ」
(´・ω・`)「……!!」
無言で私が手を伸ばすと、ブーンは私の手に前足を乗せた。
種族を越えた友情が芽生えた、歴史的瞬間であった。
(∪^ω^)「……わふ!」
遊ぼう、と言ったのだと思う。
何故なら次の瞬間、ブーンは川に向かって走り出していたのだ。
私の手からリードが離れ、私は急いでブーンを追った。
川に飛び込んだブーンは気持ちよさそうに泳いで、私を見た。
服が濡れてしまうのも構わず、私も川に飛び込んだ。
幸いな事に川は浅かったので、溺れる心配は無かった。
川の上には天然の木の傘があったので、夏の暑さから逃れるにはこれ以上ないぐらいの場所だった。
追いかけたり、追いかけられたりと、大はしゃぎだった。
- 一人で心細いかと思ったが、ブーンのおかげで、私は寂しい思いをしないで済んだ。
ブーンが川から上がったので、私も川から上がった。
全身水浸しとなった私は、日当たりのいい場所に大の時になって寝転がった。
こうすれば、服が早く乾くと思ったのだ。
乾くのは服だけでは無かった。
当然のことながら、私も天日干しになり、あまりの熱さに耐えきれず、服を脱いで再び川に飛び込んだ。
男の意地で下着は脱がなかったが、何度も下着が落ちない様にする必要があった。
そうこうしている内に、河原で私を見守っていたブーンが、短く一回吠えた。
(∪^ω^)「わふ」
(´・ω・`)「乾いたの?」
(∪^ω^)「わふ!」
言葉の壁を越えて意思疎通が出来た、感動的瞬間であった。
実際に服は乾いており、次は私の体を乾かした。
あっという間に体が乾いたので、服を着直した。
(∪^ω^)「わふ」
(´・ω・`)「ちょっと待ってて」
(∪^ω^)「……」
ブーンは、年上らしい落ち着いた態度で私の着替えを待っていた。
(´・ω・`)「いいよ」
- (∪^ω^)「わふ」
リードの端を咥えて、ブーンがそれを私に差し出した。
それを受け取って、散歩が再開された。
ペースは行きと変わらず、私は小走りで付いて行くしかなかった。
たっぷりと時間を掛けて行われた散歩から私が帰ってくると、ブーンは自分で裏庭に向かって行った。
家に入ると、二人は丁度、居間でテレビを見ていた。
川 ゚ -゚)「おかえり。
散歩はどうでしたか?」
(´・ω・`)「面白かった!」
川 ゚ -゚)「よかったねぇ。
ブーンはどこ行ったん?」
(´・ω・`)「裏に行ったよ」
川 ゚ -゚)「そうかい」
祖母はよいしょと立ち上がって、裏庭に向かって行った。
(´・ω・`)「じいちゃん、ブーン凄いよ!
僕、ブーンと友達になった!」
( ФωФ)「もうかい? がいに速いのぅ。
おやつの後、どうする?
昼寝するか?」
- (´・ω・`)「またブーンと遊びたい!」
( ФωФ)「そりゃあ、ブーンに聞いてみんといけんね。
こっちで手ぇ洗いや」
流し台に案内され、私は手洗いうがいをした。
再び居間に戻ると、祖母がそこにいて、お茶とお菓子を出しているところだった。
三時のおやつを食べ終えると、私は早速裏庭に向かった。
(´・ω・`)「ブーン、遊ぼ!」
(∪^ω^)「……わふ」
(´・ω・`)「そんな事言わないでよ……」
(∪^ω^)「わふ」
仕方ないな、とブーンが立ち上がる。
尻尾が嬉しそうに横に揺れていた。
祖父母はそんなブーンを見て、驚いていた。
川 ゚ -゚)「もう懐いちょるぜ」
( ФωФ)「ブーンはボン君が気に入ったんか?」
(∪^ω^)「わんお!」
- こうして、私とブーンはもう一度散歩に行った。
ただ、今度ばかりは散歩と云うよりか遊びに出かけた。
向かったのは、あの河原だった。
河原にいるだけで、私は満足出来た。
座っているだけで、何かを学んだような気になったからだ。
座るのに都合の良さそうな岩を見つけ、私はそこに飛び乗って腰かけた。
ブーンも飛び乗って、私の後ろに座った。
一匹と一人は、河原の木陰で川の音に耳を澄ませていた。
(´・ω・`)「ブーン」
(∪^ω^)「……ふ」
(´・ω・`)「もふもふ」
(∪^ω^)「くふ」
風が気持ちいい。
山の向こうに、大きな入道雲が見える。
その雲を見ているだけで、何処までも行けそうな気持ちになる。
入道雲を横切って、真新しい飛行機雲が伸び続ける。
勉強で疲れていた心は、何処かに消えていた。
両親がいない寂しさは、今は感じなかった。
この自然の中で、私は自分が小さな存在だと思った。
不意に、私は視線を空の彼方から河原に向けた。
何時の間に、そこにいたのだろう。
- イ从゚ ー゚ノi、「こんにちわ」
白いワンピースと大きな麦わら帽子の少女が、私を見上げていた。
歳は私よりも上で、小学校高学年ぐらいだったと思う。
肩まで伸びた黒い髪が風と戯れ、向日葵の様な笑顔を浮かべていた。
そして、何よりも印象深かったのは、その瞳だった。
青く、蒼く、吸い込まれそうな程透明な碧眼だ。
(´・ω・`)「こ、こんにちわ」
まさか、私以外にこの場所に来る人がいるとは思わなかった。
自分だけが知っていると思った場所に現れたその少女は、一人だった。
両手を後ろで組んで私を見上げ、ニコニコと笑みを浮かべている。
イ从゚ ー゚ノi、「のぅ、君。 名前、何て云うんじゃ?」
(´・ω・`)「え?」
いきなりの質問に、私はたじろぐ。
果たして、たじろいだ理由はそれだけでは無かった。
可愛いと評判のクラスメートは見た事があるが、その少女は次元が違った。
美しいと、私は初めて異性に対してそう思った。
イ从゚ ー゚ノi、「儂と、友達にならんか?」
(´・ω・`)「……ショボン」
恥ずかしさのあまり、私はそれだけしか言えなかった。
- イ从^ ー^ノi、「ショボン君か。 うむ、その名、しかと覚えた。
のぅ、ショボン君。
ここで会うたのも何かの縁。 儂とお話しせんか?」
(´・ω・`)「……」
困った。
歳の近い女性と話す事に、私は慣れていなかったのだ。
それはそうだ。
普通に話すのでさえ、私は苦手だったのだから。
(∪^ω^)「わふ」
ほら、と促す様にブーンが鼻先で私の背を押す。
(´・ω・`)「うん、いいよ」
少しでもいい所を見せようと、岩から飛び降り、私はその少女の眼の前に着地した。
(;´・ω・`)「うわっ、と」
だがバランスが崩れてしまい、後ろに倒れる。
足場は不安定な石だらけなのだ。
大人だって、バランスを崩すに決まっている。
倒れ切る直前で、彼女が私を抱きとめてくれた。
イ从゚ ー゚ノi、「危ないぞ。
大丈夫か?」
(;´・ω・`)「う、うん」
- 抱き起こされ、私は少女の顔を間近で見た。
やはり、美しかった。
途端に、胸が締め付けられるような錯覚に陥った。
正体不明の感情が胸から湧きだし、一気に顔が熱くなる。
二人の足元に、ブーンが華麗に着地した。
少女を見て、ブーンは短く声を上げる。
(∪^ω^)「……ふ」
イ从゚ ー゚ノi、「うむ、こんにちわ」
私から手を離し、少女は屈んでブーンに手を伸ばした。
(∪^ω^)「……」
イ从゚ ー゚ノi、「にまぁ〜」
突然、少女はブーンの頬を掴んで、後ろにぐいっと伸ばした。
無理矢理満面の笑みを浮かべさせられたブーンだったが、怒りはしなかった。
(´・ω・`)「あの、お姉ちゃんの名前は?」
イ从゚ ー゚ノi、「儂? 儂は銀。
銀お姉ちゃんとでも呼んでもらえると嬉しいのう。
ところで、ショボン君。
君はどうしてここに来たんじゃ?」
(´・ω・`)「じいちゃんの家がここにあるの」
-
イ从゚ ー゚ノi、「へぇ、お父さん達と一緒か?」
(´・ω・`)「ううん。
僕一人で来たの」
イ从゚ ー゚ノi、「偉いのぅ、ショボン君」
銀さんは、私の頭を優しく撫でてくれた。
母に撫でられなくなって久しかった私は、恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑な心境だった。
いや、正直に言おう。
嬉しかった。
ふと、蝉の鳴き声に混じって私が聞いた事のない音が聞こえて来た。
カナカナカナ、と。
何ともさびしげな鳴き声だった。
(´・ω・`)「銀お姉ちゃん、これは何の鳴き声なの?」
イ从゚ ー゚ノi、「これか?
これはな、ヒグラシという蝉の声じゃ」
(´・ω・`)「何だか寂しそうだね」
徐々にヒグラシの鳴き声が増えて行く。
気温が少し下がったのか、風が涼しかった。
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃ、このヒグラシの鳴き声にはちょっとしたお話があるんじゃ」
(´・ω・`)「え? どんなお話なの?」
イ从゚ ー゚ノi、「それでは、ちと座ろうか」
- (´・ω・`)「うん!」
二人で木陰に座ると、私の横にブーンも座った。
きっと、聞きたかったのかもしれない。
理屈は分からないが、私はブーンの考えている事が分かった気がしていた。
イ从゚ ー゚ノi、「昔、ある小さな村に一人のお母さんと男の子がいてのぅ。
お父さんは随分昔に死んでしまい、家族は二人だけ。
そのお母さんは男の子を随分と可愛がっていたんじゃ。
じゃがある日、お母さんが遠くの村に買い物に出かけて行ったきり、帰ってこんかった」
銀さんの声には不思議な力があった。
聞いているだけで、その情景が直ぐに頭に映し出されるのだ。
説明が短いのに、私は理解する事が出来た。
(´・ω・`)「何で帰ってこなかったの?」
イ从゚ ー゚ノi、「実はそのお母さんは帰ってくる途中、家まで後少しの所で、川に落ちてしまったんじゃ。
川に流されたお母さんはずっと離れた村で助けられたが、記憶を失っておっての。
お母さんが帰ってこなくなって、何日も、何日も経ったんじゃ。
一人で留守番をしていた男の子は夕方になると、村で一番背の高い木に登って、遠くを見た。
そして、お母さんが帰って来るのを毎日、毎日待っておったんじゃ」
少し間を開ける。
すると、合わせた様に、ヒグラシたちが合唱する。
- イ从゚ ー゚ノi、「まだかな、今日かな、明日かな、いつかな、って泣きながら待ったんじゃ。
ようやくお母さんが記憶を取り戻して村に帰ったが、もう手遅れ。
あまりにも長く泣き続けていた男の子は、悲しそうにカナカナと鳴く一匹の蝉になってしまった。
その蝉は、ヒグラシと名付けられた、というお話じゃ」
(´・ω・`)「……可哀そう」
イ从゚ ー゚ノi、「うむ。 だから、ヒグラシの泣き声が悲しそうに聞こえるのかもしれんのぅ」
(´・ω・`)「銀お姉ちゃん、他のお話はないの?」
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃのぅ……
どんなお話が聞きたい?」
まるで図書館に並ぶ本が目の前にあるかのように、銀さんはスラスラと多くの物語を語った。
ある時は遠く離れた異国の地の昔話や、冒険譚、少し怖い話や哀しい話もあった。
蝉の寿命が短い事や、天気雨が狐の嫁入りと言う事等、簡単な雑学も教えてもらった。
私はその全てを、今でも誰かに語って聞かせる事が出来る。
それだけ、彼女の話は面白かった。
(∪^ω^)「わふ」
物語が一息ついたところで、ブーンが私の肩を揺らした。
空を見上げると、日が暮れ始めている。
そろそろ帰らねばと、私は分かっていた。
(´・ω・`)「銀お姉ちゃん、あのね」
イ从゚ ー゚ノi、「そろそろ帰るか?」
- (´・ω・`)「うん……」
本当に私は別れるのが嫌だった。
名残惜しさのあまり、そこに残って銀さんの話を聞き続けたいぐらいだった。
しかし、祖父母の元にも戻りたい気持ちもあった。
銀さんが一緒に来てくれれば、と私は思った。
見透かしたかの様に、銀さんは言った。
イ从゚ ー゚ノi、「また後で会おう、の?
おじいちゃん達を心配させたら駄目じゃよ」
(´・ω・`)「……分かった」
イ从゚ ー゚ノi、「いい子いい子」
私の手を取って、銀さんが立ち上がる。
ブーンのリードを私が握って、もう片方の手で私は銀さんの手を強く握った。
その手は優しく解かれ、指を絡め合った。
イ从゚ ー゚ノi、「じゃあ、途中まで一緒に行こう?」
(´・ω・`)「うん」
鈴虫の声が聞こえ始め、いよいよ、日が暮れる。
二人と一匹で歩く道は、少し狭かった。
ただその分距離は近く、銀さんの温もりを感じる事が出来た。
祖父母の家が見えてくるまでの間、私達は終始無言だった。
(´・ω・`)「あそこが、じいちゃんの家」
- イ从゚ ー゚ノi、「それでは、また今度会おう」
(´・ω・`)「うん。 また明日会える?」
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃのぅ…… うむ、明日も会えるぞ」
(´・ω・`)「本当?」
イ从゚ ー゚ノi、「本当じゃ。 だから、おじいちゃん達と楽しくご飯を食べるんじゃ。
そうしたら、明日遊ぼう」
(´・ω・`)「分かった!」
銀さんは私とは反対方向に向かって歩いて行った。
私は、ブーンと一緒に走って祖父母の家に向かった。
帰って手洗いうがいを済ませると、祖父が最初に尋ねて来た。
( ФωФ)「どうじゃった?」
(´・ω・`)「面白かった!
あのね、銀お姉ちゃんが面白いお話を沢山聞かせてくれたの!」
( ФωФ)「……銀お姉ちゃん?
知らんのぉ。
ばぁさんは知ってるか?」
食事を運んで来た祖母は居間の机の上にそれを乗せて、首を傾げた。
川 ゚ -゚)「さぁ、この辺の人じゃ知らんねぇ。
苗字は分かるか?」
- (´・ω・`)「ううん、分からない」
川 ゚ -゚)「それじゃあ、ばぁちゃんは知らんのぉ」
用意された夕食は、カレーライスと肉じゃがだった。
昼の時と同じく、カレーは美味しかった。
肉じゃがは想像を絶する美味さで、用意された肉じゃがを全て平らげてしまった。
( ФωФ)「よ・く・く・う・のぉ。
じいちゃんの倍は食べたな」
(´・ω・`)「すっごい美味しいんだもん!」
カレーと肉じゃがを腹いっぱい食べた私は、少しの間今で祖父と遊んでいた。
私達はオセロで遊んだが、一度も祖父には勝てなかった。
大敗北を喫した私は、祖父と一緒に風呂に入る事になった。
木で出来た風呂に初めて入ったが、いい匂いがしたので私はそれが気に入った。
私が寝る場所は、祖父達とは別の建物だった。
祖父たちが寝起きする家の直ぐ横にある、離れが私に宛がわれた。
最初、大きな家を私一人が使うのは気が引けたが、直ぐにそれを忘れた。
秘密基地の様で、楽しかったのだ。
一日目を終えた私は、緊張と興奮であまりよく眠れなかった。
都会とは違い、そこは静かで騒音とは無縁の世界だった。
クーラーも扇風機も無かったが、そんな物は必要ないぐらいに涼しい夜だった。
鈴虫の合唱と蚊取り線香の匂いを、今でも覚えている。
- 快適な一夜を過ごした私の朝は早かった。
朝、祖母が私を起こしに来てくれて、着替えを手伝ってくれた。
それから、祖父母のいる家に行って、朝食を食べた。
詳しくは覚えていないが、卵の入った味噌汁が出たのは覚えている。
私の好物の一つが、この卵入りの味噌汁だ。
ジャガイモと玉葱に混じって、半熟状態の卵が浮かんでいた。
それをそのまま食べてもよし、崩して食べてもよしと、大変美味い料理だった。
そうそう。
私が朝食を終えてから、祖父と一緒にブーンに朝食を持って行ったのだ。
(∪^ω^)「わふ」
朝からブーンは元気だった。
皿に乗せたドッグフードをブーンの前に置いたが、彼女は匂いを嗅ぎもしなかった。
( ФωФ)「ブーン、待て」
(∪^ω^)「……」
( ФωФ)「よし」
祖父の言葉で、ブーンはようやく朝食を食べ始めた。
ガツガツと食べ、カリカリと音を鳴らして食べるドッグフードは美味しそうに見えた。
一粒残さず食べたブーンに、私は感想を聞いた。
(´・ω・`)「美味しかった?」
(∪^ω^)「わふっ」
- 美味しいらしい。
そこで私は、祖父に頼んで一粒だけドッグフードを貰った。
それを食べてみると、美味しくなかった。
( ФωФ)「はははっ、ボン君、そりゃあ犬用じゃけん。
人間が食っても美味ないわい。
ボン君、また散歩に行くか?」
(´・ω・`)「うん!」
( ФωФ)「お昼ぐらいに戻ってきたらえぇわい」
リードを受け取ると、昨日とは違ってブーンは私を引き摺る勢いで走りだした。
負けじと私も走りだす。
そんな一人と一匹の様子を、祖父母は温かく見守っていた。
私はそれどころではなく、このままリードを手放してはいけないと云う使命感で、全力で走っていた。
あまり私は足が早くなかったが、その時ばかりはそうも言っていられなかった。
(;´・ω・`)「まって、待って!」
(∪^ω^)「わう!」
散歩の道は昨日と同じだったが、速さが違いすぎた。
流石に私が哀れになったのか、ブーンは途中で走るのを止めてくれた。
立ち止ってひーこら言う私を尻目に、ブーンはマーキングをしていた。
(∪^ω^)「わふ」
(;´・ω・`)「も、もう?」
- (∪^ω^)「……ふ」
(;´・ω・`)「もうちょっと、もうちょっとだけ休もうよ」
(∪^ω^)「……」
私の言葉を無視して、ブーンは歩き始めてしまった。
(;´・ω・`)「ちょー!」
向かう先が分かってくると、私は大人しくブーンの速度に合わせる事にした。
楽しみにしていたのだ。
銀さんと会える事を。
(´・ω・`)「あれ?」
昨日と同じ河原に到着したが、銀さんはいなかった。
私がリードを離すと、ブーンは川の水を飲み始めた。
まだ喉が渇いていなかった私は、その時は飲まなかった。
川の石を持ち上げたり、投げたりして遊び始める。
少々太めの木の枝をブーンが咥えて来たので、私はそれを投げた。
物凄い勢いで走りだしたブーンは、それを取って、また私の元に戻ってきた。
(´・ω・`)「そりゃあ!」
もっと勢いを付けて投げると、もっと速いスピードでブーンは走った。
戻ってきたブーンを、私はぐしぐしと撫でた。
ブーンは笑顔だった。
- (∪^ω^)「……わふ」
(´・ω・`)「まだ遊ぶ?」
(∪^ω^)「わふっ」
(´・ω・`)「それじゃあ今度は……」
遠投すると見せかけて。
私は、川に投げ入れた。
ところが、ブーンはそんなフェイントには引っ掛からず、ザブザブと川に入って行った。
気持ちよさそうに泳ぎながら枝を咥えて、川から上がって、体を振って水を撒き散らした。
それは私に対するささやかな仕返しだと、当時の私は受け止めた。
(∪^ω^)「わふ」
尻尾をフリフリ。
誇らしげだった。
(´・ω・`)「むむ……」
ブーンは木の枝をそこらに置くと、濡れた鼻で私の尻を押した。
(´・ω・`)「ぼ、僕も?」
(∪^ω^)「わふっ」
- その通り、とブーンが言った。
また、昨日の様に濡れるが、楽しそうなのでそうすることにした。
昨日と同じく水は冷たかった。
習ったばかりの犬かきを使って、私はブーンと泳ぐのを楽しんだ。
ふと、ブーンが水中に潜った。
恥ずかしながらこの当時、私は深く潜る事が苦手だった。
しかし、ブーンは気持ちよさそうに泳ぎ、浮上して来たのを見て、気持ちが変わった。
(´>ω<`)「……っ!」
目を瞑って鼻をつまみ、私は潜ろうとした。
だが、上手く行かなかった。
もう一度、ブーンが潜る。
目は空いているし、鼻もつまんでいない。
意を決し、私は潜った。
鼻に水が入って、思い切り咳き込んだ。
(;´・ω・`)「ご、ごほっ!!」
イ从゚ ー゚ノi、「あーあ、見てられないのぅ」
その声に、私は川岸を見た。
黄色いワンピースと、大きな麦わら帽子。
銀さんだった。
イ从゚ ー゚ノi、「おはよう、ショボン君」
(´・ω・`)「銀お姉ちゃん!」
- イ从゚ ー゚ノi、「気持ちよさそうじゃのう」
(´・ω・`)「うん!」
イ从゚ ー゚ノi、「じゃは、泳ぐのが苦手なのか?」
(´・ω・`)「ううん。 潜るのが苦手なの」
イ从゚ ー゚ノi、「なるほどの。 それじゃあ今日は、儂と一緒に特訓しようか?」
(´・ω・`)「本当?!」
イ从゚ ー゚ノi、「うむ。 それじゃあ、一旦川から上がろう」
ばしゃばしゃと泳いで川岸に上がった私は、日当たりのいい場所に移った。
ブーンは離れた場所で水を振り払ってから、私達の元に来た。
銀さんは、私達を少し上流に連れて行ってくれた。
水の流れが弱く、大きな岩が一つだけあった。
イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君、あそこ。
あの石の下、見えるか?」
岩の影に見えたのは、数匹の魚だった。
(´・ω・`)「魚だ!」
イ从゚ ー゚ノi、「あれを捕まえてみよう」
(´・ω・`)「え?」
- それから教えられたのは、水中での呼吸の方法だった。
吸わずに、吐き出し続ける。
その練習をする為に、銀さんは私と一緒に川に入り、横で練習を見ていてくれた。
何度も私は水を飲んでは咽たが、笑いながら背中を擦ってくれた。
遂に、水中で三十秒間も息を止められるようになった。
イ从゚ ー゚ノi、「次は目を開ける練習じゃ」
(;´・ω・`)「えぇっ?!」
これが一番大変だった。
水中で目を開けると、その、あれだ。
乾くと云うか、違和感と云うか、私はあれが大の苦手だった。
それでも、私は銀さんの厳しくも優しい指導によって、目を開ける事が出来た。
その頃にはもう日が高くなっていた。
イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君、続きはお昼ごはんを食べてからやろう」
(´・ω・`)「うん!」
一旦そこで解散し、私は家に戻って着替えてから昼食を食べた。
昼食はカレーライスだった。
川 ゚ -゚)「ボン君は今日もまた川に行っとったんか?」
(´・ω・`)「うん! 銀お姉ちゃんが泳ぎ方を教えてくれたんだ!
後で魚を取るの!」
- ( ФωФ)「ほぉ、そりゃ偉いね。
気ぃ付けや」
祖父母は結構な放任主義で、それが遊び盛りの私には嬉しかった。
実家に居る時は危ない事は一切するなと言われていたが、ここに来てからはその事を完全に忘れていた。
開放的な気分になっていたのだから、仕方ないだろう。
今でも祖父母の方針が間違っていたとは、私は思わない。
昼食を終えて、私は直ぐにブーンを連れて河原に向かった。
ただ、ブーンは私を気遣ってゆっくりと歩いてくれた。
はやる気持ちを抑えきれなかった私が走ろうとしても、ブーンがそれを許さなかった。
河原に着くと、私より先に到着していた銀さんが川に足を浸けて涼んでいた。
イ从゚ ー゚ノi、「こんにちわ、ショボン君」
(´・ω・`)「こんにちわ!」
(∪^ω^)「わう」
イ从゚ ー゚ノi、「うむ、ブーンも良き挨拶じゃ。
ショボン君、ご飯はちゃんと食べたか?」
(´・ω・`)「うん! ねぇ、速く魚を取ろうよ!」
イ从゚ ー゚ノi、「うーむ、ショボン君。
もう少し休んでからでないとと、上手く泳げないんじゃ」
(´・ω・`)「えー? どうして?」
- イ从゚ ー゚ノi、「食べてから直ぐに走るとお腹が痛くなるじゃろう?
そんな感じじゃ」
(´・ω・`)「分かった」
イ从゚ ー゚ノi、「だから、それまでの間はお話しよう」
(´・ω・`)「また何か面白いお話聞かせてよ!」
イ从゚ ー゚ノi、「んふふ。
どんなお話がいい?」
銀さんが聞かせてくれたのは、この地域に伝わる話だった。
その話は、強く印象に残っている。
イ从゚ ー゚ノi、「昔、この山には狐さんの妖怪がいてのぅ。
その狐さんは人間の子供が大好きで、いつも皆が遊んでいる姿を羨ましそうに見ていたんじゃ。
狐さんは少しの間だけ、人間に姿を変えることが出来たんじゃ。
少しずつ練習して、人の言葉も話すようにもなった。
じゃが、短すぎて遊べるほどの時間は人の姿になれなくての。
毎日毎日、狐さんは変身の練習をしたんじゃ。
近所で遊ぶ子供の数が減って、次第に楽しそうな声が聞こえなくなって……
……子供がいなくなってからも、狐さんは練習を続けたんじゃ。
やっと長い時間、人の姿でいられるようになったが、遊ぶ友達はもうおらなくなってしまった」
(´・ω・`)「……それから狐さんは、どうなったの?」
- イ从゚ ー゚ノi、「このお話は一旦これでおしまい。
続きは、そうじゃのぅ…… またいつか、教えてやろう。
さて、そろそろ魚を取ろうか」
(´・ω・`)「僕、ちゃんと取れるかな?」
イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君なら大丈夫。
コツはな、川と一体になる事じゃ」
良く分からなかったが、私は兎に角魚取りを始めた。
ブーンと銀さんは川岸から私を見ているだけで、特に指示はされなかった。
私は早速潜って、魚と同じ視線に並んだ。
手をそっと伸ばしたが、魚は直ぐに逃げでしまった。
一旦浮上して空気を吸って、もう一度潜る。
川の流れる音だけが聞こえる。
ぼんやりと見える視界の先では、魚が優雅に泳いでいた。
素早く手を伸ばしたが、やはり逃げられてしまう。
(;´・ω・`)「駄目だよ、お姉ちゃん……
捕まえられないよ……」
イ从゚ ー゚ノi、「もっと静かにやらなねば、魚だって驚く」
(´・ω・`)「静かに?」
イ从゚ ー゚ノi、「そう。 そーっと、そーっと。
長い間息を止めなきゃ出来ないけど、根気強く頑張るんじゃ」
(´・ω・`)「分かった!」
- そうして私は、徐々に潜水時間を増やしていった。
三十秒が三十五秒になり、最終的には四十秒以上息を止める事が出来た。
だが、どうやっても魚を捕まえる事は出来なかった。
諦めたくなかった。
意地になって何度も挑戦し、やっと、魚に指が触れる事が出来た。
喜びのあまり、水面に浮かんだ私は叫んだ。
(´・ω・`)「やった! 今触った、触れたよ!!」
イ从゚ ー゚ノi、「ほんにか? 良かったのぅ。
それじゃあ、いったん休憩しようか」
(´・ω・`)「うん!」
川から上がると、木陰で寝ていたブーンが起きて私の元にやって来た。
私はびしょびしょになったシャツを脱いで、絞った。
びしゃびしゃと水が滴り落ちる。
そのシャツを日向に干して、銀さんの横に座った。
ブーンも私の横に座る。
イ从゚ ー゚ノi、「ほれ、ジュース」
そう言って手渡されたのは、ラムネだった。
今まで私はラムネを飲んだ事が無かった。
綺麗な瓶を受け取っても、私は飲み方が分からなかった。
イ从゚ ー゚ノi、「おや、ラムネは飲んだ事が無いのか?」
- (´・ω・`)「ラムネっていうの、これ?」
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃ。 これはな、これをこうして……」
ポン。
初めて聞いたあの音は、印象的だった。
(´・ω・`)「えっと……こう……?」
ポン。
私の手元からも、そんな音が鳴った。
そこで、私は気付いた。
ビー玉が入っているのだ。
(´・ω・`)「銀お姉ちゃん、どうしてビー玉が入ってるの?」
イ从゚ ー゚ノi、「確か、栓の意味があったと思うが、人間とは無意味なものが好きらしいから分からぬ」
クビリと飲んで、私はその甘くて刺激的な味に感動を覚えた。
ビー玉の事を、それだけで私は忘れた。
(´・ω・`)「美味しい!」
イ从゚ ー゚ノi、「良かった。 木の実のクッキーがあるんじゃが、食べるか?」
(´・ω・`)「うん!」
クッキーとラムネのおやつは、とても美味しかった。
最後に瓶に残ったビー玉を吸って取ろうとしたが、どう頑張っても取れなかった。
- イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君、ちょっとそれ貸してくれるか?」
苦戦している私から瓶を受け取り、それを咥えた。
如何なる方法かは分からなかったが、銀さんは事もなげに取っていた。
私が小学四年生になるまで、その技を身に付ける事は出来なかった。
イ从゚ ー゚ノi、「んふふ」
無邪気に笑って、口にビー玉を咥える銀さんであった。
さて、結論から言えば私は魚を取る事が出来なかった。
何度挑戦しても、私には触る事が限界だった。
涼しくなってくる前に、銀さんの指示で私は川から上がり、服を乾かした。
その間、銀さんと私は、自分の事について話し合った。
……話し合ったと云うのは、少し語弊があるか。
一方的に私が話して、銀さんがそれに相槌を打ったり質問したりしただけだ。
話が学校の事に及ぶと、銀さんは一層興味を示した。
イ从゚ ー゚ノi、「友達は多いのか?」
(´・ω・`)「……ううん」
イ从゚ ー゚ノi、「おや、何故じゃ?」
(´・ω・`)「話すの……苦手だから」
イ从゚ ー゚ノi、「儂とはよく話すのに?」
(´・ω・`)「銀お姉ちゃんは……優しいから」
- イ从゚ ー゚ノi、「くふふ。
話してみないと、その人が優しいかどうかって分からないじゃろう?」
(´・ω・`)「うん」
イ从゚ ー゚ノi、「だったら、怖がらないで話しかけてみるのが一番。
そうしたら、友達が増えるぞ」
(´・ω・`)「……そうかな?」
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃ。
話したり遊んだりしないで、その人の事が分かる程、人は皆器用じゃない。
……そうだ、それじゃあ、ショボン君にいいこと教えてあげよう」
(´・ω・`)「いいこと?」
イ从゚ ー゚ノi、「そう。 話しかけた人と仲良くなる魔法の言葉じゃ」
(´・ω・`)「魔法はないって、学校の先生が言ってたよ?」
イ从゚ ー゚ノi、「髪の毛あんまりない先生か?」
(´・ω・`)「うん。 カッパみたいな先生」
イ从゚ ー゚ノi、「ならば仕方がない。この魔法はな、カッパみたいな先生には使えなくて、子供にしか使えないんじゃ。
実は儂がショボン君と話した時に、その魔法を使っておったんじゃ」
(´・ω・`)「本当?」
- イ从゚ ー゚ノi、「あぁ、本当じゃよ。
心の中でこう思いながら話すんじゃ。
友達になろう、って」
(´・ω・`)「今度、やってみる……よ」
イ从゚ ー゚ノi、「そうそう。 ショボン君はいい子じゃから、大丈夫。
儂が保証してやろう」
不思議な事だが、私がこの魔法を使って失敗した事はない。
小学生から今に至るまで、ただの一度も、だ。
会社でさえ通用した時は驚いた。
(´・ω・`)「……あのね、銀お姉ちゃん」
私が唐突に話を切りだしたのは、シャツも乾き、蜩が鳴き始めた頃だった。
イ从゚ ー゚ノi、「ん?」
(´・ω・`)「僕、明日で帰らなきゃいけないんだ……」
イ从゚ ー゚ノi、「そうかぁ……
残念、儂はもっとショボン君とお話したかったんじゃが」
(´・ω・`)「また、会えるかな?」
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃのぅ、ショボン君が友達をたくさん作って、儂の事を覚えてくれていたら、会えるかもしれんの」
(´・ω・`)「うん……」
- 折角出来た友達と別れる事を想像すると、私の小さな胸は痛んだ。
イ从゚ ー゚ノi、「じゃあ、一緒に帰ろうか?」
(´・ω・`)「……」
差し伸べられた手を、私は無言で握った。
昨日と同じように、指を絡めて、手を繋いだ。
ブーンが私にリードを渡してくれた。
二人と一匹が、歩き始める。
銀さんが口を開いたのは、祖父母の家が見えて来た辺りだった。
イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君、儂とまた遊んでくれるか?」
(´・ω・`)「うん」
イ从゚ ー゚ノi、「楽しみにしておるぞ。
儂は、ショボン君の事好きじゃから」
この時はまだ、銀さんが言った好きと云う言葉の意味を分かっていなかった。
私は銀さんと別れ、落ち込んだまま祖父母の元に向かった。
ブーンは一人で裏庭に戻って行った。
( ФωФ)「どがいしたん?」
祖父が心配そうに私の目を見る。
(´・ω・`)「……また」
- ( ФωФ)「ん?」
(´・ω・`)「また、来てもいい?」
(*ФωФ)「……っ! は、はっははは!!
えぇよ、勿論えぇよ。
今度来る時は、もっと長くいたらえぇ」
(´・ω・`)「うん!」
( ФωФ)「そん時は、山の上に連れてっちゃらい」
すっかり元気を取り戻した私の頭を、祖父が撫でてくれた。
( ФωФ)「ほんじゃ、夕めしにしよわぃ」
食卓に着いて、祖母が作ったカレーライスを私は三杯食べた。
――ここに来てからの経験で、私は確実に何かが変わっていた。
それが、子供の私にでも実感できた。
もっと誰かと接したいと思うようになっていたのだ。
祖父母が、ブーンが、そして銀さんが私にそれを教えてくれた。
両親のいない食卓、温かみのない食事。
両親が不在の家庭の、その寂しさ。
誰かがいる食卓、温かい食事。
誰かと触れ合う事の、その心地よさ。
- それを私は知ってしまった。
夕食後、私は祖父と一緒に風呂に入って汗を流した。
風呂上がりには、ジュースとスイカを食べた。
今まで私が食べて来たスイカが偽物に思えてしまう程、そのスイカは甘かった。
その後、のんびりとテレビを見て過ごしていたが、私は猛烈な睡魔に襲われた。
明日で帰ると云う安心感と、遊び疲れた為だ。
私は祖父に背負われ、離れに連れて行かれた事をなんとなく覚えている。
それからは、曖昧な夢の記憶しかない。
こん。
(´-ω-`)「……」
こん、こん。
(´-ω-`)「……」
軽くノックをする様な、そんな音が私の耳に聞こえたのは、何時ぐらいだっただろうか。
正確な時刻は分からないが、祖父母が寝ていたのだけは分かる。
ぼんやりと目を覚ました私は、一先ず起きた。
(´-ω-`)「……んぅ?」
こん、こん、こん。
音は、窓の方から聞こえて来た。
お化けかと思った私は、慌てて目を閉じた。
イ从゚ ー゚ノi、「し〜ょ〜ぼ〜ん〜。 起きてるか?」
- 跫音を極力立てない様に祖父母の家を出た私達は、見知った道を歩き始めた。
それは、河原に続く道だった。
じゃり、じゃりと跫音が鳴る。
鈴虫の声が、本当によく聞こえた。
街灯さえもなかった為、辺りは真っ暗だった。
不思議な光景だった。
暗闇に目が慣れた私の眼に映る風景は、黒っぽいのにどうしてか、優しげに見えたのだ。
空には信じられないぐらい多くの星が輝き、大きな月が浮かんでいる。
その月の見事さよ。
今に至るまで、私はあれほど見事で美しい満月を見た事が無い。
白銀の月は、見上げた私の視界の半分を埋め尽くしていた。
この事を誰かに言っても、信じてもらえた試しがない。
しかし、確かにそれほど巨大な月だったのだ。
月光に照らされた私達の足元には、クッキリとした黒い影があった。
私は奇妙な興奮を覚え、銀さんを見た。
そこで私は、もっと興奮を覚えた。
いつもとは違う美しさに、私は目を奪われた。
白い浴衣は月光を反射し、輝いていた。
月明かりの下で見る銀さんの顔は、あまりにも美しすぎた。
息を飲んだ。
そうこうしている内に、私達はあの河原に到着した。
相変わらず川の音は涼しげだったが、夜と云う事もあり、少し肌寒かった。
(´・ω・`)「銀お姉ちゃん、何があるの?」
- イ从゚ ー゚ノi、「それじゃあ、ちょっと静かに座ろうか。
そうしたら、見られるぞ」
手をつないだまま、私達は河原に座った。
直後。
幻想的な光景が、目の前に広がった。
月光に照らされた闇の中に、黄緑色の光が次々に浮かび上がって来たのだ。
美しい光だった。
何十ではとても収まりきらない光の群れは、少なく見積もっても数百以上。
圧倒的な光景だった。
光は自由に飛び回り、渦を作り、直ぐに消える。
風に合わせて踊る様に舞う光に、私は声を失った。
(´・ω・`)「……すごい」
イ从゚ ー゚ノi、「じゃろう?
これがホタルじゃよ」
長い事、私達はホタルの作り出す幻想的な光を見ていた。
この光景を忘れない様に。
目に焼き付ける様に、私はホタルを見続けた。
イ从゚ ー゚ノi、「……どう?
気に入ってくれたか?」
(´・ω・`)「……うん」
- そうとしか言えなかった。
それは本当にきれいで、それ以外の言葉が、子供の私には浮かばなかった。
大人になった今でも、あの光景を前にして言葉が発せるかどうか。
イ从゚ ー゚ノi、「よかった」
(´・ω・`)「ありがとう、お姉ちゃん」
イ从゚ ー゚ノi、「んふふ、いいんじゃよ」
(´・ω・`)「どうして僕に、この事を教えてくれたの?」
イ从゚ ー゚ノi、「どうして、か。
言ったじゃろ、儂はショボン君が好きじゃと」
(´・ω・`)「どうして?」
イ从゚ ー゚ノi、「ここはね、儂のとっておきの場所なんじゃ。
ショボン君もこの土地が気に入ってくれたみたいだから、もっとここを好きになってほしかったんじゃ。
同じ物が好きなのは、素敵だと思わんか?」
(´・ω・`)「いいと思う。
僕も銀お姉ちゃんの事好きだよ」
イ从゚ ー゚ノi、「本当か? なら、いつか儂と結婚するか?」
(´・ω・`)「うん、いいよ!」
- イ从゚ ー゚ノi、「よかった。じゃあ、その時は白無垢を着て行こう。
……もっとお話したかったんじゃが、そろそろ寝ないと、明日起きれなくなるからの。
帰ろうか?」
もう少し一緒に居たかった。
私は、どうしてもその言葉を口に出す事が出来なかった。
まるで魔法に掛かったかのように。
銀さんの蒼い瞳に見つめられ、私は何も喋る事が出来なかった。
喋れない代わりに、私は繋いだ手に力を込めた。
イ从゚ ー゚ノi、「……ふふっ」
薄らと笑って、銀さんが私を抱きしめてくれた。
顔を胸に埋め、甘い香りがいっぱいに広がる。
温かい。
ここに来てから、ずっと私は人と触れ合ってきた。
駅員の方、電車で一緒になった女性や、老婦人。
親切にしてもらい、私は人と触れ合う事を本当の意味で学んだ。
短期間の内に、両親に教えてもらえなかった事を私は知る事が出来た。
学校でも学べなかった事なのに。
ブーンが、祖父母が。
そして、銀さんがたった二日で私を変えてしまった。
私は怖かったのだ。
誰かと触れ合う事が。
- 触れ合って相手を傷つける事が怖かった。
その方法を知らなかったから。
両親がいなくて寂しかったが、私は何も言わなかった。
相手の反応が怖かったからだ。
だけど、今なら分かる。
人と上手に触れ合う方法など、どこにもないのだ。
思うままに動けば、それでよかったのだ。
傷付けたとしても、それでもいいのだ。
そうすることで人は距離を知って、やがて心地の良い距離を保つようになる。
この時の私にとって、銀さんとの心地の良い距離は、正に今の距離だった。
果たして銀さんがどう思っているのか、その時、私には分からなかった。
それから、私は銀さんの胸の中で眠りに落ちてしまった。
――眠りに落ちる寸前、唇に柔らかい感触が触れたのは、私の気のせいだったのだろうか。
翌朝、私は何事も無かったかのように離れの布団の上で目を覚ました。
見渡しても当然銀さんはおらず、私は夢でも見ていたのではないかと思った。
だが、鼻に残った銀さんの香りだけは、消えていなかった。
もやもやしたまま、私は祖父母の元に朝食を食べに行った。
朝食の後、駅に向かう前に私はブーンの元に向かった。
(´・ω・`)「おはよー」
(∪^ω^)「わう」
(´・ω・`)「にぱぁ」
- 銀さんがやったのと同じように、私もブーンの頬を後ろに引っ張ってみた。
ビックリするぐらいの笑顔だった。
(∪^ω^)「ふ」
パタパタと尻尾を振るブーンの顔は、心なしか寂しそうだった。
(∪^ω^)「わふ」
(´・ω・`)「うん、今日で僕帰らなきゃいけないんだ」
(∪^ω^)「……わう」
(´・ω・`)「うん、勿論だよ。
また来るよ」
(∪^ω^)「お!」
前足を私の肩に乗せ、ブーンが私の顔を一度だけ舐めた。
思わず、私は涙ぐんでしまった。
川 ゚ -゚)「ボン君、そろそろ電車来るで」
祖母に呼ばれて、私はブーンと別れた。
遠ざかる私の背中に向かって、ブーンが吠えた。
(∪^ω^)「わんお!」
- またな、と。
確かに、ブーンはそう言ったのだ。
駅に向かうまでの間、私は泣かない様に頑張った。
祖父母はそんな私を見て笑っていた。
三人揃ってホームで待ち、暫くすると電車がゆっくりとやって来た。
電車に乗る直前、祖父母は笑ないながらこう言ってくれた。
( ФωФ)「また来いや。
じいちゃんもばぁちゃんも、待っちょるよ」
川 ゚ -゚)「今度来る時は、もっと長ごういたらえぇ」
(´・ω・`)「うん!」
電車の扉が閉まる。
ゆっくりと、私を乗せた電車が走り出す。
大冒険とはいかなかったが、貴重な経験が出来た。
帰る前にもう一度銀さんに会いたかったな、と私は考えていた。
――流れゆく景色を眺めていると、視界の端に、見えた。
白いワンピース。
大きな麦わら帽子。
空よりも綺麗な碧眼。
背の高い木の梢にしがみ付いて、大きく片手を振っていたのだ!
- それは、一枚の絵画の様な光景だった。
青々とした山々と蒼穹を背景に、白いワンピースが映える。
山の向こうに見える大きな入道雲。
笑顔の少女。
涙があふれ出した。
まともに息が出来なかった。
(´;ω;`)「お姉ぇぇぇぇぇぇちゃぁぁぁぁぁぁん!!」
私は泣き叫んで、大きく手を振り返した。
彼女の、銀さんの姿が見えなくなるまで、ずっと。
ずっと。
―
――
―――
← 15年後 ←
―――
――
―
十五年前の回想を終えた私の意識は、現在に戻ってきた。
夏の空に浮かぶ入道雲を見ると、どうしてもあの日の事を思い出さずにはいられない。
悲しい夏の思い出。
冷たい川の水に足を浸し、気分を変える。
- 夏休み明け、私は銀さんが教えてくれた秘儀を使って、友人を増やした。
対人関係も、家庭環境も改善され、私はこれまでとは違った環境を楽しんだ。
短い体験が何もかもを変える事があると、私はこうして学んだ。
全ては、夏の体験がもたらした必然。
あの日以来、祖父が無くなるまで私は毎年ここを訪れていた。
季節は決まって夏。
夏休みを利用して、私は両親と共に一週間この地で過ごした。
だが、毎日この場所に来ても、銀さんとは一度も再会出来なかった。
誰に聞いても、銀さんを見た事が無いのだと云う。
何がどうなっているのか、当時の私にはさっぱり分からなかった。
ひと夏の夢の様な体験は、本当に夢だったのではと思うようになり、祖父の死後、この地に来る事はなくなった。
振り返って見て、私はあれは夢だったのではと思う様になり始めた。
仮に夢でも、私はそれでも構わない。
(´・ω・`)「ふぅ……」
蝉の大合唱と、川のせせらぎ。
ひんやりとした空気。
まるで、十五年前のあの日に戻ってきたかのような心地だ。
例えどれだけ私が歳をとっても、この土地と私の関係は変わらない。
不変の存在として、この土地は私を出迎えてくれた。
(´・ω・`)「……ん?」
- 不意に、岩場を移動する跫音が聞こえて来た。
誰か来ているのだろうか。
跫音の方に眼を向け、誰が来るのか、私は少し期待していた。
(;´・ω・`)「……う」
白い人影が近付いて来る。
眼の錯覚だ。
視力が低下しているのだ。
だから、あれは違う。
(;´・ω・`)「嘘……だろ……」
眼を擦る。
眼を凝らす。
しかし、その姿は徐々に大きさを増し、輪郭がハッキリと見えてくる。
疑いようがなかった。
十五年と、全く同じ少女の姿が、そこにはあった。
笑顔のまま、私に向かって歩いて来る少女。
白いワンピースと、大きな麦わら帽子。
長い黒髪と、夏空の色をした碧眼。
見紛う事は無い。
銀さんだ。
(;´・ω・`)「そ、そんな…… まさか……」
イ从゚ ー゚ノi、「こんにちわ。
久しぶりじゃの、ショボン君」
- あの頃と全く変わっていない少女は、柔らかく微笑んだ。
(;´・ω・`)「ぎ、銀……さん?」
イ从゚ ー゚ノi、「大きくなったのぅ、あの頃はこんなに小さかったのに」
(;´・ω・`)「あ……」
体が芯から震えた。
感動に打ち震え、目頭が熱くなる。
私は込み上げてくる涙を止める事が出来ず、頬を伝って大粒の涙が零れ落ちた。
(´;ω;`)「お……久しぶりで……す……」
岩から飛び降り、私は銀さんに駆け寄った。
飛びつく様にして銀さんを抱きしめ、私は子供の様に声を上げて泣いた。
ずっと会いたかった。
ずっと、お礼を言いたかった。
(´;ω;`)「あっ……うぁっ……ああっ……!」
イ从゚ ー゚ノi、「おやおや」
私は、聞きたい事や言いたい事が沢山あった。
そんな全てが、泣き声となって私の口から溢れだす。
銀さんは、優しく私の背中と頭を撫でてくれた。
ようやく私が泣き止んだのは、ヒグラシが鳴き始めた頃だった。
赤く眼を泣き腫らした私は銀さんから離れ、呼吸を整えて、改めて挨拶をする。
- (´・ω・`)「本当に、お久しぶりです、銀さん」
イ从゚ ー゚ノi、「うむ、久しいの」
(´・ω・`)「一体今まで何処にいたんですか?」
イ从゚ ー゚ノi、「う〜ん、それを答えるのは簡単なんじゃが……
……のぅ、ショボン君。 ショボン君のおじいちゃんの家って、まだあるか?」
(´・ω・`)「え、えぇ」
イ从゚ ー゚ノi、「今日、泊ってもいいか?」
(´・ω・`)「えっ?!」
イ从゚ ー゚ノi、「おや? 確かショボン君って、結婚はしていないのでは?」
(;´・ω・`)「なっ?!」
イ从゚ ー゚ノi、「ちと、こう云う場所じゃ話したくないんじゃ」
(´・ω・`)「あ、あぁ、そう云う事ですか。
では、大したおもてなしは出来ませんが」
イ从゚ ー゚ノi、「かまわんよ、別に」
こうして私は、十五年前と同じように銀さんと一緒に祖父母の家に向かった。
夕食のカレーライスを平らげ、交互に風呂に入った。
私達は祖父母の残した浴衣に着替えて、寝室に使っている部屋で話を始めた。
- イ从゚ ー゚ノi、「さて、と。
儂が今まで何処に居たのかって、聞いたよね」
(´・ω・`)「はい。 あれから何回もここを訪れたのですが、銀さんとは会えずじまいで。
祖父母に聞いても銀さんを知らないと言っていて、手掛かりもなくて……」
イ从゚ ー゚ノi、「まぁ、知られてたらちょっとビックリするがの。
儂は、あれからもずーっとここに居たんじゃが」
(´・ω・`)「で、でも――」
イ从゚ ー゚ノi、「狐のお話、覚えてるか?」
(´・ω・`)「あ、はい。 勿論です。
人と遊びたかった狐の話ですよね」
イ从゚ ー゚ノi、「あれな、儂の事なんじゃ」
(´・ω・`)「……はい?」
一体、何の謎かけだろうか。
私は頭をフル稼働させて考えたが、答えが分からない。
田舎でしか通用しないジョークだろうか。
はて、どう返したものだろうか。
イ从゚ ー゚ノi、「謎かけではない。
だから、儂があのお話の狐の妖怪なんじゃ」
- からかっているのか。
ならここは、笑えばいいのだろうか。
ううむ。
イ从゚ ー゚ノi、「まぁ、信じないとは思っていたが。
それじゃあ、ショボン君に見せてあげよう」
_ , ヘ
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ィ彡ヽ / }
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/ムイ´ ヽ. |.|' .リ
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ヽ  ̄, . イ7 {
ヽ /
ゞ―‐ ´ .// 厶 '
⊂ゝ、__ノ/‐-- '´
し' し'
それは正に、一瞬の出来事であった。
一瞬前まで銀さんがいた場所に、狐が座っていた。
頭の中でジャン=ピエールさんがパニックを起こしていた。
(´・ω・`)「……」
「そりゃ」
小さな狐の前足が、私の頬を軽くつまんだ。
- 「狐につままれたような顔してるって、きっとこんな顔なんじゃろうな」
(;´・ω・`)「ふぉおおお?!」
イ从゚ ー゚ノi、「どうじゃ?」
再び、私の目の前で狐がいた場所に銀さんが現れる。
イ从゚ ー゚ノi、「これで信じてくれるか?」
(´・ω・`)「……あ、あの」
イ从゚ ー゚ノi、「ん?」
(´・ω・`)「半分って云うのは出来るんですか?」
何を言っているんだろう。
私は馬鹿だ。
あいや、待たれよ。
これは私の意志ではない。
そう、頭の中のポルポルさんが命令したのだ。
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「んふふ。 出来るぞ。
……そりゃ!」
- それまでそこに無かった狐の耳と尻尾が、何の前触れも無しに出現する。
信じるしかない。
漢のロマンは、嘘ではない。
何より、銀さんは私を信用してこの話をしてくれたと云う事が、疑わせなかった。
(´・ω・`)「……信じます」
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「おお。 ありがとう、ショボン君」
耳と尻尾が、幻の様に消える。
少し残念だった。
(´・ω・`)「あの、それで、どうして暫くの間、いなかったんですか?」
イ从゚ ー゚ノi、「それはな、もう少し長く人間の姿になれるように練習してたんじゃ。
まさかショボン君が、儂を探してくれていたなんて知らなかったのぅ。
大体、ここに来た子供達は帰ってこないし、帰って来ても忘れているからな。
ロマネスクとも、昔は遊んだんじゃが、忘れておるからな。
じゃがショボン君は、覚えていてくれたのか。
待たせてすまぬ、ショボン君」
(´・ω・`)「いえ、いいんです。 銀さんにまた逢えただけで、私は十分ですから」
イ从゚ ー゚ノi、「そうか……それはよかった」
安心した風に、銀さんが笑った。
その笑顔に、不覚にも私は幼い頃の恋心を再燃させてしまう。
- イ从゚ ー゚ノi、「儂も、ショボン君に会えてよかったよ」
嬉しそうにそう言って、銀さんが私を抱きしめてくれた。
私の胸は高鳴った。
いかん。
いかんですぞ!
そう思うのだが、足は言う事を聞かないし、手は命令を拒絶していた。
風呂上がりの銀さんの甘い香りは、何時までも嗅いでいたかった。
私は変態だろうか?
きっと変態だろう。
うん、変態だ。
イ从゚ ー゚ノi、「どうした?」
(´・ω・`)「本当に……嬉しくて……
ずっと、私はこうしていたかったんです」
何とも恥ずかしいセリフだ。
大人の男が言うセリフではないだろう。
イ从゚ ー゚ノi、「……そっか。
それじゃあ、もう少しこうしてようか」
(´・ω・`)「すみません……」
- 銀さんの小さな体は、ちょこんと私の膝の上に跨る形になっていた。
まるで、子供に慰められる大人の図だ。
ふと、全てを見透かす瞳が私の目を見る。
思わず目を逸らす。
銀さんの眼は色っぽく潤んで、切なげに私を見ていた。
男として、勘違いしてしまいそうになる。
イ从゚ ー゚ノi、「おやぁ。
何故目を逸らす?」
恥ずかしいからです。
はい。
(;´・ω・`)「〜〜っ!!」
顔を近づけて、銀さんは私の目を覗き込む。
芸術品と言ってもいい程の美しい顔が、宝石の様な瞳が、私に向けられる。
顔を真っ赤にして、私は顔をそむけた。
だが、銀さんは、尚も私に顔を近付ける。
息遣いは勿論、瞬きの音さえも聞こえる至近距離。
化粧をしていない、自然のままの美しさ。
長いまつ毛。
風呂上がりの石鹸の香り。
この一撃でよくぞまぁ、頭が壊れなかった物だ。
突然、銀さんは両手を私の首の後ろに回して、彼女の柔らかい唇が私の唇に重ねられた。
口の中に銀さんの舌が入り込んで、口内を舐めまわした。
満足したのか、銀さんの唇は唾液の糸を引いて離された。
- イ从゚ ー゚ノi、「大人の味じゃな」
(;´・ω・`)「ど、どんな味ですか」
何て質問をしたのだろう。
私は馬鹿だ。
イ从゚ ー゚ノi、「歯磨き粉の味」
銀さんは斜め上を行っていた。
妖艶な笑みを浮かべ、銀さんは私を布団の上に押し倒した。
パニックに陥った私の顔を見て、銀さんは嬉しそうに言った。
イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君は可愛いのぅ!」
(´・ω・`)「か、可愛い?」
イ从゚ ー゚ノi、「うむ! 食べちゃいたいぐらい可愛いぞ!」
(´・ω・`)「あ、銀さんの方が」
イ从゚ ー゚ノi、「嬉しい事言ってくれるのぅ」
銀さんの様子がおかしい。
顔が上気し、呼吸が荒かった。
この時初めて、私は銀さんの新たな一面を見る事となった。
イ从゚ ー゚ノi、「よし、食べてしまおう」
- 原因不明の恐怖と混乱で、私は口をパクパクとさせるしか出来なかった。
その間に、銀さんは私の上に体を密着させ、片手で私の両手首を掴み上げた。
これで殴りかかられたら危ないなと、私は現実逃避を始めていた。
私、もう少し頑張れよ。
銀さんは、私の首筋を舐め上げた。
小さな女の子の様な声を上げて、私は震えあがった。
クスクスと笑い、銀さんは尚も私の首筋を舐める。
耳朶を、銀さんの息が擽る。
そして、耳たぶを甘噛した。
(;´・ω・`)「ぁく?!」
イ从゚ ー゚ノi、「んふふ」
銀さんの眼は、怪しげに輝いていた。
浴衣は肩まではだけ、鎖骨が見える。
それが色っぽく、私の頭はますます混乱していた。
何故か頭の中で、ワーグナーのワルキューレの騎行が流れていた。
イ从゚ ー゚ノi、「ショボン君、こう云う事に興味ないのか?」
興味の塊、いや、結晶体のようなものである。
とは、口が裂けても言えなかった。
まぁ、言わなくても銀さんには分かっていた様であった。
仮に声に出そうとしていたら、きっと、少女の様な可愛らしい悲鳴になっていただろう。
(;´・ω・`)「……っ」
- ともあれ、私は突如豹変した銀さんの態度にうろたえつつも、この状況を甘んじて受け入れていた。
気持ちよくされて不快がる程、私は人間が出来ていない。
イ从゚ ー゚ノi、「……んふふ」
汗ばんだ私の肌の上を、銀さんの舌が走る。
首筋から胸へ、そして頬へ。
(;´・ω・`)「……き、汚いですから」
イ从゚ ー゚ノi、「可愛いのぅ、可愛いのぅ!」
蚊の鳴くような私の小さな声は呆気なく一蹴され、銀さんは私の浴衣を脱がしにかかった。
帯を取られると、流石の私にも羞恥心があったので抵抗を試みた。
この突然の展開が嫌な訳もなく、むしろ喜んでいた。
それにしたって、もう少しステップはゆっくりでもいいのではと思う。
イ从゚ ー゚ノi、「だめじゃ」
膝を軽く乗せられ、息子を人質に取られた。
嘗て刀を誇りとした勇ましい武士のように、卑怯なり、とは言えなかった。
ですが、武人の方、お聞きください。
現代の武士が持つ刀は今や相手の手の内、もとい足の下にあるのです。
刀を潰されては、武士として生きてはいけないのです。
私の気持ちを分かって下さると思うのですが、私の刀はその刀身に我が血潮を滾らせております。
一歩間違えれば女子供も傷付けてしまう、恐ろしい刀となっているのです。
抵抗しないのは、武士の誇りであるとご理解いただきたい。
などと、私は頭の中で一人言い訳をしながらも、そのまま情欲の波にのまれ――
-
――翌朝、気が付くと銀さんの姿はどこにもなかった。
昨夜の記憶が曖昧で、私は銀さんと本当に結ばれたのか。
私には、それさえも定かでは無かった。
そもそも、銀さんと再会出来たと言う事自体が夢だったのではないだろうか。
私は長い夢を見ていただけで、あれは、私の願望だったのではないだろうか。
(´・ω・`)「……夢、だったのか?」
そう考えると、何もかもが幻に思えてくる。
何の気なしに、私は窓の外を見た。
夏の空が、そこにはあった。
突然、雲一つないのに、強い雨が急に降り出した。
(´・ω・`)「珍しいな。 天気雨か」
その時、玄関の戸が控えめに叩かれた。
(´・ω・`)「……ん?」
-
起き上がって、私は玄関に向かう。
曇りガラスの引き戸の向こうには、白い人影が見えていたのであった。
(´・ω・`)やはり嫁入り前には雨が降るようです
終わり
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